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未亡人を好きになる
最近銀さんが週一で花を数本買ってくる。
玄関がほんの少し華やかになって明るい気持ちにならなくはないが、あの銀さんが毎週欠かさず新しい花を持ち帰っては自分で取り替えていた。
絶対おかしい。花を自分で買うような人じゃないのは僕だって神楽ちゃんだって知ってる。だから、もしかしたらどこかの女を引っ掛けて毎週貢がせてるんじゃないかと心配になった。
もちろんさすがにそんなこと銀さんはしないだろいけど、恋は盲目というし、銀さんのあれやこれやに気付かずに貢いでいる女性がいるなら、手遅れになる前に現実を伝えるべきではと僕なりに考えて、ある週末神楽ちゃんには内緒で銀さんをつけてみた。
「よぉ、また頼むわ」
「銀さん!こんにちは」
え?なんでこの人自分から花屋行ってんの?銀さんアンタ自分で花なんて買う人じゃないだろ!
つけられていると気付いていない銀さんは慣れた足取りで近所の小さな花屋へ入っていった。中には可愛らしい女性が一人おり、女性は暫くすると綺麗に包まれた数本の黄色い花を銀さんに渡していた。
店先での会話以降、中に入ってしまったので会話は聞き取れないけど、女性は笑顔ですごく楽しそうに銀さんと話をしていて、そんな銀さんも楽しそうに⋯⋯⋯あァそういうことか。きっと目当ては花じゃなく、自分に笑顔を向けてくれる花のような女性だったんだ。
あんなに幸せそうな銀さんの表情、僕だってそう見たことないや。
僕は静かに来た道を戻った。
***
「最近どーよ」
「いつも通りですよ!」
目の前の女に惚れてた。柄にもなく毎週花を買いに来ちまうくらいにはどっぷりと。
名前も苗字しか知らない。苗字さん。小柄でエプロンと笑顔が似合う可愛らしい女性。沢山の花に囲まれながら笑顔を見せる姿がとても魅力的だった。
また頼むわ、といつもオススメの花を数本おまかせで包んでもらいながらその一連の動作を見逃すことなく目で追っていた。
「銀さんは変わりない?」
「なんもねーな」
「それは良かった⋯んですか?」
お仕事的にはよろしくない?と言う苗字さんは微笑みながら手際よく黄色い花を包むと、丁寧に抱えたそれを俺へと手渡した。
「彼女さんは喜んでくれてます?」
「だーから女じゃねえって!玄関に置いてんの!これでも人来ンだよ銀さんとこ」
「あらそうなんですか?銀さんモテそうなのに」
口元に手を添えてクスクスと可愛らしく笑う苗字さんにンな事ねーよと頭を搔きながら答えたが、そんな苗字さんへ気持ちを伝えることも花を贈ることも出来ない俺は、一番モテたい女からモテることは無理らしい。
たまに崩れる口調に少しは距離も縮まったかと期待しつつも、結局は客と店員というラインを越えることが出来ていない。
「また来るわ」
「いつもありがとうございます!また!」
苗字さんとの出会いは最悪だった。
「誰か!誰か⋯ッ!」
パチンコで思っていたより早くに金を使い果たした俺は、時間潰しにと普段通らない道をふらふらと歩いていた。
すると奥の方で、地面に座り込み男の頭を膝に乗せ泣きながら助けを求めている女を見かけた。近くには同じように倒れている人が何人かいて、どの人間からも流れ出る赤黒い液体が地面へ大きな染みを作っていた。
「おい!大丈⋯」
「夫を⋯夫を助けてください⋯」
近くに駆け寄り女の膝上へと横たわる男を見たが、誰が見ても既に手遅れな状態だった。呼吸をしているのかさえわからない。それでも女は男の傷に手を置きながら、俺を見て助けてくれと泣きながら震えた声で訴えていた。
俺は医者じゃない。命を護り時には奪うこともあったが、消えかけている命を救うことは出来ない。
しばらくして隊服を身に纏った連中が現れ、顔馴染みに話を聞けば「昼間から辻斬りでさァ」と今にも人を殺しそうな顔で言っていた。
それからまたしばらくして遺体が運ばれていく中、着物と腕を赤く染め事切れている男を抱えながら泣き続ける女の姿が脳裏に焼き付き離れなかった。
あれから数ヶ月経っても女を忘れることが出来なかったある日、その女を見かけた。店先に花を並べていた女は今にも泣きそうな顔をしていて、気付いたら「花くれ」と声をかけていた。
その日からほぼ毎週通い続け、この店は元々旦那がやっていた店だと聞いた。閉めるのも惜しいから代わりに続けていると。
「⋯あの時の方ですよね?ごめんなさい、ご迷惑かけて」
初めて花を買った帰り際にそう言った苗字さんは不器用に笑ってた。笑ってるっつーよりも泣いてる顔で笑顔を浮かべていた。
通い初めてから知ったのは、代わりに続けているという事と苗字さんという苗字だけ。
そんな俺は、不運として片付けるにはあまりに酷な出来事で旦那を失った苗字さんに惚れてた。
もう居ねぇ旦那を思って泣きそうになる顔を見る度になんとかしてやれたらと思ったが、きっとどんなやつだろうと代わりになんてなれやしないとどこかでわかっていた。苗字さんのそんな顔を見る度に、俺じゃ敵わねぇんだなと思い知らされる。
週末の数分間だけ。そのたった数分の間だけでも俺を向いてくれる苗字さんを今日も目で追いながら数本の花を受け取る。
「女じゃねーぞ」
「はいはい、もういじめるのはやめます」
また言われねえようにと先手を打てば数度目をぱちぱちと瞬きさせるとくすりと笑いながら「ごめんね」と控えめに笑う苗字さん。こういう顔を見る度に胸がさわさわして、俺は目の前の女に惚れているんだと自覚させられる。
なぁ旦那、俺こいつに惚れてんだわ。わかんだろ惚れる理由。
苗字しか知らない女の、名前も知らない旦那に向かって言いたい言葉を胸に抱えながら今日はほんの少し踏みだしてみた。
「次の休みいつだよ」
笑っていた苗字さんは俺を見つめると、ふっと目を細めてから「明日です」と答えた。
「⋯んじゃ明日も来っからよ、どっか行こーぜ」
返事を聞くのが怖くてそのまま背を向けて店を出た。
明日来て居ねぇなら別にそれはそれでいいと思いながらも、背中から聞こえた「はい!」という声。
明日は名前でも聞いてみっか、と口元には自然と笑みが浮かんだ。
2022.7.19
最近銀さんが週一で花を数本買ってくる。
玄関がほんの少し華やかになって明るい気持ちにならなくはないが、あの銀さんが毎週欠かさず新しい花を持ち帰っては自分で取り替えていた。
絶対おかしい。花を自分で買うような人じゃないのは僕だって神楽ちゃんだって知ってる。だから、もしかしたらどこかの女を引っ掛けて毎週貢がせてるんじゃないかと心配になった。
もちろんさすがにそんなこと銀さんはしないだろいけど、恋は盲目というし、銀さんのあれやこれやに気付かずに貢いでいる女性がいるなら、手遅れになる前に現実を伝えるべきではと僕なりに考えて、ある週末神楽ちゃんには内緒で銀さんをつけてみた。
「よぉ、また頼むわ」
「銀さん!こんにちは」
え?なんでこの人自分から花屋行ってんの?銀さんアンタ自分で花なんて買う人じゃないだろ!
つけられていると気付いていない銀さんは慣れた足取りで近所の小さな花屋へ入っていった。中には可愛らしい女性が一人おり、女性は暫くすると綺麗に包まれた数本の黄色い花を銀さんに渡していた。
店先での会話以降、中に入ってしまったので会話は聞き取れないけど、女性は笑顔ですごく楽しそうに銀さんと話をしていて、そんな銀さんも楽しそうに⋯⋯⋯あァそういうことか。きっと目当ては花じゃなく、自分に笑顔を向けてくれる花のような女性だったんだ。
あんなに幸せそうな銀さんの表情、僕だってそう見たことないや。
僕は静かに来た道を戻った。
***
「最近どーよ」
「いつも通りですよ!」
目の前の女に惚れてた。柄にもなく毎週花を買いに来ちまうくらいにはどっぷりと。
名前も苗字しか知らない。苗字さん。小柄でエプロンと笑顔が似合う可愛らしい女性。沢山の花に囲まれながら笑顔を見せる姿がとても魅力的だった。
また頼むわ、といつもオススメの花を数本おまかせで包んでもらいながらその一連の動作を見逃すことなく目で追っていた。
「銀さんは変わりない?」
「なんもねーな」
「それは良かった⋯んですか?」
お仕事的にはよろしくない?と言う苗字さんは微笑みながら手際よく黄色い花を包むと、丁寧に抱えたそれを俺へと手渡した。
「彼女さんは喜んでくれてます?」
「だーから女じゃねえって!玄関に置いてんの!これでも人来ンだよ銀さんとこ」
「あらそうなんですか?銀さんモテそうなのに」
口元に手を添えてクスクスと可愛らしく笑う苗字さんにンな事ねーよと頭を搔きながら答えたが、そんな苗字さんへ気持ちを伝えることも花を贈ることも出来ない俺は、一番モテたい女からモテることは無理らしい。
たまに崩れる口調に少しは距離も縮まったかと期待しつつも、結局は客と店員というラインを越えることが出来ていない。
「また来るわ」
「いつもありがとうございます!また!」
苗字さんとの出会いは最悪だった。
「誰か!誰か⋯ッ!」
パチンコで思っていたより早くに金を使い果たした俺は、時間潰しにと普段通らない道をふらふらと歩いていた。
すると奥の方で、地面に座り込み男の頭を膝に乗せ泣きながら助けを求めている女を見かけた。近くには同じように倒れている人が何人かいて、どの人間からも流れ出る赤黒い液体が地面へ大きな染みを作っていた。
「おい!大丈⋯」
「夫を⋯夫を助けてください⋯」
近くに駆け寄り女の膝上へと横たわる男を見たが、誰が見ても既に手遅れな状態だった。呼吸をしているのかさえわからない。それでも女は男の傷に手を置きながら、俺を見て助けてくれと泣きながら震えた声で訴えていた。
俺は医者じゃない。命を護り時には奪うこともあったが、消えかけている命を救うことは出来ない。
しばらくして隊服を身に纏った連中が現れ、顔馴染みに話を聞けば「昼間から辻斬りでさァ」と今にも人を殺しそうな顔で言っていた。
それからまたしばらくして遺体が運ばれていく中、着物と腕を赤く染め事切れている男を抱えながら泣き続ける女の姿が脳裏に焼き付き離れなかった。
あれから数ヶ月経っても女を忘れることが出来なかったある日、その女を見かけた。店先に花を並べていた女は今にも泣きそうな顔をしていて、気付いたら「花くれ」と声をかけていた。
その日からほぼ毎週通い続け、この店は元々旦那がやっていた店だと聞いた。閉めるのも惜しいから代わりに続けていると。
「⋯あの時の方ですよね?ごめんなさい、ご迷惑かけて」
初めて花を買った帰り際にそう言った苗字さんは不器用に笑ってた。笑ってるっつーよりも泣いてる顔で笑顔を浮かべていた。
通い初めてから知ったのは、代わりに続けているという事と苗字さんという苗字だけ。
そんな俺は、不運として片付けるにはあまりに酷な出来事で旦那を失った苗字さんに惚れてた。
もう居ねぇ旦那を思って泣きそうになる顔を見る度になんとかしてやれたらと思ったが、きっとどんなやつだろうと代わりになんてなれやしないとどこかでわかっていた。苗字さんのそんな顔を見る度に、俺じゃ敵わねぇんだなと思い知らされる。
週末の数分間だけ。そのたった数分の間だけでも俺を向いてくれる苗字さんを今日も目で追いながら数本の花を受け取る。
「女じゃねーぞ」
「はいはい、もういじめるのはやめます」
また言われねえようにと先手を打てば数度目をぱちぱちと瞬きさせるとくすりと笑いながら「ごめんね」と控えめに笑う苗字さん。こういう顔を見る度に胸がさわさわして、俺は目の前の女に惚れているんだと自覚させられる。
なぁ旦那、俺こいつに惚れてんだわ。わかんだろ惚れる理由。
苗字しか知らない女の、名前も知らない旦那に向かって言いたい言葉を胸に抱えながら今日はほんの少し踏みだしてみた。
「次の休みいつだよ」
笑っていた苗字さんは俺を見つめると、ふっと目を細めてから「明日です」と答えた。
「⋯んじゃ明日も来っからよ、どっか行こーぜ」
返事を聞くのが怖くてそのまま背を向けて店を出た。
明日来て居ねぇなら別にそれはそれでいいと思いながらも、背中から聞こえた「はい!」という声。
明日は名前でも聞いてみっか、と口元には自然と笑みが浮かんだ。
2022.7.19
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