L&H 学生編(本編)
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とある5月の日の夕方のこと。
3A寮の共有スペースで緑谷兄妹は何やら作業をしていた。
「お兄ちゃん、そこ違くない?」
「えっ!?」
「ほら」
泉は兄に間に広げていた本を指差してみせた。
「本当だ…。そういう泉も随分違ってる気がするけど」
本を覗き込んだ緑谷は間違いを認め、妹の手元を見て指摘した。
「…えへ」
笑って誤魔化そうとする泉に、呆れてため息を吐いた。
「2人して何してんだ?」
入学から1年。2年生になった泉は兄の寮への出入りも頻繁にしており、泉がいることは全員にとって当たり前の日常になっていた。
「轟さん!お邪魔しています!」
想い人に声をかけられ、泉は顔を上げて嬉しそうに笑った。
「今日も元気そうだな」
轟の言葉に泉はくすぐったそうに頷いた。
「今折り紙してるんですよ!」
「折り紙?」
「折り紙でカーネーションを作ってるんです!母の日ちょっと過ぎちゃいましたけど」
泉は作りかけの何かを轟に見せる。年末に一時帰宅したが、しばらく会っていない母は寂しがっているだろう。と言うのだ。
「轟さんも一緒に作りましょうよ!お母さんに!」
轟はどう答えるべきか迷っていた。考えている間、泉は静かにじっと轟を見つめていた。そのうちに視線に気がついた轟と目が合うと、にこっと可愛らしく笑った。彼女はいつも自分のしていることをやらないか、と尋ねてくる。やらないと言えば少し寂しそうにするが、強引にさせようとすることはない。
「…やる」
「やった!今そこ片付けます」
泉は子供がするみたいに、嬉しそうににんまりすると椅子から腰を浮かせた。目の前に散らばる色とりどりの折り紙をかき集めた。
轟はその様子を見ながら、泉の前の席に腰をかけた。
「何作りますか?」
泉はぱらぱらと折り紙の本をめくりながら、轟に尋ねた。
「カーネーションじゃないのか?」
母の日といえば、カーネーションではないのだろうか。不思議そうに聞く轟に泉はくすくす笑う。楽しそうだ。
「そうじゃなくったって良いんですよ。今カーネーションを作ってますけど、さっきはひまわりを作りました。ね、お兄ちゃん」
「…ふふ」
問われた緑谷が急に笑い出したので、泉は怪訝そうな顔で兄を見た。頬を膨らませて怒る。表情をコロコロ変えて忙しそうだ。
「なんで笑うの」
「ごめんごめん。だってね…」
緑谷は時々ふふ、と可笑しそうに笑いながら、轟の方を向いて話し始めた。
「泉が5歳のときだったと思うんだけど…母の日にお母さんに花をあげようと思って2人でお小遣いを持って、お花屋さんに行ったんだよ。そしたら…ふふ…」
「あ!お兄ちゃん、それって…」
「そうだよ。泉ったら、花屋の店員さんに元気良くひまわりください!って言ったんだ」
「良いでしょ。ひまわり好きだから、あげたかっただもん!」
「別にダメとは言ってないでしょ。店員さんに今はないんだよって言われて、泉が泣き出しちゃってさ。そしたら、店員さんが困った顔で黄色いカーネーションはどうですか?来年はひまわり用意しておくからまた来てねって言ってもらって…。おまけで赤いカーネーションも付けてもらったんだよね」
「そうそう。それで、翌年同じお花屋さんに行ったら、本当にひまわりがあったんです!嬉しかったなぁ…」
緑谷は気がついたら泉を見つめて、にこにこ笑っていた。
「それ以降、泉はいつもひまわりなんだよ」
「だから、轟さんも好きなのにしませんか?」
泉は折り紙の本を轟に差し出した。轟は静かに本を受け取ると、ぱらぱらとめくった。
母の好きな花はりんどうだと姉の冬美が言っていたのを思い出した。りんどうはないかと調べる。
「…あった」
「どれですか?」
泉が反対側から身を乗り出して、覗き込んできた。
「りんどう」
答えて該当ページを見せる。
「お好きなんですか?」
「お母さんが好きな花なんだ」
「轟さんらしいチョイスですね!好きな折り紙使ってくださいね!」
母親の好きな花を選ぶ轟を好きだと思った。泉は楽しそうに笑って、自分の作業に戻った。
轟は紫色の折り紙を探して、手に取ると本を見ながら折り始めた。
しばらくしてりんどうを折り終えた。顔を上げると、正面に座る泉が真剣に手元の折り紙と作り方の本を見比べていた。
自分もあまり器用な方ではないので,泉を不器用だと言いたくないのだが、間違えて折りジワをたくさん付けてしまっているそれはあまりにも不恰好だった。
見られていることに気が付いた泉が顔を上げた。目が合うと、泉は恥ずかしそうにはにかんだ。言葉にしていなくても、泉の態度から自分のことをどう思っているのか、よくわかった。では自分は?そう思ったが、考えないように口を開いた。
「できた」
手元のりんどうを泉に見せる。
「可愛いですね。轟さんはいつもお母さんにお手紙書いてるんでしたっけ?」
「あぁ、まだ携帯持ってねぇんだ」
「私も手紙を書こうと思うんです。電話だといつも喋りすぎちゃうし…。あ、電話!」
泉は何かに気がついたように頷いた。
「せっかく母の日なんですから、電話してみるのはどうですか!?」
「電話?」
轟は呆気に取られて、首を傾げた。母の声は確かにしばらく聞いてない。でも、あまり話すのが得意ではない自分が何を話せば良いのだろうか。
「轟さんの声聞いたら喜ぶんじゃないかなって思ったんです。…私のお母さんも、泉のおしゃべりはとまらないわねぇ…なんて言うのに、いつも嬉しそうと言うか,楽しそうに私の話を聞いてくれるんですよ」
「…何を話したらいいのか、分からない」
「そのとき、頭にぽんと浮かんできたことを話せば良いんです!」
「お前は簡単でも、俺には難しい」
「難しいって思うから難しいのかもしれませんね…。本当に、難しいって思わずにその時に思ったことを言えば、大抵の場合何とかなるんです」
そう言って泉は朗らかに笑った。
「…考えておく」
「お母さん、喜んでくれるといいですね!」
その後姉に相談をすると、電話を取り次いでくれることになった。
「じゃあ、お母さんに代わるね」
電話口で姉がはしゃいだ声で言った。深呼吸をする。轟は緊張していた。
「もしもし」
母の声だ。
「…お母さん」
呼んだはいいが、先が続かなかった。何を言おう。泉みたいには出来ない。先を言わない息子を察してか、母の優しい声が聞こえた。
「焦凍、久しぶりね。手紙と折り紙のりんどうありがとう。電話で話したいなんて何かあったの?」
「…何かってわけじゃないんだけど…。母の日だからって、電話もしてみたらどうだって言われたんだ」
「もしかして、泉ちゃん?」
母の手紙に何度か泉の名前を書いたことはあったが、まさか言い当てられるとは思わなかった。
「どうして…」
「分かるよ。折り紙も泉ちゃんの発案ね」
「泉はカーネーション折ってたけど、ひまわりも作ったみたいで…。好きなのにすれば良いんだって言うから、お母さんの好きな花にしたんだ」
「ありがとう、嬉しい」
電話の向こうで笑う母に、轟は自分も嬉しくなった。気がついたら口を開いて、手紙に書くように話をしていた。
「良い出会いをしたね」
「え?」
「泉ちゃん、いつか会いたいな」
「どうかな」
母の具合が良くなっても他人に会えるのか、分からない。
「焦凍が元気そうで良かった。…また手紙待ってるね。体に気をつけて頑張ってね」
「うん」
「たまにはこうして電話でも良いよ」
「…うん」
「じゃあ、またね」
「うん、また」
そう言って電話を切った。思っていたよりもずっと話が出来た。明日泉に会ってお礼を言おうと思った。
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「たまには手紙じゃなくて電話で話してみたらどうですか!?」ってお喋りな夢主なら言い出しそうだなと思って書いたお話です。
途中で気が削がれてしまって、いまいちな出来になってしまいました。
2021.05.31