爆豪
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青色を移したビー玉みたいな瞳はまっすぐ俺を見ていた。
「お兄さん!僕、かっこいい男になります!だから大人になったら…」
小柄な背丈のその少年に目線を合わせて屈むと、顔を真っ赤にして…ちょっと泣きそうになりながら必死にその口を動かしていた。
「その時は…!僕と結婚してください‼︎」
「…はぁ?」
その時は、何と返事をしただろうか。
ただ無碍にするにはあまりに透き通って、純粋で、切実な好意と敬意に…突き放すことが出来ず曖昧な言葉を返した気がする。
それが俺と、この小学生との始まり。
そいつとの初めての出会いは夏が始まった頃だった。
雄英に入学して、体育祭も終わった。
今日も電車に揺られながら学舎へと足を運ぶ。
乗客の中には“あの金髪の子雄英の…”“体育祭で一位だった…”と、俺に気づく奴もいた。それが鬱陶しいから基本電車の中では下を向いて音楽でも聞きながらその時間をやり過ごしていた。
その日は俺が電車に乗り込むと座席も座る余裕があり、珍しく座った。
次第に混み合っていく車内。
ふと、顔を上げると見慣れない、珍しい乗客が目の前にいた。
県内じゃ有名な私立小学校の制服を着た少年で、白い肌に子供らしい丸い頬に大きな目…顔の整ったやつだった。
乗客に揉まれながら、倒れまいと必死に立っていた。
咄嗟に体が動いた。
「ここ座れ」
「え?」
立ち上がると同時に腕を引いて席に座らせる。
体重の軽いそいつは簡単に場所を入れ替わってポスッと座席に座った。
「あ、あの!大丈夫です僕…」
その小学生は、2、3年生くらいだろうか。一丁前に遠慮して席を立とうとするので、手のひらでそれを制する。
確かこいつが通っているであろう小学校の最寄駅ははまだまだ先。俺が降りる駅よりさらに後だ。
「いいから。お前のその制服…学校まだ先だろ。乗ってろ」
「あ、…ありがとうございます」
少年は申し訳なさそうに肩を窄ませながらも、素直に目を見て礼を言った。
歳の割には聡い印象の子供だった。
「ん、」
俺はそれだけ言うと後はもう窓の景色を眺めたり音楽を聴いて時間をやり過ごした。
俺が降りていく時、そいつはもう一度礼を言ってきた。
片手を上げて軽く返事をすると俺はそのまま降りた。
そして次の日、その少年はまた俺と同じ車両に乗り込んできた。あぁ、この駅から乗ってくんだなとかぼんやり思った。
今日も車内は通勤、通学ラッシュで混み合っている。
チラリと小学生の方を見る。下を向いて今日も一生懸命にその小さな体に力を入れて必死に立っていた。
生憎こちとら今日は座ることができなかったため席を譲ってやることができない。
電車が揺れる。
少年もその度に周りの乗客に押されて転びそうになりながら何とか耐えていた。
少年の目の前に座ってスマホをいじっているサラリーマンに譲れやとイライラしてきたあたりで、おかしい…と思った。
少年が下を向いて小さく震えていた。
具合でも悪いのか。
少年まで少し距離があったが、何とか人混みをかき分けるようにして進む。
そこで、少年が震えている理由にやっと気がついた。
少年の後ろに立っている男が覆い被さるような不自然な姿勢で立っていた。
俺は周りの乗客を押し除けて近づいて、男が今まさに少年の服の中に滑り込ませていた手を思い切り捻り上げてやった。
「いってぇぇ!!!」
男が大袈裟に喚き出した。
「うっせこの変質者がぁ!!次の駅で降りやがれ!!」
男は俺じゃないとか離せとか何か言っていたが無視する。
少年を見るとこちらを驚いた顔で見上げていた。大きな目には涙を溜めて、瞬きした瞬間にそれがパタパタと床に落ちて…最悪な気分だった。
もっと早く気づいてやれていれば…。
流石に周りの乗客もざわざわとし出して“痴漢か?”“うわ最低”“ねぇねぇあの子雄英生の…”と話す声が聞こえた。
するとちょうど次の駅に着いた。
俺は少年の手を咄嗟にとって電車から一緒に降りる。
暴れる男は腕を捻り上げてしまえば大人しくなった。引きずるようにホームへ降りると、これまたちょうどタイミングよく立っていた駅員と目が合う。
「おい。コイツ痴漢だ。警察呼べや」
「え!」
駅員は慌てて応援を呼びにいく。
変態は諦めたのか大人しく地べたに座り込んで項垂れていた。
そいつは駆けつけた他の駅員に任せて俺は少年を近くのベンチに座らせてやった。
「…」
「…」
こんな時、なんて声をかけてやればいいのだろうか。
少年の目からは涙が溢れて、体は小さく震えていた。
俺は少年の目の前に屈んで、思わずその小さな手をまた握って言った。
「もう大丈夫だ。怖かったよな」
「!、…う、っ」
少年は顔をぐしゃぐしゃに歪ませたと思ったら、ベンチから立ち上がると俺にしがみついて泣いた。
その背中をゆっくりとさすってやる。
嫌がられんかなとか色々考えたが、少年からしがみついてきている以上それはないかと変に安心してしまった。
しばらくすると駅員と警察が来た。
優しそうな女性警官が泣き止んだ少年に声をかけて連れて行こうとした。
「…」
少年はそれでも俺の袖を握ったまま俺の顔を見上げて、何か言いたげそうにして離れなかった。
「着いていってやろうか?」
俺がそう言うと、
「う、ううん。あ、あの!」
1人では怖いのかと思っていたが、少年は首を振って言った。
「助けてくれて…ありがとうございます!」
俺はちょっと呆気に取られて、少年が去っていくのを見送った。
もっと早く助けてやりたかった。
だけどその罪悪感が少しだけ薄れたのも事実だった。
次の日、またその少年が同じ車両に乗り込んできた。
俺は驚いてその少年の横に何とかまた人混みを掻き分けて移動した。そして声をかけた。
「おい!お前なんでまたこの電車乗ってんだよ!」
もちろん周りに配慮して小声でだ。
「あ!お兄さん!おはようございます!昨日は本当にありがとうございました!」
少年も小声で返してくる。
ちょっと元気そうでホッとした。
って、いやちげぇ。
「んなこたいいんだよ。お前、この時間混むから別の時間の電車とかにしねぇのかよ」
「あ、えと。すみません…これより遅い時間だと学校に間に合わなくて…母が入院中なので家のことを手伝ってから出ると早い時間にも変えられなくて…」
責められているとでも思ったのか、少年は俯いて言いにくそうにポツポツと話した。
しかも何やら事情もありそうだ。
そのまま俺たちは小声でヒソヒソと話せる範囲で話をした。
少年は体が小さいので2、3年生くらいかと思いきや5年生。父親は海外勤務で母親の入院中は祖母の家から通学。しかし祖母もあまり体が丈夫でないようで、家のことをこの少年が1人で引き受けているようだ。
「それ、ばばぁんち出て自分の家から通った方が楽じゃねぇのか」
「いえ、父も母も心配しますから」
「変質者に目ぇつけられる方が心配だろ」
「あ、」
しっかりしとんのか抜けとんのかよくわからねぇやつだった。
まぁ優しい性格なのだろうということはわかった。
「お前、時間変えねぇんなら明日もこの車両に乗れ」
「え?」
「俺が降りるまでなら一緒に乗っててやんよ」
「い、いいんですかっ?」
「おぅ」
少年が目を輝かせてこちらをその大きな目で見上げる。
何だか気恥ずかしくなって目を逸らしながらぶっきらぼうに返事をした。
「よ、よろしくお願いしますっ」
そうして俺たちは通学のわずかな時間を共にした。
満員電車の中での短い時間。
たくさん話せることはなかったが、朝から小さな少年の笑顔を守っていると思うと悪くない気分だった。
そんな日が1ヶ月も続いたころ、俺は明日から夏休み。
少年も夏休みに入って、近々母親も退院できるそうだ。
同じ電車に乗るのは今日が最後となった。
「じゃあな。勉強がんばれよ名前」
「あ、…お兄さん!」
降りる駅に着いた。
アナウンスと共に扉が開いて、俺は迷わずそちらに向かった。
名前は何か言いたそうにしていたが、たぶんお礼でもまた言おうとしているのだろう。
今朝は電車に乗ってる間ずっと感謝の意ばかり伝えられもう胸焼けしそうだ。
もう充分だっての。
振り返らず電車を降りた。
ホームに降りれば蒸し暑い外気に晒される。
夏も本番で、やかましい蝉の鳴き声に包まれる。
いつも通り歩き出す。
だが、いつもと違うことが起こった。
「?!、は」
誰かが俺の手首を握る。
すぐに振り返れば名前がそこにいた。
「は?!ば、おま、電車…っ」
電車の扉が閉まる笛の合図が聞こえる。
「あ!おい!ま…」
「あの!…あの!どうしても最後に聞いて欲しいことがあるんです!」
その時、電車は名前を置いてその扉を閉めてしまった。
俺は優等生で真面目な名前が遅刻覚悟で電車を降りてきた理由がさっぱりわからなかった。
だが名前の必死な様子に思わず黙った。
いつもは深雪が輝くような白い頬が、外の暑さのせいか真っ赤になっていた。
俺の手首を握るその小さな手はわずかに震えている。
「お兄さん!僕、かっこいい男になります!だから大人になったら…」
青い夏の空を映した瞳に、思わず屈んで目線を合わせた。
「その時は…!ぼ、僕と結婚してください!」
蝉の鳴く声が小さくなった気がした。
「大好きです‼︎」
あれから5年。
また夏が始まろうとしていた。
事務所のソファに座って今調査中の敵の資料を読みながら、ふと視界に入った窓の景色を見た。
あの日ビー玉の中に映っていたような青い空を見上げて、何となくそんなこともあったな。なんて、突然思い出していた。
そういえば、あれから一度も会うことはなかった。
母親も祖母も体が弱く、本人も日になんか当たったことがないような陶磁器のように白い肌に、細くて小さい体だったのが気がかりだった。
夏の終わりと共に消えてしまいそうな…儚げな少年だった。
…今も、元気にしているだろうか。
「なぁ爆豪ー。うちの事務所もそろそろ職場体験とかインターン生とか受け入れしようぜー」
「あぁ゛?」
思考を打ち切って、俺は話しかけてきた切島を見上げた。
俺は卒業して切島と上鳴と3人でヒーロー事務所を立ち上げて活動していた。
活躍振りは上々といったところ。
そのうち雄英や他のヒーロー科のある学校からインターンの斡旋の依頼なんかも増えてきた。
「だってよー!この前イレイザーヘッドにも言われてたろ!恩師の言葉無視するのもよー!」
切島は相変わらず情に厚く、学生時代の恩師であるイレイザーヘッドの頼みとあっては無碍にできないと力説し出した。
「俺もそろそろ後輩とかほしいなぁー」
俺の向かいのソファにふんぞり返っていた上鳴が乗っかるようにしてぼやいた。
「学生なんかめんどくせぇ」
「お前だってよっぽどめんどくせぇ学生だったじゃんか!」
「ほら!もうすぐ体育祭だしよ!お前のお眼鏡に叶う奴がいるかもしれねぇだろ!」
「あ゛ー!うっせぇな!ガキの面倒見てる暇なんかねぇんだよ!お前らもさっさと巡回行ってこいやぁ!!」
俺のがなり声に2人は慌てて外に出るため支度をし出した。
「んでもよ体育祭は見にいこうぜ!俺イレイザーに電話しとくからよ!」
「はぁぁ?!何勝手に…」
「いってきやーす!」
上鳴がふざけた挨拶を残して扉を閉めたせいで無理矢理会話を終了させられた。
結局体育祭当日、決勝しか観に行かないという約束で俺は久しぶりに母校を訪ねた。
「あ!爆豪!こっち!」
「お前本当に決勝しか観にこなかったなー」
「ったりめぇだろ。一位になるやつ以外興味ねぇ」
俺は観客席に先に来ていた切島と上鳴の間に座った。
「決勝戦の2人とも強ぇだけじゃなくて熱意もあるし好感度高いぜ!」
「イレイザーヘッドが唾つけとくなら今のうちだって言ってたぜ!あの人が推すなんて珍しいよなぁ!結果がどうであれどっちも職場体験誘ってみようぜ!なぁ!」
「うるせぇ!無様な試合だったらどっちも無しだわ!」
そうしているうちに決勝が始まった。
火と水の個性のぶつかり合いだった。
性質上、水の個性の学生の方が有利だと思われた。が、結果は何と火の個性の学生の優勝。
持久戦に持ち込み、その粘り強さと鍛え上げられた身体能力を見せつけた。
まぁ…俺としては勝利に貪欲な性格は好ましい。
「かぁー!すっげぇじゃん!2人ともナイスファイトだったよな!」
「どっちも職場体験誘おうぜー!」
「はぁ゛?」
それとこれは話が別だと思ったところですぐさま表彰式。
見事一位を掴み取った学生が壇上で一言コメントを求められていた。
少し恥ずかしがりながらプレゼントマイクからマイクを受け取っている。
「ほら。帰んぞ」
「はぁー?!ね!職場体験は?!」
「インターンは?!」
「うっせ!このクソ忙しい中お前らがどうしてもっていうから…」
その時、学生がマイク越しに話す声が場内に響いた。
「僕は…!大爆殺神ダイナマイトに憧れてヒーローを目指しました!」
ピタリと俺たち3人の動きが止まった。
その学生に注目する。
「小学生の時、高校生だった彼に助けてもらいました!すごく強くて、かっこよくて、頼もしくて…」
その時、呆れてしまうがやっと気付いたのだ。
試合の様子を映し出していたモニターには一位から三位に入賞した者の名前が表示されていた。
苗字名前。
幼く、夏の幻みたいに眩しく、儚げな少年はこんなにも逞しく成長していた。
「ダイナマイトみたいなヒーローになるのが僕の目標です!僕の、最高に尊敬する人です!」
そしてもう一つ気づいた。
個性について聞いたことがなかったから知らなかったが、火の個性を使えばあの時…痴漢を撃退することなんて簡単だったろうに。
なのに周りを巻き込むのを心配して…1人耐えて泣くことを選んだのだろう。
「…馬鹿野郎だな」
成長した名前の顔を見る。
炎天下の中、駅のホームで顔を真っ赤にして叫んでいた時と同じ顔をしていた。
「大好きです!!」
ーーーー“大好きです!!”
あの日の青空が目の前に広がる。
あの無垢な告白に、俺は確かこう返した。
“俺はヒーローになんだ。お前が俺よりすげぇヒーローになったら考えてやんよ”
あの切実な気持ちを無碍にせず、諦めさせるために言った言葉は、無責任にも彼の人生を大きく変えてしまったかもしれない。
「嘘だろ?!お前のファンだって!しかもかなり古参!!」
「んー。逆にあの子はやめとくか?素直そうだし爆豪から変な影響受けまくっちゃいそうじゃね?」
「そ、そうだなぁ。爆豪みたいなやつが増えたら困るしな」
2人が苦笑いを浮かべる。
思わず俺の口角が上がる。
「あいつならいい」
「えぇー…」
切島と上鳴が複雑そうな顔をしているのは見なくてもわかる。
イレイザーヘッドに連絡入れとけ、と言い残して俺は会場を後にした。
俺は事務所に戻るため駅に向かう。
雄英高校の最寄り駅。
名前に最後に会った場所。
空はあの日のように青くて、蝉も鳴き出していた。あの日と変わらない。
だが幼い少年の陽炎はもうそこにはなかった。
「…だ、ダイナマイト!、」
蝉の声を掻き消す声が後ろから聞こえた。
振り返らなくても誰かわかった。
声変わりもして、すっかりあの頃の高い声の面影はなくなっていた。
「僕、あの日の約束忘れてません!」
また顔を真っ赤にしているのだろうと予想して振り返る。
「だ、だから…!」
予想通り真っ赤な顔して、ここまで走ってきたのか息を切らして。
あぁ。でかくなったな。なんておっさんみたいなこと思った。
「だ!大好きです!!」
「さっきも聞いたわそれ」
もういいから。
早く俺よりすげぇヒーローってやつになってみせてくれよ。
「お兄さん!僕、かっこいい男になります!だから大人になったら…」
小柄な背丈のその少年に目線を合わせて屈むと、顔を真っ赤にして…ちょっと泣きそうになりながら必死にその口を動かしていた。
「その時は…!僕と結婚してください‼︎」
「…はぁ?」
その時は、何と返事をしただろうか。
ただ無碍にするにはあまりに透き通って、純粋で、切実な好意と敬意に…突き放すことが出来ず曖昧な言葉を返した気がする。
それが俺と、この小学生との始まり。
そいつとの初めての出会いは夏が始まった頃だった。
雄英に入学して、体育祭も終わった。
今日も電車に揺られながら学舎へと足を運ぶ。
乗客の中には“あの金髪の子雄英の…”“体育祭で一位だった…”と、俺に気づく奴もいた。それが鬱陶しいから基本電車の中では下を向いて音楽でも聞きながらその時間をやり過ごしていた。
その日は俺が電車に乗り込むと座席も座る余裕があり、珍しく座った。
次第に混み合っていく車内。
ふと、顔を上げると見慣れない、珍しい乗客が目の前にいた。
県内じゃ有名な私立小学校の制服を着た少年で、白い肌に子供らしい丸い頬に大きな目…顔の整ったやつだった。
乗客に揉まれながら、倒れまいと必死に立っていた。
咄嗟に体が動いた。
「ここ座れ」
「え?」
立ち上がると同時に腕を引いて席に座らせる。
体重の軽いそいつは簡単に場所を入れ替わってポスッと座席に座った。
「あ、あの!大丈夫です僕…」
その小学生は、2、3年生くらいだろうか。一丁前に遠慮して席を立とうとするので、手のひらでそれを制する。
確かこいつが通っているであろう小学校の最寄駅ははまだまだ先。俺が降りる駅よりさらに後だ。
「いいから。お前のその制服…学校まだ先だろ。乗ってろ」
「あ、…ありがとうございます」
少年は申し訳なさそうに肩を窄ませながらも、素直に目を見て礼を言った。
歳の割には聡い印象の子供だった。
「ん、」
俺はそれだけ言うと後はもう窓の景色を眺めたり音楽を聴いて時間をやり過ごした。
俺が降りていく時、そいつはもう一度礼を言ってきた。
片手を上げて軽く返事をすると俺はそのまま降りた。
そして次の日、その少年はまた俺と同じ車両に乗り込んできた。あぁ、この駅から乗ってくんだなとかぼんやり思った。
今日も車内は通勤、通学ラッシュで混み合っている。
チラリと小学生の方を見る。下を向いて今日も一生懸命にその小さな体に力を入れて必死に立っていた。
生憎こちとら今日は座ることができなかったため席を譲ってやることができない。
電車が揺れる。
少年もその度に周りの乗客に押されて転びそうになりながら何とか耐えていた。
少年の目の前に座ってスマホをいじっているサラリーマンに譲れやとイライラしてきたあたりで、おかしい…と思った。
少年が下を向いて小さく震えていた。
具合でも悪いのか。
少年まで少し距離があったが、何とか人混みをかき分けるようにして進む。
そこで、少年が震えている理由にやっと気がついた。
少年の後ろに立っている男が覆い被さるような不自然な姿勢で立っていた。
俺は周りの乗客を押し除けて近づいて、男が今まさに少年の服の中に滑り込ませていた手を思い切り捻り上げてやった。
「いってぇぇ!!!」
男が大袈裟に喚き出した。
「うっせこの変質者がぁ!!次の駅で降りやがれ!!」
男は俺じゃないとか離せとか何か言っていたが無視する。
少年を見るとこちらを驚いた顔で見上げていた。大きな目には涙を溜めて、瞬きした瞬間にそれがパタパタと床に落ちて…最悪な気分だった。
もっと早く気づいてやれていれば…。
流石に周りの乗客もざわざわとし出して“痴漢か?”“うわ最低”“ねぇねぇあの子雄英生の…”と話す声が聞こえた。
するとちょうど次の駅に着いた。
俺は少年の手を咄嗟にとって電車から一緒に降りる。
暴れる男は腕を捻り上げてしまえば大人しくなった。引きずるようにホームへ降りると、これまたちょうどタイミングよく立っていた駅員と目が合う。
「おい。コイツ痴漢だ。警察呼べや」
「え!」
駅員は慌てて応援を呼びにいく。
変態は諦めたのか大人しく地べたに座り込んで項垂れていた。
そいつは駆けつけた他の駅員に任せて俺は少年を近くのベンチに座らせてやった。
「…」
「…」
こんな時、なんて声をかけてやればいいのだろうか。
少年の目からは涙が溢れて、体は小さく震えていた。
俺は少年の目の前に屈んで、思わずその小さな手をまた握って言った。
「もう大丈夫だ。怖かったよな」
「!、…う、っ」
少年は顔をぐしゃぐしゃに歪ませたと思ったら、ベンチから立ち上がると俺にしがみついて泣いた。
その背中をゆっくりとさすってやる。
嫌がられんかなとか色々考えたが、少年からしがみついてきている以上それはないかと変に安心してしまった。
しばらくすると駅員と警察が来た。
優しそうな女性警官が泣き止んだ少年に声をかけて連れて行こうとした。
「…」
少年はそれでも俺の袖を握ったまま俺の顔を見上げて、何か言いたげそうにして離れなかった。
「着いていってやろうか?」
俺がそう言うと、
「う、ううん。あ、あの!」
1人では怖いのかと思っていたが、少年は首を振って言った。
「助けてくれて…ありがとうございます!」
俺はちょっと呆気に取られて、少年が去っていくのを見送った。
もっと早く助けてやりたかった。
だけどその罪悪感が少しだけ薄れたのも事実だった。
次の日、またその少年が同じ車両に乗り込んできた。
俺は驚いてその少年の横に何とかまた人混みを掻き分けて移動した。そして声をかけた。
「おい!お前なんでまたこの電車乗ってんだよ!」
もちろん周りに配慮して小声でだ。
「あ!お兄さん!おはようございます!昨日は本当にありがとうございました!」
少年も小声で返してくる。
ちょっと元気そうでホッとした。
って、いやちげぇ。
「んなこたいいんだよ。お前、この時間混むから別の時間の電車とかにしねぇのかよ」
「あ、えと。すみません…これより遅い時間だと学校に間に合わなくて…母が入院中なので家のことを手伝ってから出ると早い時間にも変えられなくて…」
責められているとでも思ったのか、少年は俯いて言いにくそうにポツポツと話した。
しかも何やら事情もありそうだ。
そのまま俺たちは小声でヒソヒソと話せる範囲で話をした。
少年は体が小さいので2、3年生くらいかと思いきや5年生。父親は海外勤務で母親の入院中は祖母の家から通学。しかし祖母もあまり体が丈夫でないようで、家のことをこの少年が1人で引き受けているようだ。
「それ、ばばぁんち出て自分の家から通った方が楽じゃねぇのか」
「いえ、父も母も心配しますから」
「変質者に目ぇつけられる方が心配だろ」
「あ、」
しっかりしとんのか抜けとんのかよくわからねぇやつだった。
まぁ優しい性格なのだろうということはわかった。
「お前、時間変えねぇんなら明日もこの車両に乗れ」
「え?」
「俺が降りるまでなら一緒に乗っててやんよ」
「い、いいんですかっ?」
「おぅ」
少年が目を輝かせてこちらをその大きな目で見上げる。
何だか気恥ずかしくなって目を逸らしながらぶっきらぼうに返事をした。
「よ、よろしくお願いしますっ」
そうして俺たちは通学のわずかな時間を共にした。
満員電車の中での短い時間。
たくさん話せることはなかったが、朝から小さな少年の笑顔を守っていると思うと悪くない気分だった。
そんな日が1ヶ月も続いたころ、俺は明日から夏休み。
少年も夏休みに入って、近々母親も退院できるそうだ。
同じ電車に乗るのは今日が最後となった。
「じゃあな。勉強がんばれよ名前」
「あ、…お兄さん!」
降りる駅に着いた。
アナウンスと共に扉が開いて、俺は迷わずそちらに向かった。
名前は何か言いたそうにしていたが、たぶんお礼でもまた言おうとしているのだろう。
今朝は電車に乗ってる間ずっと感謝の意ばかり伝えられもう胸焼けしそうだ。
もう充分だっての。
振り返らず電車を降りた。
ホームに降りれば蒸し暑い外気に晒される。
夏も本番で、やかましい蝉の鳴き声に包まれる。
いつも通り歩き出す。
だが、いつもと違うことが起こった。
「?!、は」
誰かが俺の手首を握る。
すぐに振り返れば名前がそこにいた。
「は?!ば、おま、電車…っ」
電車の扉が閉まる笛の合図が聞こえる。
「あ!おい!ま…」
「あの!…あの!どうしても最後に聞いて欲しいことがあるんです!」
その時、電車は名前を置いてその扉を閉めてしまった。
俺は優等生で真面目な名前が遅刻覚悟で電車を降りてきた理由がさっぱりわからなかった。
だが名前の必死な様子に思わず黙った。
いつもは深雪が輝くような白い頬が、外の暑さのせいか真っ赤になっていた。
俺の手首を握るその小さな手はわずかに震えている。
「お兄さん!僕、かっこいい男になります!だから大人になったら…」
青い夏の空を映した瞳に、思わず屈んで目線を合わせた。
「その時は…!ぼ、僕と結婚してください!」
蝉の鳴く声が小さくなった気がした。
「大好きです‼︎」
あれから5年。
また夏が始まろうとしていた。
事務所のソファに座って今調査中の敵の資料を読みながら、ふと視界に入った窓の景色を見た。
あの日ビー玉の中に映っていたような青い空を見上げて、何となくそんなこともあったな。なんて、突然思い出していた。
そういえば、あれから一度も会うことはなかった。
母親も祖母も体が弱く、本人も日になんか当たったことがないような陶磁器のように白い肌に、細くて小さい体だったのが気がかりだった。
夏の終わりと共に消えてしまいそうな…儚げな少年だった。
…今も、元気にしているだろうか。
「なぁ爆豪ー。うちの事務所もそろそろ職場体験とかインターン生とか受け入れしようぜー」
「あぁ゛?」
思考を打ち切って、俺は話しかけてきた切島を見上げた。
俺は卒業して切島と上鳴と3人でヒーロー事務所を立ち上げて活動していた。
活躍振りは上々といったところ。
そのうち雄英や他のヒーロー科のある学校からインターンの斡旋の依頼なんかも増えてきた。
「だってよー!この前イレイザーヘッドにも言われてたろ!恩師の言葉無視するのもよー!」
切島は相変わらず情に厚く、学生時代の恩師であるイレイザーヘッドの頼みとあっては無碍にできないと力説し出した。
「俺もそろそろ後輩とかほしいなぁー」
俺の向かいのソファにふんぞり返っていた上鳴が乗っかるようにしてぼやいた。
「学生なんかめんどくせぇ」
「お前だってよっぽどめんどくせぇ学生だったじゃんか!」
「ほら!もうすぐ体育祭だしよ!お前のお眼鏡に叶う奴がいるかもしれねぇだろ!」
「あ゛ー!うっせぇな!ガキの面倒見てる暇なんかねぇんだよ!お前らもさっさと巡回行ってこいやぁ!!」
俺のがなり声に2人は慌てて外に出るため支度をし出した。
「んでもよ体育祭は見にいこうぜ!俺イレイザーに電話しとくからよ!」
「はぁぁ?!何勝手に…」
「いってきやーす!」
上鳴がふざけた挨拶を残して扉を閉めたせいで無理矢理会話を終了させられた。
結局体育祭当日、決勝しか観に行かないという約束で俺は久しぶりに母校を訪ねた。
「あ!爆豪!こっち!」
「お前本当に決勝しか観にこなかったなー」
「ったりめぇだろ。一位になるやつ以外興味ねぇ」
俺は観客席に先に来ていた切島と上鳴の間に座った。
「決勝戦の2人とも強ぇだけじゃなくて熱意もあるし好感度高いぜ!」
「イレイザーヘッドが唾つけとくなら今のうちだって言ってたぜ!あの人が推すなんて珍しいよなぁ!結果がどうであれどっちも職場体験誘ってみようぜ!なぁ!」
「うるせぇ!無様な試合だったらどっちも無しだわ!」
そうしているうちに決勝が始まった。
火と水の個性のぶつかり合いだった。
性質上、水の個性の学生の方が有利だと思われた。が、結果は何と火の個性の学生の優勝。
持久戦に持ち込み、その粘り強さと鍛え上げられた身体能力を見せつけた。
まぁ…俺としては勝利に貪欲な性格は好ましい。
「かぁー!すっげぇじゃん!2人ともナイスファイトだったよな!」
「どっちも職場体験誘おうぜー!」
「はぁ゛?」
それとこれは話が別だと思ったところですぐさま表彰式。
見事一位を掴み取った学生が壇上で一言コメントを求められていた。
少し恥ずかしがりながらプレゼントマイクからマイクを受け取っている。
「ほら。帰んぞ」
「はぁー?!ね!職場体験は?!」
「インターンは?!」
「うっせ!このクソ忙しい中お前らがどうしてもっていうから…」
その時、学生がマイク越しに話す声が場内に響いた。
「僕は…!大爆殺神ダイナマイトに憧れてヒーローを目指しました!」
ピタリと俺たち3人の動きが止まった。
その学生に注目する。
「小学生の時、高校生だった彼に助けてもらいました!すごく強くて、かっこよくて、頼もしくて…」
その時、呆れてしまうがやっと気付いたのだ。
試合の様子を映し出していたモニターには一位から三位に入賞した者の名前が表示されていた。
苗字名前。
幼く、夏の幻みたいに眩しく、儚げな少年はこんなにも逞しく成長していた。
「ダイナマイトみたいなヒーローになるのが僕の目標です!僕の、最高に尊敬する人です!」
そしてもう一つ気づいた。
個性について聞いたことがなかったから知らなかったが、火の個性を使えばあの時…痴漢を撃退することなんて簡単だったろうに。
なのに周りを巻き込むのを心配して…1人耐えて泣くことを選んだのだろう。
「…馬鹿野郎だな」
成長した名前の顔を見る。
炎天下の中、駅のホームで顔を真っ赤にして叫んでいた時と同じ顔をしていた。
「大好きです!!」
ーーーー“大好きです!!”
あの日の青空が目の前に広がる。
あの無垢な告白に、俺は確かこう返した。
“俺はヒーローになんだ。お前が俺よりすげぇヒーローになったら考えてやんよ”
あの切実な気持ちを無碍にせず、諦めさせるために言った言葉は、無責任にも彼の人生を大きく変えてしまったかもしれない。
「嘘だろ?!お前のファンだって!しかもかなり古参!!」
「んー。逆にあの子はやめとくか?素直そうだし爆豪から変な影響受けまくっちゃいそうじゃね?」
「そ、そうだなぁ。爆豪みたいなやつが増えたら困るしな」
2人が苦笑いを浮かべる。
思わず俺の口角が上がる。
「あいつならいい」
「えぇー…」
切島と上鳴が複雑そうな顔をしているのは見なくてもわかる。
イレイザーヘッドに連絡入れとけ、と言い残して俺は会場を後にした。
俺は事務所に戻るため駅に向かう。
雄英高校の最寄り駅。
名前に最後に会った場所。
空はあの日のように青くて、蝉も鳴き出していた。あの日と変わらない。
だが幼い少年の陽炎はもうそこにはなかった。
「…だ、ダイナマイト!、」
蝉の声を掻き消す声が後ろから聞こえた。
振り返らなくても誰かわかった。
声変わりもして、すっかりあの頃の高い声の面影はなくなっていた。
「僕、あの日の約束忘れてません!」
また顔を真っ赤にしているのだろうと予想して振り返る。
「だ、だから…!」
予想通り真っ赤な顔して、ここまで走ってきたのか息を切らして。
あぁ。でかくなったな。なんておっさんみたいなこと思った。
「だ!大好きです!!」
「さっきも聞いたわそれ」
もういいから。
早く俺よりすげぇヒーローってやつになってみせてくれよ。