はじまりの時
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街中で見かけた白いもふもふに、私は一瞬で惚れてしまったようだ。
考えるよりも先に走り出し、気づけばもふもふの背中に向けてダイブしてしまっていたのだから。
「かわいい~」
もふもふな背中に抱きつき、毛皮に顔をうずめて頬ずりをする。なんてこの毛は柔らかいのだろうか。
「ベポ、何してる、さっさと来い」
「アイアイ、キャプテン」
焦ったような声が下から聞こえ、次の瞬間にはもふもふが走り出していた。
「ちょっ」
急に発進したもふもふに戸惑いながらも、振り落とされたりしないように更にキツく背中にしがみつく。
もふもふちゃんが止まった時、低い声の男の訝しげな声が届いた。
「ベポ、その背中に乗っているのはなんだ?」
「えっ?」
低い声の男の問いかけで、もふもふが振り向く。
おかげでようやく私はもふもふの顔とご対面。
「やっぱりくまさんだった~」
目を輝かせて首に抱きつくと、
「わあぁ!」
という叫び声がもふもふの口から飛び出した。
それに驚いた私は勢いをつけて、しがみついていた背中を離れる。
「しゃっしゃべった!?」
色が白いから珍しいなとは思ったけれど、まさかしゃべることまで出来るなんて!
コツ、コツと音がして、ふっと地面に影が差した。
見上げると目元に見事な隈のある、ふわふわな帽子をかぶった男が目に入った。
「……うちの船員に何か用か?」
射るような鋭い視線とともに発せられる低い声の問いかけに、
「もふもふちゃんを下さい!」
と叫んでしまったのは、想いが先走ってしまったためである。
「ベポを?」
ふわふわ帽子の男は驚いたように私を見た。
あれ?私なんか変なこと言っただろうか?
悩みながらも気持ちに正直に頷く。
「悪いが、うちの船員を手放す気はない。他をあたってくれ」
軽く手を振って拒否される。
「あなたがもふもふちゃんの飼い主ですか?」
言い終わらないうちに全身が泡立つような殺気を覚え、
飛ぶようにその場から後退してふわふわ帽子に向き合った。
さっきまで自分がいた場所には、刀が突き立てられていた。
「ベポは船員だ。次に飼い主なんてこと口走ったら腕を飛ばすぞ」
うわっ、瞳孔開いてる。
なんて観察をしながらも、ふわふわ帽子の男の顔が記憶の端に引っ掛かった。
物騒な発言は耳からこぼれ、代わりに一枚の手配書が頭の中に再生される。
背中をつぅっと冷たい汗が流れ落ちた。
懸賞金二億ベリー。
ハートの海賊団船長。
「……トラファルガー・ロー?」
「何だ、知ってるんじゃねぇか」
相変わらず低い声で気だるげに答えるふわふわ帽子こと、トラファルガー・ロー。
うわっ、私とんでもない人に関わっちゃったよ。
目先のもふもふちゃんに囚われて、さっぱり気にかけていなかったせいだ。自業自得。
これはかなり分が悪い。
二億の賞金首さんなんかとやり合って敵うわけがない。
だらだらと異常な量の汗が噴き出す。
「海賊に頼みごとをするってことは、それなりに覚悟があるってことだよなぁ?」
ゆるりと口元が持ち上げられ、今度こそ私は動きを止める。
この人はかなりヤバいという噂があったことを思い出す。
そんな人に向かって船員を下さいだなんてー
ヤバい。
死ぬかもしれない。
よくよく見ればトラファルガー・ローの後ろにはペンギン帽子の人と、キャスケット帽の人が控えているように見える。
うわー皆様揃いのつなぎ着てるよ。
しかももふもふ改め、ベポも同じつなぎ着てるじゃん。
なんで気付かなかったんだろう。
見てすぐただのクマじゃないってことぐらいわかるよ、これ。
初歩的すぎるミスがまさか致命的なミスに繋がるとは、私も運がない。
でも
ちらりとベポちゃんの方に目を向ける。
……かわいい
何をどう差し引いてもかわいい。
グルグルと頭の中で解決策はないかと巡らす。
一、このままベポちゃんを抱えて逃げる。
無理。
二、とりあえずこの場から逃げちゃう?
ベポちゃんと離れたくないため却下。
三、誰かを人質に取る。
今動いたら間違いなく首がなくなる。
―ろくな考えが浮かばない。
どのくらい時間が経ったのだろうか。
ほんの数秒だった気も、長い時間が経った気もする。
沈黙を破ったのは、コロンと転がった私の腕。
「……へ?」
肩から先が消えた自分の左腕。
恐る恐る残った右手で左肩を押さえる。
ない。
痛みはないし、血も出ていないようだ。
ただ、左腕がもげているのは明らかだった。
「失せろ。次は首と胴体を切り離すぞ」
「あ」
緊張が極限に達し、私はペタリと腰を落とした。
腰が抜けた。
「……行くぞ」
ザッと体を反転させて、トラファルガー・ローが離れていく。ベポちゃん他もそれに続いて歩き出した。
私は黙ってハートの海賊団御一行様を見送っていた。
ベポちゃん~と後ろ姿に叫びたかったが、何とか抑えた。
今声をあげたら、今度こそ間違いなく首が飛ばされる。
でもあの白いもふもふの毛皮を持つベポちゃんをここで諦めるなんて
―できない。
今を逃したらあの極上なもふもふ感には二度と出会えない。
落ちた左腕を拾い上げて格闘した結果、何とか元通りになった。
いったいどういうカラクリなのか。全く恐ろしい能力だ。
「ん~どうしよう」
腕も元通りになったことだし、これからの行動を考えることにする。
とにかく、ベポちゃんの傍にいたいというのが最優先事項だ
でも相手が海賊となると、どうしたらいいのかさっぱりわからない。
海賊かぁ。
……海賊?
おぉ!
なんでさっき思いつかなかったんだろう。
ベポちゃんがもらえないのなら、私がベポちゃんの傍に行けばいい。
つまり
ハートの海賊団に入っちゃえばいいんだ!!
09.6.7 tarot