L&H 学生編(本編)
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日曜日の午前中。
日々の疲れを癒すためなのか、寮内は平日よりも静かだ。
そんな中、緑谷出久は普段通りに起床して活動していた。今日は生憎の雨で、外へはトレーニングにいけないので、授業の復習や予習をするべく机に向かっていた。もちろん、片手では筋トレをしている。
勉強を始めて少し経った頃、電話が鳴った。今寮の前にいるので、中へ入れて欲しいという旨の妹からの電話であった。
緑谷が急いで玄関へ向かった。玄関を開けると、暗い顔をした泉がどんよりとした空気をまとって立っていた。動きやすいようにいつも1つにまとめている髪の毛は、少し寝癖がついたままで何もしていない。ボサボサだ。
普段から体温が高く暑がりな泉なのだが、今日は雨で肌寒いせいなのか元気がないせいなのか、上は長袖、下は学校のジャージを着ていた。
「お兄ちゃ~ん…」
情けない声で兄を呼ぶ声に、緑谷は仕方ないなと少し嬉しそうにため息をついた。元気のない妹が頼る先が自分なのが、兄としては嬉しくもあるのだろう。
「とりあえず中入ろっか」
玄関で先に靴を脱ぐとすぐ、泉が背中へのしかかってきた。首には腕がまわされ、完全におんぶの体勢である。しかし、緑谷は気にする素振りも見せずに、泉へ問いかけた。
「何か飲む?」
泉はその問いかけに小さく頷いた。
キッチンでお湯を沸かしている間、泉は一言も喋らずに兄の肩に顔を埋めていた。そこへ、峰田と上鳴が通り掛かった。
「み、緑谷!?」
「峰田くん、上鳴くん。おはよう」
驚いた様子の2人とは異なり、緑谷は普段と変わらない様子で振り返った。
泉は相変わらず微動だにせずに緑谷の背中に張り付いていた。
「緑谷、背中のそれなんだよ!?」
「やっぱ、峰田にも見えるか!?」
2人はお互いの顔を見て青ざめた。
「妹だよ?」
緑谷は少し困った顔をしながら、頬をかいた。
「は!?」
「昔から、機嫌悪いときとか調子悪いときは僕にくっついて離れないんだよね。だから気にしないで」
「うっひょう!女子高生が背中に…!俺らが喋ってても動かねえんじゃ、チャンスだよな…ちょっと失礼して…」
峰田がすかさず近寄り、泉の太ももに手を伸ばした。
「峰田くん!?」
やめておいた方がいいと緑谷が言いかけるが、遅かった。あと少しで、峰田の手が妹に届きそうなところで、頭上にオレンジの炎が降ってきた。炎が峰田の手を掠めた。
「あちち!!」
驚いた峰田は慌てて手を引っ込めた。
見上げると、泉が兄の背中から埋めていた顔を上げていた。いつものにこにこ笑った顔ではなく、無表情でどんよりとした空気をまとっていた。
「……峰田さん、次は急所燃やしますよ」
冷たい声で言い放つと、また緑谷の首元に顔を埋めてしまった。シュンシュン音を立てて沸いたやかんの火を止めると、緑谷はやかんを手にしたままゆっくりと振り返った。
「その前に泉に何かしたら燃やすどころじゃ済まないけどね」
緑谷はにっこり笑いながら静かに言った。顔は笑っているが、目は笑っていない。普段の緑谷からは想像がつかないほど怖い顔だった。
「…ひっ…まじかよ…。とんでもねぇ兄妹だな…」
峰田は顔を引きつらせたまま、そっと自分の急所を両手で押さえて青ざめた。
「どけ、あほ面」
「爆豪」
「あ、かっちゃん。おはよう」
「話しかけんな、クソが」
上鳴を押しのけて、ずかずかとキッチンへ入っていき、緑谷の背中にくっついている泉を一瞥する。聞かずとも、機嫌が悪いことはすぐわかった。ごく自然に泉の頭を撫でた。
泉は顔を上げなかったが、
「ココア」
と言った。
「デクにやらせろ」
意味をすぐに理解し、眉間にシワを寄せて嫌そうな顔をした。
「かっちゃんがいい。かっちゃんが作るのは泉の好きな濃さで甘さで丁度いい温度なんだもん」
駄々をこねるような言い方だった。こういう場合は何を言っても意思を変える気がないのは、よくわかっていた。
「ケッ!」
吐き捨てるようにそう言うと、爆豪はミルクパンを取り出して、手際よくココアを作り始めた。表情はほんの少し柔らかい。この小さな幼なじみに頼られるのは、満更でもない様子だ。
「なんなんだよ!この対応の差は!」
「そりゃ…幼なじみなんだから、仕方ねぇだろ…」
文句を言う峰田に、上鳴は同情するように肩に手を置いた。緑谷は苦笑するばかりだ。
「できたぞ」
しばらくしてココアが完成した。マグカップの中に注がれたココアからは、程よく湯気が立ちのぼっていた。
「ありがとう、かっちゃん」
泉は顔を上げるといつもと同じまでいかないが、口元に笑みを浮かべて喜んだ。
「はよ治せ」
小さな頭を優しく撫でると爆豪は自分の飲み物と軽食を持ち、自室へと戻っていった。
緑谷は爆豪の作った泉のココアと自分のお茶を持ち、共有スペースへ行くとソファに浅く腰かけた。泉は背中にくっついたまま離れない。
「気をつけて飲んでね」
そう優しく声をかけながら、泉にマグカップを渡した。
2人は何も話さなかった。共有スペースに降りてくる人はなく、2人だけの静かな時間だった。そのうち、妹はココアを飲み終えて、また兄の背中に自分の身体をぴったりとくっつけた。
「お兄ちゃん」
泉は甘えるような声で兄に呼びかけた。
「どうしたの」
緑谷は優しい声で尋ねた。
「お兄ちゃんの背中、広くなったねぇ…」
しみじみと言う泉に、緑谷は声に出さないように笑った。もう何度も聞いた台詞だ。兄に抱きつく度に泉は言っている。
「そうかな?」
笑ったことを気がつかれないように、聞き返した。
「そうなの。ヒーローみたいで凄くかっこいいんだからね」
泉は兄の背中を撫でながら、目を瞑った。
「なんだか照れるな…。ありがとう」
ふふふ、と緑谷は笑った。
「泉ね…お兄ちゃん大好きなんだよ、知ってる?」
眠くなってきたのか、泉は半分寝言のように呟いた。
「うん、知ってる。僕も好きだよ」
「ふふ…お兄ちゃん…だーいすき」
泉はくすぐったそうに笑うと、寝息を立て始めた。
「寝ちゃったか…、よいしょっ」
緑谷は妹を起こさないようにそっとソファに寝かせると、ぐっと体を伸ばした。
2020.12.08 再編集