執拗い苦味
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自分の嘘で煙管を吸う羽目になる
軽く扉を叩くと中にいる人物が短く返事をした。
「万斉さんに頼まれてたもの持ってきました」
「ああ」
ゆっくり扉を開けると窓際の壁に背を預けながら煙管を吸う晋助さんの姿。頼まれていた書類を見やすいようにと机の上に並べながら、綺麗な着物を身にまとい特に何かがあるわけでもない窓の外を眺めている横顔をちらりと盗み見た。
今日もかっこいいなぁ。最初は憧れとか尊敬とかそういう意味でかっこいいと慕っていたのに、気付いたらまた違う意味で目で追うようになっていた。
「まだ用か」
書類を並べ終えたままつい見惚れていると、動かずにいた私を不審に思ってかこちらを見ながら晋助さんは低く声をかけてきた。
「あ、えっと⋯特には⋯⋯」
やばいやばいどうしよう見惚れてましたなんて言えるわけがない。どう考えても不自然過ぎるほど顔を見つめてしまった。なんでもないです、と言葉を続けても晋助さんは何かを言うわけでもなくただ静かに私を見たまま。
なんでもないなんて明らかに嘘だとバレてる、ふっと目を細めた晋助さんを見ればそんなことすぐにわかって肩がぴくりと跳ねた。
「⋯⋯そ、その⋯煙管おいしそうですね⋯みたいな⋯」
引き攣る顔でなんとか笑顔を浮かべながら、たっぷり時間をかけて苦し紛れについた新しい嘘は自分でも意味がわからなかった。
美味しそうって何だ!ただでさえ不審に思われてるはずなのに馬鹿なのか私は!
「いや!違うんですッ!!!」
ひたひたと変な汗が背筋を冷やしていく。とにかくこれ以上状況が悪化しないように、どうにかして訂正しなきゃと正常に働いていない頭をフル回転させて打開策を考えていると、一歩ずつこちらに近付いてくる晋助さん。
いやチョット待ってまだ策が見つかってないんですって!
晋助さんが一歩近付いて来る度に、できる限りの笑顔を向けながら一歩後ろに下がる私。一進一退の攻防を繰り返していれば当たり前に私の退路は限られてしまい、とんっと背中に冷たい壁が触れる。
そんな私を見て口元をゆるりと釣り上げた晋助さんは私の目の前で足を止めると、ククと喉を低く鳴らしながら愉しそうに目を細めてすっと煙管を前に出した。
「⋯⋯⋯⋯え?」
「うまそうなんだろ?」
ほら、と前へ出された煙管と私を見下ろす晋助さんを交互に見て、⋯いや嘘でしょ、と違う意味で背筋が冷えていく中ぎこちなく晋助さんを見上げるとそれはもう随分と愉しそうなお顔でいらっしゃるじゃないですか。そんな顔されたら今更嘘なんて口が裂けても言えないじゃないですか。
「⋯⋯い、頂きます⋯」
覚悟を決めて声に出ていたかどうか怪しいレベルの小ささで言葉を伝えてから、震える手を煙管へと伸ばした。晋助さんの煙管、正直今はその事よりも晋助さんから伝わってくる重ったるい圧と数分前に墓穴を掘った自分の嘘から早く解放されたくて、掴んだ煙管を口に咥えて一呼吸分の空気を吸い込んでみた。
「けほっ、けほっ」
僅かに熱の篭る空気は気道を通るとその煙たさと苦さから喉が拒絶するように咳を促した。
片手で口元を覆って「すみません」と咳の合間に伝えて晋助さんの手に煙管を返しながら、今まで味わったことの無い苦味と咳で痛む喉が顔を歪めて眉間に皺を増やしていく。
「ハッ、うまかったか?」
全部わかってたみたいに愉しそうに喉を鳴らして、煙管を吸うと少し上を向いて煙を吐いた晋助さん。
美味しさなんてこれっぽっちも感じなくて、顔をブンブン横に振ると機嫌の良さそうな晋助さんは相変わらず愉しそうに私を見ていた。
しばらくそのままでいれば自然と咳も落ち着いた。
「⋯あ、あの、そろそろ戻りますね⋯⋯」
今度こそ正直に言葉を伝えると、あぁと短く答えた晋助さんに内心ホッとした。が、その返事は何だったのか目の前から一歩も動かない晋助さんは私を見下ろしたままでいる。
「⋯⋯あの⋯」
何かしたっけ?と思いながら恐る恐る晋助さんの表情を伺うためにゆっくり顔を上げた。
私を見下ろしているからか少しだけ伏せられた目は先程感じた圧なんてもう纏ってなくて、ただ真っ直ぐに私を見下ろす綺麗な顔がそこにあった。あまりに綺麗で、一瞬息が止まったような気がした。
「俺はこっちのがうめーと思うけどなァ」
落ち着いた低い声が静かに耳に響くと左頬にひんやりとした手が添えられて肩が小さく震えた。今まで感じたことの無い近さで晋助さんを感じて、心臓がばくばくと張り裂けそうに煩くなる。
左頬に添えられた手は流れるように輪郭をゆるりと滑ると、今度は下唇を指で軽く押し付けながら上をなぞっていく動きが妙に色っぽくて、心臓に負荷をかけていく。
「試してみるか?」
「⋯⋯むむむむりです!!!!」
目の前の隻眼に見つめられていると逃げられなくなりそうで、キュッと目をつぶって晋助さんの胸を軽く押すと簡単に隙間が広くなった。そのまま晋助さんの部屋から飛び出して扉を閉めることも忘れて一目散に自室に向かった。
部屋に入るなり勢いよく扉を閉めて、呼吸の乱れから上下に動く肩を抑えるように両腕を抱えながら扉に背中をつけて、崩れ落ちるようにその場にへたれこんだ。
「はっ⋯はっ⋯」
不格好に呼吸しながら先程の晋助さんの表情と言葉を思い出しては、心臓が張り裂けないように腕ごと体を強く抱えて自分の唇に指をあてると驚く程に熱があった。
それがなんだか恥ずかしくて悔しくて、抱えきれない感情が溢れて声が出ないように下唇を噛むとまだほんのりと口内に残る苦味がやけに甘く感じた。
一方、窓際で煙管を嗜む高杉は「嫌」ではなく「無理」と言った名前を思い、あの反応からすれば次はそう遠くもないだろうと口元をゆるりと歪めて煙を吐いていた。
2022.7.23
軽く扉を叩くと中にいる人物が短く返事をした。
「万斉さんに頼まれてたもの持ってきました」
「ああ」
ゆっくり扉を開けると窓際の壁に背を預けながら煙管を吸う晋助さんの姿。頼まれていた書類を見やすいようにと机の上に並べながら、綺麗な着物を身にまとい特に何かがあるわけでもない窓の外を眺めている横顔をちらりと盗み見た。
今日もかっこいいなぁ。最初は憧れとか尊敬とかそういう意味でかっこいいと慕っていたのに、気付いたらまた違う意味で目で追うようになっていた。
「まだ用か」
書類を並べ終えたままつい見惚れていると、動かずにいた私を不審に思ってかこちらを見ながら晋助さんは低く声をかけてきた。
「あ、えっと⋯特には⋯⋯」
やばいやばいどうしよう見惚れてましたなんて言えるわけがない。どう考えても不自然過ぎるほど顔を見つめてしまった。なんでもないです、と言葉を続けても晋助さんは何かを言うわけでもなくただ静かに私を見たまま。
なんでもないなんて明らかに嘘だとバレてる、ふっと目を細めた晋助さんを見ればそんなことすぐにわかって肩がぴくりと跳ねた。
「⋯⋯そ、その⋯煙管おいしそうですね⋯みたいな⋯」
引き攣る顔でなんとか笑顔を浮かべながら、たっぷり時間をかけて苦し紛れについた新しい嘘は自分でも意味がわからなかった。
美味しそうって何だ!ただでさえ不審に思われてるはずなのに馬鹿なのか私は!
「いや!違うんですッ!!!」
ひたひたと変な汗が背筋を冷やしていく。とにかくこれ以上状況が悪化しないように、どうにかして訂正しなきゃと正常に働いていない頭をフル回転させて打開策を考えていると、一歩ずつこちらに近付いてくる晋助さん。
いやチョット待ってまだ策が見つかってないんですって!
晋助さんが一歩近付いて来る度に、できる限りの笑顔を向けながら一歩後ろに下がる私。一進一退の攻防を繰り返していれば当たり前に私の退路は限られてしまい、とんっと背中に冷たい壁が触れる。
そんな私を見て口元をゆるりと釣り上げた晋助さんは私の目の前で足を止めると、ククと喉を低く鳴らしながら愉しそうに目を細めてすっと煙管を前に出した。
「⋯⋯⋯⋯え?」
「うまそうなんだろ?」
ほら、と前へ出された煙管と私を見下ろす晋助さんを交互に見て、⋯いや嘘でしょ、と違う意味で背筋が冷えていく中ぎこちなく晋助さんを見上げるとそれはもう随分と愉しそうなお顔でいらっしゃるじゃないですか。そんな顔されたら今更嘘なんて口が裂けても言えないじゃないですか。
「⋯⋯い、頂きます⋯」
覚悟を決めて声に出ていたかどうか怪しいレベルの小ささで言葉を伝えてから、震える手を煙管へと伸ばした。晋助さんの煙管、正直今はその事よりも晋助さんから伝わってくる重ったるい圧と数分前に墓穴を掘った自分の嘘から早く解放されたくて、掴んだ煙管を口に咥えて一呼吸分の空気を吸い込んでみた。
「けほっ、けほっ」
僅かに熱の篭る空気は気道を通るとその煙たさと苦さから喉が拒絶するように咳を促した。
片手で口元を覆って「すみません」と咳の合間に伝えて晋助さんの手に煙管を返しながら、今まで味わったことの無い苦味と咳で痛む喉が顔を歪めて眉間に皺を増やしていく。
「ハッ、うまかったか?」
全部わかってたみたいに愉しそうに喉を鳴らして、煙管を吸うと少し上を向いて煙を吐いた晋助さん。
美味しさなんてこれっぽっちも感じなくて、顔をブンブン横に振ると機嫌の良さそうな晋助さんは相変わらず愉しそうに私を見ていた。
しばらくそのままでいれば自然と咳も落ち着いた。
「⋯あ、あの、そろそろ戻りますね⋯⋯」
今度こそ正直に言葉を伝えると、あぁと短く答えた晋助さんに内心ホッとした。が、その返事は何だったのか目の前から一歩も動かない晋助さんは私を見下ろしたままでいる。
「⋯⋯あの⋯」
何かしたっけ?と思いながら恐る恐る晋助さんの表情を伺うためにゆっくり顔を上げた。
私を見下ろしているからか少しだけ伏せられた目は先程感じた圧なんてもう纏ってなくて、ただ真っ直ぐに私を見下ろす綺麗な顔がそこにあった。あまりに綺麗で、一瞬息が止まったような気がした。
「俺はこっちのがうめーと思うけどなァ」
落ち着いた低い声が静かに耳に響くと左頬にひんやりとした手が添えられて肩が小さく震えた。今まで感じたことの無い近さで晋助さんを感じて、心臓がばくばくと張り裂けそうに煩くなる。
左頬に添えられた手は流れるように輪郭をゆるりと滑ると、今度は下唇を指で軽く押し付けながら上をなぞっていく動きが妙に色っぽくて、心臓に負荷をかけていく。
「試してみるか?」
「⋯⋯むむむむりです!!!!」
目の前の隻眼に見つめられていると逃げられなくなりそうで、キュッと目をつぶって晋助さんの胸を軽く押すと簡単に隙間が広くなった。そのまま晋助さんの部屋から飛び出して扉を閉めることも忘れて一目散に自室に向かった。
部屋に入るなり勢いよく扉を閉めて、呼吸の乱れから上下に動く肩を抑えるように両腕を抱えながら扉に背中をつけて、崩れ落ちるようにその場にへたれこんだ。
「はっ⋯はっ⋯」
不格好に呼吸しながら先程の晋助さんの表情と言葉を思い出しては、心臓が張り裂けないように腕ごと体を強く抱えて自分の唇に指をあてると驚く程に熱があった。
それがなんだか恥ずかしくて悔しくて、抱えきれない感情が溢れて声が出ないように下唇を噛むとまだほんのりと口内に残る苦味がやけに甘く感じた。
一方、窓際で煙管を嗜む高杉は「嫌」ではなく「無理」と言った名前を思い、あの反応からすれば次はそう遠くもないだろうと口元をゆるりと歪めて煙を吐いていた。
2022.7.23
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