恋人編
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俺はモブ田。ヒーローやってる。
といってもまだ事務所を持たない、サイドキックだ。
同期のサイドキックには、あのエンデヴァーの息子であるショートがいる。
どんな奴が来るかと身構えていたけど、話してみると普通にいい奴だった。
しかも、男の俺から見てもかっこいいと思うほど面が良い。
ショートはパトロールに出る度に黄色い歓声を浴びている。これで笑顔で対応するんなら鼻に付くんだが、そんなことはないどころか自分が黄色い歓声を浴びてることすら気が付かないくらいなので、同僚としては好感が持てる。
今日はそんなショートにまつわる話をしたい。
ある日のことだ。
共にパトロールから戻った俺たちは休憩を取ることにした。事務所内の食堂で一緒に食事を取った後、ショートはスマホのメッセージを見て「電話してくる」と言って席を立った。
少し歩いてから、何か思い出した様に戻ってきた。
「どした?」
「2階の休憩所にいる」
すぐにピンと来て返事をした。
「おう、分かった。何かあったら呼びに行く」
事務所の2階の休憩所は自動販売機が何台かと長椅子が2つ、ぽつんと置かれている。1階にも自動販売機はあるし、地下の食堂でも飲み物は飲めるので、休憩所にはあまり人はいない。
何でそんなところに休憩所があるのか不思議なくらいだ。電話するには丁度良いが、静かなので声はよく響く。
ショートが出て行ってから、コーヒーでも飲むかと立ち上がると、上司がやってきた。
「緊急会議だ、ショートは?」
「電話しに行ったみたいで」
「20分後に始めるから、それまでに呼んできてくれ。これ、資料な。会議の前に目を通しておけ」
「わかりました」
返事をして資料を受け取る。
さらば、俺のコーヒーブレイク。
悲しいぜ、と感傷に浸る間もない。さっさとショートを呼びにいかなければならない。頭を仕事に切り替え、階段を上りながら資料をざっくり読んだ。
2階に着いたところで奥からショートの声が響いて聞こえてきた。
ショートの電話の相手は誰なんだ?っていうかショートは電話でどんな事を話すんだ?
悪いとは思ったが、好奇心が勝った。俺は忍び足で奥へと歩き出し、そっと聞き耳を立てた。
「あぁ、まだ大丈夫」
「そうだな」
「うん、わかってる」
「ありがとな」
ショートは言葉少なな相槌しか打っていなかった。
姿は見えないけど、俺には分かる。ショートは嬉しそうに笑ってるはずだ。
普段から表情の乏しいショートが嬉しそうに話すところなんて俺はまだ見たことがない!笑ったところすら…数えるくらいしか見たことないぞ…!
さては彼女か!?
「ショート!」
俺はさも急いで来ました、という体で陰から飛び出した。
ショートは俺の姿を見ると、壁にもたれかかっていた体を起こした。
電話口に「ちょっと待ってくれ」と言って、スマホを肩に当てた。
「どうした?」
なんだ、俺には真顔か。まあいい。真面目な仕事の話だ。俺も気を引き締めて返事をした。
「緊急会議だそうだ」
「分かった」
「ごめん」
ショートは電話に戻ると、すぐに詫びる言葉を口にした。電話を終えてしまうのが残念な様子だった。
俺は待つふりをして、そっと耳をそばだてた。
「仕事ですか?」
耳を澄ましていると電話の向こうから女性の声が聞こえた。
「大丈夫だって言ったのに悪いな」
「いえ、私こそ。忙しいのにすみません」
「会議だから気にするな」
「早く行ったほうがいいんじゃ…」
「大丈夫だ」
「だめですよ、早く行ってください!」
「分かった分かった」
口ではそう言うが、ショートは楽しそうだ。
「じゃあ、また連絡しますね」
「…あぁ、またな」
電話口だと言うのに、ショートは相手を気遣う様に優しい声で穏やかな表情をしていた。
「待っててくれたのか」
電話を切ったショートは、俺に問いかけた。
「あぁ、資料。会議前に目を通すようにって」
俺は上司から受け取った資料をショートに渡した。
「…今の電話、彼女から?忙しい俺らにしたら、貴重な時間なのに間が悪かったな会議なんて」
さっき読んだ資料に再び目を通しながら、カマをかけてみる。
「…彼女じゃない」
お?ニヤニヤしないように気をつけながら再び問いかける。
「じゃあ、好きな子?」
ショートは何も答えずに歩き続けた。ちらっと横顔を見ると、少しだけ眉間に皺が寄っていた。
まずい、怒らせたか?
なんでそんな事を答えなきゃいけないんだ、と言わんばかりのショートに、口を閉じる方が賢明だと判断した。素直に謝っておく。
「すまん。いつもあまり表情変えないショートがすごい優しい顔してたから気になって」
「…別にいつもと変わんねえだろ」
それでその話は終わりになった。
んだけど、いや…!!まじであの電話相手は誰だったの!?
しばらく仕事で一緒になる度にショートを観察していたけど、あの日以来電話してるところを見かけない。
気になる!!!
そんなことを考えていた矢先、単独パトロール中にヴィランと応戦することとなった。たまたま近くをパトロールしていたデクが駆けつけてくれて、すぐにヴィランを捕まえることが出来た。
警察に連絡をしてから、閃いた。そうだ、デクに聞いてみればいい。もしかすると何か知っているかもしれない。
「助かったよ、デク!ありがとうな」
「現場で会うの久しぶりだね」
管轄が近いので、いつもはヴィラン犯罪対策の会議などで会うことが多い。ショートも交えて良く世間話をする。
「不躾で悪いんだけど、ちょっと聞きたいことがあるんだ。仕事じゃない話で、世間話だと思って聞いて欲しい。って言うか気になってしょうがなくて…」
「どうしたの?」
「…この前さ、ショートがやたら嬉しそうに電話してたんだよ。電話口から女性の声が聞こえてさ…。なぁ、何か知ってる?」
「え!?ショートくんはなんて?」
デクは驚いていた。
あれ?もしかして何も知らないパターン?
「彼女?って聞いたら、違うって。じゃあ、好きな子?って聞いたら眉間に皺寄せててさ。…あんな柔らかい顔で優しそうに話すショート見たことないんだけど。絶対なんかあるだろ!?」
「へぇ!?」
デクの声が裏返った。
あ、違う。これは知ってるやつだ。うーんうーんと唸りながら考えるデクに、訳ありなのかと思い始めた時とき、
「おにいちゃーん!」
空から声が降ってきた。
ぱっと見上げると、ヒーローの…確かあれは…
「受け止めてー!!」
火を噴いて空中でくるりと回転すると、背中から落ちてきた。デクは仕方がないというような呆れた顔をして、ジャンプすると落ちてきた彼女を捕まえた。
「ナイスキャッチ」
綺麗に受け止めたので、称賛する。
「ありがと!」
「君ね…僕がいなかったらどうしたんだよ」
「炎で落下速度緩めて降りるよ。調整難しいから、お兄ちゃんがいて良かった~!」
「デクでしょ」
「あはは、そうだった。ごめんね、おに…じゃない、デク。静かになったから終わったんだな~って思ったんだけど、こっち来ちゃったし挨拶だけでもしておこうと思って」
「そっか」
「お兄ちゃんがいてラッキー!」
呆れながらも、デクは嬉しそうだった。
そうそう、この子はまだデビューしたての新人さん。
1度か2度現場で会ったことがあるので、お互いに誰かは認識してる。
「こんにちは!」
俺と目が合うと、ぱっと笑顔を作った。
笑顔の眩しい、デクの妹。
「よう、ファイアリー」
「ヴィラン応戦中って無線が入ったんです。うちの事務所は索敵が上手な人がいるんです!一般人の被害がなくて良かったですね!」
「眩し…」
にこにこしながら話すファイリーの笑顔が眩しすぎて、思わず目をつぶった。
「さっ、ヴィラン捕まえたし引渡しだけで、もう大丈夫だから君は早く自分の管轄に戻りな」
デクはファイアリーを回れ右させると、背中を押した。
「えー?せっかくお兄ちゃんに会えたのに?」
顔だけ振り返って、口を尖らせる。
「君を待ってる人がたくさんいるよ」
「どうしたの、急かしたりして…お兄ちゃんなんか変よ?」
俺も思った。兄妹喧嘩なのかとちょっと離れておく。
2人の後ろから誰かやってきた。目を凝らす。
「あ、ショート」
「え!?」
デクとファイアリーは2人同時に勢いよく振り返った。
「こっちー!」
俺は手を上げショートを呼んだ。
「悪い、遅くなった」
「大丈夫だ、気にするな。デクが駆けつけてくれたおかげですぐ捕まえられたしな」
「やあ、ショートくん」
デクはぎこちない笑顔を作った。
仲良いはずなのになんだ?
「助かった、ありがとな」
状況を把握し終えるとショートは、ファイアリーに向直った。
おや?
ショートの顔を見るとファイアリーに会えて嬉しそうなのが滲み出ていた。
「とど…じゃないですね、仕事中だから…ショートさん!お久しぶりです!」
「そうだな、元気だったか?」
少し恥ずかしそうにファイアリーは先程の眩しい笑顔ではなく、はにかんでいた。
「もちろんです!と…ショートさんも元気そうで何よりです!」
「この前電話悪かったな。せっかく時間取れたのに」
電話!!?
「いえ!ちょっとだけでもお話しできましたから!」
電話してた時と同じ顔してるわ…。2人は俺とデクがいるのを忘れてしまったかのように会話を楽しんでいた。
身振り手振りで楽しそうに話すファイアリーを、ショートは柔らかい表情で愛おしそうに見つめていた。
これは黒だ。確信した。おーい、一応仕事中ですよー。
あ、ファイアリーの手がショートの腕に当たった。ショートのやつ、あんな楽しそうに笑って…。
「なぁ、デク。あの2人って…つき…あってないのか?ショートのやつ、彼女じゃないって言ってたよな…」
「…やっぱり気がつくよね…。だから早く戻れって…」
デクは盛大なため息をついた。
あぁ、そういう。こういうことになるから、ファイアリーをショートに会わせたくなくて、早く戻るように急かしていたのか。
「そう、ショートくんの言う通り付き合ってないんだよね…」
「どう見ても両想いだろ…?」
俺の目がいかれちまったのか?
「そう言うことに鈍感な僕ですら気づいたんだけどね…」
「まじか」
2人を見ながら呆気に取られてしまう。空気が恋人のそれなのに、当人たちはなぜ気が付かない?
「このこと秘密にしててね。2人のこと見守りたいし、妹が悲しむとこ見たくないし…ね?」
にこっと笑ったデクは怖かった。
「…脅してる?」
思わず聞いてしまった。
「えっ?脅すなんてそんな…!ただ僕はお願いしてるだけだよ、可愛い妹のために」
笑顔のままのデクは完全に狂気。怖い。
俺は頷く事しかできなかった。
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ちなみにこちらが轟と泉の会話内容です
「轟さん時間大丈夫ですか?」
「あぁ、まだ大丈夫」
「最近は仕事忙しいんですよね。なかなか連絡が噛み合わないですもん」
「そうだな」
「あ、そうだ!轟さん、今朝もニュースになってましたね!期待の若手ヒーローお手柄!って。…お忙しいとは思いますけど体には十分気を気をつけてくださいね?ヒーローは体が資本ですよっ!」
「うん、わかってる」
「…私も心配してます。無茶だけはしないようにしてくださいね」
「ありがとな」
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ちょっとした補足。
泉はどのお話の中でも、轟に面と向かって「好きです!」と好意を伝えています。それに対して轟は「そうか」といつも答えます。
(これはほぼ全ての話の中での前提)
今回のお話の中の轟は泉への恋心を自覚していません。
泉は轟が自分をどう見ているか気がついていないので、恋人ではなく「付かず離れず」の関係なのです。
忙しい中でも、時々メールや電話に付き合ってくれるのは、「轟さんが優しいから」なのだと思っています。
そんな2人の、他人から見たお話でした。
2020.12.21
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