土方誕生日2023
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HBD
〝遅くなる〟
いつもより時間と手間をかけて最後の料理を作り終えた頃ピロンという音と共に届いた淡白なメール。
その四文字の文面を見て手に持っていた箸を置いた私は、机の上に並べてある料理を見ないよう背を向けてから腕を伸ばし凝り固まっていた身体を解した。
自分に都合がいいように抱いていた期待ばかりが先行した結果が、机の上に並べられているいくつもの食器。
どこかでこうなるのは薄々気付いてたはずなのに。
そう思っていても僅かな希望があるならと今日の私は残業せず職場を出た。
勝手に膨れさせていたとはいえ、一度抱いた期待はそう簡単に萎んでくれることは無い。
出来たての料理が冷めてしまわぬように一つ一つ丁寧にラップで覆い始めると、熱の逃げ場を失ったことで次第に内側から白く曇っていきやがて中の料理が見えなくなった。
そりゃそうだ、十四郎さんが早く帰ってくることの方が珍しい。
例えその日が記念日でも、クリスマスでも、バレンタインでも、十四郎さんの誕生日でも。
そういう仕事熱心で周りの人の事を誰よりも考えているところがかっこよくて大好きだからこそ、寂しく思うことも多い。
〝気をつけてくださいね〟
本当は無理をしないでほしい。
本当はもっと気負わずにいてほしい。
本当はもっと。
沢山ある言いたい言葉を飲み込んで、指先を動かしその一言を送信した。
夏に向かっている季節とはいえ夜はまだ少し肌寒く感じる。
腕時計が示すのはまだ寝るには早い時間。
ホットコーヒーを注いだマグカップを持ちながらソファに深く腰掛け、目的もなくテレビを点けると普段見ることの無いバラエティが放送していた。
気付くと意識が薄れていて、上下する頭の沈みで目が覚めた。
テレビへ目を向けると、一人の時間を潰すには十分だった番組もあっという間にエンディングとなり出演者などの名前が横に流れていく。
あまり飲むことなくマグカップの中に残ってしまっているコーヒーは当たり前に冷えきっていて、いくつかのコマーシャルが流れたあとテレビに映ったのはお決まりの天気予報。
そろそろ寝ようかなと小さな欠伸をした時、静かな低音が玄関から聞こえてきた。
「おかえりなさい」
リビングの扉を開けて入ってきた待ち人は私を見るなり少しだけ驚きつつも、短く「あぁ」と返事をして後ろ手に扉を閉めた。
料理を温め直した頃シャワーを終えた十四郎さんが戻ってきて、いつもより少し遅めの晩御飯を食べようとご飯をよそっていた。
「名前」
すると後ろから聞こえた名前に振り返ると、思っていたより随分と近くに十四郎さんが立っていて少し驚いた。
「なんですか?」
「⋯⋯よ」
「え?」
後頭部へ手を添えながら目線をズラしもごもごと何かを言う十四郎さんがあまりに不自然で、そのほとんど聞こえてこない言葉を聞き返すとバツが悪そうにガツガツと頭を搔いた。
「だか⋯⋯これやるよ」
もう片方の手で差し出されたそれは、ブランドのロゴが刻まれた小さな紙袋だった。
ブランドに疎い私ですら聞いたことのある名前。
何かあったっけ?と思い返してみても今日は十四郎さんの誕生日ということだけで、他になにか特別な記念日ではなかったはず。
「⋯⋯私にですか⋯?」
「他に誰がいんだよ」
「それはそうですけど⋯」
明らかに高価なそれを受け取るべきか悩んでいると、無言で私の手を取った十四郎さんに押し付けられ半ば強引に受け取る形になってしまった。
「⋯見てもいいですか?」
「ああ」
さすがに目の前で渡されては中身を確認せずにはいられない。
紙袋の中から出てきた細長い箱。
慎重に箱を開けると、中には細いシルエットが上品さを醸し出す白を基調とした腕時計が収まっていた。
いつだったか、十四郎さんと出かけた時にふと見かけた腕時計があった。
値段も見ずただ漠然と通りすがりにチラリと眺め可愛いなと思った程度だった時計、その時計とどことなく似ている気がした。
「それ、だいぶ使ってんだろ」
十四郎さんを見上げると私の手首につけている腕時計を見つめてた。
今の職場に就く前、十四郎さんと出会う前から使っていた腕時計。
痛みや汚れが目立つような色合いでは無いけれどベルトが部分的に摩擦で擦れていたりと細かく見れば相応の傷みを帯びていた。
「これ取りに行ってたら遅くなっちまった」
悪ぃなという十四郎さん。
メールを見て直ぐに仕事だと思い、勝手に沈んでは勝手に寂しさを抱いていた自分を恥ずかしく思った。
「時間はいいんです、でもどうして私に?」
十四郎さんの誕生日。
本来なら私が受け取る側ではないと思って出た素朴な疑問だったけれど、十四郎さんはまた大袈裟に目線を外した。
「今日みてぇな日は周りに感謝する日なんだと」
「誕生日ですか?」
「ああ」
そういえば昔どこかで、誕生日は親や友人へ感謝を伝える日、なんて謳い文句の記事をどこかで見たことがある。
一度箱を置き、すぐ近くの棚から包装してもらったプレゼントを取り出し十四郎さんへ渡した。
「今日は十四郎さんの誕生日ですよ、おめでとうございます」
普段使いにどうかなと思って、とプレゼントを渡すと嬉しそうに表情を和らげた十四郎さんは大きな手でプレゼントを受け取ってくれた。
きっと十四郎さんの事だから目の前で中を見ることはしないだろうと思ってた。
どこか一人になったタイミングでこっそり見てくれるんだろうなって、それを想像すると嬉しさで少し頬が緩んだ。
「ありがとな」
「私の方こそ素敵な腕時計ありがとうございます。
そのうち新しいのをって思ってたんですけど、タイミングを見失っちゃってて⋯
大事にします」
腕と腰の間に手を伸ばし体ごと近付くと暖かな体温が伝わってくる。
二つの箱を机に置いて、少し遅めの夜御飯を食べ始めた私達。
どんな美味しい料理を食べた時よりも幸福感を味わえた気がした。
23.5.3
土方さんに何を上げたかはご想像にお任せします
〝遅くなる〟
いつもより時間と手間をかけて最後の料理を作り終えた頃ピロンという音と共に届いた淡白なメール。
その四文字の文面を見て手に持っていた箸を置いた私は、机の上に並べてある料理を見ないよう背を向けてから腕を伸ばし凝り固まっていた身体を解した。
自分に都合がいいように抱いていた期待ばかりが先行した結果が、机の上に並べられているいくつもの食器。
どこかでこうなるのは薄々気付いてたはずなのに。
そう思っていても僅かな希望があるならと今日の私は残業せず職場を出た。
勝手に膨れさせていたとはいえ、一度抱いた期待はそう簡単に萎んでくれることは無い。
出来たての料理が冷めてしまわぬように一つ一つ丁寧にラップで覆い始めると、熱の逃げ場を失ったことで次第に内側から白く曇っていきやがて中の料理が見えなくなった。
そりゃそうだ、十四郎さんが早く帰ってくることの方が珍しい。
例えその日が記念日でも、クリスマスでも、バレンタインでも、十四郎さんの誕生日でも。
そういう仕事熱心で周りの人の事を誰よりも考えているところがかっこよくて大好きだからこそ、寂しく思うことも多い。
〝気をつけてくださいね〟
本当は無理をしないでほしい。
本当はもっと気負わずにいてほしい。
本当はもっと。
沢山ある言いたい言葉を飲み込んで、指先を動かしその一言を送信した。
夏に向かっている季節とはいえ夜はまだ少し肌寒く感じる。
腕時計が示すのはまだ寝るには早い時間。
ホットコーヒーを注いだマグカップを持ちながらソファに深く腰掛け、目的もなくテレビを点けると普段見ることの無いバラエティが放送していた。
気付くと意識が薄れていて、上下する頭の沈みで目が覚めた。
テレビへ目を向けると、一人の時間を潰すには十分だった番組もあっという間にエンディングとなり出演者などの名前が横に流れていく。
あまり飲むことなくマグカップの中に残ってしまっているコーヒーは当たり前に冷えきっていて、いくつかのコマーシャルが流れたあとテレビに映ったのはお決まりの天気予報。
そろそろ寝ようかなと小さな欠伸をした時、静かな低音が玄関から聞こえてきた。
「おかえりなさい」
リビングの扉を開けて入ってきた待ち人は私を見るなり少しだけ驚きつつも、短く「あぁ」と返事をして後ろ手に扉を閉めた。
料理を温め直した頃シャワーを終えた十四郎さんが戻ってきて、いつもより少し遅めの晩御飯を食べようとご飯をよそっていた。
「名前」
すると後ろから聞こえた名前に振り返ると、思っていたより随分と近くに十四郎さんが立っていて少し驚いた。
「なんですか?」
「⋯⋯よ」
「え?」
後頭部へ手を添えながら目線をズラしもごもごと何かを言う十四郎さんがあまりに不自然で、そのほとんど聞こえてこない言葉を聞き返すとバツが悪そうにガツガツと頭を搔いた。
「だか⋯⋯これやるよ」
もう片方の手で差し出されたそれは、ブランドのロゴが刻まれた小さな紙袋だった。
ブランドに疎い私ですら聞いたことのある名前。
何かあったっけ?と思い返してみても今日は十四郎さんの誕生日ということだけで、他になにか特別な記念日ではなかったはず。
「⋯⋯私にですか⋯?」
「他に誰がいんだよ」
「それはそうですけど⋯」
明らかに高価なそれを受け取るべきか悩んでいると、無言で私の手を取った十四郎さんに押し付けられ半ば強引に受け取る形になってしまった。
「⋯見てもいいですか?」
「ああ」
さすがに目の前で渡されては中身を確認せずにはいられない。
紙袋の中から出てきた細長い箱。
慎重に箱を開けると、中には細いシルエットが上品さを醸し出す白を基調とした腕時計が収まっていた。
いつだったか、十四郎さんと出かけた時にふと見かけた腕時計があった。
値段も見ずただ漠然と通りすがりにチラリと眺め可愛いなと思った程度だった時計、その時計とどことなく似ている気がした。
「それ、だいぶ使ってんだろ」
十四郎さんを見上げると私の手首につけている腕時計を見つめてた。
今の職場に就く前、十四郎さんと出会う前から使っていた腕時計。
痛みや汚れが目立つような色合いでは無いけれどベルトが部分的に摩擦で擦れていたりと細かく見れば相応の傷みを帯びていた。
「これ取りに行ってたら遅くなっちまった」
悪ぃなという十四郎さん。
メールを見て直ぐに仕事だと思い、勝手に沈んでは勝手に寂しさを抱いていた自分を恥ずかしく思った。
「時間はいいんです、でもどうして私に?」
十四郎さんの誕生日。
本来なら私が受け取る側ではないと思って出た素朴な疑問だったけれど、十四郎さんはまた大袈裟に目線を外した。
「今日みてぇな日は周りに感謝する日なんだと」
「誕生日ですか?」
「ああ」
そういえば昔どこかで、誕生日は親や友人へ感謝を伝える日、なんて謳い文句の記事をどこかで見たことがある。
一度箱を置き、すぐ近くの棚から包装してもらったプレゼントを取り出し十四郎さんへ渡した。
「今日は十四郎さんの誕生日ですよ、おめでとうございます」
普段使いにどうかなと思って、とプレゼントを渡すと嬉しそうに表情を和らげた十四郎さんは大きな手でプレゼントを受け取ってくれた。
きっと十四郎さんの事だから目の前で中を見ることはしないだろうと思ってた。
どこか一人になったタイミングでこっそり見てくれるんだろうなって、それを想像すると嬉しさで少し頬が緩んだ。
「ありがとな」
「私の方こそ素敵な腕時計ありがとうございます。
そのうち新しいのをって思ってたんですけど、タイミングを見失っちゃってて⋯
大事にします」
腕と腰の間に手を伸ばし体ごと近付くと暖かな体温が伝わってくる。
二つの箱を机に置いて、少し遅めの夜御飯を食べ始めた私達。
どんな美味しい料理を食べた時よりも幸福感を味わえた気がした。
23.5.3
土方さんに何を上げたかはご想像にお任せします
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