夏の約束
名前設定
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やけに輪郭がはっきりとした雲がモクモクと空を飾り始める季節。
名前は毎年数日間、家族そろって里帰りのため普段生活している土地から少し離れた場所を訪れていた。
毎年ちょっとした祭りがある日を狙って帰省していた。
浴衣を着せてもらって、おしゃれをして、不慣れな土地の祭りに足を運ぶのが名前にとって毎年恒例の小さな楽しみの一つになっていた。
普段なら買わないだろうわたあめだって祭りという付加価値が上乗せされた値段をポンと出してしまうくらい。
日頃触れる機会なんて無い射的、結果はわかりきっているのに何故かほんの少し自信が湧いて挑んでしまうくらい。
きっといくつになっても心が躍る空気を浴びながら名前はわたあめ片手に少し道から逸れた場所へ向かった。
祭りのために示された道から外れて、少し不安定な小道を進んだところの突き当り。
小さな池のある場所に辿り着くと大きな腰掛石のようなところにハンカチを敷いて腰を下ろした名前。
名前も知らない花がちらほら咲き、名前の知らない虫の音が響く場所。
控えめな喧騒を纏った屋台の灯りが少し遠くを照らしている。
「その様子じゃ、今年もどうせ俺の勝ちか」
ジャリ、と地面を踏む音が近くで聞こえた名前は後ろを振り返る、よりも少し早く既に隣まで来ていた土方は少し間を空けて名前の隣に腰を下ろした。
「仕方ないじゃん、年に一回しかチャンスがないもん」
「そりゃあ俺だって同じだろ」
視線を土方へ向けた名前。
恥ずかしそうに頬を赤らめた名前とは違い、射的で獲れたであろう戦利品の小さなぬいぐるみを片手でトントンと弾ませている土方。
名前と土方は毎年このお祭りの日だけこうして会っていた。
慣れない土地で道に迷った幼い名前が不安の中で偶然ここを見つけたのが始まりだった。
大きな目をした男の子を探していた幼い土方が偶然そこへ来ると、今にも泣きだしそうな名前を見つけた。
そのままその場を離れることが出来なかった土方は、道に迷った名前を屋台が並ぶ場所まで連れて行って。
「またね!」
親に手を引かれながら振り返り際再会を約束した名前は毎年、この賑やかな日に同じ場所を訪れた。
帰省中、同年代の顔見知りがいない名前にとっては唯一少しだけ交流を持てた存在。
一年前の約束とも呼べない約束、それでも名前にとっては帰省中の特別な一日。
それから毎年、祭りが催される日の夜は二つの背中が並んでいた。
「また今年も名前聞けないや」
「自分で言ったんだろ、射的に勝ったら名前教えろって」
「こんなに難しいって知らなかったよ」
ぱくっと名前がわたあめを一口かじると唇の熱がじりじりと甘い縁を固くする。
口の中に入る頃には溶けた糖に変わるそれ、甘ったるい風味が名前の口を満たしていく。
勝負の結果に不服なのか、それとも単に甘さにやられたのか。
気付かれないように目線を向けた名前の頬がわずかに膨れていて、土方はつい漏れてしまった様子で笑みをこぼした。
「⋯⋯」
土方が動くたびに、笑うたびに、一本にまとめられた髪が僅かな体の動きに反応してふわりと動く。
最初は子供ながらに年に一度だけ会える特別な友達、と感じていた男の子が、今じゃ表情一つで名前の胸をさわさわと騒がしくさせる存在になっていた。
身長、声、雰囲気。
会うたびに記憶を上書きしていく。
「来年頑張るんだな」
砕けた姿勢の土方は、まるで来年も教える瞬間は来ないだろうと言いたげに少し悪戯な表情で名前を見た。
名前の胸を刺激するには十分過ぎる笑顔。
「⋯そ、そんな事言えるのも、今だけだからっ」
恥ずかしさを誤魔化すために名前はわたあめに口元を寄せる。
色によって甘さなんて変わるはずないわたあめは、先程よりも随分甘く感じた。
「⋯⋯名前⋯おい、名前」
久しぶりに随分と懐かしい夢を見ていた名前を起こす声。
「ん~⋯」
「そろそろ寝るぞ」
ついソファに座りながら寝てしまっていた名前。
辛うじて聞こえる程度に抑えられたテレビの音を聞きながら顔を上げ、口元を緩めた名前は再び頭を倒し体を預けた。
「今ね、すごい昔の夢を見てたの。
一年に一度、私を煩わせてた人の夢」
最後に見てた番組とはガラリと内容が変わっている画面を見つめながらぽつりと呟いた。
「あの頃の私に伝えてあげたいな。
射的じゃ勝てないから、金魚すくいにしなよって」
「金魚すくいも下手だろ」
「でも金魚すくいならちょっと慌てるあなたが見れるから」
「⋯⋯」
隣で名前を支えていた土方は、顔を背け名前を小突いた。
25.7.11
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