L&H 学生編(本編)
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「緑谷泉を呼んでくれねぇか」
休み時間に光とおしゃべりしていると、聞こえてきた声に耳を疑った。
ばっと勢いよく顔を上げて教室の入り口を見ると、轟さんが立っていた。
光も轟さんに気がついて、大きく舌打ちをした。
「おーい、緑谷ー」
クラスメイトが私を呼ぶ頃には、席を立っていた。
「痛っ!?」
机にぶつかりながらやってきた私にクラスメイトが「大丈夫か?」と心配してくれた。私は「大丈夫、ありがと」と返した。
「本当に大丈夫か?」
轟さんの前に立つと心配そうに尋ねた。心配してくれた嬉しさと、机にぶつかった恥ずかしさとで顔が熱くなる。両手をぎゅっと握って、力一杯頷いた。
「こんなところまでどうしたんですか?」
「泉に聞きたいことがあって」
「聞きたいこと、ですか?」
「何が好きだ?」
「え⁉」
驚いて思わず大きな声になってしまった。すぐに恥ずかしくなって口を隠した。
「何が、ってどういうことでしょうか?」
私の質問に轟さんも首を少し傾げた。
「…好きなもの?」
なんで轟さんが疑問系なの…。
「好きなもの…」
軽く握った手の人差し指の部分で顎をとん、とん、とんと叩く。ぱっと浮かんできたものを口にする。
「お兄ちゃん?」
「人は困る」
困る、とは?と思いながら、もう一度考える。
「その好きなものって轟さんでいうと何ですか?」
「…」
轟さんも首を捻る。
「…蕎麦だな」
しばらくして出てきた出てきた答えににっこり笑った。なんだ好きな食べ物のことだったのか!
「じゃあ、私は親子丼です!お兄ちゃんはカツ丼なんですよ!あ、きっと知ってますよね。お兄ちゃんよくカツ丼食べてますから。私たち同じ丼でも、上に乗ってるものが違うからお母さんが、その日の夕飯がカツ丼だったら次の日は親子丼、って交互に夕飯に出してくれてたんですよ。そう言えば、学食の親子丼食べたことありますか⁉美味しいんですよ!お母さんの親子丼も好きですけど、学食も好きです」
ふと見上げると轟さんは優しそうな顔で話を聞いていてくれた。
「好きです」
気持ちが溢れて、口に出した。
「…そうか」
いつものように轟さんはあまり変わらない表情で相槌を打った。今ちょっと優しい顔してたのにな。
「ありがとな」
「は、はい」
「また連絡する」
轟さんはそう言ってくるりと踵を返した。
「…待って、ます…」
その背中を見送るように教室の一歩外に出て、歩いて行ってた轟さんを見つめた。
「あいつ、なんだって?」
腰に腕を巻きつけ、肩に顎を乗せてきた光が口をとんがらせて聞いてきた。
「私の好きなもの知りたかったんだって」
「なんだそれ。メッセージで聞けばいいだろ」
「でも会いにきてくれて嬉しい」
「あたしは泉を取られてムカつく」
口を尖らせる光が可愛くて、振り返って抱きしめた。
「光可愛い。大好きだよ」
「あたしも」
何日かして轟さんからメッセージが届いた。夕方2-A寮に来て欲しい、ということだった。
そして今、私は2-A寮の食卓に座っている。私を呼び出した当人はキッチンで何やら作業をしていた。私はその様子を心臓をバクバク言わせながらじっと見つめていた。
「今から作るから少し待っててくれ」
寮に着くと、轟さんはそう言って出迎えてくれた。私は状況を全く読み込めずに、席に座っていた。
ふとお醤油とお出汁ののいい香りが漂ってきた。あ、もしかして…。すぐに卵を割る音が聞こえてきた。ちゃっちゃっちゃっとかき混ぜる音。
親子丼…作ってる…?
何故親子丼を作っているのか、ぐるぐる考えているうちに目の前に親子丼が置かれた。
「待たせて悪いな」
そう言いながら、轟さんは向かい側に自分の分親子丼を置いて座った。
「どうして、親子丼を…?」
状況を読み込めずに問いかけると、轟さんは首を傾げた。
「好物だろ?」
「そうなんですけど。そうじゃなくて…えぇと…なんで私の好きなものを作ってくれたんですか?」
「お前はいつも何かくれる」
唐突な言葉に驚いた。同じ言葉を1ヶ月前に聞いたばかりだったから。
「私はただ轟さんに好きって言いたいだけですよ」
私も同じ言葉で返した。
「知ってる。でも、泉に何か返したくなった。それで泉に好きなものを作ったら喜ぶかと思って」
「…ありがとうございます。嬉しいです」
轟さんが私のために私の好きなものを作ってくれた。ときめきと嬉しさとで心臓がどうにかなってしまいそうだった。少し震える手をなんとか合わせる。
「いただきます」
箸を手に取って、どきどきしながら親子丼を口に運んだ。
轟さんに不安げな表情でずっと見つめられているせいか、味がよく分からなかった。
「…美味しいです」
咀嚼して飲み込んで、やっとの思いで感想を口にした。轟さんはほっとした顔で「そうか」と言うと、親子丼を食べ始めた。
すぐに轟さんが顔を曇らせた。どうかしたのかと不思議に思っていると、轟さんは眉間に皺をこれでもかと寄せて私を見つめた。
「…お前、これが本当に美味しいのか…?」
「え?」
轟さんは席を立つと、キッチンから水を入れたコップを2つ持ってきた。1つを私の目の前に置くと、自分の分を飲み干してしまった。
「しょっぱくなかったか?…悪いな、食堂のと全然違う」
「えっ⁉そうでした⁉…ごめんなさい…!本当のこと言うと、緊張して味がよく分からなくて…」
改めて丼の中をちゃんと見る。大きめにカットされた鶏肉。薄く切りすぎたせいか、溶けかけている玉ねぎ。しっかり固まった卵。
「ふふっ…」
思わず笑ってしまった。轟さんは怪訝そうに私を見た。
「…俺が作ったもん食って泉が壊れた…⁉」
「壊れてないですよ…⁉」
轟さんが愕然としているのに、私はなんだか可笑しくてたまらなかった。この不器用な人がたまらなく好きなのだ。
「轟さん、好きです」
笑っていうと、顔を顰めながら「…そうか」と答えた。
結局親子丼は轟さんに「腹壊したら困る」と言って取り上げられてしまい、2口目を食べることは叶わなかった。
そして、かっちゃんが通りがかったことに私は気が付かなかった。
次の日。
かっちゃんに呼び出された私と光は、食堂の親子丼に負けないくらいのふわふわ卵のお出汁が沁みる親子丼を振舞ってくれた。美味しかった。
同じように呼び出され、かっちゃん特製の親子丼を目の前にして愕然とする轟さんにかっちゃんは無言で勝ったと鼻で笑った。
「今度はちゃんとうまいの作る」
と宣言された。
今度も作ってくれるなんて、と私は宙に浮くような心地だった。
おまけ
「なんで何か返したくなったのかな?」
かっちゃんの親子丼を食べながら光に聞いてみる。
「…カレンダーなら教えてくれんじゃない?」
「カレンダー?」
首を傾げるが光はそれ以上何も言ってくれなかった。仕方がないので共有スペースのカレンダーに視線を移した。
今日は3月15日……。あ!昨日14日…!
「ホワイトデー!?」
「…そういうことなんじゃないの?」
光はめんどくさそうに言った。
2021.03.23