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Twitterまとめ

『Super Moon』





「月、綺麗だな」

澄んだ寒空に大きく輝く満月。いつにもましてくっきりと見えた。

「ええ、月が綺麗ですね」

知っていますか、と前置いて話し始めたのは夏目漱石の話。

「夏目漱石は明治20年代に英語教師をしていました。その頃は諸外国との外交が盛んになり始めた頃で、英語のできる漱石は教師として一躍買っていました。
ある日の授業中、学生にI love you.を日本語に訳させたところ『私はあなたを愛している』と訳したといいます」

「まぁ、そうだよな」

「ええ、普通ならそうですが。漱石はそれでは風情がない、日本人らしい奥ゆかしさがないと言ってこう訳したんです。『月が綺麗ですね』と」

なんの脈絡もなく夏目漱石の話をしはじめたように思えたが、合点がいって、高耶は歩みを止めた。
急に足を止めた高耶に驚いて、直江は顔をのぞき込む。

「高耶さん?」

「ぉ、おまえなぁ……。だっ、だいたい! 月が綺麗だなんて誰もが抱く感情だろうが!」

「照れてるんですか?」

「ほっとけ!」

寒さからか、照れからか、黒髪から覗く耳は赤く染まっている。照れて粗雑になる言葉遣いもそっぽを向く仕草も愛らしい。

「月が綺麗だという思いはだれもが持ちますが、漱石の言うところはそれではありません」

さっと周りを見渡す。深い夜の闇。あたりにはだれもいない。
背けられた顔を優しく自分の方へ向け、少し離れた腰を引き寄せる。

「あなたと見る月はいっそう綺麗だと、そういう意味を転じて『愛している』と言ったんですよ、高耶さん」

「っるせぇな」

あごを掴まれ、顔を背けられない高耶はせめてもの抵抗に目をそらした。照れ屋なところが、また愛らしいと直江は目を細める。余裕そうな顔が憎らしい。そらしていた目をキッと合わせると、高耶は少しつま先を立てた。

「っ!」

「ばーか! そんな顔近づけられたら月も見えねえだろうが!」

直江の抱擁を解いて、高耶はポケットに手を突っ込んで歩き出す。高耶からの不意打ちのキスに驚いて、思わずおのれの唇に触れた。高耶が口に手を添えたまま硬直する直江を振り返った。

「早く帰るぞ、直江!」

高耶は一瞬、目を伏せた。そしてまた直江に視線を合わせると、ひと息おいて妖艶な笑みを浮かべた。

「続きは……そのあとだ」

「っ、はい!」

再び歩き出した高耶に早足で追いつき、エスコートするように腰に手を添えた。ふたりはどちらからともなく走り出し、夜の闇へと消えていった。

そんなふたりの逢瀬を、冬天に浮かぶ月だけが知っている。


/Super Moon #直高ss
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