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暁月編


キャンプ・ドラゴンヘッドから北西に進んだ、皇都イシュガルドを臨むことのできる丘。


「やっぱり、晴れててもここは寒いね」


 黒いチョコボから降りたアウラの女性は目前の墓標に向かって微笑みかけた。返事も反応もない独り言だが、女性は満足そうに一つ頷くと墓標の前に腰を下ろす。
 もしここにほかの人間がいれば、彼女がかの“暁”の英雄、終末を退けた光の戦士であるとすぐに気づいただろう。しかしいま彼女の近くに人間はおらず、彼女と、彼女の連れたフェアリー、そしてドラゴンパピーのミニオンだけがこの場所にとどまっている。この二体だけが彼女が許した墓参りの同行者だった。


「君がいたら、きっと暁のみんなと同じように隣で戦っていてくれたんだろうね」


 墓標に積もる雪を軽く払う。じんわりとした冷たさが指先から体の中心へ移動していった。

 彼に手を取られた時は逆だったな、と思う。
 筋肉質だったからなのか、彼の性格が肉体にも表れていたからなのか、はたまたその両方なのかは定かではない。ただ、いつでも彼の手は驚くほど暖かかった。優しい熱が体中を巡るたび、不思議と何でもできそうな気がしたものだ。ひとつひとつの細胞までもが勇気と喜びに満ちるような力強い感覚だった。
 彼——彼女の盟友であるオルシュファン・グレイストーン——は、本当にあたたかな男だった。
 彼のあたたかさは失意のどん底にいたアルフィノを掬い上げ、突然のことに怯えるタタルを勇気づけ、そんな二人をなんとしてでも守らねばと強張っていた彼女の心を溶かした。あの因縁の祝賀会の後に彼がいなければ自分はどうなっていただろうか……と、考えるだけでも恐ろしい。


——その曇りなき心を、今度は私が守るとしよう。お前もまた、大切な友なのだから。


 なんでもないことのように、しかし溌剌と放たれた言葉にどれほど救われたか。凍えるこのクルザスの地を行き、キャンプ・ドラゴンヘッドに迎え入れられたときどれほど安堵したか。英雄と持ち上げられただけでも困惑していたのに謀略によって身に覚えのない罪で大罪人と謗られた我が身を、それでも一人の冒険者として……否、友として扱ってくれたことでどれほど心が軽くなったか。
 彼女は生まれもあってオルシュファンの言葉にそれほど多くを返したわけではない——彼女の出身部族は、言葉が嘘の温床であるという信条を持つ——が、彼はそれすら理解していたのだろうか。彼女の一挙手一投足から彼女の思いをくみ取っては、いつも嬉しそうに笑っていたものである。

 彼と共に歩むのだと信じて疑わなかったし、口には出さなかったものの、救われた分救い返すのだと心に固く誓っていた。
 残念ながら、それは叶わなかったけれど。


「君がいなくなって、もう三年になるか。前に来てからは……あれ、半年以上空いたかな。愛想がなくて申し訳ない」


 女性は苦笑する。激動の最中にあったとはいえ、一時期のように頻繁にここに来ることもほとんどなくなってしまった。
 あの時は酷かったなあと、かつての自分を思い返してまた笑う。信頼できる友を喪った悲しみで、前を向いてやみくもに進まなければ今にも膝から崩れ落ちてしまいそうだった。復讐と、逆襲の念だけが常にあった。臓物全てが煮えてしまいそうなその感情を、まだ少女だった彼女はもてあましていた。


「アルフィノもね、もうずいぶんと立派になって。彼のほうがまめだから、ここにも来たかな。今度からアリゼーと一緒にガレマルドへ復興支援に行くんだよ」


 そんな自分を救い返してくれた、まだ幼さの残る面立ちの友を思う。つい先日の最果てでの一件で酷く心配させてしまったようで、彼はまだ彼女に対して「どこに行くのか、行くならいつごろ帰るのか」を問うてくる。それこそ他の暁の面々が苦笑するような保護者然とした態度は、オルシュファンがいたころとは随分様変わりしていた。しかしそれもしっくりくるようになったな、というのが彼女の率直な感想だ。かつては彼女が一方的に守る側にいたこともあったが、今は互いに背を預け合えるような、そんな関係である。オルシュファンが今のアルフィノを見たらさぞ喜ぶだろう。もしかしたらかつて、彼女に行ったような賛美の言葉が飛び出すかもしれない。

 それを見たかった、と思う。言葉を尽くして褒めちぎるオルシュファンと照れながらも得意げに胸を張るアルフィノ、それを見て茶化すアリゼーに、呆れながらも笑うエスティニアン。ヤ・シュトラやウリエンジェ、サンクレッドはそれを遠巻きに見て微笑み、グ・ラハなら「さすが銀剣の!」と興奮したに違いない。タタルとクルルはあの日オルシュファンが雪の家で入れてくれたような飲み物を用意してくれるのではないだろうか。そんな甘やかな幸福は容易に想像ができた。

 けれど、とも思う。きっとその日々が実現していたら、彼女たちの旅路はきっと途中で毀たれていただろう。ニーズヘッグの怨念に飲まれたエスティニアンを救うことはできなかったかもしれない。道半ばで迷ったとき、指針なくては何も選べなかったかもしれない。
 彼を喪った痛みは、確かに彼女の旅路を切り開き、彼女の力になっていた。それはあまりにも冷たく寂しい、それでいてあたたかで力強い力だった。


「……アイティオンでもありがとうね」


 そして、ハイデリンに会うために向かったエーテル渦巻くその地で、彼女は確かに会った。姿がなくともすぐに分かった。だって、あのあたたかな気配を忘れることなどあるはずもないのだから。肩を抱かれ、力強く背中を押される感覚があった。まさしく負の思いなど恐るるに足らず、彼や先に逝った仲間たちの思いに背を押された彼女は向かうところ敵なし。怨念たちを打ち倒し、ハイデリンに相見え、見事終末に対する起死回生の一手を得たのだ。

 そして。彼女は仲間と共に終末を完全に退け、こうして帰ってきた。別枠として盛大な殺し合いをした結果、瀕死の重傷を負って暁の面々に本気で叱られはしたが、まあ概ね無事と言って差し支えあるまい。
 いつもより長めの療養期間ののち、やっと外出許可が出た。退屈と、心配交じりに叱られる居心地悪さで気が狂いそうになっていたので、彼女は半ば逃げるようにして病室を後にし、ここにたどり着いたのである。きっと仲間たちはここにくると言えば何も言わなくなっただろうが、彼女はそれを望んでいるわけではなかった。ただいつも通りの外出の一環としてここに来たかったのだ。


「友だちのところに行くだけなのに、変に気を遣わせるのも、ねえ」


 とん、ともう一度墓標をつつく。まったくだな、と笑う声が聞こえてくるようだ。彼の低く柔らかな声は彼女の角によく馴染んだ。


「まあ、でも確かに病み上がりには変わりないし。そもそもあんまりここに頻繁にきていたら、君のことだから星海を離れられなくなりそうだし……そろそろお暇しようかな」


 立ち上がれば彼女から少し離れたところを飛んでいたフェアリーとドラゴンパピーはそれに気づいたのか、近くに戻ってくる。二体を軽く撫でて、女性は高らかにホイッスルを吹いた。十数秒、音に応えるようにして黒羽根のチョコボが彼女の前に降り立つ。彼の首元に手をやり叩いてやると、黒チョコボは気持ちよさそうに嘴を鳴らした。


「うん、今日は久しぶりにフォルタン家に寄せてもらおうか。エマネランにはオールド・シャーレアンでも会ってたけど、エドモン様とアルトアレールにはご無沙汰だもんね」


 そう言えば彼女の言葉を理解したのか、黒チョコボは女性が乗りやすいように身をかがめた。ありがとう、と一言告げて背に乗れば、高らかにひと鳴きして飛び立つ姿勢を取る。
 ぐぅんと強い力が一瞬かかったのち、女性を乗せた黒チョコボはクルザスの空に飛びあがった。墓標のある美しい雪の丘がみるみる遠ざかっていく。


「フォルタン家に行った後は何をしようか。久しぶりにギラバニアのほうに行く? 里帰りを兼ねて東方でもいいかな。第一世界においしいものを食べに行くのも捨てがたいね。……ちょっと癪だけど、彼の言ってた未踏の地を探しに行くって手もあるか」


 次々と計画を立てていくと、自然と笑みがこぼれる。ああしようこうしようと考えて心が弾むのは、やはり彼女が冒険者だからだろうか。


——ああ、やはりお前は、笑顔がイイな!


 ふと、風の中にそんな声が響いた気がした。
 女性は僅かに目を見開き。


「……ええ、そうでしょ!」


 遥か蒼天の先にいるであろう友に、とびきりの笑顔を返して見せたのだった。


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