月白に苛まれて
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「痛っ!⋯土方さんだって声大きいじゃないですか!」
「おま⋯⋯⋯悪い」
土方さん。
そう、漫画に出てたキャラクターもそんな名前だった気がする。
瞳孔が開いている目元にM字の前髪。
友達が読んでいるのを時折覗き見した程度の知識しかないけれど、多分マヨネーズが好きなキャラクター。
その友達経由でしか得たことのない情報のキャラクターでさえ夢に出てきているのに、お母さんは出てきてくれないだなんて都合の悪い夢だなと、少しだけ悲しくなった。
「今日明日は絶対安静に、そうすれば明後日くらいには話せるようにもなるんじゃないかな」
体も動かせるだろうしご飯も普通に食べられるようになるよ。
そう言うと先生は土方さんと呼ばれていた人物といくらか言葉を交わし、あまり長居はしないという約束でもう一人の男性が脇にある椅子へ姿勢よく腰掛けると看護師さんを連れ病室から出ていった。
残された私と、椅子に座っている男性と、例の土方さん。
「あっあの、えっと何から話せば⋯⋯と!とにかく本当にごめんなさい!」
男性は椅子に座りながらも深く頭を下げ謝罪を口にした。
勿論、なにか言葉をかけたりすることができない私はただじっと男性の話を聞いているだけだった。
日中のミスを埋めるため普段通らない道を通ることになり、夜、信号に気付いた頃には横断歩道を渡る私が視界に入り必死にブレーキを踏んだらしい。
けれど咄嗟の事でペダルを踏み間違えた挙句突然の出来事で足を離すことも出来ないまま私を轢き飛ばしたらいし。
「最初は⋯目が覚めなかったらとか考えて⋯⋯」
ズビズビと鼻水を垂らしながら嗚咽交じりに言葉を続ける男性。
その後ろでただじっと私を見つめている土方さんは、完治するまでの間は全面的にこっちが負担するから何も心配しなくていい、とだけ後に説明してくれた。
「何か必要なものがあれば看護師にでも遠慮なく言っといてくれ」
ある程度の時間が経った頃、あまり長居するのもよくないと二人はそう言い残し病室を出ていった。
一人取り残された病室で考えるのはいろいろな事。
やたらとリアルな夢?幻覚?
まず第一にそう思った。
痛みは勿論だけど事故の詳細から細かな部分まで作り込まれてる。
いつ冷めるかもわからないのにと思いつつも疲労感や睡魔が徐々に体を覆い始め、目を閉じるとまるで冷たい泥か何かに沈んでいくように、意識がふわりと遠のいていった。
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次に目を覚ました時、私はまだ同じ病室にいた。
その次に目を覚ました時も、そのまた次に目を覚ました時も、その次の次も同じ病室。
いつも沈むように意識を手放しながらこの得体のしれない夢か幻覚が覚めてくれるのを信じているのに、すくなくとも目を覚ましたあの日から数日はずっと病室で過ごしている。
しかも驚くことに体にある傷も徐々に治ってきてるし、声だって出せるようになった。
指や首もある程度なら動かせるようになっている。
骨折してると聞かされた足はまだ痛みがあって歩くことは出来ないけど、それでも確実に快方に向かっていた。