夜の虹
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「なんや…ここ」
直哉は消えゆく呪霊を目尻に、任務は無事に終わったことを悟った。…はずだった。
帰ろうと踵を返した時だった。
視界が大きく歪み、先程払ったはずの呪霊の気配を感じた。
大したことのない等級の呪いだったはずなのに何故?と、思った時には暗闇の中だった。
「ふぅざけんなやぁぁ…‼︎これから久しぶりに帰って名前の口でしてもらう予定やったんやぞぉ」
遠方の任務が続き、かれこれ名前とは2週間会えていなかった。
家にいられる日はほぼ毎晩自身の布団に招いて触れていたあの雪のような肌に、2週間も触れられないストレスは想像以上だった。
もうこれは帰ったらあの小さいお口で、自身の凶々しい欲望を鎮めてもらうしかないと勝手なことを考えていたのだ。そして奉仕しながらあの可愛い顔で自分の顔を上目遣いで見上げる姿を何日も想像した。
「っあぁ!なんっやホンマに!呪いの気配も消えよったしここなんなんや!」
攻撃してくるかと思いきや気配も消えてしまった。ただただ暗闇に閉じ込められた。
そのまましばらく悪態をついていると遠くに一筋の光が見えた。
「はぁ…しゃーない」
一向に現状が改善しないことに諦めた直哉は、誘われるように光が差す方へと足を進めた。
闇を抜けた先はまるで知らない景色であった。
「…島が、浮いとる」
目の前には断崖絶壁。
しかしその下は海や川ではなく、青い空間…まるで空のようだった。
そして視線の先には空に浮かぶ巨大な島があった。
その島には荘厳な黒い建物が連なり、一つの城のようだった。
とても日本…ましてや世界中の何処にもこのような場所はあり得ないだろう。
「あかん。俺ほんまはいつの間にか死にはったか?」
ため息をついて額に手を当てた。
もう考えることを放棄しようとしたその時。
「何者だ!そこの男!」
若い男の声が聞こえた。
直哉が振り返るとそこには白い装束で全身を包んだ男が5人立っていた。
「お前だ!そこの妙な出立の!」
全員警戒している様子で直哉に鈍色に光る大剣の先を向けていた。
1番後ろには1人だけ馬に乗った者もいる。
「あ゛?なんや。そっちこそ誰や?」
機嫌のすこぶる悪い直哉は殺気を込めて面倒臭そうな連中を睨みつけた。
それに思わず後退りしそうになる男達。
1人が意を決して声を荒げる。
「貴様っ…我等は王直属の教団だぞ!」
「はぁ?教団ー??」
明らかに馬鹿にした態度を隠さない直哉に、男はさらに激昂した。
「こ、この!無礼者がっ…」
「待て。俺が話をする」
男が直哉に向かって足を踏み出そうとした時、後ろでそれまで馬に乗ったまま傍観していた男が声を発した。
その男は馬から降りたと思ったら、さらに腰に携えていた武器であろう剣を馬の鞍に置いた。
「た、隊長危険です!」
「いいから」
そのまま直哉の目の前まで歩み寄る。
馬から降りてみると思ったより小柄な少年だった。フードを被っているため顔は見えない。
「なんや。隊長…?ってゆうたってまだガキやないか」
「…まぁ、貴方よりは年下だろうな。突然武器を向けた無礼をお詫びする」
少年はそう言ってその頭のフードを外した。
そこに晒された顔を見て、直哉は叫んだ。
「は?!おま、名前?!」
「…?何故、俺の名を?」
その顔は何日も切望してやまない恋人の顔そのものであった。
声もそう言えばよく似ている。口調は強めで雰囲気が全く違ったため気づかなかった。
一方の"名前"は名前を知られていたことに警戒していた。
直哉を鋭い目つきで見上げる。
「うわ。まじか。ええやん。名前にそんな目で見られたことないわ。ゾクゾクする。ちょ、写真、撮りたい。撮ってええ?あ。その前にその表情のまま直哉様って呼んでみ?」
「は、はぁ?」
今度は表情を引き攣らせて少し後ずさる。
変なやつだ。
そう思った少年…名前は更に一歩後ずさった。
それを許さないとばかりにすかさず直哉が腕を掴む。
「な、っ離せ!」
「強気な名前もええわぁ!なぁ、それコスプレなんか?」
「っ隊長に触るな!!」
勇猛果敢な青年が大剣を振り上げて直哉に振りかぶった。
「…やかましいわ」
間髪入れずに術式を発動させた。
次の瞬間には男は倒れていた。
「…!」
「安心しや。死んどらん」
「…今、何をした?貴方も悪魔祓いか…?」
「はぁ?悪魔ぁ?」
「…」
一切話が噛み合わない事に頭を痛めた名前はため息をついて首を振った。
「わかった。一緒に本部まで来てもらおうか。そこで話を聞かせてくれ」
「おぉええやん。クール系名前ちゃんのことよぉ教えてや」
「……はぁ〜」
名前はあからさまな溜息をつくと他の男達と一緒に、直哉に打ちのめされ倒れた男を担ぎ馬まで運んだ。
そのまま一行に連れられ直哉は巨大な橋を渡り、先程まで自分が見下ろしていた空に浮かんだ島まで連れて行かれた。
「○ァイナル○ァンタジーや」
「え?ふぁい…?」
「あーあー。気にせんといて」
高専時代、寮住まいの連中が暇つぶしに遊んでいたゲームを思い出して思わず呟いた。
それが耳に届いた名前に、何のことだ?と質問されそうになったので両手を振って直哉は何でもないと誤魔化した。
とても説明したところで伝わらないだろうと直感していた。
そんな直哉を名前含む隊員達は訝しげに見た。
島の中は荘厳な城を中心とした街だった。
見たこともない衣装を見に纏った住人が暮らしている。
皆が名前達の姿を見つけると、すぐさま道の脇に寄り通りを開けた。そして姿が見えなくなるまで頭を下げている。
まるで王様のような扱いだった。
「随分と偉いんやなぁ名前様は♪」
からかうような直哉の言葉に名前は眉ひとつ動かさない。
「俺が王族出身だからだ」
「それに、名前様は教団を束ねるトップのお一人だ」
別の男がすかさず解説を重ねる。その目はお前のような人間が気安く話しかけて良い相手ではない、と咎めているようだった。
しかし直哉はそんな事気にも止めない。
「ほー!すごいやん。あっちの名前様とは違ってえらい出世してはるんやなー」
「さっきから貴方は…何を言っているんだ?まるで俺がもう1人いるかのような物言いだな」
「さぁ、どうなんやろ?」
「…」
あくまでこちらをからかって楽しんでいるような姿勢に、名前は何度目かのため息をつく。
「貴方のようにペースを乱してくる人間は苦手だ。…ほら、着いたぞ。ここが本部だ。この国の王族が住まう城でもある」
「へー、ええところ住んどるやん」
見上げるほどの城壁の奥に、さらに高く聳え立つ黒い城。
城壁の門が開き、中へ入るよう促される。
「…でっかい教会みたいやなぁ」
あちこちに十字架やら石像やら、魔除けに関わりそうなものが点在している。
「貴方にはこっちに来てもらおうか。お前達は彼の手当てを」
長い長い赤い絨毯が敷かれた廊下を歩いていたところで、名前が脇にある別の廊下へと足を向けて直哉に言い放った。
部下には先に行くよう促す。
「た、隊長!こんな得体の知れない男と2人では危険です!我々も…」
「大丈夫だ。この男は…」
名前が双眸を直哉に向ける。
まるで全てを見透かすような鋭い瞳。
直哉は世界最強の男の青い瞳を一瞬思い出した。
「何も、ここには興味がないようだ。何の目的も感じられない」
「そんなことあらへんで。名前ちゃんのこと知りたいわ♪」
「っあー!もういい。兎に角こっちだ」
うんざりした様子の名前は顎で直哉についてくるよう催促するとさっさと歩き出してしまった。
部下達が去っていく名前におたおたとしているのを目尻に、直哉は「そんじゃご苦労さん♪」と片手をヒラヒラと振って名前の後に続いた。
しばらく暗い廊下を進むと一つの部屋に通された。
「ここなら誰も来ない。じっくり話を聞かせてもらおうか」
「何ここ?お、ベッドあるやん。こないなとこでこそこそ2人でどんな話する気や?」
「ったく。真面目に話すつもりはないのかお前は」
先程までは直哉のことを“貴方”と呼んでいた名前はもう彼を年上として敬う気持ちは無くなったらしい。
どかっとそのあたりの木製の簡素な椅子に座る。
「ここは俺が個人的に使ってる部屋だ。誰も知らないから誰も来ない」
だから安心して全て話せと言いたいようだった。
直哉も名前に倣って簡素な作りのベッドに腰を下ろす。
「王族の名前様がこんな物置みたいな部屋使とるん?」
「そんなことはいいから。まずどこから来たのか教えろ。それから名前も」
名前の命令口調なんてこの先絶対聞けないだろうと、直哉は声と言葉を噛み締めた。
「ん、んー。あ、はいはい。せやなぁ。京都から来ました禪院直哉君でーす」
片手を上げて飄々と返事をする。
名前はただただ不思議そうな顔をする。
「きょー…と?ゼンイン…苗字があるならお前も王族か貴族か?」
「やっぱ伝わらへんよなー」
やれやれと言ったように直哉はベッドに転がった。
「…質問を変える。お前が俺の部下を倒した時、何をした?お前も術式が使えるのか?」
「お、やっとお互い知っとる単語でてきたな。」
直哉が起き上がらずに顔だけ名前の方へ向ける。
「…俺たちは術式を持つ者達で教団を構成している。悪魔を祓うために」
「悪魔ねぇ」
「…悪魔は人の負の感情、自然や神に近い存在に対する恐れ…畏敬の念から産まれる。そして日々人を喰らってその力を大きくしようとしている」
「ははぁー、つまり俺らで言う呪霊がそっちにとっては悪魔ってわけや」
やっと少し話が進んだ事で、直哉は自身が呪術師であること。
祓ったはずの呪霊の術式に何故かハマりこのような目に合っていることを伝えた。
「なるほど、そしてお前のその世話役が名前といって俺と瓜二つなのだな」
「瓜二つどころやないわ。一緒やわ。キャラは全然ちゃうけど。名前は可愛い僕っこやから♪」
名前はニコニコと怪しげな笑顔で話す直哉を無視して考え込む。そしてこの部屋には不釣り合いなほど重厚で貴重そうな本が並んでいる本棚へと向かった。
そのうちの一冊を手に取る。
「この悪魔…いや、お前達からしたら呪霊か。見た事ないか?」
人より遥かに高い背丈、人の形に似た黒い影。
「お!こいつやこいつ!知っとるんか?!」
その本には今の状況の根源と思われる呪霊と姿形の一致したものが描かれていた。
直哉は早速もとの自分の居場所に帰れるかも知れない可能性にベッドから飛び起きた。
「…コイツは悪魔、というよりもはや神に近い存在だ。人類が誕生してから現在まで、未知なるものに対して抱く恐怖から産まれた存在だ」
「未知ぃ?」
「人間は何か不可思議なことが起きればそれに恐怖を抱く。その恐怖を紛らわせるために無理矢理理由をつけたりするだろう。大雨が続くのは神の怒りに触れたからだ、とか昔からあるだろう」
名前は本を閉じると再び棚に戻した。
「悪魔の気まぐれに巻き込まれたな」
「ちょーまち。そいつを祓えば帰れんよな?」
直哉が核心を言わない名前の横顔に話しかける。
「…さっきも言ったが、あれは神に近い。人類の歴史が始まってから因果の中をずっと存在してきたものだ。祓うのは人間には不可能だ」
今度は憐れむような目で名前が直哉を見る。
「例え、どんなに強い術式があろうとな」
直哉は珍しく黙る。
先程まで軽口ばかりだった男が急に黙ってしまい、名前は流石に不憫に思った。
元の世界には家族や友人がいただろう。
彼らには二度と会えないかもしれないという恐怖はどれほどのものだろう…。
ついには俯いた直哉を見て名前は口を開いた。
「まぁ、その…そう落ち込むな。もっと悪魔に詳しい賢者にも明日話を聞きに行こう。それに祓えなくとももう一度その悪魔に遭遇すれば同じように元の世界に戻れるかもしれないぞ」
「そ、やなぁ…」
「…」
俯いたまま覇気のない返事をする目の前の男に、名前はどうしたものかと頭を悩ます。
「…行く当てもないだろう。しばらくは面倒を見る。この部屋を使うといい。食べ物も後で何か持ってこさせよう」
そう言って椅子から立ち上がった名前に、直哉はハッと顔を上げた。
そして不安そうな目を名前に向ける。
「名前、何処か行ってしまうんか?」
「ぇ、あぁ。俺は…自分の部屋に、戻る…」
まるで捨てられた子犬のような目で見てくる男に何故か罪悪感が湧いた。返す言葉も何処か歯切れが悪くなる。
「…そ、か。引き止めてすまんな」
「ぅ…」
罪悪感を募らせる名前に、眉を下げたままヘラリと笑う男はさらに追い打ちをかけるように俯いた。
「…まぁ、その、お前の術式についてもっと詳しく教えてくれると言うなら、その間だけ俺の部屋にいてもいい「ホンマに?!いやおおきにぃ!名前にならいくらでも教えたるわ!ほな行こか!」…ぞ、」
名前が話をいい終わるか言い終わらないかのところで直哉が言葉を被せる。
それまでの落ち込んだ雰囲気が嘘のように笑顔になった直哉は立ち上がると名前の腕を掴んでズンズンと部屋の出口へと向かった。
あまりの変わり身ように名前は呆気に取られて、引っ張られるまま部屋を出ると大人しく部屋まで案内してしまった。
直哉は消えゆく呪霊を目尻に、任務は無事に終わったことを悟った。…はずだった。
帰ろうと踵を返した時だった。
視界が大きく歪み、先程払ったはずの呪霊の気配を感じた。
大したことのない等級の呪いだったはずなのに何故?と、思った時には暗闇の中だった。
「ふぅざけんなやぁぁ…‼︎これから久しぶりに帰って名前の口でしてもらう予定やったんやぞぉ」
遠方の任務が続き、かれこれ名前とは2週間会えていなかった。
家にいられる日はほぼ毎晩自身の布団に招いて触れていたあの雪のような肌に、2週間も触れられないストレスは想像以上だった。
もうこれは帰ったらあの小さいお口で、自身の凶々しい欲望を鎮めてもらうしかないと勝手なことを考えていたのだ。そして奉仕しながらあの可愛い顔で自分の顔を上目遣いで見上げる姿を何日も想像した。
「っあぁ!なんっやホンマに!呪いの気配も消えよったしここなんなんや!」
攻撃してくるかと思いきや気配も消えてしまった。ただただ暗闇に閉じ込められた。
そのまましばらく悪態をついていると遠くに一筋の光が見えた。
「はぁ…しゃーない」
一向に現状が改善しないことに諦めた直哉は、誘われるように光が差す方へと足を進めた。
闇を抜けた先はまるで知らない景色であった。
「…島が、浮いとる」
目の前には断崖絶壁。
しかしその下は海や川ではなく、青い空間…まるで空のようだった。
そして視線の先には空に浮かぶ巨大な島があった。
その島には荘厳な黒い建物が連なり、一つの城のようだった。
とても日本…ましてや世界中の何処にもこのような場所はあり得ないだろう。
「あかん。俺ほんまはいつの間にか死にはったか?」
ため息をついて額に手を当てた。
もう考えることを放棄しようとしたその時。
「何者だ!そこの男!」
若い男の声が聞こえた。
直哉が振り返るとそこには白い装束で全身を包んだ男が5人立っていた。
「お前だ!そこの妙な出立の!」
全員警戒している様子で直哉に鈍色に光る大剣の先を向けていた。
1番後ろには1人だけ馬に乗った者もいる。
「あ゛?なんや。そっちこそ誰や?」
機嫌のすこぶる悪い直哉は殺気を込めて面倒臭そうな連中を睨みつけた。
それに思わず後退りしそうになる男達。
1人が意を決して声を荒げる。
「貴様っ…我等は王直属の教団だぞ!」
「はぁ?教団ー??」
明らかに馬鹿にした態度を隠さない直哉に、男はさらに激昂した。
「こ、この!無礼者がっ…」
「待て。俺が話をする」
男が直哉に向かって足を踏み出そうとした時、後ろでそれまで馬に乗ったまま傍観していた男が声を発した。
その男は馬から降りたと思ったら、さらに腰に携えていた武器であろう剣を馬の鞍に置いた。
「た、隊長危険です!」
「いいから」
そのまま直哉の目の前まで歩み寄る。
馬から降りてみると思ったより小柄な少年だった。フードを被っているため顔は見えない。
「なんや。隊長…?ってゆうたってまだガキやないか」
「…まぁ、貴方よりは年下だろうな。突然武器を向けた無礼をお詫びする」
少年はそう言ってその頭のフードを外した。
そこに晒された顔を見て、直哉は叫んだ。
「は?!おま、名前?!」
「…?何故、俺の名を?」
その顔は何日も切望してやまない恋人の顔そのものであった。
声もそう言えばよく似ている。口調は強めで雰囲気が全く違ったため気づかなかった。
一方の"名前"は名前を知られていたことに警戒していた。
直哉を鋭い目つきで見上げる。
「うわ。まじか。ええやん。名前にそんな目で見られたことないわ。ゾクゾクする。ちょ、写真、撮りたい。撮ってええ?あ。その前にその表情のまま直哉様って呼んでみ?」
「は、はぁ?」
今度は表情を引き攣らせて少し後ずさる。
変なやつだ。
そう思った少年…名前は更に一歩後ずさった。
それを許さないとばかりにすかさず直哉が腕を掴む。
「な、っ離せ!」
「強気な名前もええわぁ!なぁ、それコスプレなんか?」
「っ隊長に触るな!!」
勇猛果敢な青年が大剣を振り上げて直哉に振りかぶった。
「…やかましいわ」
間髪入れずに術式を発動させた。
次の瞬間には男は倒れていた。
「…!」
「安心しや。死んどらん」
「…今、何をした?貴方も悪魔祓いか…?」
「はぁ?悪魔ぁ?」
「…」
一切話が噛み合わない事に頭を痛めた名前はため息をついて首を振った。
「わかった。一緒に本部まで来てもらおうか。そこで話を聞かせてくれ」
「おぉええやん。クール系名前ちゃんのことよぉ教えてや」
「……はぁ〜」
名前はあからさまな溜息をつくと他の男達と一緒に、直哉に打ちのめされ倒れた男を担ぎ馬まで運んだ。
そのまま一行に連れられ直哉は巨大な橋を渡り、先程まで自分が見下ろしていた空に浮かんだ島まで連れて行かれた。
「○ァイナル○ァンタジーや」
「え?ふぁい…?」
「あーあー。気にせんといて」
高専時代、寮住まいの連中が暇つぶしに遊んでいたゲームを思い出して思わず呟いた。
それが耳に届いた名前に、何のことだ?と質問されそうになったので両手を振って直哉は何でもないと誤魔化した。
とても説明したところで伝わらないだろうと直感していた。
そんな直哉を名前含む隊員達は訝しげに見た。
島の中は荘厳な城を中心とした街だった。
見たこともない衣装を見に纏った住人が暮らしている。
皆が名前達の姿を見つけると、すぐさま道の脇に寄り通りを開けた。そして姿が見えなくなるまで頭を下げている。
まるで王様のような扱いだった。
「随分と偉いんやなぁ名前様は♪」
からかうような直哉の言葉に名前は眉ひとつ動かさない。
「俺が王族出身だからだ」
「それに、名前様は教団を束ねるトップのお一人だ」
別の男がすかさず解説を重ねる。その目はお前のような人間が気安く話しかけて良い相手ではない、と咎めているようだった。
しかし直哉はそんな事気にも止めない。
「ほー!すごいやん。あっちの名前様とは違ってえらい出世してはるんやなー」
「さっきから貴方は…何を言っているんだ?まるで俺がもう1人いるかのような物言いだな」
「さぁ、どうなんやろ?」
「…」
あくまでこちらをからかって楽しんでいるような姿勢に、名前は何度目かのため息をつく。
「貴方のようにペースを乱してくる人間は苦手だ。…ほら、着いたぞ。ここが本部だ。この国の王族が住まう城でもある」
「へー、ええところ住んどるやん」
見上げるほどの城壁の奥に、さらに高く聳え立つ黒い城。
城壁の門が開き、中へ入るよう促される。
「…でっかい教会みたいやなぁ」
あちこちに十字架やら石像やら、魔除けに関わりそうなものが点在している。
「貴方にはこっちに来てもらおうか。お前達は彼の手当てを」
長い長い赤い絨毯が敷かれた廊下を歩いていたところで、名前が脇にある別の廊下へと足を向けて直哉に言い放った。
部下には先に行くよう促す。
「た、隊長!こんな得体の知れない男と2人では危険です!我々も…」
「大丈夫だ。この男は…」
名前が双眸を直哉に向ける。
まるで全てを見透かすような鋭い瞳。
直哉は世界最強の男の青い瞳を一瞬思い出した。
「何も、ここには興味がないようだ。何の目的も感じられない」
「そんなことあらへんで。名前ちゃんのこと知りたいわ♪」
「っあー!もういい。兎に角こっちだ」
うんざりした様子の名前は顎で直哉についてくるよう催促するとさっさと歩き出してしまった。
部下達が去っていく名前におたおたとしているのを目尻に、直哉は「そんじゃご苦労さん♪」と片手をヒラヒラと振って名前の後に続いた。
しばらく暗い廊下を進むと一つの部屋に通された。
「ここなら誰も来ない。じっくり話を聞かせてもらおうか」
「何ここ?お、ベッドあるやん。こないなとこでこそこそ2人でどんな話する気や?」
「ったく。真面目に話すつもりはないのかお前は」
先程までは直哉のことを“貴方”と呼んでいた名前はもう彼を年上として敬う気持ちは無くなったらしい。
どかっとそのあたりの木製の簡素な椅子に座る。
「ここは俺が個人的に使ってる部屋だ。誰も知らないから誰も来ない」
だから安心して全て話せと言いたいようだった。
直哉も名前に倣って簡素な作りのベッドに腰を下ろす。
「王族の名前様がこんな物置みたいな部屋使とるん?」
「そんなことはいいから。まずどこから来たのか教えろ。それから名前も」
名前の命令口調なんてこの先絶対聞けないだろうと、直哉は声と言葉を噛み締めた。
「ん、んー。あ、はいはい。せやなぁ。京都から来ました禪院直哉君でーす」
片手を上げて飄々と返事をする。
名前はただただ不思議そうな顔をする。
「きょー…と?ゼンイン…苗字があるならお前も王族か貴族か?」
「やっぱ伝わらへんよなー」
やれやれと言ったように直哉はベッドに転がった。
「…質問を変える。お前が俺の部下を倒した時、何をした?お前も術式が使えるのか?」
「お、やっとお互い知っとる単語でてきたな。」
直哉が起き上がらずに顔だけ名前の方へ向ける。
「…俺たちは術式を持つ者達で教団を構成している。悪魔を祓うために」
「悪魔ねぇ」
「…悪魔は人の負の感情、自然や神に近い存在に対する恐れ…畏敬の念から産まれる。そして日々人を喰らってその力を大きくしようとしている」
「ははぁー、つまり俺らで言う呪霊がそっちにとっては悪魔ってわけや」
やっと少し話が進んだ事で、直哉は自身が呪術師であること。
祓ったはずの呪霊の術式に何故かハマりこのような目に合っていることを伝えた。
「なるほど、そしてお前のその世話役が名前といって俺と瓜二つなのだな」
「瓜二つどころやないわ。一緒やわ。キャラは全然ちゃうけど。名前は可愛い僕っこやから♪」
名前はニコニコと怪しげな笑顔で話す直哉を無視して考え込む。そしてこの部屋には不釣り合いなほど重厚で貴重そうな本が並んでいる本棚へと向かった。
そのうちの一冊を手に取る。
「この悪魔…いや、お前達からしたら呪霊か。見た事ないか?」
人より遥かに高い背丈、人の形に似た黒い影。
「お!こいつやこいつ!知っとるんか?!」
その本には今の状況の根源と思われる呪霊と姿形の一致したものが描かれていた。
直哉は早速もとの自分の居場所に帰れるかも知れない可能性にベッドから飛び起きた。
「…コイツは悪魔、というよりもはや神に近い存在だ。人類が誕生してから現在まで、未知なるものに対して抱く恐怖から産まれた存在だ」
「未知ぃ?」
「人間は何か不可思議なことが起きればそれに恐怖を抱く。その恐怖を紛らわせるために無理矢理理由をつけたりするだろう。大雨が続くのは神の怒りに触れたからだ、とか昔からあるだろう」
名前は本を閉じると再び棚に戻した。
「悪魔の気まぐれに巻き込まれたな」
「ちょーまち。そいつを祓えば帰れんよな?」
直哉が核心を言わない名前の横顔に話しかける。
「…さっきも言ったが、あれは神に近い。人類の歴史が始まってから因果の中をずっと存在してきたものだ。祓うのは人間には不可能だ」
今度は憐れむような目で名前が直哉を見る。
「例え、どんなに強い術式があろうとな」
直哉は珍しく黙る。
先程まで軽口ばかりだった男が急に黙ってしまい、名前は流石に不憫に思った。
元の世界には家族や友人がいただろう。
彼らには二度と会えないかもしれないという恐怖はどれほどのものだろう…。
ついには俯いた直哉を見て名前は口を開いた。
「まぁ、その…そう落ち込むな。もっと悪魔に詳しい賢者にも明日話を聞きに行こう。それに祓えなくとももう一度その悪魔に遭遇すれば同じように元の世界に戻れるかもしれないぞ」
「そ、やなぁ…」
「…」
俯いたまま覇気のない返事をする目の前の男に、名前はどうしたものかと頭を悩ます。
「…行く当てもないだろう。しばらくは面倒を見る。この部屋を使うといい。食べ物も後で何か持ってこさせよう」
そう言って椅子から立ち上がった名前に、直哉はハッと顔を上げた。
そして不安そうな目を名前に向ける。
「名前、何処か行ってしまうんか?」
「ぇ、あぁ。俺は…自分の部屋に、戻る…」
まるで捨てられた子犬のような目で見てくる男に何故か罪悪感が湧いた。返す言葉も何処か歯切れが悪くなる。
「…そ、か。引き止めてすまんな」
「ぅ…」
罪悪感を募らせる名前に、眉を下げたままヘラリと笑う男はさらに追い打ちをかけるように俯いた。
「…まぁ、その、お前の術式についてもっと詳しく教えてくれると言うなら、その間だけ俺の部屋にいてもいい「ホンマに?!いやおおきにぃ!名前にならいくらでも教えたるわ!ほな行こか!」…ぞ、」
名前が話をいい終わるか言い終わらないかのところで直哉が言葉を被せる。
それまでの落ち込んだ雰囲気が嘘のように笑顔になった直哉は立ち上がると名前の腕を掴んでズンズンと部屋の出口へと向かった。
あまりの変わり身ように名前は呆気に取られて、引っ張られるまま部屋を出ると大人しく部屋まで案内してしまった。