L&H 学生編(本編)
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夢を見た。轟さんに責め立てられる夢だ。いつものように私が轟さんに好きだと言うと、お前のそれは愛なんかじゃない、ただのエゴだ、と一方的に延々なじられた。
目が覚めたときには枕が涙と汗でびっしょりと濡れていた。ひどく早く鳴っている心臓を落ち着けようと、あれは夢だと何度も呟いた。ようやく心臓が落ち着いた頃に、ベッドから起き出してカーテンを開けると雨が降っていた。雨があまり好きじゃない私は、げんなりしてしまった。お兄ちゃんに会いたい。
朝からずっとその夢が頭から離れなくて、悲しくて泣きたくてたまらなかった。早くお兄ちゃんに会いたかった。
放課後、気がつけばお兄ちゃんの教室の前に立っていた。どうやってここに来たのか、さっぱり覚えていなかった。
「あの、すみません。お兄ちゃん呼んでもらえますか?」
教室に入っていく気力がなく、入り口の席の青山さんに声をかけた。私の顔を見て青山さんは心配そうな顔をした。
「…大丈夫かい?」
返事をする元気がなくて、首を振った。
「ごめん、余計なことを言ったね。…緑谷クン!泉クンが呼んでるよ」
青山さんが教室の入り口からお兄ちゃんを呼んでくれた。
「泉が?」
顔を上げたお兄ちゃんは目を見開いた。いつもならお兄ちゃんの教室だろうが気にせずに元気よく、お兄ちゃんのところへまっすぐ行く私がただ入り口で突っ立っているからだ。
「お兄ちゃん」
頑張って笑う。お兄ちゃんには私がもう決壊寸前なのが分かったと思う。
「ど、どうしたの⁉︎」
慌てて駆け寄ってきたお兄ちゃんに堪えていた涙が出てきた。
「おにい、ちゃん…」
一歩足を踏み出してみるが、涙でお兄ちゃんが見えなくなった。お兄ちゃんに会えた安心で、踏ん張っていたもの全部が崩れ落ちた。
「うわああぁぁん」
崩れかけた私をお兄ちゃんは抱き止めてくれたけど、力が抜けて座り込んでしまった。轟さんがいるかいないかなど私はもう気にする暇などなかった。
教室の入り口でみっともなく号泣する私に、お兄ちゃんは大丈夫と優しく背中をさすってくれた。あぁ、お兄ちゃんだ。
「落ち着いた?」
私が泣き始めると、先輩方は静かに教室を出て行った。お兄ちゃんと教室に2人きりで、私は泣き続けた。
「ううん…ぐすっ…全然」
お兄ちゃんは私を青山さんの椅子に座らせて、自分は尾白さんの席に座った。私たちは向かいあって座っていた。
「…どうしたの?いくら僕が泉のことをよく分かってるっていっても限界があるからね。泣いてちゃ分かんないよ」
お兄ちゃんは私のことを本当によく分かってる。泣いてる理由を私が話さないはずがないことも。
「うん。あのね…あのね…」
言おうとして思い出して涙が出てきた。
「轟さんにね…、エゴだって…言われたの…!お前が言う好きって言葉は押し付けだって、自分が気持ち良くなりたくて言うだけじゃねぇかって…」
最後までなんとか言うが、涙がどっと溢れてきた。
「は?」
お兄ちゃんが殺気立つのを感じた。
「轟くんが?泉を?なんだって?」
私が驚いて見上げると、お兄ちゃんのまるっこい目が据わっていた。目から光が消えて、怒っているのが分かった。
「本当に轟くんがそんなことを言ったのだとしたら、僕は付き合い方を考える。…可愛い妹になんてことを…さすがに看過できないぞ…」
背筋が凍って、涙がぴたりと止まった。
「ち、違うの!轟さんじゃないの!」
「え!?」
「いや轟さんなんだけど!」
お兄ちゃんは訳が分からないと眉をぎゅっと寄せた。
「落ち着いて話そう?」
「…夢の中の轟さんなの」
「なんだ…夢か…驚かさないでよ…」
今朝見た夢のことをお兄ちゃんに話す。話し終えると、お兄ちゃんは優しく笑った。夢の話だからとお兄ちゃんは私の話を馬鹿にしない。だからお兄ちゃんに会いたかった。
「僕は恋愛のことはよく分かんないけど、轟くんが泉をそんな風に思ってないってことは分かるよ」
「轟さん優しいから嫌って言わないだけかも」
自分で言って悲しくなる。また涙が出てきた。
「轟くんはたしかに優しいけど、嫌なら嫌って言うと思う」
お兄ちゃんは私の頭をそっと撫でてくれた。撫でてもらうと安心出来てお兄ちゃんの方に椅子ごと体を寄せた。
「大丈夫、轟くんは泉のこと好きだよ…。あっ、好きって言うのは泉と同じ気持ちって意味じゃなくって…いやっごめん…!やな言い方した!えーっとえっと……」
しどろもどろで慌ててるお兄ちゃんが可笑しくて、くすくす笑ってしまった。
「お兄ちゃんの言いたいことは分かるよ。私と同じ好きじゃなくても、嫌いじゃないって言いたいんでしょ?」
「嫌いじゃないって表現をするほどではないかなって思ったんだけど…なんかごめん…」
ううん、と首を振った。
「ありがと。ちゃんと伝わってる」
「良かった」
お兄ちゃんは胸を撫で下ろし、ほっと息をついた。
「でも、珍しいね?」
「えっ?」
「いつもならどんなに怖い夢を見ても笑って話してたのに」
「…うん、まあいつもならそうかも」
「誰かに何か言われた?」
首を振って、なんにもと答えた。なんにもない。誰にも何も言われてない。
「ただちょっと、ちょっとだけね…図星だったのかな…」
「図星?…エゴって言われたのが?」
「うん。私は、轟さんの……。ねえ、お兄ちゃん?」
「うん?」
ちょっと迷ってお兄ちゃんを見つめた。
「あのね…」
口を開いては閉じるを何回か繰り返すと、お兄ちゃんは微笑んだ。
「大丈夫だよ」
大丈夫、待ってるよ。ゆっくりでいいよ。そう言ってる気がした。
「……私がどんなこと言っても引かない…?」
「引かないよ。僕は君のお兄ちゃんだよ、誰よりも泉のこと知ってる。泉の味方だよ」
お兄ちゃん…!嬉しくなってお兄ちゃんに抱きついた。しれっと君と呼ばれたことは目を瞑ろう。たまには許す。お兄ちゃんはそっと頭を撫でてくれた。
椅子に座り直す。胸に手を当てて深呼吸をして、口を開く。
「お兄ちゃん。私ね…」
「うん」
「轟さんのこと、ほんとの本当に私の人生に一度きりの運命の人なんだと思うの」
「うん」
「だからね、沢山好きって言いたいの。好きなんだよ、大切なんだよって知ってほしいの。何にもなくても、ただあなたが好きで特別なんだよって知ってほしいの。……それがね、私の押し付けなんじゃないかなって思うこともあって。あ!別に轟さんに気持ちを返して欲しいんじゃないのよ」
「でもそれじゃあ…」
「分かってる。私がどんなに想おうと不毛な恋に終わるかもしれない。でも、私のこの気持ちがちょっとでも轟さんの心に届いたら良いなって思ってる。余計なお世話なんだけどね」
ほんのちょっとは返ってきたら良いなって思うけど、そんなのは割とどうでも良いの。そう言って笑うと、お兄ちゃんは悲しそうにした。
それよりも、好きって気持ちや愛されるってことがどんなことなのか知ってもらいたいと願う気持ちの方がずっと強い。
「緑谷?泉?」
そのとき、教室の扉が開いて轟さんが入ってきた。
「轟くん?わっ!?」
一瞬目が合うが、びっくりして慌ててお兄ちゃんを引っ張って顔を隠した。お兄ちゃんが驚いた声を上げた。泣きすぎて腫れぼったい顔なんて酷すぎて見せれない。どうしよ…。
「話終わってなかったか?出直す」
「もう終わりますから、大丈夫です!」
お兄ちゃんの後ろから声を出す。声まで泣きましたって感じでガサガサ声になってる…なんてこったパンナコッタ!
「…明日までの宿題忘れて取りにきたんだ」
轟さんが自分の席まで歩く音が聞こえる。
「忘れるなんて珍しいね」
「……」
「轟くん?」
「…泉大丈夫か?」
「えっ」
「…蛙吹からさっき泉が泣いてたって聞いて」
「大丈夫です!ご心配ありがとうございます」
後ろに隠れたままですみません。
机の中をガサゴソする音が聞こえてきた。
「泉何やってるの」
お兄ちゃんの呆れた声が聞こえてきた。
「お兄ちゃんのバカ!デリカシーないんだから!隠れてるに決まってるでしょ!好きな人にこんな泣き腫らしたきったない顔見せられないの!」
小声で怒る。こんな顔見せたくないに決まっているじゃない!
静かになって轟さんはどうしたのかとそっと頭を上げると、轟さんとばっちり目が合ってしまった。驚いてまたお兄ちゃんの背中を引っ張って顔を隠した。
「わっ⁉︎」
轟さんがこちらに歩いてくる。私を隠しているお兄ちゃんの前に立ち止まった。
「泉」
「はい」
「…これ、やる」
轟さんが何かを差し出したようだ。さすがに失礼だと思って、お兄ちゃんの背中からそっと顔を覗かせた。差し出されていたのは、いちごミルクだった。
「いちごミルク…」
おうむ返しをしながら、受け取ってパッケージを凝視した。
なんでいちごミルク?
「…落ち込んだときには好きなものを食べると良いって姉さんが言ってた。前に好きだって言ってただろ」
「え!?」
「いちごミルク。…違ったか?」
いちごミルクが好きと言ったのは去年の春の話だ。好きな人にもらったいちごミルクを大事に大事にとっておいて、結局飲んだのは1週間後くらいだった。轟さんにとって私にくれたいちごミルクなんて、取るにたらないことだと思っていた。まさか覚えているなんて夢にも思わない。
「…いちごミルク…覚えててくれたんですね…」
「泉は笑ってる方が良い」
轟さんは何の飾り気もなくそのままの意味でその言葉を言ったのだろう。心臓をぎゅっと掴まれた。この人が好きだ。私を口を開いた。
「好きです」
そうだよ、私は轟さんが好きだと自信を持って伝えたいんだよ。いつだってそうしてきたじゃないか。これからだって、この先ずっと変わらずに私は轟さんを好きでいて、たくさん好きだと言うんだ。
轟さんはいつものように表情を変えなかった。だけど、少し待ってもいつものようにそうかと言わずに、じっと私を見ていた。私の言葉を測りかねているのだと気がついた。
「轟さんが、好きです」
「…そうか」
やや間があってから、轟さんがいつものように表情を変えずに言った。嬉しくなって口元が緩んでしまった。
「そうなんです、轟さんが好きなんです!」
「3回目だぞ」
「何回でも言います。私は轟さんが好きなので」
「…元気そうだな」
「今元気になりました。いちごミルクありがとうございます。お兄ちゃんもありがとう」
私はいちごミルクを持った手で、後ろからお兄ちゃんを抱きしめた。
おまけ
梅雨ちゃんの台詞
「私たち、見てたの。泉ちゃん、教室に来た時から元気なくて、緑谷ちゃんが駆け寄ったら泣き崩れちゃったの。みんなびっくりしてたわ。泉ちゃんまるで子供のように声をあげて泣いてて…、それでみんなで急いで教室を出てきたのよ、只事じゃないって思って。だから、まだ教室に行かない方がいいんじゃないかしら」
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「怖い夢を見て、お兄ちゃんに泣きつく話」から思い浮かんだお話でした。
2年生6月くらいの出来事です。
2021.06.21