高良くんと天城くんと香取くん
(とあるメガネ男子の視点)
天城太一と言う人間は。
人当たりがよくいつもにこにこと笑顔を振りまく反面、昔から自己肯定力がとてつもなく低い。
それは彼を取り巻く家庭環境や、彼自身が劣等感の塊という背景もある。
口に出すのを怖がり、また、空気の読めない自分の行動に自己嫌悪……それの繰り返し。
それは生きていく中で決して全てが悪いことでは無いのだが…誰かの手を掴むのを恐れ、最初から自分の幸せを諦めている。
――哀れな男だと思う。
小一からの付き合いの自分では色々なことを知りすぎていて、彼をその沼から引っ張りあげることは無理だということも嫌という程、分かっている。
だから――俺は、待っていた。
いつか誰かが、その手をとってくれることを。
天城太一自身が幸せを望むことを。
高校に入って、天城も俺も変わらず…平々凡々な高校生活を謳歌していた。
目立たず、騒がず、スクールカーストのヒエラルキーでは真ん中に位置している。派手ではないが、それなりに青春をして……それが丁度いい俺たちの立ち位置。
けれど、
2年に上がって…、最近、天城は変わった。
何が変わったとはハッキリとは言えないが、気分が空でも飛んでそうなくらい上昇していたり…かと思えば、意味不明に急降下したり。
その理由が判明したのは、屋上で交わしたふとした会話だった。
その日の天城は急降下の日だったらしい。
助けてくれよ、心の友よ…なんて彼には珍しく俺に相談を持ちかけてきたのだ。
「――心の友って、もしかして俺の事?」
「他にいなくね?」
ここはひとまず、天城の心を鎮めることを試みる。
「なった覚えがないもんだから」
「自然になってるもんじゃんけ…」
自分が努めて冷静に――恐らく年に何回でもない、天城からのガチ相談である。
長い付き合いの中で本能が察する…ここは絶対に茶化してはいけないところだと。
「香取って、変な夢みたことある?」
「変な夢…とは」
しかし、何を言い出すか発言自体は予想の斜め上。
天城が若干モジモジと言いずらそうに…しかし、覚悟を決めたようにひと息で言い切る。
「変、っつーかなんつーか…好きな人が出てきたり」
ちゅどーーーーんと頭の中で効果音が鳴った。
突然の爆弾投下。
前言撤回する。冷静でなんかいられるはずもなく。
「天城って……好きな人いたんだなぁー…」
若干、声が上ずってしまった。
あの、天城に。
自分の周りに見えないバリアを張りまくって、自己防衛の塊のような、そんな天城に…好きな人が。
心臓の当たりがぞわぞわと撫でられるような謎の高揚感。
「誰か聞かんの?」
そんな彼の言葉に、楽しみに取っておくわ、と返した。
みんなから趣味悪いって言われん?なんていう小さな嫌味にも軽く肩を竦める。
勿論、俺にだって竹馬の友とはいえ、初めて聞かされた色恋沙汰話にはそれなりに好奇心は、ある。
しかし、目の前のこの臆病者がそれを打ち明けてくれたことの喜びが勝り……ただ純粋に、天城が教えたくなったら言えば良しと思ったのだ。
ふむ。
恋し恋しと鳴く蝉よりも、鳴かぬ蛍が身を焦がす――ってやつか。
だが、人生やはり何が起こるかわからない。
「天城さんは?」
下駄箱から靴を出して下校の準備をしていると、意外な人物に呼び止められた。
一軍の高良だ。
「ああ――ついさっき走って帰宅したはずです」
昼間の天城の様子を思い出し笑いそうになるのを堪えながら、なんかあいつ迷走中なんで…捕まえても話出来ないと思いますよ、と付け足す。
「2人仲良いよね」
「えっ…ああ、俺は…天城の相談役っす。年頃で困っちゃいますよね、ハハッ」
「親かよ」
さすが一軍。俺の会心の返しを4文字で済ませたな。
というか…、いやいや。
親?俺が?
あの極斜め上思考の男の親なんてそうそう務まるものではない。心外である。
「心の友っす」
本日制定された関係性をドヤ顔で宣言してやると、目の前の男はフーーーン…と間延びした返事をしながら…天城と俺の関係に対して妙な不機嫌さを、隠すことなく醸し出した。
天城と高良。珍しいこともあるもんだな…と思案した直後、おや…と違和感を覚える。
そもそも、委員会でもないのに何故高良はわざわざ天城を探していたのか。
天城が高良に絡み出したのはいつからだったか。
それを戦々恐々と見ていたが、高良自身が天城に嫌な態度をとっているところを見たことがない。
タイムリーで天城からの相談。
そして、今…高良が天城を…。
つまり……と、そこでひとつの仮説が生まれる。
普通に考えて天地がひっくり返っても有り得ない…と思いながら。
「……天城ってば遅れてやってきた思春期みたいで」
クラスの頂点に君臨する一軍への好奇心には勝てず。
すまん、天城…と…。実は全く悪いとは思っていないのだが、お気持ち程度に心で謝り。
「…恋の悩みですかねぇ〜」
チラリと高良を見遣れば、露骨に視線を逸らした。
青天の霹靂。
不可抗力とはいえ…思いがけず、友の秘密を暴いてしまった。
紆余曲折を経て…2人の様子を見るに、一先ず収まるところに収まったようで…天城は母親と過ごす予定であった魔の三連休を高良と過ごす、と高々に宣言してみせた。
知らぬ間に失言したと気づいていない目の前のご機嫌ボーイに、高良と天城の関係を面白半分に詰めてみると、明らかに動揺を見せたあと白々しく委員会が一緒で仲良くなった…なんて、嘘をつく。
いや、高良のあの反応からして本当はお前らもう絶対付き合ってるだろ。
思った通りの反応をしてくる天城が面白くて、思わず頬が緩む。
成程これが天城の言う「趣味が悪い」ってことか。
こんなにも綺麗に誘導尋問に引っかかる天城に清々しい達成感すら感じる。
少々意外性はあったが納得…分かりやすいって時に魅力的。
そうか…高良か。
相変わらずテンション高く高揚感を隠しきれてない天城を見てはた…と思いつく。
「ちなみに、ご家族の方はどなたかお家にいらっしゃる?」
「んー…夜勤と合宿だって。多分会わないんじゃね?」
ん…?そういえば……高良?
風の噂で田中とセットでまことしやかに囁かれている…すぐやっちゃう系男子と言われているあの高良?
「――はっ…!」
突如として訪れた心の友の貞操の危機を察知し…呑気に泊まりを楽しみにしている目の前のピュア男子に、お前多分喰われるよ!このおバカ!!と心の中で叫んだ。
「これは本当に悪質な好奇心ではなくなんでも話聞くから!できる限り、味方すっから…」
なんなん、そのノリ……とドン引く友へ…これが今の俺にできる最大限のエール。
神よ、どうか天城が清いまま無事に帰還できますようにと祈った。
連休明け。
慰める準備をしていた俺の心配も虚しく、天城は充実した三連休を高良と健全に過ごしたようだった。
意外や意外――なんと、鳴かぬ蛍は天城ではなく、高良の方だったようだ。
他の人は気付かない――だけど、天城の一方通行ではなく、2人の中には確かに恋心というものが、ある。
人の噂はアテにならんとこの時ほど実感したことはなかった。
前述に言った通り、人生何が起こるか分からない。
何の因果か、モブ中のモブの自分がキラキラ一軍男子から我が心の友の惚気話を聞く羽目になったりする事も無きにしも非ず。
「友達以上は絶対ない」宣言をすると、戦闘能力0の香取康介と認定したのか、急に「あの子俺と付き合ってるんすよ」なんてカミングアウトまでしてきやがった。
しかし高良と会話を重ねるうちに――高良の天城に対するバカデカい愛情が垣間見え…しかし、表情筋が死んでる故、全く当の本人に伝わらず天城が勘違いしてすれ違う、不憫系彼氏が不毛な誤解をされる、を繰り返す。
大体は高良側の嫉妬で起こっているのを2人ともそろそろ気付けとは思うが。
こんなに大切にされているのに、天城の自己肯定感は未だに低いままで。優しく接されると、一歩下がってしまう癖は直らない。
最近は、自分を優先する高良の周りに人が居なくなっていくことを怖がっている。
だけど考えろよ天城。
高良には…お前がいるじゃないか――それだけで充分な事に何故気付かない。
否、気付かないんじゃない…最初から、お前の中で高良の隣にいる未来が想像出来ていないんだ。
高良のことが好きだと言っているのに、終わりを考えているなんて――矛盾している。
偶然。
――本当に偶然、高良と田中が天城のことを話している場面に遭遇してしまった。
いや、この間のアレ、田中にカミングアウトしてたんかい…と思わず出そうになったツッコミをなんとか喉の奥に押し込んだ。
言っていることは無茶苦茶だけど、意外に田中も田中なりに2人のことを考えてくれていて。
しかし、――その、全力スキスキは少し強引じゃないかと批判をしたところ……高良が穏やかな声で香取、大丈夫だから、と俺に向かって声をかけた。
「天城さんのこと、大切にするんで」
そう宣言する高良に、深く――頷く。
いつか天城が言っていた。
好きな人に聞いた、優しさについて。
天城の為が、自分のためと言ってくれた高良。
そんなお前だからこそ、天城を任せられる――任せたい、とそう思った。
そこから何故か謎メンで作戦会議をすることになった。
しかし、放課後…天城が行動を起こしたことで事態が一変する。
天城と田中の背中を確認した俺は、直ぐに高良を呼びに行く――暴走して、手遅れになる前に。
2人で足早に理科室に向かうと、天城が田中に高良の話をしている……所に、高良が間髪入れずにふざけんな、別れねぇよと飛び込んでいった。
選手交代、と入れ違いに出てきた田中と2人を見守る。
身を引くとか引かないとかの――つまり、別れ話ではないことを確認して、ほっと息を吐く。
だけど、天城の気持ちは足踏みをしていて、まだ踏み出せないでいた。
「んー…せめて卒業までは一緒にいたいって思っちゃった」
「なんで卒業まで?ずっと一緒に居りゃいいじゃん」
それは、きっと、なによりも天城が望んでいた言葉。
「――ずっと、って…」
天城…もういいだろう。
高良の愛情に観念して――お前も同じように望め。
望んで、いいんだ…怖がるな……そう念じると、
「俺も、ずっと一緒にいたいって…言っても、いいの?」
1歩。
「てか言えよ、くそ嬉しいだろ」
1歩ずつ。
「本当に……いい?――ずっと、だよ?」
そしてまた、1歩。
「うん、めちゃくちゃいいね」
歩みは遅くとも――高良は天城が出す1歩を、待っていてくれる。
ずっと一緒に……いたい、です。
――心中察するよ、高良瞬。
天城は相当滅茶苦茶な感情を持て余している。
こんな簡単で単純な一言を、一生分の勇気を出さなければ言えない臆病者なんだ。
だけど――きっとお前はそんな天城を諦めずに、丸ごと愛してくれるんだろう。
ワガママを赦してくれる相手。
今は、未だ――でも。
いつか、天城が俺の手を離れる時は――きっと、高良が天城の手を繋ぎ直してくれる…そうであってほしいと、思う。
いつまでも盗み見る田中の首根っこをズルズルと引っ張りながら、なにかひとつ荷物が下りたような……清々したような、だけど少し寂しいような気持ちのまま帰路についた。
これからも、あの2人はこうしてすれ違ったりを繰り返すのだろう。
だけど――心の友の為ならば。
犬も食わない喧嘩にも、喜んで巻き込まれてやってもいいのかなと思う。
だから、
必ず幸せになれよ――天城。
翌日、高良と天城が一緒に登校をしている姿を窓際から確認して、ひと仕事終えた時のような安堵感で身体が満たされ…自然と口角が上がる。
そんな俺に気付いた天城が、笑顔で「かとり〜!」と手をブンブン振っている姿を見て…朝日にキラリと反射した眼鏡のブリッジを押し上げた。
end
☆☆☆☆☆
ドラマ高天円盤記念。
ドラマ寄りの描写させていただきました……
カトリック香取のポジホントに絶妙…!
一緒に見守りたいわ…
田中氏と一緒になにかあったら焼肉行く間柄で、これからも高天をよろしくお願いします笑
2023.3.8 mai
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