恋人編
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前提:泉と轟は同棲中/泉と光は同じ事務所
『週刊誌に撮られた話』との関係性はありません
その日、轟さんと光の熱愛記事が載った週刊誌が発売された。私がそれを知ったのは、2週間の短期出張を終えて家に帰る途中だった。駅で雑誌を見つけたときには驚いて、思わず手に取っていた。
記事には、ジュエリーショップで楽しそうに笑う光と、優しそうに微笑む轟さんの写真が載っていた。
「まあ…でも、これはないよねぇ」
随分適当な記事を書くんだなぁ。私は記事を読みながら、笑った。
光は私が悲しむようなことを絶対にしない。それを抜きにしても、私の大好きな光は「兄ちゃんよりカッコ良くなきゃ論外」なんて言うに決まってる。それってみんなダメだよね。
それに轟さんは私を好きでいてくれるって知ってる。2人のことを十分すぎるくらい私は信じてる。
「しっかし…これは一体どういう状況だったんだろう…?」
適当な合成写真ではなく、正真正銘本物の写真のようだった。ぶつぶつ呟きながら、雑誌を読みつつ家へと歩みを進めた。雑誌を上下返したり、斜めにしてみたり、目を凝らして見たり…。
「わかんないなぁ…」
諦めてポケットからスマホを取り出した。
「よし、ここは文明の力の出番だ」
ネットの世界はたくさんの情報に溢れている。検索すれば何か出てくるかも。スマホをパッと開くと大量の着信に驚く。
「えっ!?」
何か事件かと思って慌ててかけ直そうとすると、またスマホが震え出した。
「はい!泉です、何か…」
「今どこだ⁉」
電話に出るなり切羽詰まった声で、私の質問に被せて聞かれた。
「もうマンションの前です!何があったんですか⁉」
もう一度聞くと、電話が切られて
「泉!」
と頭上から声がした。
顔を上げると、部屋の前の手すりに轟さんが身を乗り出していた。
「えっ」
轟さんは手すりを軽々しく飛び越えると、氷結を使って降りてきた。
「だっダメですよ!!仕事じゃないのに個性使ったら…!」
私の制止する声も虚しくあっという間に轟さんは目の前に来た。手にしていた雑誌を目にするや否や、素早く奪い取って燃やしてしまった。
「何してるんですか⁉」
「これは嘘だ!」
珍しく声を荒げた轟さんが私の手をぎゅっと掴んだ。不安そうな顔で私を見下ろしていた。
「悪かった、何でもないんだ、だから頼む、許してくれ」
「許すも何も…私怒ってませんけど…」
轟さんの勢いに呆気を取られて、目を瞬いた。私の返答に轟さんが逆にびっくりしていた。
「家に帰ってちゃんと話したいので、まずは…」
私が轟さんが降りてきた氷に視線を移すと、轟さんも振り返った。
「氷、溶かしましょうか」
にっこりとして笑いかけると、轟さんは泣きそうな顔で私の手を離すと左手で炎を出した。私も炎を噴いて氷を溶かすのを手伝った。
「さっ、帰りましょう!」
氷を溶かし終えてから、轟さんの手を取って5階の我が家に向かって歩き出した。轟さんは歩いてる間も、エレベーターに乗っている間も何か考え事をしているのか、黙ったままだった。でも私の手をしっかり握り返してくれたので、嬉しかった。
自宅内のリビングテーブルには先ほど轟さんが燃やしてしまったのと同じ雑誌が置かれていた。なんだ、轟さんも買ったのか。
私は荷物を下ろして、席についた。轟さんも黙ったまま椅子に腰をかけた。
「まずは…ただいまです」
私は轟さんに向かって笑顔を作った。
「…そうだったな、おかえり」
轟さんはまだ泣きそうな顔をしていた。そんな顔してほしくないのに。
「言っておきますが、あの写真について私は何も信じてません。デマだってちゃんと分かってます」
私の報道じゃないのに、なんで轟さんが泣きそうな顔をしているの?
「轟さんが私を好きでいてくれることも分かってます。合ってますか?」
「そうだ」
力強い返事にきゅんとして、欲が出た。
「轟さんの言葉で聞きたいです」
口に出てしまった言葉はこの場に似合わなかった。轟さんはぽかん、としてしまって恥ずかしくなった。
「わっ、ごめんなさい!つい口からポロっと…」
顔の前で手を振って「先程の言葉は忘れてください」と口早に告げた。顔が熱い。火照る顔を両手で覆い被せた。穴があったら入りたい。
「好きだ」
轟さんの声が聞こえた。指の隙間から轟さんを見ると、真っ直ぐに私を見つめていた。
「泉」
すっと手が伸びてきて、私の手を顔から剥がした。ひんやりした右手が心地良かった。
「俺は泉が好きだ」
心臓の音がどんどん、どんどん速くなっていく。
「疲れてても苛ついてても、泉の笑顔を見ると気持ちがすっと楽になる。これからもずっと泉の笑顔のそばにいたい」
優しく微笑む轟さんからは、私が好きだというオーラが滲み出ているようだった。
「言葉が足りなくて悪かった」
「好き」って一言でいいのに、予想以上の言葉に嬉しくて涙が溢れた。
「泉?」
「…嬉しいです…。私も轟さんが大好きです」
「そうか」
轟さんはとてもとても安心したような顔をした。
「…それにですね」
涙を拭いて鼻水を豪快にかんだ後に、鼻声で続けた。
「光は…轟さんのことなど眼中にないと思います」
「なんだそれ」
轟さんは肩の力が抜けたように笑った。
「で、こんなデタラメはどーでもいいんですよ。問題はこの写真です。…一体いつ光とジュエリーショップに行ったんですか?詳細を教えてください」
「それは…」
轟さんはここにきて初めて口籠った。
「轟さん、ここに書かれてることは全て嘘ですか?」
雑誌の当該ページを広げて、もう一度問う。
「そうだ、嘘しかない」
うん、轟さんは嘘をついてない。私の信じてる通りだ。
「じゃあ、光とジュエリーショップに行ったのは本当ですか?」
「…本当だ」
「2人で?」
「…そうだ」
轟さんは苦しそうに頷いた。これも本当。嘘はついてない。
「では、なぜ光と2人で行ったのですか」
「……」
これには黙る。困った。私には2人でジュエリーショップに行った理由がさっぱり分からない。信じてるけど、本当のことは知りたい。
「信じてくれ、そう言うのじゃない」
「そういうのってどういうのですか」
轟さんが答えてくれないなら、私だって意地悪をする。
「浮気じゃない」
「じゃあ、何ですか。これじゃ私笑えませんよ」
やっぱり口を閉ざす轟さんに、ため息が出る。どうしたものか……
「分かりました、もういいです。光に聞きます」
「ちょっと待て、それはやめてくれ」
「じゃあ、轟さんの口から聞きたいのですが」
「……」
そのとき、家のチャイムが鳴った。
「あ、来た」
私は立ち上がった。
「来たって誰が」
「光ですけど?」
「呼んだのか?」
「違いますよー」
平然と答えて玄関に向かう。実は私が雑誌を見つける前に、仕事の話をしたいから家に行くと光から連絡が入っていた。
「はーい」
「どんな感じ?」
顔を合わせるなり光は、いつもと変わらない調子で尋ねた。雑誌の件について聞かれているとすぐに理解した。予想してたけど、あまりにいつもと変わらない調子なので拍子抜けした。
「まあ…光は気にしてないって思ってたけどね」
光はとぼけた顔をして
「え、しょんぼりして謝った方が良い?」と聞いてきた。
「いらないよ、光らしくない」
思わず眉間に皺を寄せて拒否する。
「疑った?」
「ううん、全然。だって光だもん」
「でしょ。で、あいつは?」
轟さんをあいつと呼ばないで、と何度注意したか分からない。軽く睨んで頬を膨らますが、光は全く気にしない。それどころか「泉は今日も可愛い」なんて言いながら私の頬を突いた。
「やめてよ」
光の手を押しのけた。
「なんで光とジュエリーショップに行ったか教えてくれないの」
ため息混じりに話すと光は笑い出した。
「やっぱり拗れてるか」
「そうだ…!光は知ってるんだよね⁉」
「まあ知ってるけど、あたしから聞きたくないでしょ」
「てことは発端はやっぱり轟さんなんだ」
「あたしがあいつをそんなとこに連れて行くかっての」
「まあ…行かないだろうね」
リビングに行くと眉間に皺を寄せて難しい顔の轟さんがいた。
「よう、轟。お前まだ言ってないんだってな」
光は完全に面白がってニヤニヤしながら言った。
「言ってもいーじゃねぇか、お前が言いたくねぇってんならあたしが言ってやるけど?」
「それはやめてくれ」
轟さんは、静かに反対した。
「お前は何で来たんだ?」
「泉に仕事の話」
「なら家に来る必要ねぇだろ、事務所でしろよ」
轟さんはイライラしたように言った。
「疲れてんのに事務所まで来させる必要ないからだろ。この前はしおらしくあたしに頼ってきたくせに随分強気だな」
轟さんの言葉にムカついたらしい。挑発するように光はふんと鼻を鳴らして言った。
「そうなの?」
驚いて振り返ると、光は轟さんを睨んでいた。
「いい加減白状しろよ。泉を悲しませる奴にあたしは容赦しねぇからな。てめぇが頑なに口を閉ざそうってんなら、兄ちゃんたち呼ぶからな」
「光、それはやめて。もっと拗れちゃうでしょ」
それは一番まずいやつ。なんだかんだかっちゃんもお兄ちゃんも過保護なんだから。
「それは、絶対、ダメ」
私は光の腕に触れて首を振った。怖すぎて真顔になる。
「言葉の綾だって。まあ、本当にあいつがあたしの泉を悲しませるんなら話は別だけど」
光は私の頭をよしよしと撫でる。
「知りたい?」
「え」
「知りたいよね?この写真の真相」
「知りたい、けど…」
ちらっと振り返ると、驚いた轟さんの顔が見えた。
「待て…!」
轟さんが立ち上がった。
「やだね。轟が…」
「俺が泉の誕生日プレゼント選びに付き合わせたんだ!」
轟さんは光の言葉を遮り、一息に言った。光はにやりと笑って、耳元で囁いた。
「悪いね、本当はサプライズにしたかったらしいんだけど。拗れたままじゃ当日まで泉が笑顔じゃいられないでしょ?」
光の言葉に、きゅんと胸が跳ねた。轟さんが私にサプライズを考えてくれた…!気持ちがふわふわした。
「あたしは泉が笑ってるなら何でもいい」
光はしたり顔だ。あ、計ったな?!
「泉に似合うの探してたら途中から楽しくなってさ、振り返ったら轟があの顔してたんだよ」
光は雑誌を指差して可笑しそうに笑い出した。
「お前は見つけたのかって尋ねたら何て言ったと思う?…はしゃいでる泉を想像してて見るの忘れてたってさ」
再び振り返ると、轟さんは横を向いて顔に手を当てていたけど、耳まで赤くしていた。
「なら2人で行けよ!」
光はきっとその場で同じセリフを言ったんだろう。
「で、結局買ったのか?」
結果を知らないってことは、光は先に帰ったんだね…。その光景が目に浮かんだ。
「…てない…」
「えっ?」
「買ってない、泉と行きたくて」
轟さんは消え入りそうな声を絞り出した。
ちょっと…いやかなり嬉しくなって口元がにやけてしまった。愛おしさで胸が締め付けられた。嬉しくなって笑うのを我慢できなかった。
「やっと笑った」
光は満足したように鼻を鳴らして、私のほっぺを軽くつまんだ。
「私光に会ってから笑ってなかった?」
「ないね」
「そっか…ありがとね、光」
「写真撮られちまったから、一応詫びってことでいい?お前には貸だからな!」
「……」
轟さんは返事をしない。
そのあと、光はしっかり仕事の話をしてさっさと帰ってしまった。
光を見送ってリビングに戻ると、轟さんと2人になった。
「本当に怒ってないのか?」
問いかけられて、まだ開いたままテーブルの上の雑誌が目に入った。
「怒ってないですけど…強いて言えば羨ましいですね」
「羨ましい?…じゃあ、今度…」
「光の!満面の笑み…!しかもこんなワクワクした顔を見られるなんて羨ましい……!」
思わずしゃがみ込んで羨ましい…!!と叫んだ。
「は?」
「長年一緒にいる私でもこんなに可愛く笑う光なんて滅多に見れないんですよ!羨ましすぎる…!」
「今日笑ってだろ」
「あれは面白がってるだけですよ⁉」
顔を上げて反論すると、轟さんはしょんぼりとしていた。
「轟さん⁉どうしたんですか⁉大丈夫ですよ⁉週刊誌のネタなんてガセネタばかりですから…そんなに落ち込まないでください…!」
「そうじゃない…」
と言いながら、轟さんは呆れたように笑った。
あ、笑った。私は嬉しくなってつられて笑った
「よし、これはもう燃やしちゃいましょう!」
私はテーブルの上の雑誌を手に取って、炎で燃やした。
2020.01.09
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