L&H 学生編(本編)
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「えいっ!」
「やっ!」
「それっ!」
「ほっ!」
雄英の敷地内の桜の木の下で、ジャージ姿の泉は何度も両手を叩いていた。無意識のうちに声が出てしまうくらい必死に舞い落ちてくる花びらをキャッチしようとしていた。
「よっ⁉」
またパン!という音が響いた。泉は合わせた両手を開いて中を確認するが、手の中にはお目当てのものはなかった。
「だめか~」
はぁ、とため息を吐いたものの、泉はすぐに顔を上げて落ちてくる花びら1枚に狙いを定めた。
花びらに合わせて、泉は右へ2歩…後ろへ3歩…左へ1歩…と動いた。そのとき風が吹いた。狙っていた花びらがふわりと浮いたので、逃すものかと泉は頭上で両手を勢いよく合わせた。
「やっ…た⁉」
掴んだ!と思ったが、身体がぐらりと後ろに倒れた。花びらに集中しすぎるあまり、足元へ意識が行っていなかった。
「わっ!?」
せっかく掴んだ花びらを離すわけにもいかず、仕方ないので尻もちをつこう、と泉は思った。
しかし、誰かが泉を受け止めてくれた。
泉は尻もちをつかなかったことに安堵し、礼を言おうと左を振り返った。
「大丈夫か?」
「と…っ!?」
好きな人の顔が至近距離にある驚きで、泉は口をパクパクさせた。
「泉?」
全身が燃えるように熱くなった。泉は慌てて轟から距離を取ろうとするが、慌てすぎて今度こそ尻もちをついてしまった。
「あたた…」
「何してんだ」
轟は挙動不審な泉に呆れたように笑った。泉が尻もちをついても、両手を合わせたままなことに気がついた。
「何か掴まえたのか?」
轟は泉の前にしゃがみ込むと、そう尋ねた。
「桜の…花びらです」
泉は祈るような気持ちで、そっと両手を開いた。轟が覗き込むと小さな花びらが1枚、泉の両手の中にあった。
「やった!取れた!」
泉が喜んでいると、轟は不思議そうな顔をした。
「何かあるのか?」
「落ちてきた桜の花びらを両手でキャッチできると、願い事が叶うっていうジンクスがあるんですよ。知りませんか?」
「初めて聞いた」
「今3枚目をキャッチしたとこなんです」
「3枚目?」
まるで初めてキャッチ出来たかのような喜び具合だっただけに、轟は驚いた。
「だって願い事たくさんあるんですもん」
「…欲張りだな」
「願うのは自由ですから!1つめはお兄ちゃんが最高のヒーローになれますようにで、2つめは混沌の世の中が少しでも良くなりますようにで、3つめは轟さんが家族と笑えますように、です!」
「全部他人のことじゃねぇか。俺のことまで…。自分のことは良いのか?」
「自分のは次でお願いすることにします!」
泉は笑った。片手で花びらを優しく包むと、ポケットからティッシュを取り出した。ティッシュの上に花びらを乗せると、手元の花びらと轟を交互に見た。
「轟さんもやってみませんか?」
泉は桜の花びらをティッシュに綺麗に包んでポケットにししまいながら、そんなことを提案した。
「やってみる」
轟は桜の木を見上げて、落ちてくる花びらに狙いを定めてパン!と両手を合わせた。しかし、両手を開いても何もなかった。
「意外と難しいな」
何度か両手を合わせるがなかなか掴まえられない。轟は悔しそうに言った。
「そうなんですよー」
泉は少し離れたところで、上を見ながらふらふら歩いていた。轟は少し手を止めてその様子をじっと見ていた。
キラキラした瞳で狙いを定め、両手を叩く。開けてみると何もなかったのか、泉はがっくり肩を落としてため息を吐く。しかし、また上を向いた泉はやる気に満ちていた。楽しそうだと思った。
ころころ表情の変わる泉は見ていて飽きない。
柔らかい風がびゅうっと花びらを散らした。1つに束ねた泉の髪の毛も一緒に揺られた。
「チャンスですよ!」
泉はたくさん落ちてくる花びらを嬉しそうに見上げながら、狙いを定めていた。
パンッ!
良い音がして、泉は興奮した様子で振り返った。喜びを抑えきれずに笑う泉に、轟はもっと見ていたいと思った。
「轟さん!たぶん取れました!」
両手を合わせたまま轟の前まで来るが、轟は黙ったまま泉を見つめていた。
「…轟さん?」
首を傾げた泉に轟は我に返った。
「悪い、見惚れてた」
「みと…⁉」
泉は驚いて口を開けた。轟が視線を泉の合わさった手のひらに移した。
「取れたのか?」
「あっはい!そうなんです!」
泉はぱっと破顔してそっと手を開くと、轟も一緒に覗き込んだ。
「わっ!すごい!」
泉が開いた手のひらには花びらが2枚入っていた。
「見てください!2枚も取れちゃいました…!すごい!」
楽しそうにはしゃいでいる泉に、轟もつられて笑みを浮かべた。
「1枚轟さんにあげますよ!何か願い事ありますか?」
「…他人が取ったやつだと意味ないんじゃないか?」
「そっか…そうですよねぇ…」
「泉は?」
「あ…え…と、それは…」
泉は視線を逸らした。轟は言いにくいことを聞いてしまったのかとバツが悪そうに謝った。
「…言えないこともあるよな。聞いて悪かった」
「ち、違うんです!ちょっと…その…恥ずかしいので…言えないわけじゃないんですけど、本人を目の前にすると言えないっていうか…」
そのとき、轟は泉の頭上に手を伸ばした。パンッと両手を合わせた良い音がした。
「取れた」
轟は泉の前で手を開き、花びらを泉に見せた。
「やったじゃないですか!轟さんは何をお願いしますか⁉」
「…泉に笑顔でいてほしい」
「えっ」
轟は花びらを片手でつまむと、泉の手のひらに乗せた。泉は反射的に手を合わせて花びらが風で飛ばされないようにした。
「やる」
それだけ言うと轟は踵を返して歩いて行ってしまった。
泉はその場にしゃがみ込んで、合わせた手のひらを熱くなった顔に当てた。
4つめの願い事は「轟さんに私の気持ちが届きますように」
「花びら….押し花にしよ…」
泉は花びらが潰れないように優しく握りしめた。
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散歩中にふっと思い浮かんだ話。勢いだけで書きました。時期的には泉2年、轟3年の春なので、轟の気持ちはちょっと変化してる感じで書きました。
2021.04.04