彼は誰時の菫空②
名前設定
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足場の悪い雪道を走り伝票に書かれた店へ着くと店は閉まってた。
「おいばあさん!ここのッ、ここの店のやつ知らねーか」
息が切れ凍てつく空気を吸いすぎたせいかキリキリと痛む肺で呼吸しながら近くの店にいたばあさんに話を聞けば、すぐそこだよ、と指さす先にあったのは店の名前が書かれた小さなトラック。
停めてある家のドアを蹴破ると家の中はカーテンで日差しが遮られているのか日中だというのに随分と薄暗かったが、ただ一部屋、廊下の奥に見えた部屋の開かれた襖からは明かりが漏れていた。
土足で部屋に上がり込みその部屋へ入ると名前に覆い被さる男の姿があって、何も考えずただ本能的に男を突き飛ばした。
「名前!おい名前!」
こすれたような血の跡の残る頬を触りながら顔を覗き必死に声をかけると、俺に気付いた名前は唐突に咳き込み体を丸めた。
胸に抱え込むように握られている両手を縛る縄。
そこから見える手首は赤く血が滲んでいて、縄を解くとその傷は一層酷く皮膚が赤く擦り切れているのがすぐわかった。
他に怪我をしてないか軽く全身へ目を配らせると足首へも同様な麻縄が巻かれていて、解くと同じような傷が残っている。
「⋯ってえな誰だよお前」
いくら声をかけても咳き込んだまま涙を流す名前の背中を摩っていると背後から聞こえた男の声。
木刀を握る手に力を込めながら振り返ると、壁にもたれかかりながら体を起こしていた男の背後にある壁一面に貼られた名前の写真が見えた。
男がぶつかった衝撃でいくつかは男の横へと落ちていたが、そのどれもがつい最近たまたま目にした写真や名前から聞いたそれと酷似していた。
「万事屋だよ」
ふつふつと頭に血が上り勢いよく木刀を投げれば男の耳横すれすれに突き刺さり、小さな声を上げ男は立ち上がると躓きながら慌てて部屋から出ていった。
再び名前へ視線を戻すと、だいぶ咳も落ち着いたのか今にも折れそうに腕を震わせ体を起こそうとしていた。
体制を崩しかねない危うい体を支えようと腕を伸ばすと、名前は何かから逃げるよう思い切り抱きついてきた。
しっかりと受け止め床に座ながら名前を見れば、俺の体に腕を回し顔を胸に押し付けてふるふると震えている。
「悪ぃな遅れちまって」
名前の体を抱きしめながら少しでも安心させるため優しく頭を撫でると、ふるふると顔を横に振りながら腕に力を込めた名前。
もっと早く、たとえ一分だろうと一秒だろうともっともっと早くに名前の元へ来ていれば、ここまで震えることもなかったんじゃないかと思えてくる。
しばらく頭に触れた後、名前の肩を押し軽く剥がすと簡単に剥がれた名前の体。
顔を包むように手を添えて顔を持ち上げると、今までにないくらい涙を流しながら声を殺すように唇を噛んでいた名前。
顔の至る所に乾いた血が付いているが見たところ顔に傷は無い。
「んな噛んでっと裂けちまうぞ」
きつく噛んでいた唇を親指で優しくなぞると、噛むのをやめ薄く開いた唇。
乱れた髪に指を通しながら耳の後ろへ流し、顔を近付け薄らと噛み跡の残る唇に軽く触れると一瞬何をされたかわかってないように瞬きをした名前の目からは次第に涙が零れ始めた。
名前は暫く俺に腕を回しながら顔を押し付けていて、帰るか?って聞いても首をふるふると横に動かし指先で着物を掴んで離そうとしない。
当分はこのままでいいか、と頭を黙って撫で続けてると、タンタンとこっちに向かってくる小さな足音が聞こえてきた。
その音を聞き大袈裟に体を震わせた名前の頭を撫でたままきゅっと抱き寄せ襖の方へ目を向けると、顔を覗かせたのは店に放ったらかしたままでいた沖田クンだった。
「無事ですかぃ」
「おー」
「あの野郎は外にいたところを捕まえやしたんで、あとは⋯」
そこまで言い言葉を止めると俺から名前へ視線を逸らし、まぁ急がねえんでそのうち、と言い静かに戻って行った。
「銀時」
足音が聞こえなくなると、抱きついたまま俺の名前を呼ぶ名前。
返事をすれば、続けて何度も「銀時、銀時」と名前を呼びながらぎゅうぎゅうと腕の力を強め顔をうずめている。
「どこにも行かねーよ」
すっぽりと腕の中に収まる名前の酷く小さな体を抱き寄せ腕に力を込めると、もっと、と言葉を零す名前に小さく笑いながらもう少しだけ力を込めた。