食事観察記録
夢主設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
~食事観察記録~
始まりは、ふとしたものだった。
いや、あまりにも食事に関心がない彼女のせいかもしれない。
これは彼らの、彼女の食事に関する観察記録である。
最初は、緊張と慣れない土地での見知らぬ食事に対する不安のせいかと思った。
「はっ!すまない!シオン。昼食のことをすっかり忘れていた」
「大丈夫ですよ、教授」
床に積みあがっていた本を本棚へと戻してくれていたシオンが、そう言って苦笑した。
シオンを連れだってカレッジの食堂へと案内すると、彼女は物珍しげにきょろきょろと辺りを見回す。
「こういう所は、初めてかい?」
「……はい。私が通ってた高校にも食堂はありましたけど、全然違うので」
少し不安げなシオンに安心させるように軽く頭を撫で、二人で注文をした後、彼女がショルダーバックから財布を取り出した――その中身が見えて慌てて掴んで閉めさせた。
「きょ、教授……?」
「……シオン、それはしまいなさい」
「えっ、でも……」
「頼むから、しまいなさい」
何が何だか全く分からないと言わんばかりの顔をしながら渋々財布をしまったシオンに、思わず安堵の息を漏らした。
ロイが帰ってきたら、真っ先に説教をしなければ。
会計を済ませ、注文した物を受け取って、少し奥の方のテーブルへ。
席に着いてから、改めてシオンに財布を出すように言った。
中身を確認させてもらった私は、見間違いでは無かった事に大きく溜息を吐いた。
不安そうな表情のシオンに、大丈夫と返す。
「君が悪いわけではないんだ。これはロイの責任だからね。帰ってきたらきつく言っておくよ」
「……はあ」
よく分からないと言いたげに曖昧な返事がシオンの口から零れ、私はそこでようやく違和感に気づいた。
「もしかして、シオン。お金の種類をロイから教えてもらっていないのかい?」
「………はい」
少し目を泳がせてから申し訳なさそうに俯いて肯定した彼女に、私はこめかみを手で押さえた。
ロイに一発かましたい気分になった。
どうやら彼は、ロンドンでの生活の説明全てを私に丸投げしたらしい。
シオンはまともな説明もなく、私の所へと行かされたのだ。
思わず漏れた溜息に、シオンがすみません……とどこか泣きそうな声で謝るのが聞こえ、私は慌てて首を振って笑みを浮かべた。
「君のせいじゃない。これは全部、ロイのせいだからね――帰ってくるのが、楽しみだよ」
それから私は、シオンに貨幣単価を教え、彼女の財布の中身が一般的にはそれなりに大金に分類されることも説明した。
そのせいで、彼女が暫く怯えたような感じになってしまったのは申し訳なく思う。
それもこれも、ロイがこれほどの大金――私の月給の半分ほど――を財布に入れて渡したせいだ。
それから三日ほどが経ち、シオンもそれなりに慣れてきた頃の相変わらず遅い昼食。
サンドイッチを食べる彼女を見て小動物みたいだなと思いながら、不意に気付いたことを口にする。
「量は足りているのかい?」
突然の質問に、シオンは咀嚼しながら今食べているサンドイッチに目を落とし、それから頷いた。
「……足りますけど」
「いつもサンドイッチと紅茶だけしか頼まないからね。少し気になったんだ。君ぐらいの歳なら、もう少し食べるべきだと思うのだが……小食だったりするのかい?」
不思議そうな顔をするシオンに、更に重ねてそう質問すると彼女は考えるように視線を巡らせて、首を横に振った。
「小食、というわけではないんですけど……あまり、お腹が空かなくて」
そう言って、シオンは苦笑を漏らす。
おそらく食欲が湧かないのは、突然変わった生活環境の変化に精神が参っているせいかもしれない。
食べられているだけ、まだ良い方なのだろう。
彼女が食べ慣れている日本食を出す店があれば連れて行ってやりたいところだが、あいにくとそういった店はイギリスにはまだない。
近いところでチャイニーズ料理なのだろうが、やはり海を一つ隔てると全く違うらしい。
日本の、島国と言う物理的な閉鎖環境が、文化を独自に変容させていった結果なのだろう。
始まりは、ふとしたものだった。
いや、あまりにも食事に関心がない彼女のせいかもしれない。
これは彼らの、彼女の食事に関する観察記録である。
最初は、緊張と慣れない土地での見知らぬ食事に対する不安のせいかと思った。
「はっ!すまない!シオン。昼食のことをすっかり忘れていた」
「大丈夫ですよ、教授」
床に積みあがっていた本を本棚へと戻してくれていたシオンが、そう言って苦笑した。
シオンを連れだってカレッジの食堂へと案内すると、彼女は物珍しげにきょろきょろと辺りを見回す。
「こういう所は、初めてかい?」
「……はい。私が通ってた高校にも食堂はありましたけど、全然違うので」
少し不安げなシオンに安心させるように軽く頭を撫で、二人で注文をした後、彼女がショルダーバックから財布を取り出した――その中身が見えて慌てて掴んで閉めさせた。
「きょ、教授……?」
「……シオン、それはしまいなさい」
「えっ、でも……」
「頼むから、しまいなさい」
何が何だか全く分からないと言わんばかりの顔をしながら渋々財布をしまったシオンに、思わず安堵の息を漏らした。
ロイが帰ってきたら、真っ先に説教をしなければ。
会計を済ませ、注文した物を受け取って、少し奥の方のテーブルへ。
席に着いてから、改めてシオンに財布を出すように言った。
中身を確認させてもらった私は、見間違いでは無かった事に大きく溜息を吐いた。
不安そうな表情のシオンに、大丈夫と返す。
「君が悪いわけではないんだ。これはロイの責任だからね。帰ってきたらきつく言っておくよ」
「……はあ」
よく分からないと言いたげに曖昧な返事がシオンの口から零れ、私はそこでようやく違和感に気づいた。
「もしかして、シオン。お金の種類をロイから教えてもらっていないのかい?」
「………はい」
少し目を泳がせてから申し訳なさそうに俯いて肯定した彼女に、私はこめかみを手で押さえた。
ロイに一発かましたい気分になった。
どうやら彼は、ロンドンでの生活の説明全てを私に丸投げしたらしい。
シオンはまともな説明もなく、私の所へと行かされたのだ。
思わず漏れた溜息に、シオンがすみません……とどこか泣きそうな声で謝るのが聞こえ、私は慌てて首を振って笑みを浮かべた。
「君のせいじゃない。これは全部、ロイのせいだからね――帰ってくるのが、楽しみだよ」
それから私は、シオンに貨幣単価を教え、彼女の財布の中身が一般的にはそれなりに大金に分類されることも説明した。
そのせいで、彼女が暫く怯えたような感じになってしまったのは申し訳なく思う。
それもこれも、ロイがこれほどの大金――私の月給の半分ほど――を財布に入れて渡したせいだ。
それから三日ほどが経ち、シオンもそれなりに慣れてきた頃の相変わらず遅い昼食。
サンドイッチを食べる彼女を見て小動物みたいだなと思いながら、不意に気付いたことを口にする。
「量は足りているのかい?」
突然の質問に、シオンは咀嚼しながら今食べているサンドイッチに目を落とし、それから頷いた。
「……足りますけど」
「いつもサンドイッチと紅茶だけしか頼まないからね。少し気になったんだ。君ぐらいの歳なら、もう少し食べるべきだと思うのだが……小食だったりするのかい?」
不思議そうな顔をするシオンに、更に重ねてそう質問すると彼女は考えるように視線を巡らせて、首を横に振った。
「小食、というわけではないんですけど……あまり、お腹が空かなくて」
そう言って、シオンは苦笑を漏らす。
おそらく食欲が湧かないのは、突然変わった生活環境の変化に精神が参っているせいかもしれない。
食べられているだけ、まだ良い方なのだろう。
彼女が食べ慣れている日本食を出す店があれば連れて行ってやりたいところだが、あいにくとそういった店はイギリスにはまだない。
近いところでチャイニーズ料理なのだろうが、やはり海を一つ隔てると全く違うらしい。
日本の、島国と言う物理的な閉鎖環境が、文化を独自に変容させていった結果なのだろう。
1/5ページ