L&H 学生編(本編)
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「笑っていて、いいんだと思う?」
それは何ヶ月か前に幼なじみにした質問だ。どうしたいかによるでしょ、と幼なじみは考える様子もなく答えた。
他人にしたら素っ気なく思える返事だけど、光なりの励ましだ。私の恋を静観すると決めているらしい光は、多少の牽制はしつつも、余計なことはしない。
「あ…!」
食堂を出て、教室に戻る途中にある廊下に轟さんが立っていた。誰かを待っているのかもしれない。私が気づいたことに気がついて、手を挙げる。
「ちょっと行ってくるね」
一緒にいた光を振り向くと、頭を撫でて歩いていってしまった。光の後ろ姿を見送ってから、轟さんに駆け寄る。
ここの廊下は陽当たりが良いのに、準備室しかないからかいつも静かだ。
「轟さん」
「久しぶりだな」
頷いてから、周りを見渡す。お兄ちゃんや飯田さん、誰かを待っているのかと思ったが、人の気配はない。
ひとりですか?と訊ねると、そうだと返ってきた。
「どうしてここに?」
首を傾げると、轟さんは爆弾を投下する。
「泉に会えるかと思って」
え。と声に出したはずが、驚きすぎたのか、口がぽかんと空いただけだった。
「口が空いてる」
轟さんがおかしそうに笑う。
「今日、たまたまですか…?」
震えそうになる声で聞いてみる。
「時々な。食堂の近くにいたら、見つけやすいだろ」
時々。
1人で立って、私を探していたってこと?私に会うために?
「泉がいつインターンに行ってるか知らねぇし、俺もインターンあるしな」
信じられない。心臓が撃ち抜かれたみたいに苦しい。
「嬉しいです…。私、轟さんに話したいこといっぱいあったんです」
「俺も、その話を聞きたかった」
穏やかだ。轟さんが静かに笑みを浮かべている。今、トキメキで心臓を鷲掴みにされたのに、轟さんの纏っている柔らかな空気で不思議と落ち着いてきた。
でも、どうしてそんなふうに笑うんだろう。
「…どうした」
私がじっと見ていたことに気がついて、轟さんはまたおかしそうに笑った。好きだなぁと思った。
なんでもないです、と首を振って話し始める。
「ちょっと前の話なんですけど、パトロール中にお蕎麦屋さん見つけたんです。車も通らないような、細い路地があって。マッドマンさんが、こういうところは見えにくいから要チェックって言ってて…。あ、今の事務所、マッドマンさんがいるとこなんですよ。マッドマンさん、色々と細かいところまでしっかり教えてくれるので、勉強になる、んです…」
なんでそんなに穏やかな表情をしているんだろう。前までも、こうやって私の話を聞いてくれていたけど、明らかに何かが違う。でも、何が違う?
「だろうな。骨抜は周りもよく見てるし、対応も柔軟だ。勉強になるんじゃないか。………どうした?」
見すぎてしまった…!慌てて首を振って話を続ける。
「お兄ちゃんも同じこと言ってて…1年のときの合同演習のときの話をしだしちゃって、止まらなくなっちゃって」
そのときのことを思い出しているのか、轟さんは遠くを見ていた。
「…どうした?」
私の話が止まると、轟さんが不思議そうに尋ねる。
また首を振るが、なんの話をしていたのか忘れてしまった。
「あれ、今なんの話してましたっけ…?」
「最初は蕎麦屋の話。そのあとはマッドマンの話だ。…今日なんか変だな」
轟さんに言われたくない。反射的に思ってしまった。演技のできない私、やはり顔に出たらしい。
「眉間に皺が寄ってる」
怪訝な顔になっていたらしい。ふと、轟さんが手を伸ばして、眉間の皺に触れた。
驚いて固まっているのに気が付かないのか、轟さんは眉間を撫でていた。
「ん、治ったな」
脳内で爆発が起きた気がした。
さっきまでも微笑みを湛えていたけど、今は満足したように口角をあげていた。
手を離されてすぐ、両手で顔を覆った。顔が真っ赤なのが分かる。耳の先まで熱くてしょうがない。これ以上は目に毒だ。
「…何してんだ」
「轟さんのことが好きすぎて直視出来ません」
「なんだそれ」
指の隙間から盗み見ると、喉を鳴らして笑っていた。
どうしよう。
やっぱり自惚れていいのかもしれない。
「泉といると退屈しないな」
「そうですか?」
今顔を見せてしまえば、気がついたことがバレてしまう。覆い隠したまま、会話をつづけようとする。
「またここで会えるか」
優しい声で訊ねられる。
「会えないときもあるだろうけど、昼休みにここで」
ちょっとだけ、表情を見たくなって、目を覆っていた手を下にずらした。
「…もちろんです」
答えると、轟さんは嬉しそうに微笑んだ。私はゆるむ頬を両手で押さえつけながら、思う。
私の好きな人は、私のことを好きなのかもしれない。
「そろそろ戻るか」
「はい」
私は轟さんを好きでいたい。
そして、笑っていたい。
「轟さん」
先に歩き始めた轟さんは、立ち止まって振り返ってくれた。
口元を隠していた手を外して、後ろで組んだ。
「好きです」
いつもように笑って言うと、轟さんはそうか、と微笑んでくれた。
2023.01.03