彼は誰時の菫空②
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気付いたら自分の部屋のベッドの上にいた。
え?という勢いだけで体を起こしたけれど、近くに誰かがいる気配がない。
勿論銀時もいない。
いつもくつろいでいる猫すらも。
「⋯銀時?」
得体の知れない恐怖でそわそわと体が冷えていくような気がした。
自然と名前を呼びながら掛けてあった布団を退かしベッドから降りようとして、ふと布団の上に置かれていた見覚えのある模様の着物が目に入った。
いつも銀時が着ている着物。
放り投げただけのように無造作に置かれていた着物。
着物を手繰り寄せ膝を抱えるようにして顔を沈めると、銀時の匂いがふわりと香った。
「起きてたか」
少しして耳に届いた銀時の声に顔を上げると、いつもと変わらない様子の銀時と、銀時の後ろを着いてきたのか足元からするすると入ってくる猫の姿。
銀時の手には浴室に置いてる小さな桶と見慣れたタオルがあって、薄らと白い湯気がもくもくと膨れているのが見えた。
近くの机に桶を置いて「勝手に使ったわ」とタオルを絞る銀時。
そのままタオルを絞り終えると近くまで来た銀時は、私の顔に手を添えて支えながらもう片方の手に持つ温かいタオルで顔に触れてくる。
タオルだけからじゃない温もりが心地よくて、されるがままそっと目を閉じた。
「あーアレねえの、なんかこう消毒できるやつとか」
顔から手が離れ今度は私の手首を触りながらそう静かに呟いた銀時の声で目を開けると、私の手首へ視線を落としていた銀時。
つられるよう私も目線を落とすと酷く擦れた両手首は全体的に赤くなっていて所々皮が剥け血が滲んでいる。
痛えだろこれ、と指先で優しく傷の上に触れる銀時。
「ううん」
「でもお前それ」
「大丈夫」
これ以上気にしないよう、気にさせてしまわないように手首を引き布団の中へ潜らせた。
足をベッドから下ろし座り直してから隣をぽんぽんと叩くと、意図を理解した銀時は頭をボサボサ搔きながらタオルを桶に戻すと私の横に腰を下ろした。
すぐ横で腰の後ろに両手をつきながらほんの少しだけ体を傾けている銀時。
気付いたら寝ていた私をそのまま連れ帰ってくれたらしい。
「ごめんね、ありがと銀時」
上手く伝えられない気持ちをなんとか二つの言葉にして伝えれば、上げた片腕で優しく頭に触れられた。
銀時の脚の上にはいつの間にか猫が器用に体を丸めて乗っかっていて、腕を伸ばして頭を撫でるとごろごろと喉を鳴らしている。
「銀時のこと好きなのかな」
「さあな、丁度いーんじゃねえの」
タダじゃねえからな、と言いながらも猫の自由にさせている銀時に小さく笑うと、心做しかみゃうと鳴いた猫も笑ってるような気がした。
「もうどっか行くんじゃねーぞ」
ベッドに両足を乗せて抱えるように脚を折りながらいろんなことを考えてると、不意にかけられた言葉。
普段通りの、落ち着いててどこか気が抜けてるような、銀時っぽさのある声音。
「うん」
手首と同じように擦れた足首に触れながら言葉を返すと「探すのも楽じゃねえしよ」と小さく息を吐きながら私の頭に軽く触れた銀時。
「うん」
暖かくて私のとは全然違う大きな掌。
人なら誰だって心が弱る時がある。
きっと私は今がその時で、その軽く触れられただけの優しい熱を感じて目元が徐々に潤んできた。
腕を上げて膝を抱えながら顔を埋めてバレないよう必死に落ち着かせようとしても、まるでスイッチをオンにされたように、銀時に触れられたその瞬間からどんどん涙が溢れてくる。
大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせている私の頭を何度も何度も優しく行き来する銀時の手。
そんなことされたら、止まるものも止まらなくなってしまう。
私が堪えられなかったものを出し切るまでずっとそうしてくれていた銀時の優しさに触れながら、枕元の机にあるティッシュを取ってもらいぐずぐずとだらしなく音が出る鼻を抑えた。
「⋯ぎんとき」
情けない鼻声のまま名前を呼ぶと、気抜けした声で「あー?」と返事をくれる銀時が心地よくて、なんでもない、と返しても怒ることなくただゆったりと頭に触れたままでいてくれる銀時。
私には充分過ぎるほどの優しさをくれる銀時に、全てを言える時があるとすれば、きっと今なんだろうなと、そう思った。
嫌われたくないし離れてほしくもないけど、きっと今なんだろうなと、なんとなくそう感じた。
話したことで例え嫌われようと離れられようと、後悔はしても未練は残らないだろうなとも思った。
少なくとも嘘を明かすことに対して、今までの私が思っていたより一歩か二歩、たったその僅かな差だとしてもうんと前向きに捉えることができる気がした。
「あのさ」
思い切って出した声は不恰好に震えてたけど、相変わらずな声で「あー?」と言葉を返した銀時が少しだけおかしかった。
「ほんとはもう一つ、言わなきゃいけない事があって」
「どんだけ秘めてんのお前」
もう今更何言われても驚かねえわ、と少し乱暴に頭を撫でた銀時の手は静かに離れていった。
離れた手が酷く寂しくて、一瞬揺らぎそうになったけど「ほんとはね」と一つ一つ話していった。
何をどう話そうかなんて何も考えてなかったから言葉もぐだぐだで、聞きやすいような綺麗な言葉になんてならなかったけれど、あの時からここに来るまでの話を零すことなく全部伝えた。
その間一度も銀時の顔を見ることが出来なくて、ただ何も言わず静かに聞いてくれていた銀時がどういう顔をしてどう思ってるのか、私にはわからなかった。