お互い様
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つい最近まで付き合っていた喫煙者同士の休憩時間(切なめ)
親指を擦り軽い音を一つ響かせると赤い炎が手元を照らした。
手で覆いながら顔を近付け、口元に咥えている細身の煙草の先へ火を当てながら軽く息を吸うと口の中に煙草特有の苦味のある煙が広がって、火がつき徐々に燃え広がる先端はジリジリと黒くなっていく。
残り二本しか入っていない箱から出した一本は、最初のに比べると随分味気ないものに感じる。
「⋯⋯」
煙草を咥えたまま唇の隙間から疲れと共に煙を吐き出し腕時計を見れば、短針は八と九の間を向いていた。
月末だから?否、単に日頃どこかの誰かが仕事をサボっていたせいでシワ寄せがやってきて、名指しで駆り出された。
終わりそうにない書類を片付けながらほんの少し休憩するつもりで部屋を抜け出し、自販機で甘めの缶コーヒーを買って喫煙室の扉を開けた。
上着は随分前に部屋で脱ぎ捨てていた。詰まる首元を緩めながら煙草の灰をトツンと灰皿へ落とした時、人影が近付いて来るのが見えた。
「⋯⋯うわ⋯」
土方さんだ。大きな欠伸をひとつ零して首を動かし凝りをほぐしながら真っ直ぐ歩いてくる。
そんな土方さんも私を見るなり一瞬足を止めたけれど、多分今更が過ぎたのかダルそうに喫煙室の扉を開けて、灰皿を挟んだ隣へやってきた。
「お疲れ様です」
「あぁ」
近くで見ると尚更酷く疲れてそうな顔をした土方さんは胸元から煙草を取りだし一つ咥えた。
マヨボロなんて日頃メンソールの効く煙草しか吸っていない私からすれば少しも美味しくない煙草。
お手製なのか特注なのか今度はマヨネーズの形をした愛用ライターを取りだした土方さんだったけれど、オイル切れなのか石が死んだのかカチカチと親指を忙しなく動かしても一向に火がつかないそれ。
「⋯使いますか?」
段々眉間に刻まれていくシワが気になってポケットからライターを取り出し土方さんに差し出すと、悪ぃな、とそれを受け取り火をつけた。
「夜ご飯食べました?」
「いや」
「ですよね〜⋯」
話さない気まずさより話す気まずさを選んだ私は適当に話題を見つけて話しかけてみたけれど、いい返しを全く考えてなかった私は早々に言葉に詰まってしまう。ただの馬鹿だった。
「⋯そういえば最近煙草値上がりしましたよね」
「そうか?あんまり気にしてねえな」
「そう⋯ですか⋯⋯」
ああ駄目だ、絶妙に続かない。
ぼーっと天井へ視線を向けると、白い煙が二本ゆるゆると天井に向かって登っているのが見える。
あ〜なんか話題ないかな、煙草吸い終えるまでのたった数分でいいから続けられるような話。しりとりみたいな、あんな感じでレスポンスにあまり思考を割かなくて済むような。
「そもそもお前こんな時間まで何してんだ」
そう思ってると唐突に土方さんから言葉が飛んできた。
「何って⋯書類の片付けを」
「お前日頃から書類諸々担当してんだろ、なんで今更」
「なんでって、おたくのとある部隊が書類提出間に合わなくて駆り出されてるんです」
「⋯⋯あぁ⋯」
二人で同じ人物の顔をきっと思い浮かべてる。そんな気がした。
「酷いですよね、普段はヤニ臭ぇとかバカ臭ぇとか散々言ってくるくせに、こういう時だけ名指しとか」
「⋯⋯⋯」
長くなった灰を落としながら少し上を向いて煙を吐いた。
日頃からその日のものはその日のうちに、と処理していけば例え少し大怪我をして職務から離れなければいけなくなったとしても提出日には間に合ったはずなのに。
今頃は病室で悠々自適な日々を送ってるであろう人物を思い浮かべ、煙と共に溜め息が出た。
「土方さんこそ無理してませんか」
部下がいようといまいと常に一人分以上の仕事をしているような人、それなのに今は部下の何人かが入院し、埋め合わせの仕事までしていると聞いた。
現に今この時間になっても床に就かず隊服のまま煙草を吸いに来てるということは、まだ仕事をしていたということ。
ここ数日ずっとその調子なのか、ちらりと覗いた顔には心做しか薄らと隈が出来ているようにも見えた。
「あぁ」
それなのに、煙を吐くよりも短く嘘を吐く土方さん。
そうやってさらりと嘘をつくのを何度も見てきて、その度に何度も土方さんを気にかけて。
「土方さんが倒⋯」
そこまで言って不自然に言葉を終わらせてしまった。
土方さんが倒れないか心配です、なんて言葉をつい今までの調子で言いそうになって、手元にあるまだ長さの残る煙草を強めに押し潰した。
「ごめんなさい⋯私戻るんでこれどうぞ」
まだ熱さの残る缶コーヒーをポケットから取り出してから軽く投げて、振り返らずに喫煙室から逃げるように出た。
もうこの時間に喫煙室に行くのは当分やめよう。
沢山の書類に囲まれたデスクで小さな灯りをつけながらひたすら不備がないか目を通していた。
眠気覚ましにと買ったはずなのに勢いで土方さんにあげてしまった缶コーヒー。また買いに行こうかな、と一瞬落ちかけた意識を繋ぐため何度目かの目薬を落とした。
そんなに時間は経ってないはずなのに、なんて腕時計の時刻へ目をやるとそこそこ時間が経っていて、ああもう今日は家に帰るの諦めようと心に決めた。
「ん゛〜⋯」
どうせ明日も朝からできるし、今日はあと二つ三つの束に目を通したら終わろうと両腕を真上にあげて背筋を伸ばしていると、静かに部屋の扉が開いた。
「忘れもんだ」
閉じていた目を開けると真っ直ぐ私の方へ歩いてきた土方さんが見えて、私のライターと、真っ黒な缶コーヒーと、私の吸ってる煙草を一箱、机の上に静かに置いた。
「あ⋯ありがとうございます」
「あんま無理すんなよ」
終始顔を伏せていた土方さんは、それだけ言うと最後まで目を合わせることなくそのまま振り返り部屋を出ていった。
私の青いライターと、無糖の缶コーヒーと、メンソールが効いた細身の煙草。
机に腕を伸ばしてその上に伏せるよう顔を乗せながら置かれたそれらをぼんやり眺めて、ちょっとだけ目を閉じた。
「⋯ほんと、何一つ合わないなぁ」
喫煙してること以外ほとんど合うことがなかった互いの好み。
最初からわかってたはずなのに、いつから違ってたんだろうとたまに錯覚してしまう。
フィルムのついた煙草の箱を手に取って引き出しの一番上にしまった。
毎週決まった曜日に煙草が無くなるから次の日また新しく煙草を買ってるのを覚えててくれたのかなって、少しだけ嬉しく思いながら体を起こして冷たい缶コーヒーを一口喉に流し込んだ。
目が覚めるほどの冷たさと、嫌になるほどの苦味。
一口飲んだだけなのにそれらは口いっぱいに広がった。
22.12.1
親指を擦り軽い音を一つ響かせると赤い炎が手元を照らした。
手で覆いながら顔を近付け、口元に咥えている細身の煙草の先へ火を当てながら軽く息を吸うと口の中に煙草特有の苦味のある煙が広がって、火がつき徐々に燃え広がる先端はジリジリと黒くなっていく。
残り二本しか入っていない箱から出した一本は、最初のに比べると随分味気ないものに感じる。
「⋯⋯」
煙草を咥えたまま唇の隙間から疲れと共に煙を吐き出し腕時計を見れば、短針は八と九の間を向いていた。
月末だから?否、単に日頃どこかの誰かが仕事をサボっていたせいでシワ寄せがやってきて、名指しで駆り出された。
終わりそうにない書類を片付けながらほんの少し休憩するつもりで部屋を抜け出し、自販機で甘めの缶コーヒーを買って喫煙室の扉を開けた。
上着は随分前に部屋で脱ぎ捨てていた。詰まる首元を緩めながら煙草の灰をトツンと灰皿へ落とした時、人影が近付いて来るのが見えた。
「⋯⋯うわ⋯」
土方さんだ。大きな欠伸をひとつ零して首を動かし凝りをほぐしながら真っ直ぐ歩いてくる。
そんな土方さんも私を見るなり一瞬足を止めたけれど、多分今更が過ぎたのかダルそうに喫煙室の扉を開けて、灰皿を挟んだ隣へやってきた。
「お疲れ様です」
「あぁ」
近くで見ると尚更酷く疲れてそうな顔をした土方さんは胸元から煙草を取りだし一つ咥えた。
マヨボロなんて日頃メンソールの効く煙草しか吸っていない私からすれば少しも美味しくない煙草。
お手製なのか特注なのか今度はマヨネーズの形をした愛用ライターを取りだした土方さんだったけれど、オイル切れなのか石が死んだのかカチカチと親指を忙しなく動かしても一向に火がつかないそれ。
「⋯使いますか?」
段々眉間に刻まれていくシワが気になってポケットからライターを取り出し土方さんに差し出すと、悪ぃな、とそれを受け取り火をつけた。
「夜ご飯食べました?」
「いや」
「ですよね〜⋯」
話さない気まずさより話す気まずさを選んだ私は適当に話題を見つけて話しかけてみたけれど、いい返しを全く考えてなかった私は早々に言葉に詰まってしまう。ただの馬鹿だった。
「⋯そういえば最近煙草値上がりしましたよね」
「そうか?あんまり気にしてねえな」
「そう⋯ですか⋯⋯」
ああ駄目だ、絶妙に続かない。
ぼーっと天井へ視線を向けると、白い煙が二本ゆるゆると天井に向かって登っているのが見える。
あ〜なんか話題ないかな、煙草吸い終えるまでのたった数分でいいから続けられるような話。しりとりみたいな、あんな感じでレスポンスにあまり思考を割かなくて済むような。
「そもそもお前こんな時間まで何してんだ」
そう思ってると唐突に土方さんから言葉が飛んできた。
「何って⋯書類の片付けを」
「お前日頃から書類諸々担当してんだろ、なんで今更」
「なんでって、おたくのとある部隊が書類提出間に合わなくて駆り出されてるんです」
「⋯⋯あぁ⋯」
二人で同じ人物の顔をきっと思い浮かべてる。そんな気がした。
「酷いですよね、普段はヤニ臭ぇとかバカ臭ぇとか散々言ってくるくせに、こういう時だけ名指しとか」
「⋯⋯⋯」
長くなった灰を落としながら少し上を向いて煙を吐いた。
日頃からその日のものはその日のうちに、と処理していけば例え少し大怪我をして職務から離れなければいけなくなったとしても提出日には間に合ったはずなのに。
今頃は病室で悠々自適な日々を送ってるであろう人物を思い浮かべ、煙と共に溜め息が出た。
「土方さんこそ無理してませんか」
部下がいようといまいと常に一人分以上の仕事をしているような人、それなのに今は部下の何人かが入院し、埋め合わせの仕事までしていると聞いた。
現に今この時間になっても床に就かず隊服のまま煙草を吸いに来てるということは、まだ仕事をしていたということ。
ここ数日ずっとその調子なのか、ちらりと覗いた顔には心做しか薄らと隈が出来ているようにも見えた。
「あぁ」
それなのに、煙を吐くよりも短く嘘を吐く土方さん。
そうやってさらりと嘘をつくのを何度も見てきて、その度に何度も土方さんを気にかけて。
「土方さんが倒⋯」
そこまで言って不自然に言葉を終わらせてしまった。
土方さんが倒れないか心配です、なんて言葉をつい今までの調子で言いそうになって、手元にあるまだ長さの残る煙草を強めに押し潰した。
「ごめんなさい⋯私戻るんでこれどうぞ」
まだ熱さの残る缶コーヒーをポケットから取り出してから軽く投げて、振り返らずに喫煙室から逃げるように出た。
もうこの時間に喫煙室に行くのは当分やめよう。
沢山の書類に囲まれたデスクで小さな灯りをつけながらひたすら不備がないか目を通していた。
眠気覚ましにと買ったはずなのに勢いで土方さんにあげてしまった缶コーヒー。また買いに行こうかな、と一瞬落ちかけた意識を繋ぐため何度目かの目薬を落とした。
そんなに時間は経ってないはずなのに、なんて腕時計の時刻へ目をやるとそこそこ時間が経っていて、ああもう今日は家に帰るの諦めようと心に決めた。
「ん゛〜⋯」
どうせ明日も朝からできるし、今日はあと二つ三つの束に目を通したら終わろうと両腕を真上にあげて背筋を伸ばしていると、静かに部屋の扉が開いた。
「忘れもんだ」
閉じていた目を開けると真っ直ぐ私の方へ歩いてきた土方さんが見えて、私のライターと、真っ黒な缶コーヒーと、私の吸ってる煙草を一箱、机の上に静かに置いた。
「あ⋯ありがとうございます」
「あんま無理すんなよ」
終始顔を伏せていた土方さんは、それだけ言うと最後まで目を合わせることなくそのまま振り返り部屋を出ていった。
私の青いライターと、無糖の缶コーヒーと、メンソールが効いた細身の煙草。
机に腕を伸ばしてその上に伏せるよう顔を乗せながら置かれたそれらをぼんやり眺めて、ちょっとだけ目を閉じた。
「⋯ほんと、何一つ合わないなぁ」
喫煙してること以外ほとんど合うことがなかった互いの好み。
最初からわかってたはずなのに、いつから違ってたんだろうとたまに錯覚してしまう。
フィルムのついた煙草の箱を手に取って引き出しの一番上にしまった。
毎週決まった曜日に煙草が無くなるから次の日また新しく煙草を買ってるのを覚えててくれたのかなって、少しだけ嬉しく思いながら体を起こして冷たい缶コーヒーを一口喉に流し込んだ。
目が覚めるほどの冷たさと、嫌になるほどの苦味。
一口飲んだだけなのにそれらは口いっぱいに広がった。
22.12.1
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