ヴァレンタイン
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「では改めまして、ハッピー・ヴァレンタインってことで」
そう言って焼きあがったケーキを食べやすいように切り分け、シオンは目の前の2人へと差し出した。
「おいしい~!!」
「……」
一口目を食べた感想は言うまでもなく先がベポちゃんで、無言なのはロー船長の方だ。
まぁ本命に近いベポちゃんの反応が上々なのは非常に喜ばしいことだ。
けれど、ブランデーケーキを一口食べて静止しているロー船長の様子をみると、
やっぱりあげなければよかったかなと今更ながらに思ってしまう。
自分用に作ったブランデーケーキを食べた感想は「おいしい」の一言。
そりゃあ料理長に手伝ってもらったのだから当たり前なのだけれども。
ロー船長にとってはまだ甘かったかなぁと、自分用ケーキを食べながら思う。
口元にケーキの食べかすをつけながら、ベポちゃんはバクバクと食べ進めていく。
可愛いなぁと和みつつ、シオンも自分用のチョコレートケーキを口に運ぶ。
ブランデーケーキとは違い、口に入れた瞬間にチョコレートの甘みが口の中に広がっていく。
「シオン」
「何ですか、ロー船長? あっ、食べ切れないなら私が食べますから残しておいてください」
勝手にあげたのは自分だし、一口だけでも食べてくれたなら十分だ。
「確かヴァレンタインってのは、好意のある奴にチョコレートを送るんだよな」
「そうですよ?」
「……何で俺の分はブランデーケーキなんだ?」
「何でって、ロー船長は甘い物が苦手かと思って」
何が言いたいのか分からずに、シオンは首をひねる。
動きを止めたロー船長がようやく動いたと思ったら、なぜかフォークがこちらへと向けられていた。
正確には、シオンが自分用に作っておいた食べかけのチョコレートケーキへと。
「ちょっ」
「……甘い」
「当たり前じゃないですか!」
いきなりの突拍子もないロー船長の行動に、シオンは思わず叫んでいた。
せっかくロー船長でも食べられるように甘さ控えめケーキを作ったというのに、
何でわざわざ甘いと分かりきっているチョコレートケーキに手を伸ばしてしまうのか。
理解不能だ。さっぱり分からない。
「何なんですか、いったい」
「気分だ」
「気分って」
やや不機嫌そうに答えるロー船長に、シオンは本気で呆れてしまった。
しかもやっぱりチョコレートケーキが甘かったようで、コーヒーを勢いよく流し込んでいる。
本当にいったい何なんだ。
「ごちそうさまでした!」
シオンがロー船長の不可解な行動に頭を悩ませている間に、
ベポちゃんはチョコレートケーキを完食してしまった。
結構大きめのサイズを作ったのだが、ベポちゃんには小さかったようだ。
少し考える仕草をしたかと思うと、つぶらな瞳がきょろきょろと何かを探すように動き、
ある一点でぴたりと止まる。
フォークを持ったままのベポちゃんの視線の先には、一口食べられただけのブランデーケーキ。
あげた当人はチョコレートケーキの甘さが引かないのか、2杯目のコーヒーを流し込んでいるところだ。
この様子だときっともうケーキなんて口にしてくれないだろう。
せっかく人にあげるために作った物を自分で食べてしまうのも、なんだか寂しい。
しかし、ベポちゃんにお酒入りケーキをあげてもいいものか。
なんてことが頭をよぎったが、まぁ風味付け程度だからよっぽど大丈夫かと思い直す。
「ロー船長用に作ったからあんまり甘くないんだけど……」
つぶらなベポちゃんの瞳には勝てない。
ペボちゃんの瞳に負けたシオンが「ブランデーケーキも食べる?」と言おうとしたところで、
忽然とケーキの皿が視界から消えた。
「へ?」
「……やっぱりこっちの方が食べやすいな」
「あーキャプテンずるい!」
「ずるいも何も、これは俺のだろう」
ブランデーケーキにさっくりとフォークを入れながら、ロー船長はベポちゃんの視線を気にせず答える。
……ロー船長が大人げなく見えるのは気のせいだろうか。
どうやら自分用に作られた分を他人にとられるのは許せないらしい。
ベポちゃんには少し可愛そうかなと思えど、
ロー船長の機嫌が損なわれることを考えると仕方がないかとも思う。
「次は、甘くないチョコレートケーキにしろ」
「は?」
「いいな」
「……はい?」
いきなりの発言に何かの聞き間違いかと思って思わずロー船長の方を見ると、
ブランデーケーキを抱えている姿に行き着いてさらに訳が分からなくなる。
アンバランスだ。果てしなく。
しかもそのままブランデーケーキを片手に食堂を出ていくものだから、
誰かに通訳を無性に頼みたくなった。
理由は分からないが、どうやら原因はケーキの種類にあるようだ。
「……とりあえず、来年はロー船長にもチョコレートケーキを用意しようかな」
せっかくだから喜んでもらえるモノを。
来年こそはロー船長に「美味しい」と言わせてやる。
1人こっそりそんな目標をたてたシオンは、
その後ちょくちょく料理長にお菓子づくりを習うようになるのだがー
それはまた、別のお話。
14.4.13 tarot
季節外れなんて気にしない方向で。最終話更新しちゃいました(苦笑)