L&H 学生編(本編)
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「あれ、妹ちゃん?」
3階の廊下で窓から外を眺める泉を見つけて、瀬呂は声をかけた。振り返った泉にいつもの笑顔はない。
「瀬呂さん」
少し困ったように、こんにちはとぎこちなく笑った泉に首を傾げた。元気のなさそうな様子になるべく、いつも通りの軽い調子で聞くことにする。
「今日は1人?轟は?」
「1人ですよ。なんでそこで光じゃなくて、轟さんの名前が出てくるんですか?」
「最近よく一緒にいるとこ見るから」
「そんなに一緒にいますか?」
「いるいる」
隣に並び立ち、泉が見ていた方向へ視線を送ってみる。窓の外は裏庭だ。
「あ、轟」
どうしても目立つ髪色の同級生が、見知らぬ女子と向かい合って立っていた。
なるほど、と声を出さずに納得した。まもなく卒業。ヒーロー科の自分たちは忙しくてしょうがないのに、卒業の空気に押されてか、告白のシーズンが到来している。クラスの女子たちがイケメンと騒ぐ轟をはじめ、男女問わず結構な呼び出しがあるようだった。瀬呂も先日呼び出しを受けた。
「告白するみたいですね」
轟と女子を見ながら呟いた泉の言葉に、瀬呂は窓枠に軽く頬杖をついて相槌を打った。
「最近多いよな〜」
「轟さんが告白されてるのを見たの、これで3回目です」
「轟だもんなぁ」
轟がどんな表情なのかは、3階からはあまり良く見えなかったが、緊張している様子で一生懸命に話す女子の話を黙って聞いているようだった。
「妹ちゃんは、告白しねぇの?」
瀬呂は少しづつ変化する2人が、どうなるのか気になっていた。兄の緑谷には見守ってほしいと言われていたが、ちょっと探りを入れるくらいは許されるだろう。
「えっ」
「…しないか、いつもしてるもんなぁ」
驚く泉に瀬呂は茶化すように話し続けた。真面目に話すつもりはない。本人がしたくない話を無理矢理聞き出すのは良くない。あくまであわよくば、だ。
「先週だったか…2人が一緒にいるとこ見たけど」
瀬呂は、最近の2人の様子を思い出していた。泉の横で眠ってしまっていた轟や、泉がクラスメイトたちと遊んでいるところを轟が面白そうに見ていたこと。
秋くらいから時々2人でいるらしい、とクラスメイトたちの中ではもっぱらの噂だった。兄に用があって寮に来ている時も、2人はよく話している。
先週瀬呂が見かけたときには、楽しそうに、身振り手振り、表情をコロコロ変えながら喋っている泉に轟も穏やかに笑いながら、話を聞いていた。そのうちに、轟も話始めて、泉が笑う。瀬呂には、轟が泉との時間を楽しんでいるように見えた。緑谷には轟が泉に恋愛感情を持ち始めたんじゃないかと話したが、今はもう確信に変わっていた。
「2人とも楽しそうだったな」
下を向いたまま、呟く。
「妹ちゃんは気づいてる?」
何のことかは言わずとも分かったらしい。
「やっぱりそう見えますよねぇ…?」
「すげぇ分かりやすいもん」
瀬呂の言葉に泉はため息をついて、口を尖らせた。
「私が気づいてても、轟さん自身が気づいてないみたいなんですよ」
「ま!?」
驚いて大きな声を出てしまった。大きな声に驚いて振り返った泉と目が合う。
「まじか〜…」
まさかの事態だ。付き合い始めたわけではないと思っていたが、轟が自分の気持ちに気づいていないのは全くの想定外だった。
「轟さんには内緒にしてくださいね」
困ったように眉毛を下げた泉に、渇いた笑いが出てしまった。
「言えねーよ、そんなこと…」
再び外を見た泉につられて、瀬呂も下の2人に視線を戻した。
女子が何かを言ったらしい。轟が体を半分に折って、詫びているようだった。女子が涙を拭って、走り去っていった。
ため息をついて顔を上げた轟は、窓から下を眺める瀬呂と泉に気がついたらしい。瀬呂が手を振ると、答えるように轟は手をあげた。泉も轟に向かって、控えめに手を振った。
「あーあ、あんなに嬉しそうな顔しちゃって」
泉を見つけたからか、轟は嬉しそうに顔を綻ばせた。今し方、告白を断った人の表情とは思えないと思いながら、瀬呂はそっと窓を開けた。
「そこで何してんだ?」
すぐに少し声を張り上げて、轟が訊ねてきた。
「たまたま会ったから、人生相談してんの」
笑いながら、瀬呂は答える。
「また何か悩んでんのか?」
泉の方に視線を向けて心配そうな声のトーンになった轟に、瀬呂は顔を伏せて笑った。まさか轟の話だとは言えるわけがない。聞かれた本人は返答に困っているようだった。
「俺のって言っていいよ」
小さな声に促されて、泉は瀬呂さんのですよーと下に向かって叫んだ。そうか、それなら良かった、と轟は手を上げて、昇降口へ戻っていった。泉は胸の前で手をぎゅっと握っていた。
「さすがに1月はさみーなぁ」
瀬呂が窓を閉めるのを見ながら、泉は口を開いた。
「さっきの話ですけど…私、最後にちゃんと告白しようと思ってるんです」
瀬呂は静かに泉の方を向いた。まさかその話に戻ってくるとは。
「私の話、聞いてくれますか?」
「俺でいーの?」
「聞きたいのかなって思ったのですが…違いましたか?」
「バレちゃったか」
ははっと笑うと、泉が頷いた。
「おっけ。真面目に聞く」
泉は窓にもたれかかって話をし始めた。
「私、お兄ちゃんが雄英に受かったときに、もう2度と何も諦めないって決めたんです」
多くは語らないが、大好きな兄の個性に関することだ。きっと泉は無個性の兄はヒーローになれない、と諦めていたのだろう。当たり前の話だ。その兄が雄英に受かったのだから、泉にも大きな影響があったのだろう。
「轟さんを好きになったときも、恋も夢も諦めないって決めたんです。諦めないって言っても人の心ですし、限度はあるのは分かってるんです。だから、最後に一度だけちゃんと告白して、轟さんが気づかないようなら、思い続けるだけにしようと思ってるんです」
「それが、泉の諦めないになんの?」
泉の顔を覗き込むようにして、瀬呂は聞いた。顔をこちらに向けた泉は頷く。
「はい」
意志の強い瞳だと、瀬呂は思った。
「…轟さんがちょっとだけでも私の方を見てくれて、笑いかけてくれた…そんな奇跡のような出来事と…。私は轟さんのことを好きなんですよって、分かってもらえただけで…私には十分すぎるんです」
やっといつもの笑顔の泉になった。
「その先は望まねぇの?」
「望まないと言えば、嘘になっちゃいますね」
「しんどくない?」
「それがそんなにしんどくないんですよ」
どうしたものか、というように泉は腕組みをするが、すぐに楽しそうに笑いだした。
「轟さんに気づいて欲しいなぁって思わなくもないんですけど、今轟さんが穏やかな表情で私と向き合ってくれてることが、私は本当に幸せなんです。だから、轟さんが気づかなくてもそれでいいんです」
轟のことを思い浮かべて、笑みを浮かべるこの少女は本当に自分の一つ年下なのだろうか。他人のことを見返りなく、こんなにも想えるなんて。
「私はずっと好きでい続けるんですけどね」
泉は何の迷いや恥じらいもなく、晴れやかに笑った。
2023.01.25