ヴァレンタイン
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「後は待つだけ」
海賊船には不釣り合いな甘い香りが漂う調理場で、 シオンは浮き浮きしながらオーブンを覗き込んでいた。
料理長にチョコレートのことを相談したら、 ドンッと目の前にチョコレートの塊が出された時は驚いた。
まさか塊で出てくるとは微塵も考えていなかったし、
そもそもチョコレートがこの船にあるかどうかを疑っていたのだ。
「好きなだけ使え」との料理長のお言葉に甘え、シオンはさっそくチョコレート作りに取り掛かった。
もちろん、料理長に指南してもらいながら、だ。
料理長との相談の末、ベポちゃんには甘いチョコレートケーキを。
ロー船長には甘さ控えめのブランデーケーキを作ることにした。
どちらもさほど難しくなく、今ある材料で出来るというのが決め手。
「混ぜ方が甘い!」など数々のお言葉をいただきながらも、 何とか焼くところにまでこぎつけることができた。
味見用ということで、自分にも小さめのチョコレートケーキとブランデーケーキを用意。
二つの大きめのケーキと同じく、オーブンで加熱されているところだ。
漂ってくる甘い匂いを吸い込み、シオンは焼きあがるのを今か今かと待ち構える。
そこへー
「何だ、この甘ったるい匂いは」
「いい匂い~」
それぞれの感想を零しながら、調理場に現れた影が2人。
チョコレート対象者のロー船長とベポちゃんだ。
「今チョコレートケーキを焼いてるんですよ」
オーブンから離れることなく、シオンがそう言えば、
「何でまたそんなもんを」
「わーい、チョコレートケーキ!」
こちらの反応もまぁ予想通りというか。何というか。
あまりにも予想通りすぎる反応が返ってきたことにちょっと苦笑いを浮かべてしまう。
この調子だと今日が何の日かということも、きっと知らないだろうなと思った。
だから、
「そうか、今日はヴァレンタインデーだったか」
ベポちゃんがチョコレートケーキという単語に目を輝かせている横で、
ロー船長がそう口にしたことが意外すぎて思わずロー船長を凝視してしまった。
「何だ?」
「いえ、何でも」
まさかロー船長の口から「ヴァレンタイン」なんて言葉が出てくるなんて……
と思ったことは胸の奥底に沈めておいた。
しかし、ロー船長の方もどうやら同じようなことを思っていたようだった。
「お前がその手のイベントに興味があったとはな」
からかうような口調で、シオンにそう言ってきたのだから。
「別に興味はないですけど、たまにはこういうイベントに参加してみたいなと思いまして」
「そうか」
「そうなんです」
不毛な言い合いになりそうな空気を崩したのは、
オーブンのタイマー音とそれに敏感に反応を示す白熊さん。
「シオン、これもういいの?」
音が鳴ったと同時に、目を輝かせてそう尋ねるベポちゃんを前にしたら、
すべてのことがどうでもよくなってしまう。
ロー船長に言われたことを頭から弾き出し、シオンはベポちゃんに急かされるように
焼きあがったケーキたちをオーブンから取り出しにかかった。
14.02.13 tarot