酔余を覚える
名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夜の甲板。
大きな仕事を終えた時や眠れない時、解決策が見つからない時。
要は口実なんて二の次で、ただ外に出る理由を見つけてはグラス一杯の酒と煙草を手に、名前は今日も外の空気を吸いに来た。
「いたんだ」
その日は珍しく先客がいた。
派手な着物、僅かに漂う煙管特有の甘い香り。
「晋助」
高杉が名前を振り返ることも声に対してなにか言葉を返すことも無い。
名前はそれをわかっていて声をかけ、高杉の隣に並ぶと姿勢を低くしその場にしゃがんだ。
コツっと音を立てて手にしていたグラスを地面に置き、慣れた手つきで煙草を一本咥えると先端を手で覆いながら火をつける。
一口目は強めに深く吸い込むのが名前の癖。
煙草の先端は瞬時にジリジリと赤く燃えるとすぐ勢いを弱め、その一瞬が過ぎると灰になる。
スーっと名前の口から吐かれる紫煙は、外気に触れ輪郭をぼかしながら外の空気に馴染んでいく。
高杉はその光景を眺めるのが好きだった。
手元にある火の灯りでポっと照らされる名前の俯いた顔や、フィルターに薄らと残る唇の色。
煙管とはまた別のにおいが名前の纏う香水と混じり合い鼻腔を掠めていくのだって同様に、高杉を夢中にさせた。
「帰ってくるの明日かと思ってた」
「そのつもりだったが、案外早く方がついてな」
「ふーん。
後で部屋、行っていい?」
「好きにしろ」
「素直に〝来て欲しい〟って言えばいいのに」
手元にある薄い携帯灰皿に煙草を数度押し当て、火種を消すとグラスを手に取り立ち上がった名前。
高さのあるヒールで足元を飾る名前の目線は高杉とほぼ同じ。
それから二人は特段なにかを話す訳でもなく、互いに並んだままキラキラと水面に反射する月明かりや朝を迎えるには早すぎる地平線を見つめていた。
時折聞こえるのは、名前がグラスを口元へ運ぶ時に氷とグラスとがぶつかりカランと響く軽い音くらい。
「これ万斉さんがくれたんだけど、飲みやすくて美味しい」
かと思えば唐突にその綺麗な口元を動かす名前。
グラスを高杉の前へ差し出し、ん、と氷を鳴らした。
「お前が貰ったんだろ」
「でもそれって晋助宛でもあるでしょ?」
その言葉を聞くなり目を細め口元に笑みを浮かべた高杉は名前からグラスを受け取り、月明かりにも似た薄い琥珀色に輝く酒を口へ含んだ。
口いっばいに広がるスモーキーな香りと舌に残る果物のような甘み。
喉を熱くさせる頃には鼻の奥へふわりと抜けていく感じが、どこか名前のようだと高杉は思った。
「癖になるな」
また一口。
酔余を覚えるには十分すぎる甘さ。
グラスを名前に渡すと、高杉は再び喉が乾かぬ内に自室へ戻った。
一人になった名前は暫く水面を見つめ、最後の一口を喉へ流し込んだ。
彼女もまた、一口目を飲んだその時から舌に残る苦味や甘みを感じ高杉を思い浮かべていた。
口に含むたび喉元を熱くさせるのは単に酒のせいか、それとも。
雫が滴るグラスを片手に名前が向かうのは幾度となく足を運んだ一室。
境界が曖昧になる部屋の前。
名前は部屋へ入ると、その答えを確かめるために扉を閉めた。
25.6.17
1/1ページ