短編
「あなた、どうしてスタルーク王女はお茶に誘わないの?」
オルテンシアは、今まさに自分をお茶に誘ってきたフォガートにそう問いかけた。
別にわざわざこんなこと聞く義理はないけれど、あの可愛い(もちろんあたしの方が可愛いけど!)王女にあんな悲しい顔をされたら、知らないふりなんてできるわけがない。
「ん?確かに誘ったことはないけど、どうして?
当の王子本人は、キョトンとした顔をして逆にオルテンシアに問いてくる。そんな顔をしたいのはこちらの方だ。
「………………あなた、本気で言ってる?あんなに、あ〜んなにスタルーク王女に近付く人を牽制しておいて、本気で言ってるの!?」
「あぁ〜、やっぱり分かりやすかったかな?スタルーク王女にはバレてないからいいかなって思ってたんだけど」
「ふん!隠す気なんてなかったくせに、気付いてないのはスタルーク王女くらいよ!」
誰にでも愛を振りまく軽薄男──それがオルテンシアからフォガートへの第一印象だった。
その印象に反して、この男は独占欲が強いらしかった。逆にどうして本人は気付かないんだ、というくらいフォガート王子は分かりやすくスタルーク王女に近付く人間を片っ端から牽制していた。
なんだか悔しいことに端から見ていたらどうみても両想いなので、それを知っている仲間たちには微笑ましく見守っている人も多い。スタルーク王女の兄と臣下たちは複雑そうな顔をしていたけれど。
だからこそオルテンシアは疑問なのだ。どうしてそんなフォガート王子は、当のスタルーク王女をお茶に誘わないのかと。
もちろんこの男の誘いが、一緒にお茶を楽しみましょうというだけのものでないことは知っている。今は肩を並べて戦う仲間だとしても、結局は別の国の人間である。戦後の自国のために、何かしら思惑があるんだろう。
でもだからといって、単に政治的な思惑だけという訳ではないことも同じく知っている。
優先順位としては本当にお茶を楽しむことが第一、ついでに何かしら利益が出たらいいなくらいだろう。
だからこそ、スタルーク王女はしょっちゅうお茶に誘われているんだろうと思っていたのに……。
「う〜ん、これ言わないと解放されない感じかな?」
「当然でしょ!このあたしが聞いてるんだから、答えてもらうわよ!」
オルテンシアは、この男が失恋しようと別に構わない。
けれども、あの可愛い(もちろんあたしの方が可愛いわ!)スタルーク王女の恋路を応援するためなら、一肌脱いであげようという気はある。
オルテンシアに引く気がないことを悟ったのか、フォガートがようやく口を開いた。
「いや……だってさぁ、どうせ誘うんなら心から楽しかったなって思ってほしいから」
「…………は?」
「俺と一対一のお茶会なんて、俺は勿論楽しいけどさぁ…………スタルーク王女に心から楽しんでもらえる自信がないんだよね。だからもう少し、完璧な準備ができてから誘おうと思って…………」
オルテンシアは、「開いた口が塞がらないってこういうときに使うのね」と思った。
「………………呆れた!あなたそんなヘタレだったの!?」
「いやいやいや、ヘタレは言い過ぎじゃない?」
「い〜〜〜え、ヘタレよ!信じられないわ!」
「えぇ…………」
だってそんな、馬鹿みたいな理由だとは思ってもみなかったのだ。
フォガートの想いに気付かないスタルークも大概だが、フォガートはフォガートで鈍感な上に面倒な思考回路をしていたらしい。
「そんなヘタレなフォガート王子に良いことを教えてあげるわ。まぁ、もしかしたらあなたにとっては悪いことかもしれないけど」
「えっ何急に、悪いことなの?」
「この間ね、スタルーク王女とセリーヌ王女と三人でお茶会をしたの」
そもそも、オルテンシアがこの話をフォガートに振った理由がそのお茶会だった。
セリーヌ王女が珍しい茶葉を手に入れたらしく、たまたま時間があった三人でお茶会をすることになった。
確かに飲んだことのない、でも素敵な香りの美味しい紅茶で、お茶会は和気藹々と進んでいった。そんな折、ふと話題がスタルークとフォガートのことになった。
「えぇと……僕、フォガート王子とはお茶をしたことがないので…………」
「………え!?」
「まぁ、そうなのですか?」
スタルークから告げられた衝撃の事実に、オルテンシアとセリーヌは思わず顔を見合わせる。
セリーヌもオルテンシアと同じく、しょっちゅうお茶の誘いがあるものだと思っていたらしい。
「…………お二人は、よく誘われていますよね。…………………でも確かに僕みたいな人間とお茶したいなんて思うわけがないですよね………………」
「い、いえ、フォガート王子はスタルーク王女のこと、ええと、好ましく思われていると思いますが……」
セリーヌが言葉に詰まりながらスタルークに声をかける。ちなみにオルテンシアとセリーヌは、フォガード王子がどうみてもスタルーク王女を好きなことは伝えず見守ろう、という協定を結んでいた。
「あっはい、確かにフォガート王子はこんな僕のことを好きでいてくれます。親友だって言ってくれましたし……………………でも、お茶会には、誘われたことがなくて……………………………」
どうやらスタルークは、前々からフォガードからお茶会の誘いがないことを気にしていたらしい。
どう見たって両想いなのだから心配する必要はない、とセリーヌとオルテンシアは分かっている。だが、当のスタルークはそうは思わないだろう。
どんな言葉を尽してもスタルークの心を慰めることはできない──二人はそう察して、困ったように顔を見合わせた。
「──と、いうことがあったのよね」
「え、うん……え?それ本当?」
「こんなことで嘘ついてどうするのよ」
フォガードは混乱した様子で、オルテンシアの話を聞いていた。この話を知れば、馬鹿みたいな心配なんてしなくてすむだろう。
「まぁ、ちょっと協定違反かもしれないけど。そんな理由だったなんて、悩んでるスタルーク王女が可哀想だもの」
「な、悩んでたんだ…………ちなみに協定って?」
「こっちの話よ。──で?この話を聞いたフォガード王子?私のことなんか誘ってる場合?」
オルテンシアがそう告げれば、フォガード王子がやっとハッとした顔をする。
「ごめん、オルテンシア王女!また今度お礼するね!」
そう言い残すと、フォガードは走り出して行った。相当慌てているようで、何もないところで転びそうになっていた。
それを見届けて、オルテンシアは踵を返す。セリーヌ王女を見つけて、協定違反を詫びなければならない。まぁ彼女だって、つい真実を伝えたくなったオルテンシアの気持ちを分かってくれるだろう。
ちなみにフォガード王子だが、知らぬ間に覚悟を決めたスタルーク王女に先にお茶会に誘われてしまったらしい。
その話をスタルークから聞いたオルテンシアは、自業自得よと笑った。
オルテンシアは、今まさに自分をお茶に誘ってきたフォガートにそう問いかけた。
別にわざわざこんなこと聞く義理はないけれど、あの可愛い(もちろんあたしの方が可愛いけど!)王女にあんな悲しい顔をされたら、知らないふりなんてできるわけがない。
「ん?確かに誘ったことはないけど、どうして?
当の王子本人は、キョトンとした顔をして逆にオルテンシアに問いてくる。そんな顔をしたいのはこちらの方だ。
「………………あなた、本気で言ってる?あんなに、あ〜んなにスタルーク王女に近付く人を牽制しておいて、本気で言ってるの!?」
「あぁ〜、やっぱり分かりやすかったかな?スタルーク王女にはバレてないからいいかなって思ってたんだけど」
「ふん!隠す気なんてなかったくせに、気付いてないのはスタルーク王女くらいよ!」
誰にでも愛を振りまく軽薄男──それがオルテンシアからフォガートへの第一印象だった。
その印象に反して、この男は独占欲が強いらしかった。逆にどうして本人は気付かないんだ、というくらいフォガート王子は分かりやすくスタルーク王女に近付く人間を片っ端から牽制していた。
なんだか悔しいことに端から見ていたらどうみても両想いなので、それを知っている仲間たちには微笑ましく見守っている人も多い。スタルーク王女の兄と臣下たちは複雑そうな顔をしていたけれど。
だからこそオルテンシアは疑問なのだ。どうしてそんなフォガート王子は、当のスタルーク王女をお茶に誘わないのかと。
もちろんこの男の誘いが、一緒にお茶を楽しみましょうというだけのものでないことは知っている。今は肩を並べて戦う仲間だとしても、結局は別の国の人間である。戦後の自国のために、何かしら思惑があるんだろう。
でもだからといって、単に政治的な思惑だけという訳ではないことも同じく知っている。
優先順位としては本当にお茶を楽しむことが第一、ついでに何かしら利益が出たらいいなくらいだろう。
だからこそ、スタルーク王女はしょっちゅうお茶に誘われているんだろうと思っていたのに……。
「う〜ん、これ言わないと解放されない感じかな?」
「当然でしょ!このあたしが聞いてるんだから、答えてもらうわよ!」
オルテンシアは、この男が失恋しようと別に構わない。
けれども、あの可愛い(もちろんあたしの方が可愛いわ!)スタルーク王女の恋路を応援するためなら、一肌脱いであげようという気はある。
オルテンシアに引く気がないことを悟ったのか、フォガートがようやく口を開いた。
「いや……だってさぁ、どうせ誘うんなら心から楽しかったなって思ってほしいから」
「…………は?」
「俺と一対一のお茶会なんて、俺は勿論楽しいけどさぁ…………スタルーク王女に心から楽しんでもらえる自信がないんだよね。だからもう少し、完璧な準備ができてから誘おうと思って…………」
オルテンシアは、「開いた口が塞がらないってこういうときに使うのね」と思った。
「………………呆れた!あなたそんなヘタレだったの!?」
「いやいやいや、ヘタレは言い過ぎじゃない?」
「い〜〜〜え、ヘタレよ!信じられないわ!」
「えぇ…………」
だってそんな、馬鹿みたいな理由だとは思ってもみなかったのだ。
フォガートの想いに気付かないスタルークも大概だが、フォガートはフォガートで鈍感な上に面倒な思考回路をしていたらしい。
「そんなヘタレなフォガート王子に良いことを教えてあげるわ。まぁ、もしかしたらあなたにとっては悪いことかもしれないけど」
「えっ何急に、悪いことなの?」
「この間ね、スタルーク王女とセリーヌ王女と三人でお茶会をしたの」
そもそも、オルテンシアがこの話をフォガートに振った理由がそのお茶会だった。
セリーヌ王女が珍しい茶葉を手に入れたらしく、たまたま時間があった三人でお茶会をすることになった。
確かに飲んだことのない、でも素敵な香りの美味しい紅茶で、お茶会は和気藹々と進んでいった。そんな折、ふと話題がスタルークとフォガートのことになった。
「えぇと……僕、フォガート王子とはお茶をしたことがないので…………」
「………え!?」
「まぁ、そうなのですか?」
スタルークから告げられた衝撃の事実に、オルテンシアとセリーヌは思わず顔を見合わせる。
セリーヌもオルテンシアと同じく、しょっちゅうお茶の誘いがあるものだと思っていたらしい。
「…………お二人は、よく誘われていますよね。…………………でも確かに僕みたいな人間とお茶したいなんて思うわけがないですよね………………」
「い、いえ、フォガート王子はスタルーク王女のこと、ええと、好ましく思われていると思いますが……」
セリーヌが言葉に詰まりながらスタルークに声をかける。ちなみにオルテンシアとセリーヌは、フォガード王子がどうみてもスタルーク王女を好きなことは伝えず見守ろう、という協定を結んでいた。
「あっはい、確かにフォガート王子はこんな僕のことを好きでいてくれます。親友だって言ってくれましたし……………………でも、お茶会には、誘われたことがなくて……………………………」
どうやらスタルークは、前々からフォガードからお茶会の誘いがないことを気にしていたらしい。
どう見たって両想いなのだから心配する必要はない、とセリーヌとオルテンシアは分かっている。だが、当のスタルークはそうは思わないだろう。
どんな言葉を尽してもスタルークの心を慰めることはできない──二人はそう察して、困ったように顔を見合わせた。
「──と、いうことがあったのよね」
「え、うん……え?それ本当?」
「こんなことで嘘ついてどうするのよ」
フォガードは混乱した様子で、オルテンシアの話を聞いていた。この話を知れば、馬鹿みたいな心配なんてしなくてすむだろう。
「まぁ、ちょっと協定違反かもしれないけど。そんな理由だったなんて、悩んでるスタルーク王女が可哀想だもの」
「な、悩んでたんだ…………ちなみに協定って?」
「こっちの話よ。──で?この話を聞いたフォガード王子?私のことなんか誘ってる場合?」
オルテンシアがそう告げれば、フォガード王子がやっとハッとした顔をする。
「ごめん、オルテンシア王女!また今度お礼するね!」
そう言い残すと、フォガードは走り出して行った。相当慌てているようで、何もないところで転びそうになっていた。
それを見届けて、オルテンシアは踵を返す。セリーヌ王女を見つけて、協定違反を詫びなければならない。まぁ彼女だって、つい真実を伝えたくなったオルテンシアの気持ちを分かってくれるだろう。
ちなみにフォガード王子だが、知らぬ間に覚悟を決めたスタルーク王女に先にお茶会に誘われてしまったらしい。
その話をスタルークから聞いたオルテンシアは、自業自得よと笑った。
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