優しい手
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波の音が、遠くから聞こえる。
「おい、いい加減に目を開けたらどうだ?」
あれ?なんでロー船長の声が聞こえるんだろう。
…空耳?
「シオン」
はっきりと届いたローの声。
私は恐る恐る目を開いた。
目に入ったのは、誰かに捕まれている自分の腕。
そのまま視線を上にずらせば、不機嫌そうなローの顔があった。
「早くあがってこい。落とすぞ」
「あれ? 落ちてない……」
「今からでも落としてやろうか?」
「いえ、遠慮します」
「早くしろ」
「あっはい」
ローの伸ばしてくれた手をとるー
まではよかったのだが、それ以上手に力が入ってくれなかった。
「…で?」
欄干に肘をつき、怠そうにローが問う。
「くぅ」
私は歯を食いしばって手に力を込めようと足掻く。
こうなりゃ足も使って 、と思っても体がいうことを聞いてくれない。
「…はぁ。せめてもう少しだけでも上がれねェか?」
「無理っぽいです」
ローの手を掴んでいることさえも、今の私にはキツかった。
何だろう、効果音をつけるとしたらぷらーんみたいな感じ。
本当に無理だとわかったのか、ローが溜め息を1つ零した。
「仕方ねェなァ。多少痛んでも我慢しろよ?」
「うわっ」
ぐいと勢いよく腕が引かれ、腰に手が回された。
次の瞬間には、私は甲板の上に座り込んでいた。
「怪我は?」
問われて、ざっと自分の状態を確認する。特に目立つ外傷はなさそうだ。
「大丈夫、です」
「こっちは?」
ローは1、2度私の腕を曲げ伸ばしして、痛むところはないかと尋ねた。
「気になるほどでは」
「そうか」
納得したのか、ローは腕を放して立ち上がった。
「ありがとう、ございました」
離れていく背中に声をかけると、ピタリとローの動きが止まった。
ゆっくりと体を反転させて、ローがこちらに振り向く。
じとりとした視線が私に注がれた。
「おれは」
不機嫌そうに眉を釣り上げ、ローは小さな声で言葉を紡ぐ。
「恨みのある奴を助けたりはしねェ。そもそもそんな奴は、はなから船に乗せねェよ」
いきなりなにを言い出すのかと思ったら、ことの発端発言への答えだった。
それだけ言うと、話は終わりだというようにローがまた歩き出した。
虚を突かれた私はフリーズする。
けれど、理解が追いつくとすぐさまローの背中を追いかけた。
ローの服の端を必死の思いで掴むと、ローは止まってくれた。
「なんだ?」
振り向くこともせず、ただ静かな声が返ってきた。
もう1つどうしても聞きたいことを、思い切って聞いてみることにした。
ローの足を止めさせてしまったのだ。
このチャンスを逃したら、きっともう聞こうだなんて恐ろしい考えを持たないだろう。
毒を食らわば皿までっ
聞けるのならば今聞いておきたい。
「何で私に能力を使うんですか?」
どうしてー
ずっと胸につかえていたのだ。
「なんで、ですか?」
きゅっと服を掴む手に力がこもる。
「…反応が面白い。ただ、それだけだ」
空白をあけて返ってきたのは、呆気ない理由。
「それ、だけ?」
間の抜けた声で繰り返すと、ローは私の方に体を少しひねった。
視線が交わる。
「あぁ。別にお前を嫌ったりはしてねェよ、シオン」
そう言ってローは私の頭をわしゃりと撫でた。
その手は信じられないほど優しいものだった。
思いがけないローの行動に、私はしばらく呆然と立ち尽くしていたらしい。
「フフ……シオン、いつまでおれを引き留めてるつもりだ?」
「え? うわぁぁ!」
しまったすっかり忘れてた。
声をかけられてようやく私は我に返った。
ローの服の端から手を離す。
うわぁ自分のキャラじゃないことやっちゃったよ。
1人百面相。
「やっぱりお前は面白ェよ、シオン」
耳元で囁かれ、ものすごい勢いで私はその場を飛び退いた。
うぅ、心臓に悪すぎる。
いつの間にか火照っていた頬の熱を冷ますのに、私が必死になったことは
ー誰も知らない。
「ベポ、どうだ?」
「よくわからないけど、キャプテン達仲良そうだよ?」
甲板に繋がる扉の前で聞き耳をたてていたベポとペンギンが、
「お前ら、覚悟は出来てんだろうな」
なぜか後ろから現れたローの能力の餌食にあったことを、シオンは後々知ることになる。
09.6.19 tarot