彼は誰時の菫空②
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「みゃう」
朝起きて顔を洗っていると、足元から小さな鳴き声が聞こえてきた。
「どうしたの?」
タオルで顔の水気を拭きながら足元へ視線を向けると、裾を咥え数度ツンツンと引っ張った猫はそのままお店へと向かっていった。
ついてこいと言われているような気がして、後を追いながらお店と廊下との仕切りに垂らしてある間切りのカーテンをくぐり数席の椅子が並ぶカウンターへ来てみると、猫はそのままスルスルと決められた道でも進むようにさらに裏口の方へ向かっていく。
なんとなくその光景を見ながら、嫌な予感がもくもくと胸の中を曇らせていくような気がした。
「みゃん」
裏口の前で何かを噛もうと足元へ鼻先を向けている猫と、その鼻先の下に落ちている茶色の封筒。
「⋯⋯また⋯」
こういう時ほど嫌な予感が当たるらしく、悪いものほどよく当たると言い始めた人が少し憎く思えた。
そのまま猫の隣へしゃがみ封筒を拾い上げ裏表を確認しても、差出人の名前や切手など一切ついていないごく普通の茶封筒。
僅かに厚みのある下部から中に何があるのかおおよその想像をしつつ、糊付けされていない蓋の部分を開け封筒を逆さにしてみると数枚の写真が手の上へ落ちてくる。
どれも、遠いところから明らかに盗撮されている写真。
その全てに私の姿が収められている。
果物を買いに出た時の写真や、本屋で本を眺めている時の写真、ゴミ出しをしている最中のものまであった。
初めてこの封筒が置かれてたのは病院から退院して少し経った頃だった。
茶封筒が扉の郵便受けから中に落ちるように入れられていて、中にはどれも遠くから私を撮っている写真ばかり。
これで五か六通目になる封筒を持ちながら、最初こそ気持ち悪く思い土方さんへ相談しようか考えていたものの時間を置けば辞めてくれるだろうと軽く考え放置してた。
でも今もこうして入れられている封筒を見て、さすがにこのまま放置しておくのは⋯とあまりに気味が悪く思った私は寝室へ戻り、電話をかけた。
︙
「なんでもっと早く言わねえんだ」
「⋯ごめんなさい、飽きてすぐやめてくれるとばかり思っていて」
「こういう奴がはいそうですかってやめる訳ねえだろ」
「そうですぜ、少なくともこりゃあ悪戯程度とも思えねぇ」
直接土方さんへ繋いでもらい経緯を話すとお店まで来てくれた土方さんと、一緒に来てくれた総悟くん。
ごもっともな言葉を投げられながら、今まで捨てずにまとめていた封筒の全てを渡すと二人は私以上に眉をしかめながら写真を眺めていた。
「しかもこれだけの枚数を黙って溜め込むたぁ余程の馬鹿か何かですかい」
「⋯⋯その、言い訳に聞こえるかもしれませんが⋯これといって写真以外の実害も無いですし⋯」
「何かあってからじゃ遅ぇだろ、アホか」
「ごめんなさい⋯」
どこにあったんだ?と聞いてくる土方さんを連れ裏口の方へ案内すると、そのまま裏口の外をいくらか眺めていた土方さんは目立たないようにと裏口側の通路へ停めていた車の中で何か連絡を取り始めた。
その間猫とじゃれていた総悟くんは「それにしても」と猫を抱えると私のすぐ横まで近寄ってきた。
「本当に他には何もねえんですか?」
「⋯多分大丈夫です」
特に何も、そう言葉を続けようとした時、背後から扉が開く音が聞こえて
「⋯⋯何してんのお前ら」
私と総悟くんが振り返ると、そこには意外なものを見るような目でこちらを見つめる銀時が開いた扉の前に立っていた。
***
「お、おはよ銀時」
そう言うと垂れた髪を耳にかけた名前は柔らかな笑顔を浮かべた。
店で顔を合わせたくない連中、というか基本的に顔を付き合わせたくはない連中の一人は猫を抱えながら名前と一緒にこっちを振り返る。
「まだ開店前ですぜ旦那」
「いやこっちのセリフなんですけど」
「俺ぁ名前さんに呼ばれたんで来ただけでさァ」
名前へ近寄りながら隣のやつからの言葉に返事をすると、呼ばれたという言葉を聞いた名前は「ちょ、ちょっと総悟くん!」とこいつの腕を軽く引き耳元に手を寄せ何かを伝え始めた。
その、なんかすげー仲良さそうな、なんつーか、少なくとも良い気はしない名前の行動に若干の苛立ちを覚えながら「何話してんだよ」と聞けば、俺を見るなり「なんでもないの」とまた耳に触れながら言葉を返す名前。
「⋯⋯おい苗字、とりあえずは⋯」
状況が全然理解出来てない俺の前に今度は裏口の方からもう一人の野郎が名前の名を呼びながら近付いてきては、俺に気付くなりあからさまに眉間に皺を寄せた。
「あっあの!土方さんちょっと⋯!」
互いにヤな顔を向ける俺達の間に割り込んだ名前はよりにもよって今度はそいつの腕を引き俺との距離を取ると、何かの封筒を受け取りながらコソコソと話をしてやがる。
いい気分のしない光景を続けて見せられ、気付けば名前のすぐ近くに歩み寄っていた。
「俺も混ぜてくんね」
名前へ近付き後ろから腹へ腕を回して軽く身体を引くと、腕に驚いたのかそれとも声に驚いたのか、小さく震えながら手に持っている封筒を床へ落とした名前は俺の名前を呼びながら軽く振り返った。
「俺だけ省いてんじゃ⋯」
いくらか苛立ちを含んだ言葉を続けようとしたが、床に落ちた封筒からはみ出ている写真が視界に映るなり喉の奥へと引っ込んだ。
唯一見えた一番上の写真。
そこには、遠くから名前を収めた写真があった。
「⋯⋯それ」
「関係ねえ奴は引っ込んでろ」
写真に写る名前は少なくとも目線が合っておらず、明らかに名前の認知していない遠いところから撮られただろう写真。
その一枚の写真を見下ろしている俺へ言葉を放つと、野郎は手早く写真と封筒を拾い上げ「これは預かっとく」と名前へ伝えてやがる。
「あ、ありがとうございます⋯」
「ついでに二、三聞きたいことかあるんだが」
上着の内側へ封筒を入れながら名前へ声をかけるとちらりと俺を見た。
要するに、今すぐ放れろって事だろうが、生憎俺も名前へ聞きたいことが山程出来た。
「ンだよ、別にいたっていいだろーが」
「お前には関係ねえって言」
「あああ、あの!」
俺らの言葉を遮り声を上げた名前は俺の腕を解き振り返ると、まっすぐ俺を見て「ちょっと待ってて」とだけ言い多串君の腕を引きながら再び距離を取った。
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