誤算と僥倖
名前設定
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心配が尽きない土方さん。
「えー⋯」
つい数分前に届いたばかりの部屋着に袖を通し、けして広くはないワンルームの部屋の中で存在感を放つシンプルな姿見の前で不服そうな顔をしているのは部屋の住人である名前本人。
数日前、仕事の合間に眺めていた通販サイトでみかけた部屋着を購入した名前は届くのを楽しみにしていた。
けれど、いざ届いたそれは名前の眉間に浅くしわを作り鏡越しの自身を睨みつけてしまうほどサイズが大きかった。
仰向けにうなだれ溶けかけている可愛らしい犬のイラストが目を引くTシャツ。
カラーバリエーションも白やピンクや黄色といった淡く軽い色合いが揃っていて、レビューを確認し自分に合ったサイズだろうと注文したシャツは名前の身体に対し随分と大きく、襟の部分はある程度絞らなければインナーの肩にあたる部分が露わになってしまうほど。
また丈に関しても腰の上部辺りを想定していたそれは股下まで到達しそうなほど長く、オーバーサイズ過ぎるTシャツは名前の身体の大半を覆い隠してしまっていた。
よりによって展開されていた三色を一枚ずつ購入してしまった名前。
返品もしくはサイズの交換を、とスマホを取り出し問い合わせページを開いた名前だったが、あまり調べもせずデザインの可愛さと値段の安さに釣られ使用したサイトは返品またはサイズ交換といった対応の際に生じる送料は全額自己負担だった。
Tシャツ一枚の値段を上回る送料を目にした名前は、まあ部屋着だからと半ば諦め、残り二枚もビニールから取り出した。
それから数日。
特に予定もなく太陽の暑さに当たりたくなかった名前は扇風機を回し机の上に積まれたまま消化されずにいた本を読んでいると、部屋の中にインターホンの音が響いた。
「はーい」
何か届いたのかもしれないと特に確認もせずチェーンを外し玄関の扉を開けた名前を出迎えたのは、暑さで普段よりいくらか機嫌の悪そうに見える土方十四郎だった。
「あれ?土方さん?なんで?」
「⋯⋯⋯は?いや今日つったのお前だろ」
「え?⋯あー、え⋯?」
まるで覚えがないという様子で視線を外す名前を見ながら小さく溜息を吐いた土方は「いいから入れろ」と手に持っていたスーパーの袋を名前へ手渡すとその背中を軽く押し、玄関の中へ進み扉を閉め鍵をかけた。
「お前いつになったら覚えるんだよ」
「ほんとに私?私今日って言った?」
「言っただろ」
「覚えてません」
「おま⋯⋯なんだよその俺が勝手に来たのに何言ってんだこいつ、みたいな目、自分から誘ってきた奴が向けれる目じゃねえだろ」
二人の間柄を周知の人物達からすれば普段通りに感じる会話を繰り広げながら、台所に乗せられた袋から中身を取り出し流れるようその中身を冷蔵庫へ入れていく土方と、横に立ちながらスマホの予定表を開くと真偽を確かめている名前。
「これ?このマヨネーズの絵文字?」
「いや俺に聞くなよ、つーかそもそも俺との予定そんなんで覚えてんのかよ」
「だから覚えてないよ?」
「そういう意味じゃ⋯まあいい、ほらこれ持ってあっち行ってろ」
そういうと袋から取り出した一つのアイスを名前に渡した土方。
名前は自分が好むチョコミントを彷彿とさせる緑と茶が基調になったカップを見るなり嬉しそうに受け取ると小走りにすぐ隣の部屋へ向かっていった。
蓋を開けるとカップのデザインから想像した通りの中身が現れ、一層嬉しそうに小さなスプーンでほんのり柔く溶け始めていたアイスをすくい自身の口へ運んでいた名前。
暫くして二つのグラスを持ち部屋へやってきた土方はほぼ自身専用になりつつある座布団の上に腰を下ろし嬉しそうにアイスを食べている名前を眺めながら、名前用に用意しただろうオレンジジュースの注がれたグラスとは別の黒い液体が注がれたグラスを口へ運んだ。
とく、とく、と一口ずつコーヒーが喉を通る度に土方の喉元にある膨らみは上下する。
「土方さんも食べる?」
普段見かける隊服の姿だと殆ど見ることのできない土方の喉元。
オフの日だからこそ見ることのできるその喉仏が好きだった名前は一連の動作を眺めると、自身の二口分はあるだろう量をスプーンでいっぱいにすくい上げ土方の前に差し出した。
数度瞬きをした土方は一瞬固まりつつもその善意を受け取るよう顔を近付け、こんもりとスプーンの上に盛られたアイスをぺろりと平らげた。
「おいし?」
「甘ぇ」
「そう?ミントのスーって感じしない?スーって」
「あんまわかんねえな⋯それ溶ける前に食っちまえよ」
「はぁい」
若干の幼さを感じる反応をしながらも言われた通りせっせとその小さな口元へアイスを運び続ける名前。
その様子を隣で眺めている土方には、玄関の扉が開き名前が顔を覗かせた瞬間からずっと気になっていた事があった。
自身の胸元ほどの身長しかない名前が身に着けているTシャツ。
今まで見たことのないそれは随分と大きめのサイズなのか襟元が大きく開いていて、名前を見下ろす形で普段から視線を下げている土方からは鎖骨と襟元の間に開けた大きな隙間から普段は服の下に隠れている下着が遠慮なく見えてしまい、なんで?と言われ返答するまで時間を要したのはそれが原因でもあった。
さらに土方が気にしていたことがもう一つ。
女の一人住まいなのだからと日頃から玄関の扉を開ける前に覗き穴から一度相手を確認するように、出る際もチェーンをかけることを心掛けるようにと言っていた土方。
ところが名前は特に確認するわけでもなく不用心にチェーンを外し扉を開けていた。
もし自分じゃなかったら。
玄関で目にした名前の姿を想像しながら土方は重たい溜息を溢した。
そんなことには気付いてすらなさそうな名前はいつもと変わらずな様子で過ごしている。
現に今も、土方の横で膝を折りながらアイスを頬張る名前の襟元は大きく偏り片方の肩の大半が曝け出ている状態だ。
言うべきなのか、気付かぬふりを突き通すべきなのか、いくら付き合っているとはいえ女性の事に関してはほぼ初心者である土方が正しい答えを導き出すことはできなかった。
そんなこんなで時間だけが過ぎていき、気付けばお昼時。
冷やし中華でも作ろうと材料を買ってきていた土方は徐に立ち上がると、部屋を出てすぐにある台所へと向かった。
「何作るの?手伝うよ?」
冷蔵庫から必要なものを取り出しているといつの間にかすぐ後ろに立っていた名前が土方を見上げていた。
「冷や⋯」
言葉がすぐに途切れてしまう原因はまさに今目の前にある名前、の顔から少し下がり綺麗な鎖骨周辺を露わにしている大きな襟元。
けして豊富ではない胸元を覆う控えめな下着を不本意に二度も見てしまっている土方は大袈裟に顔を背けると、手伝いは必要ないと名前に伝えた。
けれど鍋に水を入れ火にかけた土方の横で、すでに出されていたきゅうりやハムや生麺を目にした名前は土方が作ろうとしているのが冷やし中華だと何となく察したようで、まな板を用意すると食材を細切りにし始めた。
「冷やし中華を考えた人って天才だよね」
土方の耳に届くのはタンタンと規則性のある軽やかな音。
それからは名前の言葉に対し適度に反応しながらも、等間隔に切られていく食材へ目を向けたり、自ら進んで茹で上がった麺を冷水で冷やす名前の指先へ目を向けたり、なにかと視線を送る場所に困っていた土方。
名前はそんな土方の気持ちなど知りもせず、昼食である冷やし中華が綺麗に盛られた二つの皿を持ちすぐそこの机へ向かった土方の後ろから彼の好物であるマヨネーズを片手に部屋へ戻ると、土方の前に置かれた皿の横に静かに置いた。
「いただきます」
高い声と低い声が綺麗に重なる正午過ぎ、身体の内側から涼しさを感じさせてくれる昼食を静かに食べ始めた二人。
一方は昼食を食べながら午後は何をするか考え、一方は意識的に目を向けずにいた名前を横目に今日一日どう乗り切るかだけを考えていた。
23.8.9
「えー⋯」
つい数分前に届いたばかりの部屋着に袖を通し、けして広くはないワンルームの部屋の中で存在感を放つシンプルな姿見の前で不服そうな顔をしているのは部屋の住人である名前本人。
数日前、仕事の合間に眺めていた通販サイトでみかけた部屋着を購入した名前は届くのを楽しみにしていた。
けれど、いざ届いたそれは名前の眉間に浅くしわを作り鏡越しの自身を睨みつけてしまうほどサイズが大きかった。
仰向けにうなだれ溶けかけている可愛らしい犬のイラストが目を引くTシャツ。
カラーバリエーションも白やピンクや黄色といった淡く軽い色合いが揃っていて、レビューを確認し自分に合ったサイズだろうと注文したシャツは名前の身体に対し随分と大きく、襟の部分はある程度絞らなければインナーの肩にあたる部分が露わになってしまうほど。
また丈に関しても腰の上部辺りを想定していたそれは股下まで到達しそうなほど長く、オーバーサイズ過ぎるTシャツは名前の身体の大半を覆い隠してしまっていた。
よりによって展開されていた三色を一枚ずつ購入してしまった名前。
返品もしくはサイズの交換を、とスマホを取り出し問い合わせページを開いた名前だったが、あまり調べもせずデザインの可愛さと値段の安さに釣られ使用したサイトは返品またはサイズ交換といった対応の際に生じる送料は全額自己負担だった。
Tシャツ一枚の値段を上回る送料を目にした名前は、まあ部屋着だからと半ば諦め、残り二枚もビニールから取り出した。
それから数日。
特に予定もなく太陽の暑さに当たりたくなかった名前は扇風機を回し机の上に積まれたまま消化されずにいた本を読んでいると、部屋の中にインターホンの音が響いた。
「はーい」
何か届いたのかもしれないと特に確認もせずチェーンを外し玄関の扉を開けた名前を出迎えたのは、暑さで普段よりいくらか機嫌の悪そうに見える土方十四郎だった。
「あれ?土方さん?なんで?」
「⋯⋯⋯は?いや今日つったのお前だろ」
「え?⋯あー、え⋯?」
まるで覚えがないという様子で視線を外す名前を見ながら小さく溜息を吐いた土方は「いいから入れろ」と手に持っていたスーパーの袋を名前へ手渡すとその背中を軽く押し、玄関の中へ進み扉を閉め鍵をかけた。
「お前いつになったら覚えるんだよ」
「ほんとに私?私今日って言った?」
「言っただろ」
「覚えてません」
「おま⋯⋯なんだよその俺が勝手に来たのに何言ってんだこいつ、みたいな目、自分から誘ってきた奴が向けれる目じゃねえだろ」
二人の間柄を周知の人物達からすれば普段通りに感じる会話を繰り広げながら、台所に乗せられた袋から中身を取り出し流れるようその中身を冷蔵庫へ入れていく土方と、横に立ちながらスマホの予定表を開くと真偽を確かめている名前。
「これ?このマヨネーズの絵文字?」
「いや俺に聞くなよ、つーかそもそも俺との予定そんなんで覚えてんのかよ」
「だから覚えてないよ?」
「そういう意味じゃ⋯まあいい、ほらこれ持ってあっち行ってろ」
そういうと袋から取り出した一つのアイスを名前に渡した土方。
名前は自分が好むチョコミントを彷彿とさせる緑と茶が基調になったカップを見るなり嬉しそうに受け取ると小走りにすぐ隣の部屋へ向かっていった。
蓋を開けるとカップのデザインから想像した通りの中身が現れ、一層嬉しそうに小さなスプーンでほんのり柔く溶け始めていたアイスをすくい自身の口へ運んでいた名前。
暫くして二つのグラスを持ち部屋へやってきた土方はほぼ自身専用になりつつある座布団の上に腰を下ろし嬉しそうにアイスを食べている名前を眺めながら、名前用に用意しただろうオレンジジュースの注がれたグラスとは別の黒い液体が注がれたグラスを口へ運んだ。
とく、とく、と一口ずつコーヒーが喉を通る度に土方の喉元にある膨らみは上下する。
「土方さんも食べる?」
普段見かける隊服の姿だと殆ど見ることのできない土方の喉元。
オフの日だからこそ見ることのできるその喉仏が好きだった名前は一連の動作を眺めると、自身の二口分はあるだろう量をスプーンでいっぱいにすくい上げ土方の前に差し出した。
数度瞬きをした土方は一瞬固まりつつもその善意を受け取るよう顔を近付け、こんもりとスプーンの上に盛られたアイスをぺろりと平らげた。
「おいし?」
「甘ぇ」
「そう?ミントのスーって感じしない?スーって」
「あんまわかんねえな⋯それ溶ける前に食っちまえよ」
「はぁい」
若干の幼さを感じる反応をしながらも言われた通りせっせとその小さな口元へアイスを運び続ける名前。
その様子を隣で眺めている土方には、玄関の扉が開き名前が顔を覗かせた瞬間からずっと気になっていた事があった。
自身の胸元ほどの身長しかない名前が身に着けているTシャツ。
今まで見たことのないそれは随分と大きめのサイズなのか襟元が大きく開いていて、名前を見下ろす形で普段から視線を下げている土方からは鎖骨と襟元の間に開けた大きな隙間から普段は服の下に隠れている下着が遠慮なく見えてしまい、なんで?と言われ返答するまで時間を要したのはそれが原因でもあった。
さらに土方が気にしていたことがもう一つ。
女の一人住まいなのだからと日頃から玄関の扉を開ける前に覗き穴から一度相手を確認するように、出る際もチェーンをかけることを心掛けるようにと言っていた土方。
ところが名前は特に確認するわけでもなく不用心にチェーンを外し扉を開けていた。
もし自分じゃなかったら。
玄関で目にした名前の姿を想像しながら土方は重たい溜息を溢した。
そんなことには気付いてすらなさそうな名前はいつもと変わらずな様子で過ごしている。
現に今も、土方の横で膝を折りながらアイスを頬張る名前の襟元は大きく偏り片方の肩の大半が曝け出ている状態だ。
言うべきなのか、気付かぬふりを突き通すべきなのか、いくら付き合っているとはいえ女性の事に関してはほぼ初心者である土方が正しい答えを導き出すことはできなかった。
そんなこんなで時間だけが過ぎていき、気付けばお昼時。
冷やし中華でも作ろうと材料を買ってきていた土方は徐に立ち上がると、部屋を出てすぐにある台所へと向かった。
「何作るの?手伝うよ?」
冷蔵庫から必要なものを取り出しているといつの間にかすぐ後ろに立っていた名前が土方を見上げていた。
「冷や⋯」
言葉がすぐに途切れてしまう原因はまさに今目の前にある名前、の顔から少し下がり綺麗な鎖骨周辺を露わにしている大きな襟元。
けして豊富ではない胸元を覆う控えめな下着を不本意に二度も見てしまっている土方は大袈裟に顔を背けると、手伝いは必要ないと名前に伝えた。
けれど鍋に水を入れ火にかけた土方の横で、すでに出されていたきゅうりやハムや生麺を目にした名前は土方が作ろうとしているのが冷やし中華だと何となく察したようで、まな板を用意すると食材を細切りにし始めた。
「冷やし中華を考えた人って天才だよね」
土方の耳に届くのはタンタンと規則性のある軽やかな音。
それからは名前の言葉に対し適度に反応しながらも、等間隔に切られていく食材へ目を向けたり、自ら進んで茹で上がった麺を冷水で冷やす名前の指先へ目を向けたり、なにかと視線を送る場所に困っていた土方。
名前はそんな土方の気持ちなど知りもせず、昼食である冷やし中華が綺麗に盛られた二つの皿を持ちすぐそこの机へ向かった土方の後ろから彼の好物であるマヨネーズを片手に部屋へ戻ると、土方の前に置かれた皿の横に静かに置いた。
「いただきます」
高い声と低い声が綺麗に重なる正午過ぎ、身体の内側から涼しさを感じさせてくれる昼食を静かに食べ始めた二人。
一方は昼食を食べながら午後は何をするか考え、一方は意識的に目を向けずにいた名前を横目に今日一日どう乗り切るかだけを考えていた。
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