彼は誰時の菫空②
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「⋯だからその、傷があって」
手首の傷でも斬られた傷でもない、もっと以前につけた傷。
傷がなかったとしても綺麗と呼べる身体でも無い、今更何を言われても仕方がないと思ってた。
けれど何も言わない銀時。
顔を覗く勇気は勿論なくて、手首に出来た擦り傷に触れているとひょこっと膝の上に乗ってきた猫は私の手首の赤みを隠すようにスリスリと頬を擦り付けてきた。
心なしか寂しそうな顔をしているように見える猫の頭を指の背で軽く撫でてから抱えるように持ち上げて、すぐ近くにある寝床であるクッションへと連れていき優しく下ろした。
未だに銀時は何も言ってこない。
何か言われるより無言を貫かれるほうがよっぽと辛いかもしれない、と今になって気付いてももう遅かった。
「名前」
膝をのばし立ち上がりながらどうしようかと思考を巡らせたタイミングで銀時から名前を呼ばれた。
私が振り返るより早く声とほぼ同時に掴まれた腕を強く引かれ、しっかりと姿勢を戻していなかった私はそのままバランスを崩した。
けれど、まるで私がそこに来るとわかっていたかのようにしっかりと受け止めてくれた銀時は、そのまま私の背中に腕を回してこれでもかと力強く抱きしめた。
すぐ顔の横にあるふさふさの髪の毛や密着する体、いつもよりうんと力強く抱きしめられてるからこその僅かな息苦しさ。
搾られるんじゃないかと思うほど強い力で抱きしめられながら、私の肩へ顔をうずめてる銀時は小さな声で謝罪の言葉を口にした。
銀時が悪いことなんてひとつも無い。
銀時がどんな気持ちで言ってきたのか、声音や腕の力から伝わってくる気持ちと普段の優しさを思えば何となくそのたった一言に込められた沢山の言葉が言われずとも全て理解出来た。
「銀時は何も⋯」
だから銀時までそんな事言わないで、と、いくらか前に同じことを言ってきた隻眼の人物を思い出しながら、あぁやっぱり優しいな、と銀時の背に腕を回して抱きついた。
しばらくそのままでいると、いくらか腕の力を弱めた銀時。
それでも私は手を離さず温かくて広い背中ですりすりと手を動かしていると、名前、と顔を上げることの無い銀時から耳元で名前を呼ばれた。
「な」
「他に誰がいんだよ」
なに?と返事をしようとした私の言葉に被せるように言われた一言は簡単に私の手の動きを止めた。
頭をフル回転させて言葉の真意を考えた。
銀時までそんな事言わないで、というついさっき私が言ったまるで他の人も同じことを言っていたと自白しているような言葉。
ただでさえ写真のことを話さずにいてこの前盛大な溜息をつかれたばかり。
節々で大事にされてると感じていたからこそ今の一言はちょっと、いや結構、だいぶマズイと思った。
今正直に言うのは本当によくないと思った。
「おい名前」
変な汗が背中を伝っていく感覚に襲われながら必死にどう乗り切るべきかを考えている私へ、返事を急かすように僅かに低くなった声で私を呼びながら腕の力を強めた銀時。
「⋯⋯⋯こ、言葉の綾、で⋯」
唯一互いの顔が見えてないのが救いな中でどうにか探し出した言い訳を口にした私。
すぐ横からは本当に小さく息を吐くような声が聞こえてきたと思ったら、突然体が浮いて私の口から変な悲鳴が零れた。
腰に回されてた腕はいつの間にかお尻の下へ添えられ、片腕と肩で私を支えながら僅かに持ち上げた銀時。
「ちょっ⋯!」
落ちないよう肩にしがみつきながら少し高くなった不安定な視界が怖くてきつく目を閉じたけれど、思っていたよりも早く浮遊感から開放された。
背中から感じるベッド特有の柔らかさ。
けれど目蓋越しに感じる部屋の明るさは無く、閉じていた視界をゆっくりと戻していくと私を見下ろす銀時の顔が目の前にあった。
いつも見かける気の抜けた顔でも、たまに見かける気合いの籠った顔でもなく、不安を纏った顔。
こんな顔をさせてしまったのは他でもない私のせいだ。
傷の事だって昔の話だって、写真の事も今の事も、銀時を思う余り銀時のことを考えられていなかった。
今の私に何ができるだろう、と思った時に思い浮かんだ一つの答え。
「⋯⋯おま⋯は?え?」
自分の腰に手を当て腰紐を少しづつ緩めていくと、それに気付いた銀時は私と手元とを行き来するよう何度か目を向けながら明らかに焦ったような声を出してる。
それでも手を止めずに緩んだ襟元を開き、顔を背けてから傷のある肩を曝け出した。