家族編
名前変更
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翌朝、早い時間に目が覚めた。どきどきしてしまって、眠いはずなのによく眠れなかった。だけど不思議とまぶたはそんなに重たくて、起き上がれそうだと思った。
着替えてリビングへ行くと、焦凍さんはいなかった。
自然とお腹に手が伸びていた。もしかしたら、ここに私と焦凍さんの赤ちゃんがいるかもしれない。大好きな人の子どもを産むことが出来る。嬉しくて幸せで、やった!と叫んで喜びたい。なのに、子どもの父親が浮かばない顔をしているから、素直に喜ぶことが出来ない。
暗い気持ちを払拭するように首を振った。まずはご飯食べよう。それで、ちゃんと話をしよう。焦凍さんの気持ちを聞こう。
昨日たくさん呑んだみたいだから胃に優しい具沢山のお味噌汁作ろう。そう考えて、冷蔵庫を開けた。
ただ黙々と料理に没頭していると、気が紛れて良かった。
しばらくしてから、焦凍さんが自分の寝室から顔を出した。
「みそ汁…の、匂い」
とても眠そうに欠伸をした。
「泉、起きてたのか」
台所に立つ私に声をかけた焦凍さんは少し暗い顔をしていた。
「おはようございます」
「…はよ、体調は大丈夫か」
「大丈夫ですよ」
「そうか…良かった。シャワー浴びてくる」
少しホッとした顔になって、台所を横切って洗面所に向かった。
「その間に朝ごはん用意しておきますね」
後ろ姿に声をかけて、炊飯器を開けた。
焦凍さんがシャワーを浴びて戻ってくる頃にはみそ汁とおにぎりが出来上がっていた。
「さっぱりしました?」
洗い立てのシャンプーの匂いに振り返ると、髪の毛から水滴を滴らせた焦凍さんが立っていた。
「ちゃんと拭かないと、風邪引いちゃいますよ」
私は焦凍さんに歩み寄り、背伸びをして首にかかっていたタオルで髪をガシガシ拭いた。子どもみたい、なんて思った。
そのとき焦凍さんのお腹が元気よく鳴いた。
「…お腹空いた」
笑みがこぼれた。
あぁ、幸せだななんて。
「食べましょうか」
焦凍さんが席に着いたので、私も一緒に座る。
「いただきます」
2人そろって手を合わせる。
おみそ汁を一口飲んで、少し丸いおにぎりを頬張った。
「美味いな」
会話はなかった。決して重い空気というわけではなかったけど、口を開けずにいた。半分ほど食べたところで、箸を置いて私から切り出した。
「今日仕事を休んだので、病院に行ってきます」
「…そうか」
「焦凍さんと一緒に行きたいです」
「…行かなきゃダメか」
焦凍さんは俯いて食事を続けている。
拒否する返事に私はムッとして、トゲのある言い方で返した。
「ええ、出来れば。貴方にも関係のあることですから」
焦凍さんは黙ったまま、おにぎりを口に運んだ。咀嚼する焦凍さんに構わず先の言葉を続けた。
「…妊娠しているかもしれないとお兄ちゃんから言われました。…すっかり忘れていましたが、確かに2ヶ月ほど月のもの来てません。その可能性は高いと思います」
お腹に手を当てる。
「焦凍さん。私たちの子どもの話をしてるんですよ」
「……」
嚥下したものの、焦凍さんは口を開かずに黙ったまま俯いていた。
「焦凍さん」
「行きたくない」
もう一度名前を呼ぶと、まるで子どもが駄々をこねるように拒否をした。
「何故ですか」
「行きたくないからだ」
焦凍さんは顔を上げようとしなかった。
「私のことが嫌いになりましたか?」
そう問いかけると、焦凍さんは顔を上げた。ひどく動揺していた。
「そんなことはない…!」
「では何故そんなことを言うんですか」
「……」
「昨日、なんで俺を嫌わないでくれなんて言ったんですか」
相変わらず黙ったままだ。また俯いてしまった。腹が立って、私は席を立った。
「黙止を続けるなら、こちらにも考えがあります」
向かいに座る焦凍さんの真横へ行き、左手で胸ぐらを勢いよく掴んだ。自分の方へ顔を向けた。
「歯ァ食いしばりやがれ!」
右手で思い切り引っ叩いた。
「私たちは夫婦ですよ⁉ちゃんと言葉にして下さい!黙ってちゃ何も分からないのですが!」
胸ぐらから手を離して今度は両手で焦凍さんの頬を掴んで、グレーとブルーの瞳を覗き込んだ。
「何ですか⁉不安ですか⁉恐怖ですか⁉私は嬉しくて仕方ないのに、あなたがそんな顔をしているから素直に喜べない!世界で一番大好きな人の、愛してやまない人の子どもなのに!」
叫びながら、涙がぼろぼろ零れ落ちた。
「俺は…!…父親になるのが怖いんだ!」
焦凍さんが叫んだ。
「あんな父親しか知らねぇ俺が、まともな父親になれるわけない!」
「馬鹿なこと言わないでください!お腹の子の父親はあなたですよ⁉お義父さんじゃありません!私を愛してくれている、轟焦凍という人間です」
「子どもを愛せなきゃ、泉に嫌われちまう」
「絶対そんなことない!」
「泉は俺が父親になれると思うのか…?」
「なれます!焦凍さんには私がいるんだから。もし道を踏み外しそうになったら、私が正します。あなたがされたことと同じことは、絶対に私がさせない。あなたはもうちゃんと愛することを知っているはずです」
私は涙を流しながらなんとか笑ってみせる。焦凍さんが涙を零した。
私は頬を挟んでいた手を離して、座ったままの焦凍さんを抱きしめた。
「…悪かった…」
焦凍さんは抱きしめ返してくれた。
「病院、一緒に行くな」
「言質取りましたからね!必ず連れて行きます」
満足してふんと鼻を鳴らした。
「泉。思い切り叩きすぎた。すっげぇ痛い」
「もっと酷い怪我してる人が何言ってるんです。妻のビンタくらい大人しく受け止めて下さい」
「…痛ぇもんは痛ぇ」
「私たち夫婦なんですから、なんでも伝え合わなきゃ!大体いつも焦凍さんは言葉が足りないんです!」
「悪かったから…」
「なんです⁉」
「朝ごはん食べないか」
「……そうでしたね。食べましょうか…」
私は席に座り直す。もう一度手を合わせ「いただきます」と口にした。箸を持ったところで、私は焦凍さんを見つめた。
「焦凍さん」
「ん」
今度はちゃんと目が合った。私は笑みを作る。
「愛してます。世界で一番。誰よりもずっと。どんなことが起きようと私はあなたを愛し続けます」
「……」
焦凍さんは珍しく顔を赤くして、目を逸らした。口元に手を当てる。嬉しくなってにやけてしまうと、焦凍さんは「笑うな」と不満そうに言った。
その後、2人で行った病院で私は妊娠4ヶ月だと判明した。眠くて眠くてしょうがないのは妊婦特有の症状だと言われ、寝ててもご飯食べて適度に運動すれば問題ないとのことだった。
そして生まれた子どもは、もしゃもしゃの緑色の天パの可愛い男の子。生まれたての顔が、お兄ちゃんの赤ちゃんの時と同じでびっくりした。
「わっ…目開けた」
初めて見る我が子の瞳の色は綺麗な青。焦凍さんの左目と同じ色をしていた。
「綺麗な色だねぇ…ほおくん」
「…可愛いな」
「抱いて下さい」
焦凍さんは小さくて壊れてしまいそうなほおくんを抱き上げた。名前は生まれる前から2人で考えて決めていた。
「…ほむら。産まれてきてくれてありがとう」
我が子の名前を呟くと、優しそうに笑った。やっぱり大丈夫でしたね。もう立派なお父さんの顔をしてますよ。
「泉もありがとな。お疲れ様」
そう言った焦凍さんは今にも泣きそうで、瞳を潤ませていた。
→おまけ / あとがき