彼は誰時の菫空②
名前設定
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「銀時に、嫌われたくなかったの」
顔を背け手の甲で目元を隠した名前はか細い声でそう言った。
言い出せなくて、隠しててごめんね、と言いながら俺の目の前に曝け出された左肩には痛々しい大きな傷跡。
それだけじゃなく、だいぶ古いだろうがしっかりと名前の白い肌に刻まれている別の傷跡もあった。
こいつは今までどんな気持ちで俺と話していたんだ。
いつバレるかもしれない怯えや事実を隠してることへの罪悪感、名前ならきっと相当抱え込んでただろう。
いくらでも浮かんでくるようなことを思えば思うほど指先に力が籠った。
「んな事あるわけねーだろ」
これ以上傷を付けないように名前の目元にある手をゆっくり剥がすと、今にも零れそうなほどの涙を堪えながら赤らんだ目で俺を見上げる大きな瞳と視線がぶつかった。
「⋯⋯でも⋯」
声を出したのが先か目線を逸らしたのが先か、名前は納得してない様子で短い言葉を震わせた。
でも。
その先に続くべき言葉を飲み込み一向に話そうとしない名前。
何を言おうとしてるか、幾つかの選択肢はあるにしろどれも容易に想像出来る言葉。
名前が何を言おうとその全てを受け入れる、なんて偉そうに言えた人間じゃねえがそれらを理由に名前を拒む気には一ミリだってならねえ自信だけは確かにあった。
「おめーが心配することなんてなんもねぇよ。
むしろ俺の方が嫌われねぇか心配なくらいだわ」
束になり名前の顔へ流れていた髪を梳かしながら、今更気にしたことなんて無かった体に残るいくつものそれを思い浮かべた。
男と女じゃ、俺と名前じゃ、全然違ぇことなんて百も承知で口にした言葉に名前は「銀時は!」と僅かに声を張り俺を見上げたかと思えば片手で俺の手に触れた。
「銀時は!優しいから⋯!」
一呼吸置いた後で名前が続けた言葉は酷く綺麗に聞こえた。
「⋯⋯違っ、優しいから残っててもいいんじゃなくて、優しいからいつも無理しちゃってるって意味で、それで⋯」
認知してないところからポンと頭を殴られたような、ほんの一瞬、その言葉だけがじんわりと頭ん中で響いたかと思えば、慌てて言葉を続ける名前。
俺が知る誰よりも優しいのが誰か、こいつは気付いてねえんだろつな。
「名前」
自分の耳に届いた声は気持ち悪いほど落ち着いてた。
何があっただとか、他に誰が知ってるだとか、そんなの気付けば頭のどっかにいっちまって、ただただ今目の前にいる名前が愛おしかった。
未だに触れていた名前の手から自分のを剥がし、その白く細い指の隙間を埋めるよう指を滑らせた。
俺を見上げる名前の不安定に揺れる瞳を見つめながら互いの距離を徐々に縮めると、名前は折角流した髪も気にせず再び顔を逸らした。
「⋯⋯いいの?私こんな⋯」
たっぷりと間を空けて聞かれた問には名前の言いたい事が全部詰まってる気がした。
名前が飲み込んだままの言葉。
俺が勝手にわかった気でいたその言葉。
こっちは想いを伝えたあの日から、もしかすると再開したあの日から、何があろうともう二度と離すもんかと心のどこかで思ってたんだよ。
それは名前の口から昔話を聞いたところで、名前の傷を目の当たりにしたところで、何一つ変わらない。
「お前こそいいのかよ」
俺を見上げて数度瞬きを繰り返した名前。
その意味を理解したのかへにゃりと柔らかく微笑んでどちらからともなく縮めた距離が、互いに欲した答えだった。
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