0.妹の原点
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世界は平等じゃない。
私は3歳にして、その事実を知ってしまった。
「おかーさん!はやくはやく!」
「またぁ?出久だけで再生数一万は増やしてるんじゃない?」
「泉も!泉も!」
抱っこを求めて、お兄ちゃんの座る椅子によじ登ろうとした。お兄ちゃんが引っ張ってくれるが、1つしか変わらない小さな子どもには難しいようで、母に抱き上げてもらって、やっとお兄ちゃんの膝の上に座ることができた。ここが、私の定位置。お兄ちゃんはシートベルトのように、私のお腹のあたりに腕を回した。その手には、オールマイトのフィギュアが握られていた。私は満足して、鼻息を荒くした。
「お母さん、怖くてみれんわー」
母がパソコンを操作して、お目当ての動画を開いてくれた。動画が始まると、兄は目を輝かせて画面の中で笑っているヒーローに夢中になった。
「かっくい〜!」
私たちの声が揃う。
「ちょーかっこいいヒーローになるんだ!」
「泉も!おにいちゃんとヒーローになるの!」
「ふたりのちからをあわせたら、ちょーすごいヒーローだよ!」
「うん!」
夢を語るお兄ちゃんの顔は、とても眩しかった。オールマイトは…ヒーローは、お兄ちゃんを簡単に笑顔にしてしまう。それってとんでもなくすごいことだ。
大好きなお兄ちゃんのきらきら輝く瞳を見て、私はヒーローに憧れた。ヒーローになったら、お兄ちゃんがきらきら笑顔で私をみてくれる。ヒーローになって、みんなを笑顔にするお兄ちゃんのすぐ隣に立っていたい。
しかし、現実は残酷だ。
「お母さん、見てよ…。超かっこいいヒーロー…僕もなれるかなぁ…」
「ごめん…!!ごめんね…!」
泣いて謝る母を、私は部屋の入り口から見ていた。無個性だと診断されたお兄ちゃんは、どうあがいてもヒーローにはなれないのだと知った。
それからしばらくして、私の個性が発現した。3歳半の頃だ。父と同じ火を噴く個性。食事中のことだった。温かいうどんを冷まそうと息を吹きかけようとしたら、炎が飛び出した。
自分が噴き出した炎のきらめきを見ながら、私は世界はなんと残酷なのだろうと思った。私の口から出た炎が机の上で燃えていたらしく、母が慌てていた。隣に座るお兄ちゃんが絶望の顔で私を見ていたが、すぐに世界が歪んで何も見えなくなった。
なんでヒーローになりたいお兄ちゃんではなくて、お兄ちゃんと一緒にヒーローになりたい私が個性を持ってしまったのだろう。
個性があれば、ヒーローになれる。だけど、私1人がヒーローになっても、なんの意味もないのだ。お兄ちゃんと一緒じゃなきゃ嫌だ。
「泉はいらない…!!」
しゃくり上げるたびに、口から炎が飛び出した。
「泉、落ち着いて…!ゆっくり息をするのよ…お願い…落ち着いて、ね?」
「おにいちゃんにあげてよぉ…!!」
お母さんは泣きながら、私に水をかけていた。身体中が燃えているかのように熱かったから、水をかけられたのに寒くなどなかった。お兄ちゃんに個性をあげてと泣きじゃくる私のそばで、私を心配しながらもお母さんはお兄ちゃんを無個性に産んでしまったことを詫びているように見えた。
「ありがとう…泉は優しいね」
お兄ちゃんは顔を歪めながら無理矢理笑って、私を抱きしめてくれた。その瞬間、お兄ちゃんを傷つけてしまったと気がついた。なんで世界は平等ではないのだろう?
これから先、ヒーローになりたいと口にするたびに、お兄ちゃんを傷つけてしまうのだと思った。そんなのは嫌だ。もう言わなければいい。お兄ちゃんと一緒でなければ、私がヒーローを目指す理由はないのだし、お兄ちゃんにこれ以上傷ついて欲しくなかった。幼い私は間違いなくそれが正解だと信じて疑わなかった。
泣きそうになりながら抱きしめてくれた、世界で一番大好きなお兄ちゃんをこれ以上悲しませたくなかった。
幼いなりに精一杯考えて、泣かずに笑っていようと決意した。
個性の発現以降、私はときどき発熱するようになった。心配に思った母が私を病院に連れていくと、個性の影響ですねとあっけらかんと言われた。個性が体に合っていないのかと心配していた母は、一瞬で力が抜けたらしい。
「なんとも不思議な個性ですね。体内の炎は彼女のエネルギーであるのに、使わなければ熱がこもってしまうみたいなんですよ」
「どうしたら良いんですか…?」
「まあ簡単に言えば、エネルギーが有り余ってるので身体を動かせばいいだけです」
にこやかな医者に告げられた助言を実践して身体を動かすようになると、私は発熱をしなくなった。そして、それは同時に私の体力向上につながり、私の日課となるジョギングの始まりだった。
さらに時が経ち、私たちは小学生になった。ジョギングは欠かさず続けていて、同年代ではかなり元気のある女の子に育っていた。お兄ちゃんとは変わらずだ。お兄ちゃんのヒーロートークに耳を傾け、一緒に遊び、まれに喧嘩もするが、とても仲の良い兄妹。
ある時お兄ちゃんと一緒に家に帰る途中で、後ろから来た上級生が抜き去るついでに、ツルのような個性を使ってお兄ちゃんを転ばせた。
「痛っ…!」
べしゃ、とお兄ちゃんが地面に転がった。
「お兄ちゃん…!」
お兄ちゃんを助け起こそうとしゃがみ込むと、上級生たちの笑い声が聞こえてきた。
「知ってるか、こいつ無個性なんだぜ」
「なーんにも出来ないんだよなー」
「なのにヒーローになりたいんだってよ」
「無個性のくせに!」
上級生たちは、お兄ちゃんを指差してくすくす笑っていた。カチンときた私は、振り返って、思い切り火を噴いて睨みつけてやった。
「あっつ!?」
オレンジ色の炎は、上級生の目の前にぼおっと音を立てて広がって消えた。
「このチビ…!何しやがんだ!」
当てるつもりはなくて、ただビビらせてやろうとしただけなのに、上級生は激昂して反撃をしようとした。石のように変化させた拳を振りかざした上級生に対して、もう一度火を噴こうと息を吸った。
「やめて!!」
お兄ちゃんが私の前に立って両手を広げた。かっこよかった。私を守ろうとするヒーロー。
「おいおい、無個性でどーやって妹を守る気なんだよ」
半笑いの上級生が、お兄ちゃんを殴った。
「痛っ!」
殴られて尻もちをついたお兄ちゃんは、頬が擦れて血が滲んでいた。
「お兄ちゃんに何するの…!?」
前に出て、息を思い切り吸い込んだ、その時だ。
「どけ」
右袖を強く引っ張られてよろけて、お兄ちゃんの隣に座り込んでしまった。
「かっちゃん」
幼馴染で兄のような存在である、かっちゃんが私を押しのけて前に立っていた。
お兄ちゃんを無個性と笑い、木偶の坊のデクと蔑んでいたが、私にとってお兄ちゃんのような存在であることには変わりなかった。もちろん、お兄ちゃんを傷つけるところは許せないが。
以前にもかっちゃんが上級生と取っ組み合いの喧嘩をして、上級生を打ち負かしたところをお兄ちゃんと一緒に見ていたことがあった。
いつの間にか、私たちは上級生と喧嘩するかっちゃんを食い入るように見ていた。かっちゃんは強い。とても格好良くて、すごい。
「…泉は、妹分だかんな。兄貴が守ってやんなきゃいけねぇんだよ」
お兄ちゃんとかっちゃんが、守ろうとしてくれたことがとても嬉しかった。私は自分が笑顔になっていることに気がついた。隣にいるお兄ちゃんもきらきらと目を輝かせていた。ヒーローは、人を簡単に笑顔にしてしまう。お兄ちゃんもかっちゃんも、簡単に人を笑顔にしちゃう、かっこいいヒーローなんだ。
上級生がしっぽを巻いて逃げてしまったあとで、お兄ちゃんはありがとうと言った。でも、かっちゃんは「寝言は寝て死ね」なんて悪態をついて、1人でさっさと帰ってしまった。
人を助けるために悪に立ち向かうヒーローになりたいと思った。2人の兄のように…。
でも、無個性でありながらヒーローになりたいと言うお兄ちゃんの前で「ヒーローになりたい」なんて口が裂けても言えるわけがなかった。夢はとうの昔に諦めた。
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