家族編
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最近、妻である泉が寝ていることが増えた。ヒーローという職業柄不規則な生活ではあるが、寝過ぎていると感じたことはなかった。
学生時代には5時に起きて日課のジョギングをこなしてから学校行き、夜も自主練!勉強!とパワフルに取り組んでいた彼女なのに。
最初の頃は疲れが溜まっているのだと思って、気の済むまで寝かせておいた。しかし、1ヶ月、2ヶ月と過ぎ、寝ている妻を見る度に不安が募っていった。
「泉、起きろ。朝だ」
轟が部屋のカーテンを開けると、朝日が部屋中に差し込んだ。
「んー…」
泉は眩しそうにもぞもぞと布団に潜り込んだ。これも変なのだ。泉は寝起きの覚醒がとても早い。起きてすぐでも元気すぎるくらいなのだ。
「も少し…寝たい、です」
布団の中から小さな声が聞こえた。
「今日は仕事だろ?」
いつもの泉なら前日忙しくてもこの時間には起きている。
「…でも…ねむ、い…」
「一回病院に行ったらどうだ?」
心配になって提案をしてみる。
「……」
返事はない。また眠ってしまったようだった。普段の泉らしくない不安と心配で、胸がざわざわした。心配のしすぎだろうか…と思いながら、轟は部屋を出た。
「泉、先に行くな」
10分後、身支度を整えた轟は再び泉の寝室に戻ってきて、寝ていた泉に声をかけた。布団の中で泉はもぞもぞ動いてから、のっそりと起き上がった。目は半分閉じている。これではいつもの自分と逆ではないか。
「大丈夫か?」
轟の問いかけに泉は頷いた。
「夜は緑谷たちと食べてくるけど、体調悪かったら無理せず連絡しろよ」
「いいなあ。私もお兄ちゃんに…ふわっ…会いたいです…」
泉は欠伸をしながら、羨ましそうに口を尖らせた。
「明日も仕事だろ」
「焦凍さんは明日休みですもんね…羨ましいです…。皆さんによろしくお伝えください」
「全員じゃないけどな」
「私のことは気にしないで大丈夫ですから、楽しんできてくださいね?」
「でも、心配だ」
「ちょっと疲れてるだけですよぅ」
泉はまた欠伸をしながら、ふふんと笑った。
「なので…ハグしたいんですが…いいですか?」
手を広げて待つ。轟は少しムッとした顔をしながらも、泉を抱きしめた。
「それくらいいつでもしてやる」
「安心します」
泉は満足そうに笑った。轟はついでにキスをして、また心配そうな顔をした。
「何かあったらすぐに言えよ。次の休み、病院行くからな」
「え~」
「いつもヒーローは体が資本だっていうのは泉だろ」
「…わかりました」
そして、その日の夜。
轟は集まれたA組メンバーで飲みにきていた。何度もスマホを気にする轟に、緑谷が不思議そうに尋ねた。
「轟くん。どうしたの?」
「何がだ?」
「さっきからずっとスマホ気にしてるみたいだけど…」
轟は自覚がなかったようで手にしていた携帯を見て驚いた。
「…悪い…気がつかなかった」
謝りながら、臥せて机の上に置いた。
「泉くんに何かあったのか?浮かない顔してるぞ」
飯田も携帯を何度も確認する要因が泉にあると確信しているのか、心配そうに尋ねた。
「あ、いや…」
轟は自分が心配し過ぎているだけなのかもしれないと言うのをためらった。でも、義兄である緑谷なら何か知ってるかもしれない。
「緑谷、…最近泉から何か聞いてねぇか」
昔から泉は兄に心配事だけでなく相談から世間話まで、何でも話していた。自分にももっと甘えて欲しいのだが、泉は兄にばかり甘える。
「聞いてないけど…。何かあったの?」
「最近泉がいつも寝てんだ」
「疲れているだけではなく?」
飯田の言葉に轟は首を振る。
「本人は疲れてるだけって言ってるが、泉が四六時中寝てるなんて変だろ」
「……」
緑谷は顎に手を当て首を傾げていた。何か思案しているようだ。
「それって眠いだけ?他にいつもと違うとこなかった?」
轟は最近の泉の生活を振り返って思い出してみるが、眠そうなところしか思い浮かばなかった。
「他には何も…」
「いつからよく寝るようになったか覚えてる?」
「2ヶ月くらい前だな…何か心当たりがあるのか?」
「うーん…ちょっと言いにくいんだけど…なんて言うか…。2人とも思い当たることあると思うんだけど…。僕から言うのはちょっと…なぁ…」
緑谷は困ったように笑いながら言葉を濁した。つい先日母と話したことを思い出していた。
「ねぇ出久」
「何、お母さん」
「泉たちって子ども作る気ないのかしら」
とても真剣な顔をして問いかけた母に緑谷は飲んでいたコーヒーを吹き出した。
「ごほっ…急に、どうしたの?」
「だって結婚してから随分経つのに一度もそんな話聞かないのよ?」
「それはさ、お母さん。泉に直接聞いてよ」
「だって泉は、私より先に出久に話しそうだから…」
「あー確かに…。否定出来ない」
「でしょ?それにね、この間電話した時お休みの日の昼間だったのに寝起きの声だったのよ。泉が休みの日に昼まで寝てるなんて変でしょう?もしかして、なんて思ったんだけどあの子何も言わないから…。私が言ったら催促してるみたいになっちゃうじゃない?…孫の顔が見たいって急かしてる訳じゃないの。職業柄忙しいし、子どもを作らなくても2人が決めたことならそれでいいと思うんだけど、気になっちゃって…」
頬に手を当てなんだかんだと言う母に緑谷は「今度聞いてみるよ」と答えたのだった。
「ごめん。今の話聞こえちゃったんだけどさ」
轟の斜向かいに座っていた芦戸が話に入ってきた。
「言い辛いなら私が言ったげよっか?」
「芦戸さん⁉今ので分かったの?」
「まぁ、ね」
「何か知ってるのか?頼む。教えてくれ」
轟は早く知りたい様子で身を乗り出していた。芦戸が横目でどうする?と尋ねると、緑谷はお願いしますと少し恥ずかしそうに頭を下げた。
「泉、妊娠してるよ」
「ストレートすぎるわ、三奈ちゃん」
芦戸の向かいにいた蛙吹がぴしゃりと嗜めた。
「え、ダメ?」
きょとんとする芦戸に、蛙吹は轟の方を向いて少し困ったように言った。
「びっくりしすぎて轟ちゃん固まっちゃってるもの」
轟は驚いて口を開けたまま固まっていた。
「眠いだけで何故妊娠していると分かるんだ?」
飯田の問いかけに芦戸は頭をかいた。
「あ。いや、多分ね、多分!うちのお母さん、私がお腹にいた時眠くて眠くてしょうがなかったって言っててさ。同じじゃないかなって思っただけ!2ヶ月前からでしょ?時期的にもあり得るんじゃないかな~なんて」
「悪阻って意外となんでもありなのよ。私の母は何かしら食べてないと気持ち悪くなるって言っていたわ。身体の中で新しい生命作ってるんだもの。しょうがないわよ、ね…」
語尾がゆっくりになったので、どうしたのかと緑谷は蛙吹を見た。蛙吹は隣に座る轟の方を向いて大きな瞳を見開いていた。
「…轟ちゃん、泣いてるの…?」
蛙吹の言葉に轟に注目が集まった。
「と、轟くん⁉」
轟は静かに涙を流していた。
「轟大丈夫⁉」
「ち…」
ち?4人の声が重なった。
「父親になれる気がしない…」
首を垂れて轟は消え入りそうな声で呟いた。
4人はすぐに思い当たる。轟には複雑な家庭事情がある。今はだいぶ家族関係は回復しているが、幼少期に体験したことをそう簡単には覆せないだろう。
泉は「そんな人だから沢山好きって言いたくなるんです」と言っていた。
「子どもを愛せる自信もない」
そう言って、手近にあったお酒をグッと飲み干していまった。
「泉のことは愛してる。俺に変わらない愛情をくれる。何度救われたことか…。そんな泉だから愛せたんだ」
轟は空になったグラスを見つめた。
「でも、子どもは違う。分からないんだ」
涙は止まらない。
「あいつの顔がちらつく」
心底嫌そうな顔をして、緑谷の前に置いてあった酒を一気に飲み干した。
「生まれてきた子どもを愛せなくて、泉に嫌われてしまったら…俺は…どうしたら…」
轟はそう言いながら伏せると、寝息を立て始めた。
「轟ちゃん寝ちゃったわね」
「なーんか、おめでとうって言える雰囲気じゃなくなっちゃったなー」
「だけど、泉くんと轟くんなら大丈夫だ。きっと教えてくれるだろうし、そのときに改めて言えば良いさ!」
「そうだね…。夫婦の問題だからあとは泉に任せるしかないね。轟くん送るからその時に話してくるよ」
「…轟くん着いたよ」
緑谷はタクシーの車内で眠る轟を揺すり起こした。
「……ん」
「歩けそう?」
飲み会で眠ってしまった轟はなかなか起きなかったので、タクシーに乗せて家に向かった。
その際に妹に連絡をすると「分かった」と返事があった。
「なんとか…わかんねぇ…」
眠そうな顔で轟はタクシーから降りた。緑谷は轟を右肩で担ぐようにしながら、家の前まで歩いた。
「鍵どこにある?」
「……」
轟は答えず洋服中のポケットを叩いた。ジャケットの右ポケットから家の鍵を取り出すと、緑谷に差し出した。
玄関を開けるとリビングの電気は付いているのに、家の中はしんと静まりかえっていた。
「泉ー?」
轟は玄関に入ると、倒れ込むように再び寝てしまった。緑谷は轟をそのままに中へ入って、妹を探した。
「泉?」
リビングのドアを開けると、妹はソファに座ったまま眠っていた。
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