ゆくりなく
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粘着系桂
「名前!今度こそ俺た」
「いやあああ!来ないでえええ!!」
買い物の帰り道、電柱の影から飛び出してきた桂さんに玉ねぎを投げつけ百八十度向きを変えて全速力で走り出した。
この際食べ物を粗末にしては云々なんてどうでもいい。とにかく必死に、追いつかれないように、必死に、必ッッッ死に、ひたすら走って逃げた。
「はぁ⋯はぁ⋯⋯も⋯無理⋯⋯」
街を横断する気持ちで走り抜けた私は流石にもう息が詰まるほど限界が来ていて、もうここがどこかなんて正直わかんないけど近くのベンチに座り込んだ。
「ほん⋯⋯ほんっと⋯諦めてよ⋯⋯」
「そう簡単に諦められるわけないだろう」
「いやあああ!!!」
肩というか全身で息をしながらぐったりしてる私の横にはいつも間にか桂さんがいて⋯⋯あぁ、手に玉ねぎを持ちながら息の一つも乱すことなく私を見つめている。
声は出る。なんとか声だけは出せるけど足はもう無理。当分は一歩も動けない。疲れすぎて小さく震えてすらいる足はそう言ってる。
「⋯⋯あの⋯ホントに⋯無理です⋯」
「無理では無い、そもそもやってすらいないのに無理だと何故決めつけてしまうのだ」
「いやいや⋯⋯無理ですよ⋯無理でしょ⋯⋯」
「どこがどう無理なのか具体的に頼む、出来ればそうだな、百字程度で」
「いや作文じゃないんですけど⋯」
もうかれこれ桂さんのストーカーは二週間続いてる。
真顔で私を見つめてくるその無駄に整った顔と無駄に綺麗な髪。
無性に腹が立ってくるけど怒る気力すら一ミリも無い。
最優先ですべきことは百時程度で説明をするよりもまずはこの乱れまくった呼吸を正すことだと私は思った。
いっそ隣にいる桂さんはここに居なかったことにして、少しずつ少しずつ、酸素を送り込みながら乱れる呼吸を落ち着かせていった。
発端は些細なことだった。
仕事から帰る途中近くの公園をいつもの様に通りかかった時、遊具の隙間に埋もれている白い塊を見つけた。
見つけたというか、目が合った。
丸い目と黄色いくちばし。着ぐるみ?と思いながらつい足を止めてしまった私へ、その白い着ぐるみは『助けて』というプラカードを掲げてみせた。
仕方なく鞄をベンチへ置いてその挟まっている白い着ぐるみの元へ近付き、前屈みに挟まっている彼⋯?彼女⋯?を思いきり背中から押してみた。
けれどぴくりともしない大きな体。ぐにゃりと歪に形が歪んでしまうほどびっちりと隙間なく挟まっている体は、どうやら相当キツイのか震えだ出してきた。
「⋯あ、あの、失礼しますね」
後ろがダメなら前からだ、とくちばしのある側へ移動し肩なのか顔なのか胴なのかよくわからない箇所に手を起き思いきり押してみた。
すると、姿勢自体は前かがみになっていて如何にも辛そうに見えた白い体は以外にもあっさりと後ろへスポンと抜けていった。
「⋯⋯⋯」
その際に見えた黄色い足、から覗くけして綺麗とは言い難い足。
正しく人間のそれは中身が彼であることを教えてくれた。
その彼が後ろへ抜けた衝撃で地面に寝転んでいる間に、何故か急に怖くなってきた私は鞄を拾い上げ一目散に家の方へと走った。
それからその白い着ぐるみの彼はどうなったか知ることも無く二日程過ごしていたある日、桂さんに出会った。
「お主名前は?」
「はい?⋯⋯苗字⋯いやまずそちらは?」
「俺は桂小太郎という」
「あっはい⋯えっと私は、苗字名前と申しますが⋯」
「ふむ、名前か、いい名前であるな」
「あぁ、どうも」
会社のお昼休み、近場のお蕎麦屋さんで蕎麦を食べていたら隣の席へ座ってきた桂さんは頼んだ品が届くまでずっと私へ話しかけてきたんだ。
「先日はエリザベスが世話になったと聞いた」
「エリザベス?」
「ああ、公園で動けなくなっていたところを助けて貰ったと」
「公園⋯⋯⋯あっ」
あのやばい着ぐるみのお知り合いさんだ⋯!
うわどうしよう、関わりたくない一心で逃げ帰った二日前を思い出し若干顔が引き攣り始めた私を見た桂さんは、自分が頼んだ蕎麦が来ると受け取りながら割り箸を割っている。
「奴は俺のペットなんだが、エリザベスが酷くお主を気に入っておってな、俺達と⋯」
ズズズッ⋯⋯この蕎麦上手いな⋯ズズッ⋯⋯⋯どこまで言ったか⋯ああそうだ、俺達と⋯⋯ズズズッ⋯。
いや話すか食うかどっちかにせんかい!
私の手元にある蕎麦は桂さんに絡まれたことで随分と延びてしまい、何本かをまとめて箸ですくうだけでたぷんとちぎれて汁へ落ちてしまう。
うわまじか、なんて思ってる私の隣で蕎麦をすすりながら「どうだ、おれたちといっしょにちきゅーのへいわをまもらぬか」と、ズズズッと聞こえる音の合間から辛うじて聞こえてくる言葉を繋ぎ合わせた理解不能な言葉。
伸びた蕎麦を食べ切ることが出来ない事を申し訳なく思いながらも、箸を揃えた隣へお金を置き無言で席を立った私はそのまま無言で店を出た。
明らかに関わらない方がいいタイプの人間だ、確信は無いけど私の脳みそが近付くなと警告してくる。ここは自分の脳を信じるしかない。そう思った。
関わりたくない一心で逃げ帰った昼の出来事を思い浮かべながら歩いていたその日の帰宅路、公園には同じ姿勢で同じプラカードを掲げた同じ見た目の白い着ぐるみと、別の遊具には明らか自分からハマっただろう姿勢でこちらを見つめる桂さんがいて。
それから二週間、昼休み中や帰宅途中や買い物中、どこにでも現れては「どうだそろそろ共にする気になってきたか」と飽きることなく私を勧誘し続けている桂さん。
「⋯⋯もういい加減諦めてくださいよ⋯」
ある程度落ち着いた呼吸で息を吐きながら伝えた言葉に、ここ二週間の鬱憤を存分に詰め込んだつもりだった。
それでも桂さんは「無理だな」と簡単に否定すると、私の横へ玉ねぎを起きながら口元を動かした。
「すまぬが名前、俺も、お前が気に入ってしまった」
22.11.28
「名前!今度こそ俺た」
「いやあああ!来ないでえええ!!」
買い物の帰り道、電柱の影から飛び出してきた桂さんに玉ねぎを投げつけ百八十度向きを変えて全速力で走り出した。
この際食べ物を粗末にしては云々なんてどうでもいい。とにかく必死に、追いつかれないように、必死に、必ッッッ死に、ひたすら走って逃げた。
「はぁ⋯はぁ⋯⋯も⋯無理⋯⋯」
街を横断する気持ちで走り抜けた私は流石にもう息が詰まるほど限界が来ていて、もうここがどこかなんて正直わかんないけど近くのベンチに座り込んだ。
「ほん⋯⋯ほんっと⋯諦めてよ⋯⋯」
「そう簡単に諦められるわけないだろう」
「いやあああ!!!」
肩というか全身で息をしながらぐったりしてる私の横にはいつも間にか桂さんがいて⋯⋯あぁ、手に玉ねぎを持ちながら息の一つも乱すことなく私を見つめている。
声は出る。なんとか声だけは出せるけど足はもう無理。当分は一歩も動けない。疲れすぎて小さく震えてすらいる足はそう言ってる。
「⋯⋯あの⋯ホントに⋯無理です⋯」
「無理では無い、そもそもやってすらいないのに無理だと何故決めつけてしまうのだ」
「いやいや⋯⋯無理ですよ⋯無理でしょ⋯⋯」
「どこがどう無理なのか具体的に頼む、出来ればそうだな、百字程度で」
「いや作文じゃないんですけど⋯」
もうかれこれ桂さんのストーカーは二週間続いてる。
真顔で私を見つめてくるその無駄に整った顔と無駄に綺麗な髪。
無性に腹が立ってくるけど怒る気力すら一ミリも無い。
最優先ですべきことは百時程度で説明をするよりもまずはこの乱れまくった呼吸を正すことだと私は思った。
いっそ隣にいる桂さんはここに居なかったことにして、少しずつ少しずつ、酸素を送り込みながら乱れる呼吸を落ち着かせていった。
発端は些細なことだった。
仕事から帰る途中近くの公園をいつもの様に通りかかった時、遊具の隙間に埋もれている白い塊を見つけた。
見つけたというか、目が合った。
丸い目と黄色いくちばし。着ぐるみ?と思いながらつい足を止めてしまった私へ、その白い着ぐるみは『助けて』というプラカードを掲げてみせた。
仕方なく鞄をベンチへ置いてその挟まっている白い着ぐるみの元へ近付き、前屈みに挟まっている彼⋯?彼女⋯?を思いきり背中から押してみた。
けれどぴくりともしない大きな体。ぐにゃりと歪に形が歪んでしまうほどびっちりと隙間なく挟まっている体は、どうやら相当キツイのか震えだ出してきた。
「⋯あ、あの、失礼しますね」
後ろがダメなら前からだ、とくちばしのある側へ移動し肩なのか顔なのか胴なのかよくわからない箇所に手を起き思いきり押してみた。
すると、姿勢自体は前かがみになっていて如何にも辛そうに見えた白い体は以外にもあっさりと後ろへスポンと抜けていった。
「⋯⋯⋯」
その際に見えた黄色い足、から覗くけして綺麗とは言い難い足。
正しく人間のそれは中身が彼であることを教えてくれた。
その彼が後ろへ抜けた衝撃で地面に寝転んでいる間に、何故か急に怖くなってきた私は鞄を拾い上げ一目散に家の方へと走った。
それからその白い着ぐるみの彼はどうなったか知ることも無く二日程過ごしていたある日、桂さんに出会った。
「お主名前は?」
「はい?⋯⋯苗字⋯いやまずそちらは?」
「俺は桂小太郎という」
「あっはい⋯えっと私は、苗字名前と申しますが⋯」
「ふむ、名前か、いい名前であるな」
「あぁ、どうも」
会社のお昼休み、近場のお蕎麦屋さんで蕎麦を食べていたら隣の席へ座ってきた桂さんは頼んだ品が届くまでずっと私へ話しかけてきたんだ。
「先日はエリザベスが世話になったと聞いた」
「エリザベス?」
「ああ、公園で動けなくなっていたところを助けて貰ったと」
「公園⋯⋯⋯あっ」
あのやばい着ぐるみのお知り合いさんだ⋯!
うわどうしよう、関わりたくない一心で逃げ帰った二日前を思い出し若干顔が引き攣り始めた私を見た桂さんは、自分が頼んだ蕎麦が来ると受け取りながら割り箸を割っている。
「奴は俺のペットなんだが、エリザベスが酷くお主を気に入っておってな、俺達と⋯」
ズズズッ⋯⋯この蕎麦上手いな⋯ズズッ⋯⋯⋯どこまで言ったか⋯ああそうだ、俺達と⋯⋯ズズズッ⋯。
いや話すか食うかどっちかにせんかい!
私の手元にある蕎麦は桂さんに絡まれたことで随分と延びてしまい、何本かをまとめて箸ですくうだけでたぷんとちぎれて汁へ落ちてしまう。
うわまじか、なんて思ってる私の隣で蕎麦をすすりながら「どうだ、おれたちといっしょにちきゅーのへいわをまもらぬか」と、ズズズッと聞こえる音の合間から辛うじて聞こえてくる言葉を繋ぎ合わせた理解不能な言葉。
伸びた蕎麦を食べ切ることが出来ない事を申し訳なく思いながらも、箸を揃えた隣へお金を置き無言で席を立った私はそのまま無言で店を出た。
明らかに関わらない方がいいタイプの人間だ、確信は無いけど私の脳みそが近付くなと警告してくる。ここは自分の脳を信じるしかない。そう思った。
関わりたくない一心で逃げ帰った昼の出来事を思い浮かべながら歩いていたその日の帰宅路、公園には同じ姿勢で同じプラカードを掲げた同じ見た目の白い着ぐるみと、別の遊具には明らか自分からハマっただろう姿勢でこちらを見つめる桂さんがいて。
それから二週間、昼休み中や帰宅途中や買い物中、どこにでも現れては「どうだそろそろ共にする気になってきたか」と飽きることなく私を勧誘し続けている桂さん。
「⋯⋯もういい加減諦めてくださいよ⋯」
ある程度落ち着いた呼吸で息を吐きながら伝えた言葉に、ここ二週間の鬱憤を存分に詰め込んだつもりだった。
それでも桂さんは「無理だな」と簡単に否定すると、私の横へ玉ねぎを起きながら口元を動かした。
「すまぬが名前、俺も、お前が気に入ってしまった」
22.11.28
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