夜の虹
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屋敷の中が騒がしい。
「直哉様。先程扇様が尋常でない様子で忌庫の方へ向かわれましたが…」
とても話しかけられるような雰囲気ではなかった。なんというか…殺気立っていた。
「何かあったのですか?」
なんとも言えない不穏な空気をこの家全体から感じた。
「扇のじぃさんが殺気立っとるんわいつものことやんか。それよか名前ー、この前の任務で俺の羽織ほつれてしもたー!直しといて?」
バサッとなんでもないことのように羽織を投げてよこされる。
「え、あ、はぁ…」
「それ、大至急頼むでー」
そう言うと部屋を出ようとされる。
「どちらへ?」
「甚壱君とこー。それ直すまではこの部屋おれよー」
そう言うとさっさと直哉様は部屋を出て行かれてしまった。
足音が遠のく。
何か異常事態なのだろう。
呪術師でない僕が出しゃばったところで邪魔にしかならないので、これ以上は追求できない。
だけど心配だ。
いくら直哉様が強いと言えど、任務に行かれる時なんかはやはり無事で帰ってきてくださいますようにと、いつも願わずにはいられない。
「…」
妙な胸騒ぎがする。
直哉様の羽織を無意識に握っていた。
何だか酷く心細かった。
「早く帰ってきてくださらないかな…」
直哉様の言いつけ通り羽織を縫わなければと思うのになかなか手がつけられなかった。
しばらくそのまま時が経った。
外の様子を見に行こうか?
いやしかし。
ダメだ。
仕方なく僕はやっと裁縫道具を出すと羽織の修繕に取り掛かる。
「…ん?破れてるって、どこだろ?」
羽織はいつも通り綺麗に見えた。
直哉様、僕に嘘をついたのだろうか?
その時、中庭に面した縁側の襖が開けられた。
こんなところから入ってくるのは部屋の主である直哉様しかいない。
僕はつい笑顔になる。
「直哉様?こちらの羽織どこもほつれては…」
振り返る。
「え…、」
そこには直哉様はいなかった。
「ま、…き、様?」
底のない、ガラスのような目をした真希様がその手を血に染めて立っていた。
△
「真依が死亡、真希が乱心!」
「扇様がやられたぞ!」
屋敷の中は混沌としていた。
あちこちで少しでも情報を早く伝えようと躯倶留隊の隊員が声を荒げる。
炳の一員である蘭太や甚壱も真希の元へ向かう。
「はっ、扇のじいさんも真希ちゃんにやられるやなんて、ボケとったんやないか?」
周りが慌ただしいのを他人事のように眺める。
何もかもが馬鹿らしい。
自分と名前が何者にも脅かされることなく暮らしていけるよう当主を目指した。
だが父親の遺言は予想していたものとはかけ離れていた。
ーー尚、当主の座に就いた者が誰であろうと世話役は、現在禪院直哉専属の世話役である名前に任命するーーー
一体何故あのような遺言を残したのか、直哉には腹の煮えくり返るような想いだった。
当主の座はまだ見ぬ伏黒恵へ、その上名前までも奪おうとする。
何のためにこの家で、血反吐を吐きながら呪術師として生きてきたのか。
全てを壊そうとする真希の気持ちもわからなくはなかった。
「さぁ来いや。俺を真っ先に壊したいやろ?」
直哉は真希が禪院の血を色濃く継いだ自分を何より憎んでいるとわかっていた。
しかしそこで失念していたことに気づく。
「…」
悲鳴や怒声を遠くで聞く。
これが断末魔というものか。
その中で思った。
もし、自分を苦しめたいとしたら…。
先に殺すのは…自分ではない。
「…名前っ‼︎」
何故早く気づかなかったのか。
直哉は自身を叱責する。
今まで感じたことのない焦燥感に駆られながら部屋へ駆ける。
「おい!名前!返事せぇ!」
部屋の障子を勢いよく開ける。
「…名前」
そこには先程自分が渡した羽織を握り込んだまま、立ちすくんでいる名前がいた。
生きているその姿を見て直哉は隠すこともなくはっと息を吐いた。
「っおま、おるなら返事せぇよ!」
直哉が名前の元へ近づきその肩を掴む。
名前は何も言わずに直哉を振り返った。
怪我も何もない様子に直哉は内心ほっとしていた。
「ったく。なにぼーっとしとん。ええか名前。早よ、お前隠れ…」
「直哉様」
凛とした声が直哉の言葉を遮る。
「僕と、逃げてください」
「…は?」
名前は真っ直ぐに直哉を見つめていった。
△
「ま、…き、様?」
部屋に訪れたのは直哉様ではなかった。
長く美しい髪はバッサリと短く切られていたので一瞬真依様かと思ったが、目を見たら真希様だとわかった。
いつもと全く雰囲気が違った。
深淵のように深いその漆黒の瞳に、目が離せなくなりそうになる。
火傷だろうか?顔には今までなかった痣があった。
そして所々血がついていることに気がついた。
「ま、真希様っ!お怪我を…っ」
「この血はあたしのじゃねぇよ」
「え…」
「真依は死んだ。親父と母さんは殺した」
「‼︎」
どこかに感情も全て置いてきてしまったかのように真希様は淡々と話した。
「名前、私は禪院家、それに関わる全てを壊す。当然直哉も」
「!」
胸がギュッと締め付けられた。
この瞬間、僕は何故か全てを悟った。
真希様はもう誰にも止められない。
直哉様は…。
「お前は殺さねえよ。元々は余所者だしな。それに…この家の中で、お前だけは…名前だけはアタシらに良くしてくれたしな」
直哉様は、きっと。
真希様に殺されてしまう。
「…だけど、直哉を殺したら」
僕は泣いていた。
「お前、死んじまうだろ?」
真希様は、笑っていた。
「一回だけチャンスやるよ。もしお前が直哉を止めれるなら…2人とも見逃してやるよ」
僕はゆっくりと真希様に近づく。
「お前にそれだけの価値があるならな」
両手を真希様のお顔に伸ばす。
真希様は拒まない。
両手で頬を包む。
「…ごめんな」
真希様より少しだけ背の低い僕はそのまま向かい合ってこつんと額同士を合わせた。
「…真希様。死なないで」
「!」
真希様が一瞬目を見開いた。
その瞳に少しだけ幼い頃の真希様を思い出した。
「…っは!誰の心配してんだよ。自分の心配しろよ」
真希様はばっと僕から距離を取るとそのまま踵を返してしまった。
「直哉殺した後にどうしてもってんなら…お前も殺してやるよ」
そしてまた中庭に面した縁側の方へ足を進めていく。
もう誰にも真希様を止めることは出来ない。
この部屋で主と庭を眺める日も…もう二度と来ないだろう。
「…じゃあな」
振り向かずにそれだけ言うと真希様は消えてしまった。
「直哉様。先程扇様が尋常でない様子で忌庫の方へ向かわれましたが…」
とても話しかけられるような雰囲気ではなかった。なんというか…殺気立っていた。
「何かあったのですか?」
なんとも言えない不穏な空気をこの家全体から感じた。
「扇のじぃさんが殺気立っとるんわいつものことやんか。それよか名前ー、この前の任務で俺の羽織ほつれてしもたー!直しといて?」
バサッとなんでもないことのように羽織を投げてよこされる。
「え、あ、はぁ…」
「それ、大至急頼むでー」
そう言うと部屋を出ようとされる。
「どちらへ?」
「甚壱君とこー。それ直すまではこの部屋おれよー」
そう言うとさっさと直哉様は部屋を出て行かれてしまった。
足音が遠のく。
何か異常事態なのだろう。
呪術師でない僕が出しゃばったところで邪魔にしかならないので、これ以上は追求できない。
だけど心配だ。
いくら直哉様が強いと言えど、任務に行かれる時なんかはやはり無事で帰ってきてくださいますようにと、いつも願わずにはいられない。
「…」
妙な胸騒ぎがする。
直哉様の羽織を無意識に握っていた。
何だか酷く心細かった。
「早く帰ってきてくださらないかな…」
直哉様の言いつけ通り羽織を縫わなければと思うのになかなか手がつけられなかった。
しばらくそのまま時が経った。
外の様子を見に行こうか?
いやしかし。
ダメだ。
仕方なく僕はやっと裁縫道具を出すと羽織の修繕に取り掛かる。
「…ん?破れてるって、どこだろ?」
羽織はいつも通り綺麗に見えた。
直哉様、僕に嘘をついたのだろうか?
その時、中庭に面した縁側の襖が開けられた。
こんなところから入ってくるのは部屋の主である直哉様しかいない。
僕はつい笑顔になる。
「直哉様?こちらの羽織どこもほつれては…」
振り返る。
「え…、」
そこには直哉様はいなかった。
「ま、…き、様?」
底のない、ガラスのような目をした真希様がその手を血に染めて立っていた。
△
「真依が死亡、真希が乱心!」
「扇様がやられたぞ!」
屋敷の中は混沌としていた。
あちこちで少しでも情報を早く伝えようと躯倶留隊の隊員が声を荒げる。
炳の一員である蘭太や甚壱も真希の元へ向かう。
「はっ、扇のじいさんも真希ちゃんにやられるやなんて、ボケとったんやないか?」
周りが慌ただしいのを他人事のように眺める。
何もかもが馬鹿らしい。
自分と名前が何者にも脅かされることなく暮らしていけるよう当主を目指した。
だが父親の遺言は予想していたものとはかけ離れていた。
ーー尚、当主の座に就いた者が誰であろうと世話役は、現在禪院直哉専属の世話役である名前に任命するーーー
一体何故あのような遺言を残したのか、直哉には腹の煮えくり返るような想いだった。
当主の座はまだ見ぬ伏黒恵へ、その上名前までも奪おうとする。
何のためにこの家で、血反吐を吐きながら呪術師として生きてきたのか。
全てを壊そうとする真希の気持ちもわからなくはなかった。
「さぁ来いや。俺を真っ先に壊したいやろ?」
直哉は真希が禪院の血を色濃く継いだ自分を何より憎んでいるとわかっていた。
しかしそこで失念していたことに気づく。
「…」
悲鳴や怒声を遠くで聞く。
これが断末魔というものか。
その中で思った。
もし、自分を苦しめたいとしたら…。
先に殺すのは…自分ではない。
「…名前っ‼︎」
何故早く気づかなかったのか。
直哉は自身を叱責する。
今まで感じたことのない焦燥感に駆られながら部屋へ駆ける。
「おい!名前!返事せぇ!」
部屋の障子を勢いよく開ける。
「…名前」
そこには先程自分が渡した羽織を握り込んだまま、立ちすくんでいる名前がいた。
生きているその姿を見て直哉は隠すこともなくはっと息を吐いた。
「っおま、おるなら返事せぇよ!」
直哉が名前の元へ近づきその肩を掴む。
名前は何も言わずに直哉を振り返った。
怪我も何もない様子に直哉は内心ほっとしていた。
「ったく。なにぼーっとしとん。ええか名前。早よ、お前隠れ…」
「直哉様」
凛とした声が直哉の言葉を遮る。
「僕と、逃げてください」
「…は?」
名前は真っ直ぐに直哉を見つめていった。
△
「ま、…き、様?」
部屋に訪れたのは直哉様ではなかった。
長く美しい髪はバッサリと短く切られていたので一瞬真依様かと思ったが、目を見たら真希様だとわかった。
いつもと全く雰囲気が違った。
深淵のように深いその漆黒の瞳に、目が離せなくなりそうになる。
火傷だろうか?顔には今までなかった痣があった。
そして所々血がついていることに気がついた。
「ま、真希様っ!お怪我を…っ」
「この血はあたしのじゃねぇよ」
「え…」
「真依は死んだ。親父と母さんは殺した」
「‼︎」
どこかに感情も全て置いてきてしまったかのように真希様は淡々と話した。
「名前、私は禪院家、それに関わる全てを壊す。当然直哉も」
「!」
胸がギュッと締め付けられた。
この瞬間、僕は何故か全てを悟った。
真希様はもう誰にも止められない。
直哉様は…。
「お前は殺さねえよ。元々は余所者だしな。それに…この家の中で、お前だけは…名前だけはアタシらに良くしてくれたしな」
直哉様は、きっと。
真希様に殺されてしまう。
「…だけど、直哉を殺したら」
僕は泣いていた。
「お前、死んじまうだろ?」
真希様は、笑っていた。
「一回だけチャンスやるよ。もしお前が直哉を止めれるなら…2人とも見逃してやるよ」
僕はゆっくりと真希様に近づく。
「お前にそれだけの価値があるならな」
両手を真希様のお顔に伸ばす。
真希様は拒まない。
両手で頬を包む。
「…ごめんな」
真希様より少しだけ背の低い僕はそのまま向かい合ってこつんと額同士を合わせた。
「…真希様。死なないで」
「!」
真希様が一瞬目を見開いた。
その瞳に少しだけ幼い頃の真希様を思い出した。
「…っは!誰の心配してんだよ。自分の心配しろよ」
真希様はばっと僕から距離を取るとそのまま踵を返してしまった。
「直哉殺した後にどうしてもってんなら…お前も殺してやるよ」
そしてまた中庭に面した縁側の方へ足を進めていく。
もう誰にも真希様を止めることは出来ない。
この部屋で主と庭を眺める日も…もう二度と来ないだろう。
「…じゃあな」
振り向かずにそれだけ言うと真希様は消えてしまった。