恋人編
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今日はデートだ。だから私は浮かれている。
休みが合わなさすぎて、私が休み、轟さんが早番の日の夕方にデートをすることになった。轟さんの事務所近くの水族館に行って、ごはんを食べに行く。明日も仕事だから、過ごせる時間は短いけど、帰っても一緒に居られるんだから私は幸せだ。
待ち合わせ場所に早く着いてしまったので、そわそわしながら洋服に変なところがないか念入りにチェックする。
今日のデートのために新しく卸した、深緑のチェックのジャンパースカートに、控えめフリルのブラウス。長めの袖は火傷の跡を隠すため。ボルドー色のパンプス。頑張って5センチヒールにしたのは、ちょっとでも轟さんと目線を近くにしたいから。靴と合わせた赤いショルダーバッグ。ワンピースと合わせた深緑のベレー帽も被ってる。それから、変装用の伊達メガネ。これが意外と可愛い!
うん、今日も可愛い服に包まれて幸せだ。
そわそわ落ち着かずに何度も携帯を確認する。あと5分で待ち合わせ時間という頃に、轟さんから電話がきた。驚いて電話に出ると、申し訳なさそうな声が聞こえた。
「悪ィ、さっき事務所に戻ってきたとこで…」
きっと厄介なヴィランを相手にしてたんだろうなぁ。
「お疲れ様です」
「せっかく時間作ったのに悪いな…。急いで報告書書いて行くから」
「大丈夫ですよ!私のわがままを叶えてもらってるんですから。近くに…」
そう言いながら、どこか時間を潰せる場所がないかあたりを見回した。
「あ、喫茶店ありました!中入って待ってます」
轟さんが心配しないように、私は明るい声で待ってます、と告げた。電話の向こうで、轟さんが小さく息を吐いた。
「悪ィな」
電話を切って、私もため息を吐き出した。こんなことは日常茶飯事だ。ヒーローという職業である限り、不測の事態は起こりうる。仕方ない。そう言い聞かせて、喫茶店に向かった。
喫茶店で注文を迷っていると、店員さんがじっと私を見つめていた。
「あのっ!ファイアリーですか!?」
意を決したように質問をしてくれた店員の女の子に、違うとは言えない。笑って肯定した。
「そうですよ!」
高くない知名度だけれど、知ってくれている人がいると嬉しい。にっこり笑って返事をすると、ファンなんですと言ってくれた。同い年くらいかな。
「嬉しいです。ありがとう!」
「私服可愛い…!ゆっくりして行ってくださいね!」
褒めてもらって照れてしまうと、女の子はにこにこ笑っていた。
ボーっと外を眺める。15分くらいして、今から向かうと連絡が入った。少しでも早く会いたいので、ティーカップを片付け、さっきの店員さんに手を振ってお店を後にした。
待ち合わせ場所に向かいながら、メールをチェックする。ふいに前方が騒がしくなって、目を見張った。
「誰かッ…!そいつ捕まえてぇ!」
女性の叫び声とともに、バイクの音が一層大きく聞こえた。
「待ちなさい!」
「誰が待つかよ!」
通行人からバッグを奪い取ったとみられるヴィランがバイクに乗って走り去っていく。
「皆さん!端によけてください!」
通行人が避けてくれた。
叫んだ勢いのまま、息を思い切り吸い込んで、炎を噴き出した。
ひったくり犯のいる方向で何かが光った、と思うと同時に、炎が私に向かって飛んできた。後ろには人がいる。反応が遅れて、吸い込めたはずの炎を少し受けてしまった。
すぐに地面に向かって炎を噴き出して、勢いよく飛び上がった。
反射する個性?
空中で方向転換して、犯人がいる方へ炎で加速して落下する。
「へっ…あれじゃ燃えてんだろうなぁ!」
後ろを見ながら嘲笑う犯人に向かって。声を張り上げる。
「待ちなさい!っていってるでしょーが!」
犯人が驚いて、上を向いた。
個性を使うのは得策じゃないけど!もうひと噴きして、勢いよく蹴りをかましてやる。
「ぐぁっ…!」
顔面に綺麗に蹴りが入り、バランスを崩してバイクごと倒れた。すぐに起き上がって犯人に馬乗りになり、持っていたショルダーバッグの紐で手首を縛り上げた。
「よし、っと」
ふう、と息をつくと、周りから拍手が上がった。
中には私のことを知らない人もいて、誰?と言いながらも拍手をしてくれた。
「お巡りさん!こっちです!」
先ほど叫んでいたらしい女性が、お巡りさんと一緒に走ってきた。
「ヒーローの方ですか?」
「はい」
バッグの中から免許を取り出して見せた。
「ファイアリーです」
「そうでしたか!犯人確保ありがとうございます」
いくつかやりとりをして、犯人を警察の人に引き渡した。
「本当にありがとうございました!」
「いえいえ、たまたま近くにいたので良かったです」
「でも、洋服が…」
そう言われて、はじめて自分の洋服に目が行った。ところどころ焦げついていた。そうだ、今日はコスチューム着てないんだった。
「焦げてる…」
じわっと目頭が熱くなって、全身から力が抜けた。しょうがない。
でも、ヒーローだから。
「大丈夫です。ヒーローの務めですから」
にっこり笑うと、女性は安心したように胸を撫で下ろした。何度も振り返りながら、お礼を言ってくれた。
女性を見送ってからため息を吐く。
「泉」
顔を上げると、私のベレー帽を持って轟さんが立っていた。あ、帽子…。頭に手を乗せるとなかった。
「待ち合わせ場所近くに落ちてた。泉のだろ」
そっか、飛び上がったときに落ちちゃったのか…。
頷くと、一気に気持ちが落ち込んでしまい涙が溢れた。
「おつかれ」
そう言って頭を撫でてくれた。
「…洋服が…せっかくのデートだったのに…」
何日も前からずっと楽しみにして、新しい洋服をおろしたのに…。
「何も考えずに飛び出したんだろ」
その通りだ。何か事件かもとざわついた周囲に、思わず目を見張ってしまった。
「お前のおかげで笑顔になった人がいるだろ。かっこいいな、ヒーロー」
轟さんが優しく笑いながら、ベレー帽を頭に乗せてくれた。
そうだ、さっきの女性はバッグを取り返してくれてありがとう、と嬉しそうに言ってくれた。私も嬉しくなった。
「時間はまだある。水族館は…無理だが、家帰って着替えてから出てもご飯くらい行けるだろ」
ほら、と差し出された手を取った。涙を拭って顔を上げる。帰ったらどの服に着替えよう?
「はい!」
私って単純なやつだ。大好きな人の言葉でこんなにも元気になる。
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轟くんとのデート中にヴィランに遭遇→応戦という流れが最初のネタでしたが、待ち合わせ中になりデートは丸潰れとなってしまいました。2人ともゴメンネ。
実を言うと8割書いた時点で、ネタの覚え書きを発掘しました。書き直しがめんどくさいなんてそんなことはありません。書いたものがもったいない。(物は言いよう)
そんでもって犯人の個性、鏡で個性を反射させるんですが、よく考えたらフレクトさんと被ってる笑。まあ、劣化版ということで。
そうじゃなくても、口から火を噴く個性の性質上、飛び上がるときや空中で方向転換するときには服が燃えやすいそうです。コスチュームは言わずもがな耐火素材で出来てるので、燃えないんですが。
2021.10.01