恋人編
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「どうすんの、泉」
ウェディングドレスに着替えてヘアメイクと化粧を終えた私と光は、控え室で向かい合って座っていた。
「どうしようね?活動拠点、海外に移そっかな。あ、でもそしたら光と離れ離れになっちゃうね。それは嫌だな。一緒に行く?」
「…くそっ…あいつ…」
光はイライラして舌打ちをした。
「光。私のためにここまでしてくれてありがとう。良い思い出になるよ」
「泉、本当にいいわけ?」
「結婚?光となら嬉しいよ」
「とぼけんな」
「…いいの。最後だって言ったでしょ?焦凍さんが一度でも私を好きになってくれた。それだけで私はこの先の人生も生きて行けるよ。…残念ながらお別れみたい」
泣きそうになるのを我慢して力なく笑った。光は何も言わずに立ち上がった。
「光だって半分は本気だったでしょ?」
問いかけにも光は答えなかった。
「ちょっと兄ちゃんたちと話してくる」
静かに怒って出て行った光を無言で見送って、部屋の中をボーっと眺めていた。
「夢、見過ぎちゃったんだよ」
しばらくして扉を叩く控えめな音が聞こえた。
「はーい、どうぞー!」
お兄ちゃんかと待ってみるが、扉は開かない。
「誰ー?」
扉の向こうに声をかけてみるが、返事もない。
「もう。誰なのー?いたずら?」
立ち上がって扉を開けに行った。
「焦凍さん?」
ドアノブに手をかけたところで、なんとなくそんな気がして聞いてみた。
「…泉…本当に爆豪の妹と結婚するのか?」
あまりにも弱々しい声だった。返事をする代わりに、扉を開けた。
久しぶりに見る焦凍さんは、たった3日会わなかっただけなのに、ずいぶん弱々しくなってしまっていた。抱きしめたくなった。でも、今抱きしめたらきっとダメだ。伸ばしかけた腕を体の横に下ろした。
ほんの少しの期待を込めて、じっと焦凍さんを見つめた。
「泉がいねぇと家が静かすぎるんだ。帰ってきてほしい」
懇願するように焦凍さんは言った。
「ふざけんじゃねぇぞ!今更どのツラ下げてきてやがる!」
焦凍さんの後ろから光の罵声がすっ飛んできた。
「光!ちょっと待ってくれ!」
そのとき、突然切島さんの切羽詰まった声が聞こえてきた。
「は⁉」
光が一番に驚いて振り返る。焦凍さんも振り返った。
「お前が出てくるとややこしくなんだよ。来んなっつたろ!すっこんでろ!あたしは泉と結婚すんだ!」
光が慌てて口を塞ぎに行くが、切島さんは光だけしか見えていない。
「演技だとしてもイヤだ。結婚すんなら俺としてくれ!」
間に合わず、切島さんに光が鳩尾パンチをくらわせた。
「…ってぇ…」
「…演技…?」
「え⁉轟⁉」
切島さんはようやく焦凍さんに気が付いたようで、とても慌てていた。私はどうして良いか分からず固まってしまった。
「そうなのか?」
焦凍さんは私に向き直った。頑張ってポーカーフェイスにしようとしても、顔が引き攣って上手くいかなかった。光の言っていた「泉の演技力はクソだ」というのは本当だった。さすが光。私のことをよく分かっていらっしゃる。
「てめぇのせいで全てが水の泡じゃねぇか!!」
ごめん、光。
光が怒りながら切島さんを何度も叩いた。
「なんだ、そうか…そうだったのか…はは…」
焦凍さんは力が抜けたように笑って、私の手を握った。
「…良かった。本当に結婚するわけじゃねぇんだな、良かった…」
安堵したように私の手を強く握る焦凍さんに心配をかけて申し訳なく思った。
「騙すようなことをして…」
「そんな簡単に謝るな!来るのが遅いって怒れよ!泉は怒って当然なんだぞ」
私が謝罪を言い切る前に光が叫んだ。焦凍さんが振り返ると、光は許すものかときつく睨んだ。
「…あたしと泉が本当に結婚しないからなんだ。お前のとこに戻るのが当然だなんて思うんじゃねぇぞ。…泉!」
視線が私に移ったが、睨んだままだ。光は私にも怒っているらしい。
「そいつは泉の気持ちを大事にせずに中途半端に優しくしやがった。そんな曖昧な態度でいる奴は、見放されて当然なんだ!…この際だから言うけどな…!泉ももっとぶつかっていけば良かったんだ。一度でも理由を聞いたのかよ⁉思ってること言えねぇなら別れろよ…」
いつの間にか光は泣き出してしまった。私に対してたくさん言葉を飲み込んでくれていたんだと気が付く。言わずに助けてくれていた。気が付かなくてごめん。
隣に立つ切島さんを見ると、光が肩を震わせる姿にどうして良いかわからない様子だった。私だって光の涙を見るのは久しぶりだ。
乱暴に頬の涙を拭うと、光は続けた。
「…ったしは笑顔の泉が好きなんだ。そいつの側で…!あたしの知らない顔で…!幸せそうに笑う泉だから!轟にやっても良いと思ったのに…大事にしないならやらねぇよ…」
「…光…」
光の言葉に涙が出た。
一度流れ出てきた涙はどんどん出てきてうまく止められないのか、光は困惑していた。
「くそっ…とまらねぇ…!」
緩んでいた轟さんの手を乱暴に振り払い、光に駆け寄って抱きしめた。
「ごめん!ごめんね光…!」
「怒れってば!あたしんとこ来てんじゃねぇ!」
光は涙をこぼしながら、子どものように地団駄を踏んだ。
「やだ!私は光が好きだもん」
力を込めて抱きしめると、光は大人しくなった。私達が2人でぐすんぐすん泣いている間、焦凍さんも切島さんも声をかけてこなかった。
「なんで光が泣いてんだ」
ドスの効いた声が聞こえて、恐る恐る顔を上げた。真顔のかっちゃんが立っていた。あ、やばい。直感がそう言った。
「かっちゃん…」
さっき光がかっちゃんのとこ行くって言ってたから、様子見に来てくれたんだ。今じゃなきゃ良かったのに…!光は振り返らずに私にしがみついた。
近くにいた切島さんはどうしていいのか分からず、私たちとかっちゃんを交互に見ていた。
「ば、爆豪…」
切島さんが口を開くと、かっちゃんは静かに頭を上げた。
「光を泣かすなんて良い度胸してんじゃねぇか…切島」
いつもなら怒鳴っているだろうかっちゃんが静かに言うので、背筋が凍った。
かっちゃんが手のひらに小さな爆発をいくつも起こした。
「わー‼⁉かっちゃんダメだって!」
後から慌ててやってきたお兄ちゃんが、状況を理解していないながらもかっちゃんの腕を押さえつけた。
「こんなとこでやるなよ、かっちゃん!」
「うるせぇ!離せ!クソが!」
かっちゃんはお兄ちゃんを振り解こうともがいていた。
「かっちゃん、ごめんね。私が光を泣かしちゃったの…。だから大丈夫」
私の言葉を聞いてかっちゃんはもがくのをやめた。お兄ちゃんはほっしてため息をつきながら、かっちゃんを離した。
「そうなんか」
光は頷く。
「…だって…泉が怒らないから…」
私は光の背中をそっと撫でて、体を離した。寂しそうな顔をする光に両手で両頬に触れて笑いかけた。
「私のために怒ってくれてありがと。光大好き」
「あたしも…大好き」
光はまだ涙を流しながら言った。
「…せっかく可愛く化粧してもらったのに、私たち台無しだね」
光の涙を親指でぬぐう。
「泉、これ使え。まだ使ってないから」
いつの間にそばに来ていた焦凍さんが、ハンカチを差し出した。
「ありがとうございます。お借りします」
受け取ったハンカチで光の涙を拭く。
「泉と同じ匂いがする」
光がぽつりと呟いた。
「そうかなぁ?私には分かんないや」
笑って言うと「同じ洗剤使ってんだろ」と可笑しそうに光も少しだけ笑った。良かった…。
「爆豪光」
「…なんだよ」
「緑谷も」
「うん?」
「泉を大事にしなくて悪かった。もう逃げない。ちゃんと話す。だから頼む。2人で話をさせてくれないか」
「言う相手がちげぇだろ」
光はそっぽを向いてそれ以上何も言わなかった。私を理解してくれてありがとう、光。
「…泉。話をしてくれないか」
お兄ちゃんが優しく背中に手を置いた。お兄ちゃんはもう私の気持ちが分かってるみたいだった。
「大丈夫だよ」
お兄ちゃんが私の背中を押した。
未だ鼻をすんすん鳴らしている光をかっちゃんに託す。光はかっちゃんに撫でてもらって満足そうにしていた。
「控え室で話しましょうか」
焦凍さんと並んで控え室に入った。さっきまで座っていた椅子に腰をかけると、焦凍さんも隣の椅子に座って体を私に向けた。
「…焦凍さん」
焦凍さんの両手を取った。
「騙してごめんなさい」
「いや、元はと言えば俺がお前に向き合わなかったからだろ…。いつも聞かないふりをして…ごめん」
首を振る。
「光の言う通り、ちゃんと話をしなかったのは私も同じです。…どうして聞かないふりをしていたのか、ちゃんと教えてください」
光、怒ってくれたのにごめんね。私やっぱり焦凍さんに怒れないや。
「…自信がなかったんだ」
焦凍さんは俯いたまま、ぽつりと言った。小さな私からは俯いている焦凍さんの苦しそうな表情がよく見えた。
「自信、ですか?」
「…泉は俺にたくさん気持ちをくれた。泉が好きだって言ってくれる度に満たされた。泉が俺に幸せをくれたんだ」
焦凍さんが一生懸命言葉を選びながら話すのを私は静かに聞いていた。
「泉から貰ったのと同じくらいの幸せを返せる自信がなかった」
焦凍さんは今にも泣きそうだ。
「だから泉に結婚してほしいって言われても、どうしたら良いか分からなかった」
「やだなあ、焦凍さん」
私が笑うと焦凍さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「そんなの…一緒に人生歩んでくれるだけで良いんですよ。私、焦凍さんのそばにいるだけでとっても幸せなんですけど…知りませんでしたか?」
焦凍さんは首を振った。
「焦凍さんは私といると幸せになれて、私は焦凍さんといると幸せになれる。じゃあ、2人一緒にいればいつも幸せですねぇ」
「…そう、だな」
焦凍さんの瞳に涙が滲んだ。私たちの視線が交わった。私は微笑んでいた。
愛したい、私はこの人を好きになった時にそう思ったんだ。どんどん惹かれていく中で、私は一生この人を愛すると決めたんだ。
「焦凍さん。私と一緒に楽しい時も嬉しい時も悲しい時も辛い時も、同じときを過ごしてくれませんか?」
焦凍さんが涙をこぼした。
「結婚、してください」
「あぁ…!」
「なんで泉が言っちゃうんだよ!プロポーズさせる計画だったろ!」
扉が勢いよく開いて、光が叫んだ。驚いて立ち上がって反論する。
「バレちゃった瞬間に計画は無効でしょ!」
「すまねぇ!俺がバラしちまったせいで…!」
切島さんが後ろから謝った。
「本当にな」
かっちゃんが責めるように言った。
「てかなんで聞いてるの!盗み聞き良くないよ!」
「泉」
焦凍さんが立ち上がって、ポケットから小さな箱を取り出した。
「本当は…ずっと前に用意してたんだ」
箱を開けると、中にはライムグリーンの綺麗な石の指輪があった。
「ペリドットだ。8月の誕生石。夫婦の幸福って意味らしい」
焦凍さんは言いながら指輪を取り出して、箱をポケットにしまった。優しい顔で笑うと「つけていいか?」と尋ねた。
黙って頷いて左手を差し出した。
焦凍さんは薬指に指輪をはめてくれた。
「愛してる、これからもずっとだ。もう絶対に離さない」
最後にぶわっと込み上げてくるものがあって、涙が溢れてしまった。
「私もっ、愛してます…!」
焦凍さんは私をしっかりと抱きしめてくれた。
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