言葉の在り方
名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
音の聞こえない女性と出会う
見回り。
それは真選組の隊員にとって欠かすことのできない事柄であり、その日その日で景色が変わるものでもあった。
昨日と今日では歩く人々や空模様、何一つ同じものは無い。
副長という座に就いている土方十四郎も例外ではなく、数日おきに町を見回り、その変わり映えする景色へと開きがちな瞳孔を向けていた。
先週は重そうな荷物を抱えた老人へ声をかけ自宅まで付き添い荷物を代わりに運んだり、三日前は散歩中逃げ出した犬をたまたま捕まえたり。
その程度といえば聞こえは悪いかもしれないが、大きな事件が起こる訳でも無く、その場その場で解決できるような小さな問題を解決しては感謝の言葉を送られていた土方。
今日も何も無くて良かったと目を伏せる土方は常に町の平穏を望んでは、確かな手助けで支えにもなっていた。
そんな土方は今日もまた、仕事の合間を見つけ町へと足を運んでいた。
澄んだ空に疎らに浮かぶ薄く白い雲。
天気も良く昼過ぎということもあり、通りがかった広場では数人の子供達が野球のような事をして楽しく遊んでいた。
不審な人物など特段目に留まるような人はおらず、元気で楽しそうな光景を僅かに眺めたあとまた歩み始めた時。
「やば!」
先程まで土方の耳に届いていた賑やかな声とは違い一際大きな声が聞こえ、先程まで眺めていた広場へ再び顔を向けた土方はその細く鋭い目を大きく見開いた。
ボールを受けるはずだった子供の手を大きく外れそこそこの速さで飛んでいくボール。
声の主は自身を越えて後ろへと飛んでいったボールを追いかけていた子供のようで、そこまでなら気にするような事でも無いように思えるが、土方が目を見開いたのには別の理由があった。
ボールが飛んでいく先、地面につくかどうかという場所を丁度歩いている人がいた。
「おねーさーん!あぶないよー!」
ボールを追いかけながら必死に声を張る少年の数歩先を飛んでいくボールは、さらにその先を歩いている女性へ近付いていく。
しかし少年が大きな声で呼びかけても女性の耳には届いていないのか、平然と歩みを続ける女性。
「おいおい⋯」
どう見ても女性は子供の声に気付いていなかった。
いくら子供が遊ぶためのボールとはいえあのままでは体か顔へ直撃してしまう、そう思った土方は呟くように零れた言葉と共に大きな歩幅で一歩また一歩と足を前へ踏み出し、次第に走るよう女性の元へ駆け出した。
しかし、当然そこそこの距離があったため土方は勿論ボールを追いかけていた子供も女性の元へ駆け寄る事は出来ず、宙を飛び続けていたボールは最後まで気付くことのなかった女性の頭へと思い切りぶつかってしまった。
突然の衝撃でよろけた女性は抱えていた鞄を地面へ落とし、そのまますぐ横にある塀へ手を付きながら静かにしゃがみ込んでしまう。
「ごめんなさい!大丈夫ですか!」
程なくして女性のすぐ側へ駆け寄ってきた少年は、頭へ手を添えながら俯いている女性へ声をかけた。
「おいアンタ、怪我ねえか」
少年が声をかけ終えたあたりでその場に着いた土方も声をかけると、すぐ近くにいる二人に気付いたのか女性は顔を上げた。
「だ⋯大丈夫ですか⋯?」
顔を上げたまま一言すら口にしない女性を心配し恐る恐る声をかけた少年を見た女性は、やはり言葉は発しないものの笑顔を浮かべうんうんと数度頷くと少年の頭に優しく触れ、大丈夫だとでも言うようにゆるりと立ち上がった。
女性は続けて地面へ落ちていたボールと鞄を拾い上げると、少年へボールを手渡し同時に他の子供達が待っていると言いたげに後方にある広場をつんつんと指差した。
振り返りながらその広場を眺めた少年は律儀に一度深く頭を下げると小走りに広場へ戻って行く。
その光景を眺めていた土方は今一度女性へ「大丈夫か」と声をかけると、今度は土方へ顔を向けた女性は徐に手元の鞄から手帳とペンを取り出し何かを書き始め、それを土方へと差し出した。
「⋯⋯⋯」
そこには〝大丈夫です、軽く頭を打っただけで〟と細くしなやかな字で流れるような文字が書かれており、土方は何故手帳を見せられたのかを理解するまでの数秒間、その手帳を眺めることしか出来なかった。
きょとんと手帳を眺めている土方の目先から手帳を持つ手を引いた女性は再び何かを書き進めると、手帳を反転させ土方に見えるよう目の前へ再び差し出した。
〝ご心配ありがとうございます〟
とても綺麗な文字で書き連ねられている字を見つめる土方は漸く、目の前の女性は声を出せないんだと理解した。
女性はそんな土方を見つめると再び手元にある手帳へと筆を走らせ、つい今し方書き終えたばかりの文字が書かれているページを開くと土方へ向けた。
〝近くに花屋さんはありますか?〟
それを見た土方は「花屋なら⋯」と行き方を説明しようと口を開いたが、すぐにその口を閉ざした。
言葉が聞こえていない訳ではなさそうだったが、全てを言葉で説明して伝わるのか?そこに確証が持てず、思考を巡らせた土方は一つの答えを導くと女性の持つ手帳とペンを受け取り「つれていく」とだけ書き込み女性へその二つを手渡した。
それを受け取り中を見た女性は数度瞬きをするとふわりと微笑み〝お願いします〟と静かに唇を動かした。
「ありがとうございました」
店員の明るい声を聞きながら二人は花屋を出た。
数本束ねられた花を手に持つ女性は鼻先へそれを近付け、花特有の匂いを嗅ぎ嬉しそうに目を細めている。
まるで写真集の一ページから切り抜かれたかのようなその光景を眺め、どこか晴れたような気持ちに浸っていた土方。
〝ありがとうございます〟
ふと気付けば、すぐ目の前へと差し出されていた手帳。
〝口の動きである程度は言葉がわかるので、普通に話していただいて大丈夫ですよ〟
続けて記されている文字を見てつい女性へと目を向けた土方は、くすくすと笑うような女性を見るとむず痒いような感覚に襲われ頭を搔いた。
「⋯帰り道わかんのか」
女性を向き、普段より幾らか口を大きく動かした土方。
それを見た女性は〝はい〟と短く唇を動かし静かに返事をすると、右手を左手の甲に添え真っ直ぐに持ち上げた。
土方は、それが手話だということを雰囲気で理解したが何を意味しているのかまではわからなかった。
少し困ったように難しそうな顔をする土方を見てまたふわりと笑う女性は、まるで土方は手話が分からないと初めからわかっていて手話を披露したようで、その表情や様子を眺めては小さな手を口元へ寄せながら笑顔を零していた。
土方もまた綺麗に笑う女性を見ながら、耳に届くことの無い声を想像しながらゆるりと表情を和らげた。
23.4.4
リクエスト〝音の聞こえない人が土方さんと出会う〟
実は花を買うのは口実だったり。
リクエストありがとうございました!
見回り。
それは真選組の隊員にとって欠かすことのできない事柄であり、その日その日で景色が変わるものでもあった。
昨日と今日では歩く人々や空模様、何一つ同じものは無い。
副長という座に就いている土方十四郎も例外ではなく、数日おきに町を見回り、その変わり映えする景色へと開きがちな瞳孔を向けていた。
先週は重そうな荷物を抱えた老人へ声をかけ自宅まで付き添い荷物を代わりに運んだり、三日前は散歩中逃げ出した犬をたまたま捕まえたり。
その程度といえば聞こえは悪いかもしれないが、大きな事件が起こる訳でも無く、その場その場で解決できるような小さな問題を解決しては感謝の言葉を送られていた土方。
今日も何も無くて良かったと目を伏せる土方は常に町の平穏を望んでは、確かな手助けで支えにもなっていた。
そんな土方は今日もまた、仕事の合間を見つけ町へと足を運んでいた。
澄んだ空に疎らに浮かぶ薄く白い雲。
天気も良く昼過ぎということもあり、通りがかった広場では数人の子供達が野球のような事をして楽しく遊んでいた。
不審な人物など特段目に留まるような人はおらず、元気で楽しそうな光景を僅かに眺めたあとまた歩み始めた時。
「やば!」
先程まで土方の耳に届いていた賑やかな声とは違い一際大きな声が聞こえ、先程まで眺めていた広場へ再び顔を向けた土方はその細く鋭い目を大きく見開いた。
ボールを受けるはずだった子供の手を大きく外れそこそこの速さで飛んでいくボール。
声の主は自身を越えて後ろへと飛んでいったボールを追いかけていた子供のようで、そこまでなら気にするような事でも無いように思えるが、土方が目を見開いたのには別の理由があった。
ボールが飛んでいく先、地面につくかどうかという場所を丁度歩いている人がいた。
「おねーさーん!あぶないよー!」
ボールを追いかけながら必死に声を張る少年の数歩先を飛んでいくボールは、さらにその先を歩いている女性へ近付いていく。
しかし少年が大きな声で呼びかけても女性の耳には届いていないのか、平然と歩みを続ける女性。
「おいおい⋯」
どう見ても女性は子供の声に気付いていなかった。
いくら子供が遊ぶためのボールとはいえあのままでは体か顔へ直撃してしまう、そう思った土方は呟くように零れた言葉と共に大きな歩幅で一歩また一歩と足を前へ踏み出し、次第に走るよう女性の元へ駆け出した。
しかし、当然そこそこの距離があったため土方は勿論ボールを追いかけていた子供も女性の元へ駆け寄る事は出来ず、宙を飛び続けていたボールは最後まで気付くことのなかった女性の頭へと思い切りぶつかってしまった。
突然の衝撃でよろけた女性は抱えていた鞄を地面へ落とし、そのまますぐ横にある塀へ手を付きながら静かにしゃがみ込んでしまう。
「ごめんなさい!大丈夫ですか!」
程なくして女性のすぐ側へ駆け寄ってきた少年は、頭へ手を添えながら俯いている女性へ声をかけた。
「おいアンタ、怪我ねえか」
少年が声をかけ終えたあたりでその場に着いた土方も声をかけると、すぐ近くにいる二人に気付いたのか女性は顔を上げた。
「だ⋯大丈夫ですか⋯?」
顔を上げたまま一言すら口にしない女性を心配し恐る恐る声をかけた少年を見た女性は、やはり言葉は発しないものの笑顔を浮かべうんうんと数度頷くと少年の頭に優しく触れ、大丈夫だとでも言うようにゆるりと立ち上がった。
女性は続けて地面へ落ちていたボールと鞄を拾い上げると、少年へボールを手渡し同時に他の子供達が待っていると言いたげに後方にある広場をつんつんと指差した。
振り返りながらその広場を眺めた少年は律儀に一度深く頭を下げると小走りに広場へ戻って行く。
その光景を眺めていた土方は今一度女性へ「大丈夫か」と声をかけると、今度は土方へ顔を向けた女性は徐に手元の鞄から手帳とペンを取り出し何かを書き始め、それを土方へと差し出した。
「⋯⋯⋯」
そこには〝大丈夫です、軽く頭を打っただけで〟と細くしなやかな字で流れるような文字が書かれており、土方は何故手帳を見せられたのかを理解するまでの数秒間、その手帳を眺めることしか出来なかった。
きょとんと手帳を眺めている土方の目先から手帳を持つ手を引いた女性は再び何かを書き進めると、手帳を反転させ土方に見えるよう目の前へ再び差し出した。
〝ご心配ありがとうございます〟
とても綺麗な文字で書き連ねられている字を見つめる土方は漸く、目の前の女性は声を出せないんだと理解した。
女性はそんな土方を見つめると再び手元にある手帳へと筆を走らせ、つい今し方書き終えたばかりの文字が書かれているページを開くと土方へ向けた。
〝近くに花屋さんはありますか?〟
それを見た土方は「花屋なら⋯」と行き方を説明しようと口を開いたが、すぐにその口を閉ざした。
言葉が聞こえていない訳ではなさそうだったが、全てを言葉で説明して伝わるのか?そこに確証が持てず、思考を巡らせた土方は一つの答えを導くと女性の持つ手帳とペンを受け取り「つれていく」とだけ書き込み女性へその二つを手渡した。
それを受け取り中を見た女性は数度瞬きをするとふわりと微笑み〝お願いします〟と静かに唇を動かした。
「ありがとうございました」
店員の明るい声を聞きながら二人は花屋を出た。
数本束ねられた花を手に持つ女性は鼻先へそれを近付け、花特有の匂いを嗅ぎ嬉しそうに目を細めている。
まるで写真集の一ページから切り抜かれたかのようなその光景を眺め、どこか晴れたような気持ちに浸っていた土方。
〝ありがとうございます〟
ふと気付けば、すぐ目の前へと差し出されていた手帳。
〝口の動きである程度は言葉がわかるので、普通に話していただいて大丈夫ですよ〟
続けて記されている文字を見てつい女性へと目を向けた土方は、くすくすと笑うような女性を見るとむず痒いような感覚に襲われ頭を搔いた。
「⋯帰り道わかんのか」
女性を向き、普段より幾らか口を大きく動かした土方。
それを見た女性は〝はい〟と短く唇を動かし静かに返事をすると、右手を左手の甲に添え真っ直ぐに持ち上げた。
土方は、それが手話だということを雰囲気で理解したが何を意味しているのかまではわからなかった。
少し困ったように難しそうな顔をする土方を見てまたふわりと笑う女性は、まるで土方は手話が分からないと初めからわかっていて手話を披露したようで、その表情や様子を眺めては小さな手を口元へ寄せながら笑顔を零していた。
土方もまた綺麗に笑う女性を見ながら、耳に届くことの無い声を想像しながらゆるりと表情を和らげた。
23.4.4
リクエスト〝音の聞こえない人が土方さんと出会う〟
実は花を買うのは口実だったり。
リクエストありがとうございました!
1/1ページ