赤ずきんは誰のもの
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いつも通りの朝だった。
窓から差し込む朝日に気がついて、あぁ今日はいつもより長く寝てしまったなとぼんやり思った。
腕の中を見れば、まだ寝息を立てて静かに眠る名前の柔らかそうな髪とつむじが見えて、そこに口を寄せて小さくキスをした。
そこまではいつも通りだった。
「…?」
いつもより自分の体が熱い気がした。
風邪でも引いたか?
狼男だってたまには風邪くらいひく。
他に異常はないか自分で喉の調子やなんかも確認する。
だが体がほんのりほてるような違和感以外、体調は悪くはない。
そこでおれはやっと一つの可能性に気がついて、そしてそれがおそらく原因だろうと確信を持ったあたりで盛大にため息をついた。
「…ったく。忘れてたわけじゃねぇけど…」
久しぶりに訪れた感覚。
俺たち狼男が子孫を残すために周期的に訪れる習性。
つまり、発情期だ。
「さて…どぉすっかな」
俺がつぶやいたあたりで腕の中の名前がモゾモゾと動き出して目が覚めた気配があった。
「んん、おはよー…」
小さく背中を反らせて体を伸ばして、長いまつ毛を振るわせたかと思うと掠れた声でそう言った。
そしてまだしっかりと目覚めていないのか、額を俺の胸板に押し付けるとまた静かになった。
どくり。
俺の心臓が一際大きく脈打った気がした。
その鼓動は俺にヒートが訪れたことを決定付けるようだった。
腕の中に番がいると認識しただけで自分が興奮しそうになっているのに気づく。
しかしまだこの状態はピークではない。
予兆に過ぎないだろう。
俺はやんわり名前の肩を掴むと距離を取る。
「、カツキ…?」
名前は小さくまた欠伸をすると俺を眠そうな顔で見上げた。
寝起きで、無防備で、その潤んだ目でこちらを上目遣いで見られると今度は下半身が脈打った気がした。
堪えろ、俺。
いつもは抱きしめ返す俺が、無言で真剣な顔で見てくるもんだからか、名前はだんだんと不安そうな顔になる。
「カツキ…どうしたの…?何か顔怖いよ?」
様子のおかしい俺に名前は手を伸ばして頬に触れた。
触れられた頬が熱を持ち出す。
「… 名前、大事な話があんだ」
「?」
2人でテーブルを挟んで向かい合って座る。テーブルの上には今しがた食べ終えた朝食の皿やカトラリーがまだ置かれている。
「…えっと、じゃ、じゃあこれから日が経てば経つほどそのピークに向かっていくんだね」
お互いの目の前に置かれたコーヒーカップから湯気が静かに揺らめく。
名前は医学の知識もあるし賢いヤツだから、朝食をとりながらざっと説明した人狼の習性にもすぐに理解を示してくれた。
名前は湯気の立つコーヒーの表面を見ながらどこか言いにくそうにおずおずと口を開く。
俺はそれを見て…
「…その、あ、あの…僕は」
「だからその間、俺はしばらく家を空ける」
「え?」
俺は咄嗟に、名前の話を遮ってしまった。
名前が驚いた顔をしてこちらを見た。
「え、何で…、」
「今までだって1人でやり過ごしてきとんだわ。大したことねぇよ」
名前が俯く。
「大したことないなら家にいたらいいじゃないか。そこまでしなくても…」
「流石に番がそばにいると抑え切れる自信ねぇわ。…はっ、そんな顔すんなや。すぐ戻ってくるからよ」
名前は不安そうに少しずつ温度を失っていくコーヒーをまた見つめていた。
安心させたくてすぐ帰ってくると言った言葉だけでは不十分だったようだ。
しかし…すぐに帰ってくるとは言ったものの、番のいる今の俺のヒートの程度は今までと比べものにならないだろう。
解消されない獣欲と熱に魘される日々が続くのは目に見えている。正直いつ帰ってこられるのかわからなかった。
かと言ってどうしたらいい?相手は名前だ。
名前は俺たちとは違う。人間だ。
体の作りも体力も違う。
俺が本能のままに抱いたら…きっと壊れちまう…。
「カツキはそれでいいの?」
「あ?」
堂々巡りしようとしていた俺の思念を、名前が俯いたままポツリと溢した言葉が遮った。
「何がだよ?」
言いたい意味がわからなくて聞き返す。
「そういうのって周期があるんでしょ?この先ずっとそうするの?」
「そ、れは…」
顔を上げた名前はまっすぐ俺を射抜くような視線で見ていた。
気持ちとしては、痛いところを突かれた。
そんな感じだった。
「その度にカツキが出ていかなくちゃいけないなんて…僕、パートナーとしてなんか…寂しいよ…」
「…!」
俺は絶句した。
人間の名前からしたら発情した狼男といるなんて恐怖でしかねぇんじゃねぇかって思ってたし、それ以外の感情がある可能性なんて考えもしなかった。
さっきはまるで名前のためなんて言い草で言っておいて、なんてことはねぇ。自分が怖かっただけだ。名前に怯えられるのは…何よりも怖かった。
だが…。
「…人間のお前には負担がデカ過ぎんだよ。事に及んだら抑え切れる自信…ねぇ。恐らく俺は本来の人狼の姿になっちまう」
名前はそれでも表情を変えずに俺の言葉に耳を傾けた。
「お前の負担になるぐらいなら、1人で耐えたほうがよっぽどマシなんだわ…」
「…僕、カツキの番なんだろ?なのに一緒にどうしたらいいのかも考えさせてくれないの?」
静かに話を聞いていた名前が、珍しく怒ったように話し出したのに驚く。
そしてそのまっすぐな視線から思わず逃げた。
今の俺の言っていることが、番だの、永遠の伴侶だの、そういう形に散々こだわってきた者が言えたことではないと、そんな気持ちにさせられる。
「ごめん…。カツキを責めてるんじゃないんだ。ただ…」
チラリと視線をやれば、名前は底の見えない、冷めてしまったコーヒーの中に視線を落として言葉を探しているようだった。
「…カツキが苦しむのわかってて、何もできなんて嫌だよ」
俺は両手で顔を覆って盛大にため息をつく。
幸せだった。
身に余るような多幸感だった。
最愛の名前が俺と同じように想いを返してくれるのは。
だがいつまでもその幸福に浸っていては目の前の名前を安心させてやることはできないと、冷静な俺が現実に引き戻す。
そこで頭の片隅では考えては棄却を繰り返してきた1つの案がここで再び浮上してきた。
「…抑制剤、作れるか?」
「え?」
もうあとはこれしかないだろう。
打開策というか、代替案というか。
名前は少し考えてから口を開いた。
「カツキが飲むためのってこと?」
「おう。ちょいと強めで頼むわ。そしたら…まぁ、ちょっとはマシになんだろ」
色んな表現を曖昧にしたが、まぁ伝わんだろうと思った。頭のいい名前には。騙されやすいが。
抑制剤飲んでも抱いちまうだろうが、加減はきっとしてやれる。
「わかった!やってみる!」
名前は迷わずそう返事をした。先ほどよりは明らかに表情の良くなった恋人の様子に俺の心が凪いでいく気がした。
「あ、コーヒー冷めちゃったね。あっためてくるね」
「おう」
やるべき事が決まった名前はどこか生き生きとして見えた。自分のマグカップと俺の分を持って立ち上がる。
「これ飲んだらすぐ作業に取り掛かるから!」
そう言ってキッチンに消えて行く名前の後ろ姿に礼を言うことも忘れて、今度こそ1人でこの幸福を噛み締めた。
窓から差し込む朝日に気がついて、あぁ今日はいつもより長く寝てしまったなとぼんやり思った。
腕の中を見れば、まだ寝息を立てて静かに眠る名前の柔らかそうな髪とつむじが見えて、そこに口を寄せて小さくキスをした。
そこまではいつも通りだった。
「…?」
いつもより自分の体が熱い気がした。
風邪でも引いたか?
狼男だってたまには風邪くらいひく。
他に異常はないか自分で喉の調子やなんかも確認する。
だが体がほんのりほてるような違和感以外、体調は悪くはない。
そこでおれはやっと一つの可能性に気がついて、そしてそれがおそらく原因だろうと確信を持ったあたりで盛大にため息をついた。
「…ったく。忘れてたわけじゃねぇけど…」
久しぶりに訪れた感覚。
俺たち狼男が子孫を残すために周期的に訪れる習性。
つまり、発情期だ。
「さて…どぉすっかな」
俺がつぶやいたあたりで腕の中の名前がモゾモゾと動き出して目が覚めた気配があった。
「んん、おはよー…」
小さく背中を反らせて体を伸ばして、長いまつ毛を振るわせたかと思うと掠れた声でそう言った。
そしてまだしっかりと目覚めていないのか、額を俺の胸板に押し付けるとまた静かになった。
どくり。
俺の心臓が一際大きく脈打った気がした。
その鼓動は俺にヒートが訪れたことを決定付けるようだった。
腕の中に番がいると認識しただけで自分が興奮しそうになっているのに気づく。
しかしまだこの状態はピークではない。
予兆に過ぎないだろう。
俺はやんわり名前の肩を掴むと距離を取る。
「、カツキ…?」
名前は小さくまた欠伸をすると俺を眠そうな顔で見上げた。
寝起きで、無防備で、その潤んだ目でこちらを上目遣いで見られると今度は下半身が脈打った気がした。
堪えろ、俺。
いつもは抱きしめ返す俺が、無言で真剣な顔で見てくるもんだからか、名前はだんだんと不安そうな顔になる。
「カツキ…どうしたの…?何か顔怖いよ?」
様子のおかしい俺に名前は手を伸ばして頬に触れた。
触れられた頬が熱を持ち出す。
「… 名前、大事な話があんだ」
「?」
2人でテーブルを挟んで向かい合って座る。テーブルの上には今しがた食べ終えた朝食の皿やカトラリーがまだ置かれている。
「…えっと、じゃ、じゃあこれから日が経てば経つほどそのピークに向かっていくんだね」
お互いの目の前に置かれたコーヒーカップから湯気が静かに揺らめく。
名前は医学の知識もあるし賢いヤツだから、朝食をとりながらざっと説明した人狼の習性にもすぐに理解を示してくれた。
名前は湯気の立つコーヒーの表面を見ながらどこか言いにくそうにおずおずと口を開く。
俺はそれを見て…
「…その、あ、あの…僕は」
「だからその間、俺はしばらく家を空ける」
「え?」
俺は咄嗟に、名前の話を遮ってしまった。
名前が驚いた顔をしてこちらを見た。
「え、何で…、」
「今までだって1人でやり過ごしてきとんだわ。大したことねぇよ」
名前が俯く。
「大したことないなら家にいたらいいじゃないか。そこまでしなくても…」
「流石に番がそばにいると抑え切れる自信ねぇわ。…はっ、そんな顔すんなや。すぐ戻ってくるからよ」
名前は不安そうに少しずつ温度を失っていくコーヒーをまた見つめていた。
安心させたくてすぐ帰ってくると言った言葉だけでは不十分だったようだ。
しかし…すぐに帰ってくるとは言ったものの、番のいる今の俺のヒートの程度は今までと比べものにならないだろう。
解消されない獣欲と熱に魘される日々が続くのは目に見えている。正直いつ帰ってこられるのかわからなかった。
かと言ってどうしたらいい?相手は名前だ。
名前は俺たちとは違う。人間だ。
体の作りも体力も違う。
俺が本能のままに抱いたら…きっと壊れちまう…。
「カツキはそれでいいの?」
「あ?」
堂々巡りしようとしていた俺の思念を、名前が俯いたままポツリと溢した言葉が遮った。
「何がだよ?」
言いたい意味がわからなくて聞き返す。
「そういうのって周期があるんでしょ?この先ずっとそうするの?」
「そ、れは…」
顔を上げた名前はまっすぐ俺を射抜くような視線で見ていた。
気持ちとしては、痛いところを突かれた。
そんな感じだった。
「その度にカツキが出ていかなくちゃいけないなんて…僕、パートナーとしてなんか…寂しいよ…」
「…!」
俺は絶句した。
人間の名前からしたら発情した狼男といるなんて恐怖でしかねぇんじゃねぇかって思ってたし、それ以外の感情がある可能性なんて考えもしなかった。
さっきはまるで名前のためなんて言い草で言っておいて、なんてことはねぇ。自分が怖かっただけだ。名前に怯えられるのは…何よりも怖かった。
だが…。
「…人間のお前には負担がデカ過ぎんだよ。事に及んだら抑え切れる自信…ねぇ。恐らく俺は本来の人狼の姿になっちまう」
名前はそれでも表情を変えずに俺の言葉に耳を傾けた。
「お前の負担になるぐらいなら、1人で耐えたほうがよっぽどマシなんだわ…」
「…僕、カツキの番なんだろ?なのに一緒にどうしたらいいのかも考えさせてくれないの?」
静かに話を聞いていた名前が、珍しく怒ったように話し出したのに驚く。
そしてそのまっすぐな視線から思わず逃げた。
今の俺の言っていることが、番だの、永遠の伴侶だの、そういう形に散々こだわってきた者が言えたことではないと、そんな気持ちにさせられる。
「ごめん…。カツキを責めてるんじゃないんだ。ただ…」
チラリと視線をやれば、名前は底の見えない、冷めてしまったコーヒーの中に視線を落として言葉を探しているようだった。
「…カツキが苦しむのわかってて、何もできなんて嫌だよ」
俺は両手で顔を覆って盛大にため息をつく。
幸せだった。
身に余るような多幸感だった。
最愛の名前が俺と同じように想いを返してくれるのは。
だがいつまでもその幸福に浸っていては目の前の名前を安心させてやることはできないと、冷静な俺が現実に引き戻す。
そこで頭の片隅では考えては棄却を繰り返してきた1つの案がここで再び浮上してきた。
「…抑制剤、作れるか?」
「え?」
もうあとはこれしかないだろう。
打開策というか、代替案というか。
名前は少し考えてから口を開いた。
「カツキが飲むためのってこと?」
「おう。ちょいと強めで頼むわ。そしたら…まぁ、ちょっとはマシになんだろ」
色んな表現を曖昧にしたが、まぁ伝わんだろうと思った。頭のいい名前には。騙されやすいが。
抑制剤飲んでも抱いちまうだろうが、加減はきっとしてやれる。
「わかった!やってみる!」
名前は迷わずそう返事をした。先ほどよりは明らかに表情の良くなった恋人の様子に俺の心が凪いでいく気がした。
「あ、コーヒー冷めちゃったね。あっためてくるね」
「おう」
やるべき事が決まった名前はどこか生き生きとして見えた。自分のマグカップと俺の分を持って立ち上がる。
「これ飲んだらすぐ作業に取り掛かるから!」
そう言ってキッチンに消えて行く名前の後ろ姿に礼を言うことも忘れて、今度こそ1人でこの幸福を噛み締めた。