日照雨
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
雪が降っている。
闇夜に浮かぶ、真っ白な雪。
無音の世界に、静かに、ただ降り注ぐ。
酷く、懐かしい気持ちになる。
その雪を私は誰かと見ていた。
隣にいるのは、誰?お兄ちゃん?
…じゃない。
黒髪で藍色の羽織…着物を着た男の子。
あぁ。直哉くんか。
小さい頃からよく遊んでもらったなぁ。
大好きな直哉くん。
優しくて、強くて、私の王子様。
小さい頃も可愛いなぁ。
けど昔の直哉くんってこんなに小さかったかな?
幼い私から見たら、9歳も離れてる直哉くんはそれはそれは大人に見えてたから仕方ないか。
夢の中の私が何か言うと直哉くんがそっけなく何か返事した。
いつも優しくしてくれる直哉くんにしては意外な反応でかなりびっくりした。
私の指先が動いた。
そうしたら、フワフワと光が溢れてきた。
雪がじんわりとあたたかく光を放っていた。
なんて美しいんだろう。
ため息が出るほどうっとりとした。
しかも隣には大好きな人がいる…。
でも…。
こんなこと、昔あったかな?
こんな思い出、あったかな?
隣の直哉くんはこっちを見て笑ってた。
見たこともないほど切なそうに笑ってた。
あぁ。幸せだな。
辺りは小さな灯火が私たちを包みこんで、それはそれは幻想的な光景だった。
なのに何でこんなに苦しいんだろう。
すごく大切な思い出のはずなのに、どうして忘れてたんだろう?
誰かが叫ぶ声がした。
忘れろと、叫ぶ声がした。
どうして?
忘れたくないのに。
でも…きっと…。
忘れてしまう気がした。
「…直哉くん」
胸が苦しくて名前を呼んだ。
寂しいよ。
一人ぼっちだよ。
お願いだから、この手を握って。
「…名前ちゃん」
温かい体温と、その優しい声に、すぅっと胸が軽くなる。
「…直哉くん」
もう一度名前を呼ぶ。
「ここにおるよ」
心地よい声にフワフワとした気持ちになる。
そして目尻と頬を指で優しく撫でられた。
あぁ。あったかい。
さっきの雪のよう。
「どっか痛いんか?怖い夢でも見たんか?そや、一緒に寝たろか?なんてな♪」
「…ぇ…?」
夢だと思っていた人が何だか妙なことを言い出したので意識が少しずつ現実に引っ張られてきた。
「え…ぇ?、な、んで。直哉くん??」
「えぇ、自分が呼んだんやんか…」
驚いた表情を浮かべている直哉くんと目があった。
いつもの和服じゃなくて白いTシャツにスウェットのズボンというかなりラフな格好をしている。
咄嗟にこんなにラフな格好なのに直哉君は何着てもかっこいいなとか一瞬で思ってしまう自分はかなりやられている。
慌てて起きあがろうとするが、体は鉛のように重たい。全身の筋肉がなくなってしまったんだろうか?
動く首を回して辺りを見渡す。
見慣れない光景。
壁も家具も白で揃えられた広い部屋。
狭い私の寮の部屋ではないことに驚いたが、よく考えればここは…お兄ちゃんのマンション…?
え?なんで?
何で私だけじゃなくて直哉くんまでいるの?
「私…あ、そうだ!任務に行って…!」
「あー、無理しなぁ。大丈夫か?」
起き上がろうとした私を直哉君は肩に手を回して起こしてくれた。
あぁ、目が覚めたら好きな人がいるのに…自分はまるで介護でもしてもらってるようで恥ずかしい…。
「…どうして、直哉くんがここにいるの?」
「ん?休暇で遊びに来とったんや」
「え?」
ニッコリと笑う直哉くんは何か嘘をついている気がした。
回転の鈍くなった頭で必死に考えた。
お兄ちゃんが朧気な記憶の中でみんなは無事だと言っていた。
しばらくは悠仁も私も任務は休みだと言われた。
そして私がこうして無事でいると言うことは、直哉くんが助けてくれたのだろう。
「っ直哉くん…ごめんね、迷惑かけて…」
そういうと直哉君はふっと笑って私の頭を優しくなでてくれた。
「何言うとんのや、名前ちゃんもう少しで危なかったんやで。…間に合ってよかったわ」
その大きくて温かい手に、言葉に、何故だかジワリと目頭が熱くなる。
「まぁ、ホントんとこ呪力ほとんど使い果たしてしもたもんで、名前ちゃんの護衛兼看病もかねて俺もここで休ませてもらっとるんや」
悟君は東北の任務まだあるらしいからケツ叩いていかせたで。
と、いたずらっ子のような顔で笑う直哉君はなんだか子供のころを思い出させた。
そういえば懐かしい夢を見てた気がする…
「そういえばどっか痛まんのか?泣いとったけど」
「え?ううん。どこも痛くないよ…」
夢のことなど忘れ、咄嗟に布団の中にある右足がちゃんと動くか足首を少し動かした。
あぁ、良かった。
ちゃんとある。
「脚…転嫁呪法使って治したんか?」
「え、ぁ…」
鋭い直哉君は私の顔色が変わるとすぐに気づく。
脚のことは何となく言うのが憚られた。
心配をかけたくなかったのもあるが、何よりそんなヘマをしたと何だか知られたくなかった。
五条家の長女なのに大した術式も持たず、かといって炎の術式は体に負担が大きすぎて使えない。
小さい頃から「五条家の人間なのに」「立派な兄がいてよかったな」「大きくなったらいいお家に嫁げばいい」など、親戚からは心無いことを言われた。本人たちは悪気がないから余計タチが悪い。
大切な人を守りたくて呪術師の道を選んだのに…。
「うん…でも、もう大丈…」
突然蘇る記憶。
視界を赤く染める血、激痛、耳に残る骨が砕ける音…
「…‼」
思わず耳を塞いだ。
身体が震えだす。
情けない、それでも呪術師か。
昔鍛錬に失敗して父に言われた言葉がよぎった。
本当にその通りだ。
脚は既に治っているというのに。
こんなことでは直哉君に呆れられてしまう。
すると急に誰かに抱きしめられた。
「うわっ」
誰かって、一人しかいなくて…
心臓が破れそうなほど大きく動いた。
「…大丈夫や、名前ちゃんにはこの俺がおるやろ」
子供をあやすように背中をトントンと軽く叩いてくれる。
やっぱり…直哉くんの体温、声、全てが私を懐かしく思わせ、安心させてくれる。
昔からそうだった。
直哉くんは特別なのだ。
この感情が何なか、わからないほど子供ではない。
だけど本当に大人の直哉君から見たらどうだろう?
私の幼い頃からの初恋は…それこそただの憧れや、妹が兄に懐いているようなものだと思われるだろうか?
今こうしているのも急に子供扱いされているような気持ちになる。かと言って離れたいとも思わない。こんな風に甘やかされていたいという矛盾した気持ちもあり複雑だ。
でも聞きたい。言いたい。
幼い頃から抱いているこの慕情を、もう抱えきれそうにない。
「名前ちゃん腹減ったやろ、何か食べた方がええよ。悟くんが任務行く前にえらい買い込んどったから何か食えそうなもんあるやろ」
「う、うん!ありがとう」
考え込んでしまっていた自分にはっとして、慌てて返事を返す。
直哉くんが私に対する態度はお兄ちゃんが私に対して向ける、年下の兄妹を可愛がる愛情に近い気がする。
従姉妹の真依ちゃんや真希ちゃんにすらどこかツンツンしている直哉くんが、私には何故か優しくしてくれていることに、何度も期待したけど…やっぱりそれでもその域を出ない気がして…。
でも。
「あぁ?悟くん菓子ばっかりやないか。こないなん病人に食わすなや」
冷蔵庫を開けた直哉くんがお兄ちゃんに悪態をつく。
それを見て、私はクスリと笑う。
いつか、必ずこの気持ちを伝えようと直哉くんの背中に誓った。
私の気持ち…そう、心にずっと灯る私の大切な温かい灯火。
8/8ページ