爆豪
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「うわーん!かっちゃん助けてー!!」
「あ?」
「頭になんかついたー!!!」
「あー、カナブンとまってら」
「いやー!!!」
「おら、もうとったっての」
「ありがとうかっちゃんー!大好きー!」
「知っとるわ」
ガキの頃から家が近所で、年も同じで、親同士も元々同級生で仲が良くて、名前とは家族ぐるみで交流のある所謂幼馴染ってやつだ。
「うぇーん!!」
「おい何してんだよ」
「くつ片方犬に取られたー!!」
「馬鹿じゃねぇの」
「あるげない゛ー!」
「…取り返してやっから待ってろ」
「かっちゃん゛ー…!」
名前は俺がいねぇと何にもできねぇ奴だった。
どんくせぇなって。呆れつつもいつも世話を焼いちまってた。
「かっちゃん大好きー!ありがとう」
涙でぐちゃぐちゃになった頬はそのままに、屈託なく笑うお前に、何だかいつも悪い気がしなかった。
「お前はほんっとに俺がいねぇとダメだよなー」
「ご、ごめんねかっちゃん…」
「助けるこっちも楽じゃねぇんだぞ。ちゃんと俺の目の届くところにいろよなー」
「う、うん!かっちゃん大好きだよ!」
「いちいちうるせぇんだよ!知ってるっつの!」
物心ついた頃からお互いの家を行き来しては遊んで、ガキの頃は風呂も一緒に入ったこともあれば同じ布団で朝まで寝てたことだってある。お互い一人っ子だから、俺たちは兄妹みたいなもんだなってそう思って育ってきた。
でも、中学に上がってから俺たち…正確には俺の中ではその関係性は変わりつつあった。
アイツは俺の幼馴染だけあってなかなか見目好く成長した。
持ち前の天真爛漫で裏表のない性格が、老若男女問わず人気だった。
中学3年生にもなればあどけなさの中にどこか大人びた雰囲気も出てきて、コイツこんなに可愛かったか?ってマジで思って俺は眼科に行った。
けどそれは俺だけじゃねぇ。周りもそうだった。
「爆豪って隣のクラスの苗字さんと幼馴染ってホント?」
「あ゛?」
「いや、仲良いじゃん?付き合ってんじゃねぇのホントは?」
「はぁぁ?!んなわけあるかぁ!」
「へー」
クラスメイトの目元が緩んだ気がして、何だかその表情に虫唾が走った。
「…なんだってんだそれが」
「べっつにー」
クラスメイトのモブはそのまま帰り支度をすると教室をさっさと出て行った。胃の辺りがムカムカした。
何故かモブが無遠慮に俺と名前の関係に踏み込んでくるのが無性に腹が立った。
次の日、いつものように隣のクラスまでいって名前の姿を探す。なにかとどんくせぇ名前のために毎回こうして教室まで迎えに行ってやっては律儀に家まで一緒に帰ってやる。しかし今日は俺が来るとすぐに教室を飛び出してくるあの小さい姿がなかった。
その時、名前のクラスメイトに声をかけられる。
「名前なら⚪︎⚪︎君に呼び出されてどっか行ったよ?」
「はぁ?」
そいつは昨日俺と名前が幼馴染なのかどうかとか聞いてきた野郎の名前だった。
妙に胸騒ぎがしてすぐにその場から離れた。近くの空き教室、中庭、足早に周る。
あの男は名前に気がある。
何の用で呼び出したかなんて分かりきってる。
ただ同じクラスメイトってだけでよくわからねぇ男にアイツを横から掻っ攫われるのは気に食わなかった。
幼馴染だから。
アイツの両親にもいつもよろしく頼まれてやってるってだけで。
…何に言い訳してんだ俺は?
胸騒ぎは終わらない。
アイツが俺以外の誰かの横を幸せそうに歩く日がいつか来るのか。
それを思うと途端に息が苦しくなるのは何故だ?
その時ふと、体育館に向かう渡り廊下に名前の姿を見つけた。
隣には例のモブ男もおらず、1人だったことにホッとしている自分に気がついて、あぁ。最悪だと思った。
俺たちは幼馴染だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
期待するだけ地獄を見るのは分かりきってる。
それは何よりお前が、幼稚園児の頃から俺のことを恥じらいもせずに「大好き」なんて今でも言ってのけるのが何よりの証拠だった。
ガキの頃の俺はお前の言う「大好き」に単純に喜んでた。
いつだってお前を守って、そばにいてやれるのは俺しかいねぇんだって。
お前の特別な存在であると確信してた。
それがいつからか、俺にはお前の言う「大好き」が、俺とお前の間に明らかな境界線を引いているように思えてならなかった。
幼馴染、家族のような存在。
それ以外の何者かになろうとするのならば、その関係を壊そうとするのならば、もう…他人以上に遠い存在になるしかなかった。
お前が目の前からいなくなるくらいだったら…俺は、この感情を殺す。
「てめぇ、俺を待たせるたぁ良い度胸だなおい」
平常心を装って、トボトボ呑気に歩いてやがる名前の前に仁王立った。
「か、かっちゃん!教室で待っててくれたらよかったのに」
「、!」
顔を上げた名前の表情はどこかホッとしているようで、怯えているようで、明らかに顔色が悪かった。
「おい、なんかあったんか」
「あ!ううん。何でもない!大丈夫!」
「はっ!この俺に一丁前に強がりかよ!本当のこと言えや」
てめぇのことなんか嫌でも誰よりもわかんだよ。何年一緒にいると思ってんだ。
それよりあのモブになんかされたんじゃねぇかって、その可能性の方が俺を苛立たせる。
「さっきうちのクラスのやつに呼び出されてたろぉが」
「あ、知ってたの?う、うん。その、付き合って欲しいって…言われたんだけど」
心臓がズキリと痛む。
「よく知らない人とお付き合いできませんって断ったんだけどけっこう粘られちゃって…その時腕掴まれたのが…ちょっと怖くて…」
「ここで待ってろ、そのモブに生まれてきたことを後悔させたらぁ」
「あー!もう絶対そうゆう物騒なこと言うと思ったから内緒にしておこうと思ったのに!待って!かっちゃんってば!」
名前が体育館裏へ向かおうとする俺の腕に必死にしがみついてきた。
腕に柔らかな感触が当たって俺は固まる。
おい。わざと当てとんのか。
いやコイツがそんな器用なことできるわけねぇか。
「…っち!なら最初からそんなヤツに簡単についてくんじゃねぇ!」
「だって話したことない人だったんだもん。どんな人かわからないじゃん」
「屁理屈言ってんじゃねぇよ。…おら、もう帰んぞ!」
俺はここから早く名前を連れ出して、いつもの帰り道を2人で歩きたかった。
いつもの日常へ。
そうすれば、幼馴染のお前は俺の隣にいるから。
俺は名前の腕を掴んで歩き出した。
「…かっちゃん、あのね。怒ってくれて…ありがとう」
振り返ればそんな事を花が咲いたように笑って言うものだから毒気を抜かれる。
「次は呼び出されたら先に俺を通せって言っとけ」
「え、へへ…。かっちゃん、大好き」
「……俺も」
お前の好きと俺の好きは…もう変わっちまったけどな。
子供の頃はあの「大好き」が、こんなにも苦しいものになるなんて…思いもしなかった。
ズキズキと痛む心臓を無視して、俺はまたいつもの帰り道を名前と歩いた。
そうして中学も卒業し、俺は雄英へ、名前は自宅から近い高校へそれぞれ進学した。
「かっちゃんならスーパーカッコいいヒーローになれるよ!応援してるからね!」
合格通知が来て、その日すぐに名前に知らせた。
ちょっとは寂しがれや。とか、コイツ俺がいなくて大丈夫かよ。とか、色々心配ではあった。
まぁ家が近いからすぐに中学のときと変わらぬ距離感を続けられた。
今までも名前は男の俺の部屋に無頓着に何度も訪れてきていて、それは高校に入学してからも変わらなかった。その度に俺は”あぁ。まだ誰かのものになってねぇんだな”って1人安心してた。
だがその環境も突然終わりを迎える。
林間合宿後、ヴィラン襲撃を受けた雄英は全寮制となった。
「そっか!その方が安心だよね!私もかっちゃんがプロヒーローの先生たちの近くにいてくれた方が安心だよ!」
ガッツポーズでそんな事を無邪気に言うお前を、この時ばかりは恨んだ。
俺がヴィラン連合に連れて行かれたって聞いた時は相当憔悴してたって親からは聞いたが、帰ってきてみればいつもの屈託のない笑顔で「さっすがヒーローの卵!よくぞ無事に戻ったー!」なんて肩をバシバシ叩かれた。
あぁ。そうだ、そうだな。
お前はもう…俺がいなくても大丈夫なんだな。
「てめぇも元気でやれよ。名前」
俺にはそれが精一杯だった。
それから名前とは会ってねぇ。
もう終わりにしよう。
この想いはどうしたって報われない。
行き場のないこの想いに名前なんかいらねぇ。
俺は名前に自分から連絡することもやめた。
名前からは変わらず連絡が来ていて、それに当たり障りのない返事を返す。
…返しちまうあたりが女々しいなと自分でも思う。
秋を過ぎ、冬が来て、正月に1日だけ自宅に帰省する許可が出た。
正月に帰ることは名前にも両親にも伝えずに突然帰った。名前がうっかり俺の家に顔出しにこねぇように。
部屋ですることもなくベッドに寝転がって天井を見ていた。普段使っている私物や読んでいた本やなんかは全部寮に持ち出しちまったから何もすることがねぇ。こんなことなら寮にいた方がマシだったかもな。
窓の外では雪がチラついていた。さっき名前の家の方を見たが、明かりがついていなかった。おそらく今年も家族で初詣にでも行っているのだろう。大概一緒に行っていたな、と思ったところで思い出す。あの白い手を丁寧に合わせて、神の前で祈る名前の姿は美しかったなと。
祈る横顔をみれば、雪灯りに照らされて長いまつ毛が影を落とす。ゆっくりと目を開いて、顔を上げたお前は優しく微笑んで、家族の幸せを祈っているのだと笑って…
“もちろんかっちゃんの幸せも毎年お願いしてるよ!”
ーー会いたい。
胸が苦しい。
押し込んで、押し込んで消し去ろうとしたものがその反動で膨れ上がる。それすら無視してきたのに、限界を迎えてしまった。
無駄なんだ。
名前へのこの想いが簡単に消えるものなら、なかったことにできるようなものなら、それは”恋”なんかじゃねぇ。
俺はベッドから飛び起きた。
名前に会いに行ってどうするつもりなのか自分でもよくわからなかった。
ただ居ても立っても居られなくなった。
すると玄関の方が何やら騒がしくなった。
次の瞬間には誰かが階段をドタバタと騒がしく駆け上がってきて、その足音はそのまま俺の部屋の方へ…
「かっちゃん!!!」
ノックもなしに勢いよく開け放たれたドアの向こうには、今まさに恋焦がれたその人物がいた。
息を乱し、肩で呼吸している。
「名前…な、んで」
「ごめんね!急に来て…!あ、あの部屋の明かりがついてるのが見えて、あの、ね、私…っ」
名前が珍しく切羽詰まったような、真剣な表情で俺の目の前まで近づいてくる。
瞳は潤んで今にも泣きそうで、俺は自分の心臓が高鳴るのがわかった。
「私…!どうしてもかっちゃんに直接伝えたいことがあって…!」
ポロポロと泣き出した名前に俺は飛び出しそうな心臓を抑える。
そんな、まさか。
伝えたいことってなんだよ。
お前にとって、俺はただの幼馴染じゃなかったのかよ。
名前も同じ想いでいたなんて、そんな都合のいい話…あんのかよ?
何で、泣いてんだよ。
俺は無意識に名前に手を伸ばす。
その涙を、これからも拭ってやれるのは俺だけが良い。だから抱きしめて、俺のものになってくれって言いてぇ。
俺の手が届く前に、名前は口を開いて、聞いたこともないような切ない声で言った。
「私達…別れよう…」
俺の手は空中でピタリと止まった。
「…」
妙な沈黙が流れた。
部屋には名前が啜り泣く声だけが響く。
何だ?
今何が起こってる。
胸の中をぐるぐる掻き回されてるみてぇだ。
何か…吐き気すらする。
俺は声帯を震わせた。出たのは自分でも驚くほど低い声で。
「…わか、れるだ?」
「…うん。ずっと考えてたの…かっちゃん、やっぱり私のこと幼馴染以上には見れないんでしょ?本当はもっと早くこうするべきだったのに…ごめんね」
「おい、待て」
「ヒーロー目指すかっちゃんの邪魔にならないようにってがんばるつもりだった!かっちゃんが優しさでもそばにいてくれるならそれでいいって…でも、やっぱり同じ気持ちじゃないのが辛い…!」
まるで全く知らない他人の話を聞かされているようだった。寝耳に水とはこのことか。
名前が泣いて気持ちを語るのもどこかTVの中の出来事のように流れてく。
「っおい名前、」
「手も全然出してきてくれないし、今だって帰ってくることすら教えてくれなかった…!」
「ま…」
「かっちゃんのそばにいられなくなるくらいなら、ずっと幼馴染でいれたらよか」
「待てって言ってんだろがこのどあほがぁぁ!!」
名前が話しているのを最大の声量で遮る。
肩を跳ね上げさせ驚いた名前が、泣くのも忘れて目を見開いて突っ立っている。
「お前と俺ぇ…いつから付き合ってたんだよ…?!」
「……ぇ」
名前の顔がサッと青くなる。
おい。そんな反応すんじゃねぇ。
俺が禄でもねぇ男みてぇじゃねぇか。
「ぇ、あ、嘘」
しばらくの沈黙の後、青い顔のまましばらく考え込んでいた名前が、次の瞬間には両手で口元を隠して顔を真っ赤にしていた。
そしてまたその大きな瞳からは涙がポロポロと溢れ出した。
「え?わ、私。勘違い…ずっとして…え!嘘?!え、どうしよ…っ」
俺は青くなったり赤くなったり忙しい幼馴染をとにかく今は落ち着かせようと手を握ってやった。そしてそのままゆっくりラグの上に座らせた。
「ご、ごめん…っ!私、あの時かっちゃんが初めて”俺も”って返してくれたから…、私、舞い上がって、やっと両想いになれたんだって、勘違い…っ勘違いしてーー」
名前の言う“あの時”って言うのが、俺にはいつの事かまだわからなかった。
“でも、そっか、勘違い…だったんだね”そう言っていよいよしゃくり上げながら苦しそうに泣く名前に今はそんな事はどうでも良いと思った。
名前を思わず力一杯抱きしめてしまった。
名前の顔は見えないが、息をするのも忘れて驚いていることは腕の中から伝わってきた。
「何か…まだこの状況よくわかってねぇんだけどよ。一個だけハッキリ言っておくぞ」
「…ぇ、ぇ、ええ?」
腕の中を見れば幼い頃、顔をぐしゃぐしゃにして泣いてばかりだったあの頃のままの名前がいた。
泣き止ませるのはいつも俺の役目だった。
「好きだ。お前のことが。…それは勘違いじゃねぇよ」
「…で、でもそれって」
もっと早く、気持ちを伝えていればよかった。
お前のこと何でもわかった気でいたのに、肝心なことには何一つ気づいてやれなかった。
「もうただの幼馴染でいるのはごめんだ」
顎を掬ってその濡れた唇を奪う。
顔が見たくてすぐに唇を離してやった。
また目に涙を溜めて、驚きと、困惑を滲ませて。でも嬉しそうに笑うお前が何よりも幸せそうに見えて、俺は…。
「寂しいも、辛いも、全部言ってこいやアホ」
顔を見られたくなくてもう一度その小さな体を抱きしめる。
抱きしめ返してくる小さいこの手を、これからは遠慮なく握って歩いてやる。
お前を泣き止ませんのも、笑顔にしてやんのも、こういう顔させんのも、この先ずっと俺だけだ。
「あ?」
「頭になんかついたー!!!」
「あー、カナブンとまってら」
「いやー!!!」
「おら、もうとったっての」
「ありがとうかっちゃんー!大好きー!」
「知っとるわ」
ガキの頃から家が近所で、年も同じで、親同士も元々同級生で仲が良くて、名前とは家族ぐるみで交流のある所謂幼馴染ってやつだ。
「うぇーん!!」
「おい何してんだよ」
「くつ片方犬に取られたー!!」
「馬鹿じゃねぇの」
「あるげない゛ー!」
「…取り返してやっから待ってろ」
「かっちゃん゛ー…!」
名前は俺がいねぇと何にもできねぇ奴だった。
どんくせぇなって。呆れつつもいつも世話を焼いちまってた。
「かっちゃん大好きー!ありがとう」
涙でぐちゃぐちゃになった頬はそのままに、屈託なく笑うお前に、何だかいつも悪い気がしなかった。
「お前はほんっとに俺がいねぇとダメだよなー」
「ご、ごめんねかっちゃん…」
「助けるこっちも楽じゃねぇんだぞ。ちゃんと俺の目の届くところにいろよなー」
「う、うん!かっちゃん大好きだよ!」
「いちいちうるせぇんだよ!知ってるっつの!」
物心ついた頃からお互いの家を行き来しては遊んで、ガキの頃は風呂も一緒に入ったこともあれば同じ布団で朝まで寝てたことだってある。お互い一人っ子だから、俺たちは兄妹みたいなもんだなってそう思って育ってきた。
でも、中学に上がってから俺たち…正確には俺の中ではその関係性は変わりつつあった。
アイツは俺の幼馴染だけあってなかなか見目好く成長した。
持ち前の天真爛漫で裏表のない性格が、老若男女問わず人気だった。
中学3年生にもなればあどけなさの中にどこか大人びた雰囲気も出てきて、コイツこんなに可愛かったか?ってマジで思って俺は眼科に行った。
けどそれは俺だけじゃねぇ。周りもそうだった。
「爆豪って隣のクラスの苗字さんと幼馴染ってホント?」
「あ゛?」
「いや、仲良いじゃん?付き合ってんじゃねぇのホントは?」
「はぁぁ?!んなわけあるかぁ!」
「へー」
クラスメイトの目元が緩んだ気がして、何だかその表情に虫唾が走った。
「…なんだってんだそれが」
「べっつにー」
クラスメイトのモブはそのまま帰り支度をすると教室をさっさと出て行った。胃の辺りがムカムカした。
何故かモブが無遠慮に俺と名前の関係に踏み込んでくるのが無性に腹が立った。
次の日、いつものように隣のクラスまでいって名前の姿を探す。なにかとどんくせぇ名前のために毎回こうして教室まで迎えに行ってやっては律儀に家まで一緒に帰ってやる。しかし今日は俺が来るとすぐに教室を飛び出してくるあの小さい姿がなかった。
その時、名前のクラスメイトに声をかけられる。
「名前なら⚪︎⚪︎君に呼び出されてどっか行ったよ?」
「はぁ?」
そいつは昨日俺と名前が幼馴染なのかどうかとか聞いてきた野郎の名前だった。
妙に胸騒ぎがしてすぐにその場から離れた。近くの空き教室、中庭、足早に周る。
あの男は名前に気がある。
何の用で呼び出したかなんて分かりきってる。
ただ同じクラスメイトってだけでよくわからねぇ男にアイツを横から掻っ攫われるのは気に食わなかった。
幼馴染だから。
アイツの両親にもいつもよろしく頼まれてやってるってだけで。
…何に言い訳してんだ俺は?
胸騒ぎは終わらない。
アイツが俺以外の誰かの横を幸せそうに歩く日がいつか来るのか。
それを思うと途端に息が苦しくなるのは何故だ?
その時ふと、体育館に向かう渡り廊下に名前の姿を見つけた。
隣には例のモブ男もおらず、1人だったことにホッとしている自分に気がついて、あぁ。最悪だと思った。
俺たちは幼馴染だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
期待するだけ地獄を見るのは分かりきってる。
それは何よりお前が、幼稚園児の頃から俺のことを恥じらいもせずに「大好き」なんて今でも言ってのけるのが何よりの証拠だった。
ガキの頃の俺はお前の言う「大好き」に単純に喜んでた。
いつだってお前を守って、そばにいてやれるのは俺しかいねぇんだって。
お前の特別な存在であると確信してた。
それがいつからか、俺にはお前の言う「大好き」が、俺とお前の間に明らかな境界線を引いているように思えてならなかった。
幼馴染、家族のような存在。
それ以外の何者かになろうとするのならば、その関係を壊そうとするのならば、もう…他人以上に遠い存在になるしかなかった。
お前が目の前からいなくなるくらいだったら…俺は、この感情を殺す。
「てめぇ、俺を待たせるたぁ良い度胸だなおい」
平常心を装って、トボトボ呑気に歩いてやがる名前の前に仁王立った。
「か、かっちゃん!教室で待っててくれたらよかったのに」
「、!」
顔を上げた名前の表情はどこかホッとしているようで、怯えているようで、明らかに顔色が悪かった。
「おい、なんかあったんか」
「あ!ううん。何でもない!大丈夫!」
「はっ!この俺に一丁前に強がりかよ!本当のこと言えや」
てめぇのことなんか嫌でも誰よりもわかんだよ。何年一緒にいると思ってんだ。
それよりあのモブになんかされたんじゃねぇかって、その可能性の方が俺を苛立たせる。
「さっきうちのクラスのやつに呼び出されてたろぉが」
「あ、知ってたの?う、うん。その、付き合って欲しいって…言われたんだけど」
心臓がズキリと痛む。
「よく知らない人とお付き合いできませんって断ったんだけどけっこう粘られちゃって…その時腕掴まれたのが…ちょっと怖くて…」
「ここで待ってろ、そのモブに生まれてきたことを後悔させたらぁ」
「あー!もう絶対そうゆう物騒なこと言うと思ったから内緒にしておこうと思ったのに!待って!かっちゃんってば!」
名前が体育館裏へ向かおうとする俺の腕に必死にしがみついてきた。
腕に柔らかな感触が当たって俺は固まる。
おい。わざと当てとんのか。
いやコイツがそんな器用なことできるわけねぇか。
「…っち!なら最初からそんなヤツに簡単についてくんじゃねぇ!」
「だって話したことない人だったんだもん。どんな人かわからないじゃん」
「屁理屈言ってんじゃねぇよ。…おら、もう帰んぞ!」
俺はここから早く名前を連れ出して、いつもの帰り道を2人で歩きたかった。
いつもの日常へ。
そうすれば、幼馴染のお前は俺の隣にいるから。
俺は名前の腕を掴んで歩き出した。
「…かっちゃん、あのね。怒ってくれて…ありがとう」
振り返ればそんな事を花が咲いたように笑って言うものだから毒気を抜かれる。
「次は呼び出されたら先に俺を通せって言っとけ」
「え、へへ…。かっちゃん、大好き」
「……俺も」
お前の好きと俺の好きは…もう変わっちまったけどな。
子供の頃はあの「大好き」が、こんなにも苦しいものになるなんて…思いもしなかった。
ズキズキと痛む心臓を無視して、俺はまたいつもの帰り道を名前と歩いた。
そうして中学も卒業し、俺は雄英へ、名前は自宅から近い高校へそれぞれ進学した。
「かっちゃんならスーパーカッコいいヒーローになれるよ!応援してるからね!」
合格通知が来て、その日すぐに名前に知らせた。
ちょっとは寂しがれや。とか、コイツ俺がいなくて大丈夫かよ。とか、色々心配ではあった。
まぁ家が近いからすぐに中学のときと変わらぬ距離感を続けられた。
今までも名前は男の俺の部屋に無頓着に何度も訪れてきていて、それは高校に入学してからも変わらなかった。その度に俺は”あぁ。まだ誰かのものになってねぇんだな”って1人安心してた。
だがその環境も突然終わりを迎える。
林間合宿後、ヴィラン襲撃を受けた雄英は全寮制となった。
「そっか!その方が安心だよね!私もかっちゃんがプロヒーローの先生たちの近くにいてくれた方が安心だよ!」
ガッツポーズでそんな事を無邪気に言うお前を、この時ばかりは恨んだ。
俺がヴィラン連合に連れて行かれたって聞いた時は相当憔悴してたって親からは聞いたが、帰ってきてみればいつもの屈託のない笑顔で「さっすがヒーローの卵!よくぞ無事に戻ったー!」なんて肩をバシバシ叩かれた。
あぁ。そうだ、そうだな。
お前はもう…俺がいなくても大丈夫なんだな。
「てめぇも元気でやれよ。名前」
俺にはそれが精一杯だった。
それから名前とは会ってねぇ。
もう終わりにしよう。
この想いはどうしたって報われない。
行き場のないこの想いに名前なんかいらねぇ。
俺は名前に自分から連絡することもやめた。
名前からは変わらず連絡が来ていて、それに当たり障りのない返事を返す。
…返しちまうあたりが女々しいなと自分でも思う。
秋を過ぎ、冬が来て、正月に1日だけ自宅に帰省する許可が出た。
正月に帰ることは名前にも両親にも伝えずに突然帰った。名前がうっかり俺の家に顔出しにこねぇように。
部屋ですることもなくベッドに寝転がって天井を見ていた。普段使っている私物や読んでいた本やなんかは全部寮に持ち出しちまったから何もすることがねぇ。こんなことなら寮にいた方がマシだったかもな。
窓の外では雪がチラついていた。さっき名前の家の方を見たが、明かりがついていなかった。おそらく今年も家族で初詣にでも行っているのだろう。大概一緒に行っていたな、と思ったところで思い出す。あの白い手を丁寧に合わせて、神の前で祈る名前の姿は美しかったなと。
祈る横顔をみれば、雪灯りに照らされて長いまつ毛が影を落とす。ゆっくりと目を開いて、顔を上げたお前は優しく微笑んで、家族の幸せを祈っているのだと笑って…
“もちろんかっちゃんの幸せも毎年お願いしてるよ!”
ーー会いたい。
胸が苦しい。
押し込んで、押し込んで消し去ろうとしたものがその反動で膨れ上がる。それすら無視してきたのに、限界を迎えてしまった。
無駄なんだ。
名前へのこの想いが簡単に消えるものなら、なかったことにできるようなものなら、それは”恋”なんかじゃねぇ。
俺はベッドから飛び起きた。
名前に会いに行ってどうするつもりなのか自分でもよくわからなかった。
ただ居ても立っても居られなくなった。
すると玄関の方が何やら騒がしくなった。
次の瞬間には誰かが階段をドタバタと騒がしく駆け上がってきて、その足音はそのまま俺の部屋の方へ…
「かっちゃん!!!」
ノックもなしに勢いよく開け放たれたドアの向こうには、今まさに恋焦がれたその人物がいた。
息を乱し、肩で呼吸している。
「名前…な、んで」
「ごめんね!急に来て…!あ、あの部屋の明かりがついてるのが見えて、あの、ね、私…っ」
名前が珍しく切羽詰まったような、真剣な表情で俺の目の前まで近づいてくる。
瞳は潤んで今にも泣きそうで、俺は自分の心臓が高鳴るのがわかった。
「私…!どうしてもかっちゃんに直接伝えたいことがあって…!」
ポロポロと泣き出した名前に俺は飛び出しそうな心臓を抑える。
そんな、まさか。
伝えたいことってなんだよ。
お前にとって、俺はただの幼馴染じゃなかったのかよ。
名前も同じ想いでいたなんて、そんな都合のいい話…あんのかよ?
何で、泣いてんだよ。
俺は無意識に名前に手を伸ばす。
その涙を、これからも拭ってやれるのは俺だけが良い。だから抱きしめて、俺のものになってくれって言いてぇ。
俺の手が届く前に、名前は口を開いて、聞いたこともないような切ない声で言った。
「私達…別れよう…」
俺の手は空中でピタリと止まった。
「…」
妙な沈黙が流れた。
部屋には名前が啜り泣く声だけが響く。
何だ?
今何が起こってる。
胸の中をぐるぐる掻き回されてるみてぇだ。
何か…吐き気すらする。
俺は声帯を震わせた。出たのは自分でも驚くほど低い声で。
「…わか、れるだ?」
「…うん。ずっと考えてたの…かっちゃん、やっぱり私のこと幼馴染以上には見れないんでしょ?本当はもっと早くこうするべきだったのに…ごめんね」
「おい、待て」
「ヒーロー目指すかっちゃんの邪魔にならないようにってがんばるつもりだった!かっちゃんが優しさでもそばにいてくれるならそれでいいって…でも、やっぱり同じ気持ちじゃないのが辛い…!」
まるで全く知らない他人の話を聞かされているようだった。寝耳に水とはこのことか。
名前が泣いて気持ちを語るのもどこかTVの中の出来事のように流れてく。
「っおい名前、」
「手も全然出してきてくれないし、今だって帰ってくることすら教えてくれなかった…!」
「ま…」
「かっちゃんのそばにいられなくなるくらいなら、ずっと幼馴染でいれたらよか」
「待てって言ってんだろがこのどあほがぁぁ!!」
名前が話しているのを最大の声量で遮る。
肩を跳ね上げさせ驚いた名前が、泣くのも忘れて目を見開いて突っ立っている。
「お前と俺ぇ…いつから付き合ってたんだよ…?!」
「……ぇ」
名前の顔がサッと青くなる。
おい。そんな反応すんじゃねぇ。
俺が禄でもねぇ男みてぇじゃねぇか。
「ぇ、あ、嘘」
しばらくの沈黙の後、青い顔のまましばらく考え込んでいた名前が、次の瞬間には両手で口元を隠して顔を真っ赤にしていた。
そしてまたその大きな瞳からは涙がポロポロと溢れ出した。
「え?わ、私。勘違い…ずっとして…え!嘘?!え、どうしよ…っ」
俺は青くなったり赤くなったり忙しい幼馴染をとにかく今は落ち着かせようと手を握ってやった。そしてそのままゆっくりラグの上に座らせた。
「ご、ごめん…っ!私、あの時かっちゃんが初めて”俺も”って返してくれたから…、私、舞い上がって、やっと両想いになれたんだって、勘違い…っ勘違いしてーー」
名前の言う“あの時”って言うのが、俺にはいつの事かまだわからなかった。
“でも、そっか、勘違い…だったんだね”そう言っていよいよしゃくり上げながら苦しそうに泣く名前に今はそんな事はどうでも良いと思った。
名前を思わず力一杯抱きしめてしまった。
名前の顔は見えないが、息をするのも忘れて驚いていることは腕の中から伝わってきた。
「何か…まだこの状況よくわかってねぇんだけどよ。一個だけハッキリ言っておくぞ」
「…ぇ、ぇ、ええ?」
腕の中を見れば幼い頃、顔をぐしゃぐしゃにして泣いてばかりだったあの頃のままの名前がいた。
泣き止ませるのはいつも俺の役目だった。
「好きだ。お前のことが。…それは勘違いじゃねぇよ」
「…で、でもそれって」
もっと早く、気持ちを伝えていればよかった。
お前のこと何でもわかった気でいたのに、肝心なことには何一つ気づいてやれなかった。
「もうただの幼馴染でいるのはごめんだ」
顎を掬ってその濡れた唇を奪う。
顔が見たくてすぐに唇を離してやった。
また目に涙を溜めて、驚きと、困惑を滲ませて。でも嬉しそうに笑うお前が何よりも幸せそうに見えて、俺は…。
「寂しいも、辛いも、全部言ってこいやアホ」
顔を見られたくなくてもう一度その小さな体を抱きしめる。
抱きしめ返してくる小さいこの手を、これからは遠慮なく握って歩いてやる。
お前を泣き止ませんのも、笑顔にしてやんのも、こういう顔させんのも、この先ずっと俺だけだ。