恋人編
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『プロポーズ大作戦(仮)』のおまけ『切島くんの苦悩』の続き
切島さんが出て行って5分ほどしたら、お兄ちゃんがお店に入ってきた。私は1人で真ん中の大きな椅子に座っていた。私に似合うドレスを探しに行ったかっちゃんに座ってろ、と言われたのだ。
「遅くなってごめん!」
ほんのちょっと息を乱したお兄ちゃんは両手を合わせて謝った。
「お兄ちゃん!お疲れ様!」
駆け寄ってぎゅっとハグをする。
「ありがとう」
くすぐったそうにしながらお兄ちゃんは、もう決まっちゃった?と心配そうに聞いた。今日お兄ちゃんは仕事なので、終わり次第すぐに合流することになっていた。
「まだ!泉はおにーちゃん待ってたよ!」
にっこり笑うとお兄ちゃんは嬉しそうにした。ぐるりと室内を見回して、感嘆の息をはいた。
「沢山あるんだね…!」
「でしょ、色んな種類があってね!迷っちゃって全然決められないの!」
興奮して言うと、光がさっき私に着せたマーメイドラインのドレスを片付けて戻ってきた。お疲れ、とお兄ちゃんに言う。
「光ちゃんは?決まった?」
「さっきね」
「どんなドレス?」
「マーメイドライン。…すんげぇセクシーだよ」
にやりと光は意味ありげに笑った。
つるんとしたシルクのそのドレスは背中ががっつり空いていて、なかなか色っぽい。
「モデルさんみたいなんだよ」
だろ?なんて自信満々に笑う光を好きだと思った。
「聞いてよ、いずくん。あたしの嫁のドレス、提案したやつ全部兄ちゃんに却下されたんだよ。酷くない?」
「私もお揃いがいいんだけど、光はスタイルいいからなぁ…」
すらっとしている光に比べ、私はいくらかふっくらとしている。昔から肉付きが良い方で、太ってるという表現をするほどではないけど丸いという表し方が合っている。
でしょ?と問いかけながらお兄ちゃんを見ると、涙ぐんでいた。急に泣き出すなんて何事かと思って、目をぱちぱちさせた。
「お兄ちゃん?なんで泣いてるの?」
「なんか…あんなに小さくて、後ろをついて回ってた僕の可愛い泉がお嫁に行っちゃうんだなって…。いつの間にか僕の側にいなくなっちゃったときにも寂しいなって思ったけど、結婚するってなったら本当にさ…」
寂しいんだよ、とぽつりと呟いた。小さい頃を思い出しているのか、ちっちゃかったのになぁ…としみじみ繰り返している。
「泉のお兄ちゃんが緑谷出久なのは変わらないんだから、泣かないでよ。別に遠くに行くわけじゃないんだし!泉はずーっとお兄ちゃんが大好き!」
振り払うように急いで涙を拭うと、光に向き直った。
「光ちゃん、泉を幸せにしてあげてね」
「当然!あたしは泉を悲しませることは絶対にしない」
いずくん、と一歩前に進み出す。光は自信と決意に満ちて凛々しい。
「約束する。泉を幸せにする」
ちょーっと間違った方向へ行ってる気がするんだけどなー。あれれ?私の想像してる流れじゃないなー?
なんて考えていると、かっちゃんが茶番は終わりだ、とイライラして言った。ドレスを手にしている。
「泉。これ着てみろ」
持っていたドレスをばさりと乱暴に渡してきた。お兄ちゃんが慌てた。
「え!?待ってよ、僕も選びたいんだけど…!可愛い妹の晴れ舞台だよ!?」
「俺の妹にダセェ格好はさせねぇ」
「式場関係は兄ちゃんの担当だって言ったじゃん。いずくんセンスないし」
まあ確かにかっちゃんのがセンスあるよね。光にバッサリ切られたお兄ちゃんはムッとして頬を膨らませた。ところで、式場関係がかっちゃんの担当なら、お兄ちゃんの担当もあるのかな?
考えているとかっちゃんがはよ行けと急かしたので、慌てて試着室に飛び込んだ。
「僕の選ぶのがダサいみたいに言うのやめてよ。まだ選んでないのに」
お兄ちゃんの反論に、かっちゃんが鼻で笑うのが聞こえた。いくつか言い合いした後で、お兄ちゃんが怒ったように言った。
「僕の妹なんだからね!?」
うーん。でも、私、かっちゃんの妹だからなぁ、とドレスを着ながら聞こえないように独り言つ。
ドレスを着て鏡に映る自分を見つめた。細身の、ええとこれは…。なんてドレスだっけ?と呟いて首を傾げていると、かっちゃんがため息混じりにエンパイアだ、と言った。
「聞こえちゃったか」
「そんくらい勉強してこい」
胸下から切り替えになっていて、ふわっとした長めのフレアスリーブが、肉付きが良い私の体型を綺麗に隠していた。優雅という言葉がぴったりだ。
「素敵」
光が選んでくれたマーメイドラインも綺麗だったけど、これはもっとずっと素敵。鏡の前でくるりと回ってみた。裾が揺れると思ったけど、ストンとしたレースは私が思うほど揺れてくれなかった。
「泉ー?着れたー?」
光が試着室の外から声をかけてきた。うん、と曖昧に返事をする。前も背中もレースがVラインになっていて可愛い。鏡で背中のデザインを見ていると、勢いよくカーテンが開いた。
「わ⁉︎」
驚いて振り返ると、光が怪訝そうに眉を寄せていた。かっちゃんもお兄ちゃんもいなかった。
「うん、って言った…じゃん」
言いながら私のドレス姿を、上から下まで何回か往復して観察していた。
「どう…?」
スカートの端をつまんで持ち上げながら遠慮がちに問うと、光と目が合った。目がきらきらしていた。
「どうもこうもないよ。超良い…!兄ちゃんすごい…!」
「でも、私にはちょっと上品すぎない…?」
光はそんなことない似合うと何度も言うが、違うドレスを持ってきたかっちゃんは、一瞥するなり眉間に皺を寄せた。
「これじゃねぇな。次だ、脱げ」
「なんで!?可愛いよ!?」
光の反論をかっちゃんは、当然のように無視をする。試着室に持ってきたドレスをかけると、カーテンを閉めてしまった。
「良いから、はよしろ」
「私の意見はー?」
聞いてみるが、うるせぇと一蹴された。兄妹揃ってセンスねぇやつが口出しすんな。ひどーい!と怒ったように言ってみる。
「安心しろ、一番似合うやつを選んだる」
頼もしい一言にかっちゃんも泉のお兄ちゃんだなぁ、と思った。カーテンの向こうで光がずるい!と怒った。
「あたしのは!?」
「光はさっきのが一番似合う」
「あたしも選んで貰いたかった」
「お前があれを選ばなくても、俺が選んだ」
カーテンの向こうで、光が嬉しそうに笑う様子が目に浮かんだ。
着ていたドレスを脱いでハンガーにかけ直して、2着目のドレスを手に取った。あ、これ胸元がレースで、あまり肌が見えないようになってる。同じフレアスリーブでも、ボレロみたいだったさっきのドレスに比べて、これはぴったりとしていて短かった。
「かっちゃーん、これなんてドレス?」
袖を通しながら、カーテンの向こうに話しかけると、Aラインと素っ気ない一言で返ってきた。なるほど。ウエストから裾に行くにつれて広がっている。背中のチャックを上げながら、鏡を見てみる。ちょっと背が高くなったようにみえた。
さっきと同じようにくるんと回ると、パニエで膨らんだスカートがふわりと揺れた。全身がレースで出来ていてつるりとしたところがない。
さっきのドレスが優雅なら、今度は可憐だ。パズルのピースがぴったりと合うように、ドレスは私によく合っていた。
「泉ー?どー?」
「びっくりするよ」
光の言葉に、今度は私がカーテンを開けた。
「わぁ…!」
かっちゃんがにやっと笑った。すごいなぁ、かっちゃんは。
「髪を巻いてハーフアップにすりゃあ完璧だな」
満足そうに鼻を鳴らす。これで決まったと思った。
「…妖精みたいだ…」
大きなドレスを抱えたお兄ちゃんが、ため息をもらすかのように呟いた。いけない、お兄ちゃんも私のドレスを選びに行っていたのを忘れてた。
「妖精だなんて言い過ぎ」
恥ずかしくなって、照れてしまう。
「これじゃ…僕が持ってきたドレスは霞んじゃうね」
「最初からテメェの出る幕はねぇんだよ、クソが」
戻してくる、と言って踵を返したお兄ちゃんに待って!と呼びかける。
「お兄ちゃんが泉のために選んでくれたんでしょ?見せてよ」
お兄ちゃんは少し迷って振り返って、遠慮がちにドレスを広げてくれた。胸元にレースで出来た花が付いている。スカートはふわふわでボリュームがある。たくさんのレースと花の飾りがドレスをとても華やかにしていた。
「…泉の好みドンピシャじゃん…」
光がボソッと呟いた。さすがマイベストフレンド。よくわかってるぅ…!
「超超超!はちゃめちゃに可愛い…!!」
あまりの可愛さに、思わず口元に手を当てた。走っていってお兄ちゃんとドレスを抱きしめたいくらい。
「でしょ!?」
しょぼんとしていたお兄ちゃんは、嬉しそうに顔を上げた。興奮気味に喋り出す。
泉は絶対プリンセスラインが似合うんじゃないかなって。レースとか飾りとかたくさん付いてるドレスが絶対に好きでしょ。この光沢がある感じもいいと思わない?見て、チュールレースが幾重にも重なってて豪華さが出てるでしょ。袖の部分もね、膨らんでるんだ。隅から隅まで物語に出てくるようなプリンセスのドレスなんだよ。
お兄ちゃんは熱心にドレスについてプレゼンし続けてる。途中かっちゃんにキメェと言われていた。
「…着るか?」
目を輝かせている私を見かねて、かっちゃんが声をかけてくれた。
「え!?」
自分でもびっくりな、素っ頓狂な声が出てしまった。自分が選んだ、今まさに私が身に纏っているこのドレスこそ、かっちゃんは一番だと思っているはずなのに。
「俺のが似合うってのが分かんだろ」
…だよね。
「うん、そうだね。僕は泉の好きそうなのを選んだけど、かっちゃんが選んでくれたドレスはずっと泉に似合ってるよ。絶対それにすべきだよ」
かっちゃんの言葉を聞いたからなのか、プレゼンをちゃんと聞いてないからなのか、お兄ちゃんはちょっと悲しそうだった。
「当たり前のことを抜かしてんじゃねぇ」
「でも、着たい。着させて」
でも、としぶるお兄ちゃんに良いじゃない!と笑いかけた。
「泉が着たいもん着るのがいいよね」
光がお兄ちゃんから半ば奪い取るようにドレスを持ってくると、私と一緒に試着室に入った。
悪戯っぽく笑うので、私も笑った。
「こんな状況なのに楽しそうだなぁ…」
「お兄ちゃんは、後ろ向きな泉がご所望?」
笑いながらからかうように言うと、違うよ!と慌てた声が返ってきた。
「でしょ?泉も前向きな自分が好き!」
「大丈夫、あたしが絶対に泉を悲しませない」
光が力強く言うので、さっきも聞いたよと笑った。
「何度だって言うよ。あたしは泉に笑っていてほしいからね」
「…ありがと」
照れ臭くなって顔を逸らした。
お兄ちゃんの選んだドレスはボリュームがあるおかげで、着るのが大変だった。光に手伝ってもらって着終えてから、改めて鏡の中のドレスを纏った自分をまじまじと見つめた。うん、ドレスはめちゃくちゃ可愛い。信じられないくらい可愛い。なのに…。
「うわぁ…」
私の残念そうな声にお兄ちゃんが待ちきれないようにどうかな!?と尋ねた。
「ドレス、めちゃくちゃ可愛いよ…!なのにびっくりするくらい、ふふ…」
笑いが止まらなくて先が言えないでいると、光が代わりに言ってくれた。
「恐ろしくしっくりしない」
一緒に笑っていたのだけれど、私ほどはツボに入らなかったらしい。光は開けるよ、と私の返事も待たずにカーテンを左にスライドさせた。かっちゃんが眉間の皺をさらに寄せた。お兄ちゃんはぽかんと口を開けた。
「すごくない?ドレス超絶可愛いのに、びっくりするくらい似合わなーい!」
ドレスの派手さに私自身が負けてしまって、まるでシャンパンを持たされた小学生。ドレスから私は浮いていて、馴染んでくれる様子がなかった。口を閉じたお兄ちゃんが、しょんぼりしてしまった。
「…なんかごめん」
「ごめんね、お兄ちゃんが悪いんじゃないのよ。泉もね、とっても好きなの、このドレス。お兄ちゃんが泉のことよくわかってるのが嬉しいよ」
「やっぱりかっちゃんのドレスの方がよく似合ってると思う」
「じゃあ、決まりね」
笑いながら、ぴんときた。
「あ!そうだよ、披露宴でお色直しするドレスはお兄ちゃんが決めてよ」
何がどうなるかもわからないけど、私はお兄ちゃんにも私の何かを選んで欲しかった。
「…うん、わかった」
そうして、私のウェディングドレスはかっちゃんが2番目に持ってきた、Aラインドレスとなったのだ。
当日の朝、そのドレスを着て、かっちゃんが言ったように髪を巻いてもらい、お化粧も綺麗に施してもらった。鏡に写る私はとっても綺麗だったのに、試着した時のような感動はなくて、ただ心にぽっかりと穴が空いてしまっていた。
「どうすんの、泉」
-------
あとから思いついて付け加えたお話です。
うっかりすっかり書くのを忘れていた2人のドレスについて、後書きにでも付け加えるかーなんて思って書き始めたら、夢主が喋る喋る…。結構な長さになりました。
そして、自分でも後から気がついたのですが夢主が兄と喋る時に一人称がずっと名前でした。だからどうって話しなんですが、『お兄ちゃんとお正月』でも書いたように兄の前で一人称が名前になるのは無意識で甘えている証拠なのです。もちろん兄はそのことを知っているんですけど。
2021.06.14
切島さんが出て行って5分ほどしたら、お兄ちゃんがお店に入ってきた。私は1人で真ん中の大きな椅子に座っていた。私に似合うドレスを探しに行ったかっちゃんに座ってろ、と言われたのだ。
「遅くなってごめん!」
ほんのちょっと息を乱したお兄ちゃんは両手を合わせて謝った。
「お兄ちゃん!お疲れ様!」
駆け寄ってぎゅっとハグをする。
「ありがとう」
くすぐったそうにしながらお兄ちゃんは、もう決まっちゃった?と心配そうに聞いた。今日お兄ちゃんは仕事なので、終わり次第すぐに合流することになっていた。
「まだ!泉はおにーちゃん待ってたよ!」
にっこり笑うとお兄ちゃんは嬉しそうにした。ぐるりと室内を見回して、感嘆の息をはいた。
「沢山あるんだね…!」
「でしょ、色んな種類があってね!迷っちゃって全然決められないの!」
興奮して言うと、光がさっき私に着せたマーメイドラインのドレスを片付けて戻ってきた。お疲れ、とお兄ちゃんに言う。
「光ちゃんは?決まった?」
「さっきね」
「どんなドレス?」
「マーメイドライン。…すんげぇセクシーだよ」
にやりと光は意味ありげに笑った。
つるんとしたシルクのそのドレスは背中ががっつり空いていて、なかなか色っぽい。
「モデルさんみたいなんだよ」
だろ?なんて自信満々に笑う光を好きだと思った。
「聞いてよ、いずくん。あたしの嫁のドレス、提案したやつ全部兄ちゃんに却下されたんだよ。酷くない?」
「私もお揃いがいいんだけど、光はスタイルいいからなぁ…」
すらっとしている光に比べ、私はいくらかふっくらとしている。昔から肉付きが良い方で、太ってるという表現をするほどではないけど丸いという表し方が合っている。
でしょ?と問いかけながらお兄ちゃんを見ると、涙ぐんでいた。急に泣き出すなんて何事かと思って、目をぱちぱちさせた。
「お兄ちゃん?なんで泣いてるの?」
「なんか…あんなに小さくて、後ろをついて回ってた僕の可愛い泉がお嫁に行っちゃうんだなって…。いつの間にか僕の側にいなくなっちゃったときにも寂しいなって思ったけど、結婚するってなったら本当にさ…」
寂しいんだよ、とぽつりと呟いた。小さい頃を思い出しているのか、ちっちゃかったのになぁ…としみじみ繰り返している。
「泉のお兄ちゃんが緑谷出久なのは変わらないんだから、泣かないでよ。別に遠くに行くわけじゃないんだし!泉はずーっとお兄ちゃんが大好き!」
振り払うように急いで涙を拭うと、光に向き直った。
「光ちゃん、泉を幸せにしてあげてね」
「当然!あたしは泉を悲しませることは絶対にしない」
いずくん、と一歩前に進み出す。光は自信と決意に満ちて凛々しい。
「約束する。泉を幸せにする」
ちょーっと間違った方向へ行ってる気がするんだけどなー。あれれ?私の想像してる流れじゃないなー?
なんて考えていると、かっちゃんが茶番は終わりだ、とイライラして言った。ドレスを手にしている。
「泉。これ着てみろ」
持っていたドレスをばさりと乱暴に渡してきた。お兄ちゃんが慌てた。
「え!?待ってよ、僕も選びたいんだけど…!可愛い妹の晴れ舞台だよ!?」
「俺の妹にダセェ格好はさせねぇ」
「式場関係は兄ちゃんの担当だって言ったじゃん。いずくんセンスないし」
まあ確かにかっちゃんのがセンスあるよね。光にバッサリ切られたお兄ちゃんはムッとして頬を膨らませた。ところで、式場関係がかっちゃんの担当なら、お兄ちゃんの担当もあるのかな?
考えているとかっちゃんがはよ行けと急かしたので、慌てて試着室に飛び込んだ。
「僕の選ぶのがダサいみたいに言うのやめてよ。まだ選んでないのに」
お兄ちゃんの反論に、かっちゃんが鼻で笑うのが聞こえた。いくつか言い合いした後で、お兄ちゃんが怒ったように言った。
「僕の妹なんだからね!?」
うーん。でも、私、かっちゃんの妹だからなぁ、とドレスを着ながら聞こえないように独り言つ。
ドレスを着て鏡に映る自分を見つめた。細身の、ええとこれは…。なんてドレスだっけ?と呟いて首を傾げていると、かっちゃんがため息混じりにエンパイアだ、と言った。
「聞こえちゃったか」
「そんくらい勉強してこい」
胸下から切り替えになっていて、ふわっとした長めのフレアスリーブが、肉付きが良い私の体型を綺麗に隠していた。優雅という言葉がぴったりだ。
「素敵」
光が選んでくれたマーメイドラインも綺麗だったけど、これはもっとずっと素敵。鏡の前でくるりと回ってみた。裾が揺れると思ったけど、ストンとしたレースは私が思うほど揺れてくれなかった。
「泉ー?着れたー?」
光が試着室の外から声をかけてきた。うん、と曖昧に返事をする。前も背中もレースがVラインになっていて可愛い。鏡で背中のデザインを見ていると、勢いよくカーテンが開いた。
「わ⁉︎」
驚いて振り返ると、光が怪訝そうに眉を寄せていた。かっちゃんもお兄ちゃんもいなかった。
「うん、って言った…じゃん」
言いながら私のドレス姿を、上から下まで何回か往復して観察していた。
「どう…?」
スカートの端をつまんで持ち上げながら遠慮がちに問うと、光と目が合った。目がきらきらしていた。
「どうもこうもないよ。超良い…!兄ちゃんすごい…!」
「でも、私にはちょっと上品すぎない…?」
光はそんなことない似合うと何度も言うが、違うドレスを持ってきたかっちゃんは、一瞥するなり眉間に皺を寄せた。
「これじゃねぇな。次だ、脱げ」
「なんで!?可愛いよ!?」
光の反論をかっちゃんは、当然のように無視をする。試着室に持ってきたドレスをかけると、カーテンを閉めてしまった。
「良いから、はよしろ」
「私の意見はー?」
聞いてみるが、うるせぇと一蹴された。兄妹揃ってセンスねぇやつが口出しすんな。ひどーい!と怒ったように言ってみる。
「安心しろ、一番似合うやつを選んだる」
頼もしい一言にかっちゃんも泉のお兄ちゃんだなぁ、と思った。カーテンの向こうで光がずるい!と怒った。
「あたしのは!?」
「光はさっきのが一番似合う」
「あたしも選んで貰いたかった」
「お前があれを選ばなくても、俺が選んだ」
カーテンの向こうで、光が嬉しそうに笑う様子が目に浮かんだ。
着ていたドレスを脱いでハンガーにかけ直して、2着目のドレスを手に取った。あ、これ胸元がレースで、あまり肌が見えないようになってる。同じフレアスリーブでも、ボレロみたいだったさっきのドレスに比べて、これはぴったりとしていて短かった。
「かっちゃーん、これなんてドレス?」
袖を通しながら、カーテンの向こうに話しかけると、Aラインと素っ気ない一言で返ってきた。なるほど。ウエストから裾に行くにつれて広がっている。背中のチャックを上げながら、鏡を見てみる。ちょっと背が高くなったようにみえた。
さっきと同じようにくるんと回ると、パニエで膨らんだスカートがふわりと揺れた。全身がレースで出来ていてつるりとしたところがない。
さっきのドレスが優雅なら、今度は可憐だ。パズルのピースがぴったりと合うように、ドレスは私によく合っていた。
「泉ー?どー?」
「びっくりするよ」
光の言葉に、今度は私がカーテンを開けた。
「わぁ…!」
かっちゃんがにやっと笑った。すごいなぁ、かっちゃんは。
「髪を巻いてハーフアップにすりゃあ完璧だな」
満足そうに鼻を鳴らす。これで決まったと思った。
「…妖精みたいだ…」
大きなドレスを抱えたお兄ちゃんが、ため息をもらすかのように呟いた。いけない、お兄ちゃんも私のドレスを選びに行っていたのを忘れてた。
「妖精だなんて言い過ぎ」
恥ずかしくなって、照れてしまう。
「これじゃ…僕が持ってきたドレスは霞んじゃうね」
「最初からテメェの出る幕はねぇんだよ、クソが」
戻してくる、と言って踵を返したお兄ちゃんに待って!と呼びかける。
「お兄ちゃんが泉のために選んでくれたんでしょ?見せてよ」
お兄ちゃんは少し迷って振り返って、遠慮がちにドレスを広げてくれた。胸元にレースで出来た花が付いている。スカートはふわふわでボリュームがある。たくさんのレースと花の飾りがドレスをとても華やかにしていた。
「…泉の好みドンピシャじゃん…」
光がボソッと呟いた。さすがマイベストフレンド。よくわかってるぅ…!
「超超超!はちゃめちゃに可愛い…!!」
あまりの可愛さに、思わず口元に手を当てた。走っていってお兄ちゃんとドレスを抱きしめたいくらい。
「でしょ!?」
しょぼんとしていたお兄ちゃんは、嬉しそうに顔を上げた。興奮気味に喋り出す。
泉は絶対プリンセスラインが似合うんじゃないかなって。レースとか飾りとかたくさん付いてるドレスが絶対に好きでしょ。この光沢がある感じもいいと思わない?見て、チュールレースが幾重にも重なってて豪華さが出てるでしょ。袖の部分もね、膨らんでるんだ。隅から隅まで物語に出てくるようなプリンセスのドレスなんだよ。
お兄ちゃんは熱心にドレスについてプレゼンし続けてる。途中かっちゃんにキメェと言われていた。
「…着るか?」
目を輝かせている私を見かねて、かっちゃんが声をかけてくれた。
「え!?」
自分でもびっくりな、素っ頓狂な声が出てしまった。自分が選んだ、今まさに私が身に纏っているこのドレスこそ、かっちゃんは一番だと思っているはずなのに。
「俺のが似合うってのが分かんだろ」
…だよね。
「うん、そうだね。僕は泉の好きそうなのを選んだけど、かっちゃんが選んでくれたドレスはずっと泉に似合ってるよ。絶対それにすべきだよ」
かっちゃんの言葉を聞いたからなのか、プレゼンをちゃんと聞いてないからなのか、お兄ちゃんはちょっと悲しそうだった。
「当たり前のことを抜かしてんじゃねぇ」
「でも、着たい。着させて」
でも、としぶるお兄ちゃんに良いじゃない!と笑いかけた。
「泉が着たいもん着るのがいいよね」
光がお兄ちゃんから半ば奪い取るようにドレスを持ってくると、私と一緒に試着室に入った。
悪戯っぽく笑うので、私も笑った。
「こんな状況なのに楽しそうだなぁ…」
「お兄ちゃんは、後ろ向きな泉がご所望?」
笑いながらからかうように言うと、違うよ!と慌てた声が返ってきた。
「でしょ?泉も前向きな自分が好き!」
「大丈夫、あたしが絶対に泉を悲しませない」
光が力強く言うので、さっきも聞いたよと笑った。
「何度だって言うよ。あたしは泉に笑っていてほしいからね」
「…ありがと」
照れ臭くなって顔を逸らした。
お兄ちゃんの選んだドレスはボリュームがあるおかげで、着るのが大変だった。光に手伝ってもらって着終えてから、改めて鏡の中のドレスを纏った自分をまじまじと見つめた。うん、ドレスはめちゃくちゃ可愛い。信じられないくらい可愛い。なのに…。
「うわぁ…」
私の残念そうな声にお兄ちゃんが待ちきれないようにどうかな!?と尋ねた。
「ドレス、めちゃくちゃ可愛いよ…!なのにびっくりするくらい、ふふ…」
笑いが止まらなくて先が言えないでいると、光が代わりに言ってくれた。
「恐ろしくしっくりしない」
一緒に笑っていたのだけれど、私ほどはツボに入らなかったらしい。光は開けるよ、と私の返事も待たずにカーテンを左にスライドさせた。かっちゃんが眉間の皺をさらに寄せた。お兄ちゃんはぽかんと口を開けた。
「すごくない?ドレス超絶可愛いのに、びっくりするくらい似合わなーい!」
ドレスの派手さに私自身が負けてしまって、まるでシャンパンを持たされた小学生。ドレスから私は浮いていて、馴染んでくれる様子がなかった。口を閉じたお兄ちゃんが、しょんぼりしてしまった。
「…なんかごめん」
「ごめんね、お兄ちゃんが悪いんじゃないのよ。泉もね、とっても好きなの、このドレス。お兄ちゃんが泉のことよくわかってるのが嬉しいよ」
「やっぱりかっちゃんのドレスの方がよく似合ってると思う」
「じゃあ、決まりね」
笑いながら、ぴんときた。
「あ!そうだよ、披露宴でお色直しするドレスはお兄ちゃんが決めてよ」
何がどうなるかもわからないけど、私はお兄ちゃんにも私の何かを選んで欲しかった。
「…うん、わかった」
そうして、私のウェディングドレスはかっちゃんが2番目に持ってきた、Aラインドレスとなったのだ。
当日の朝、そのドレスを着て、かっちゃんが言ったように髪を巻いてもらい、お化粧も綺麗に施してもらった。鏡に写る私はとっても綺麗だったのに、試着した時のような感動はなくて、ただ心にぽっかりと穴が空いてしまっていた。
「どうすんの、泉」
-------
あとから思いついて付け加えたお話です。
うっかりすっかり書くのを忘れていた2人のドレスについて、後書きにでも付け加えるかーなんて思って書き始めたら、夢主が喋る喋る…。結構な長さになりました。
そして、自分でも後から気がついたのですが夢主が兄と喋る時に一人称がずっと名前でした。だからどうって話しなんですが、『お兄ちゃんとお正月』でも書いたように兄の前で一人称が名前になるのは無意識で甘えている証拠なのです。もちろん兄はそのことを知っているんですけど。
2021.06.14