甘過ぎて辛い
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全部全部の続き。
「⋯⋯嘘、お弁当忘れた」
「名前お昼ご飯抜きアルか?」
昼休みになってカバンを開けると、そこにあるべきお弁当が丸々見付からず代わりに朝いつも使ってるクリップ型の髪留めが入ってた。
「なんか買ってくるよ」
「焼きそばパン買ってこいヨ!」
「こら変なの真似しない、ごめんね妙達と食べてて」
カバンから財布を取り出して神楽に手を振って、滅多に行かない購買へと向かった。
今日珍しく寝坊して朝少し急いでたもんなー⋯と思いながら購買に行くと、やっぱりいつ見てもそこそこの人で溢れてる売り場。
人の間をするすると抜けて適当に手に取ったパンを二つオバチャンから買って早々に人の波から逃げるようにその場を離れた。
パンにそこまでこだわりは無いし好き嫌いも殆ど無い、正直お腹が満たせればいいかな程度で適当に掴んだパンは、あんバターホイップが挟まったコッペパンと苺のフルーツサンド。
⋯⋯確かに、確かにほぼ何も確認せず買った私が悪いけど、これじゃご飯ってよりデザートかな、と少し苦い気持ちになってパンから顔を背けるように近くの自販機からお茶を買ってると、少し離れたところに大好きな後ろ姿を見つけた。
先生だ。
お昼休みなのにどこ行くんだろう、と思って教室に向かわず廊下の先にある角を曲がった先生の後を追って同じように角を曲がると、屋上に続く階段を登った先にある扉が閉まる音がした。
屋上に来たことがないからそもそも来ていいのかさえわかってなかったけど、他に道もないから先生は屋上に行った以外に考えられないし、階段を登って恐る恐る古い扉を開けてみた。
近場にはここより高い建物もないから、無駄に天気のいい秋空がめいいっぱい広がってる。
澄んだ青空に発色のいい雲が程よく流れていて、ほんの少し肌寒い季節風が脚の間をすり抜けていく。なんの遮りもない屋上の奥には、先生の後ろ姿が見えた。
「先生」
「は?⋯⋯名前か」
静かに近づいて声をかけたら少し驚きながら振り返った先生は、私だとわかると「何してんの」と怠そうな顔で煙草を咥えながら聞いてきた。
「先生こそ。いつもここで吸ってるの?」
「喫煙者は年々肩身が狭くてよ、てかお前こそ何?ハブ?」
「そんな訳ないじゃん、先生見かけたから着いてきちゃった」
先生の横に腰が下ろせそうな高さのブロックを見つけて、そこに腰を下ろすと「いつからンな悪い子チャンになったわけ」と煙を吐きながら同じように少し間を開けて隣に腰を下ろした先生。
「先生に着いてくのは悪い子チャンなの?」
「そこじゃねーよ、購買で買ったパン持って短ぇスカートで屋上来んのは悪い子チャンでしょ」
「偏見すごくない?私お弁当忘れただけだし。先生のお昼は?」
話しながら袋を開けてちょっと外に出したコッペパンをかじると、あんことバターとクリームとそれはもう甘ったるい味が口いっぱいに広がって、膝上に一度コッペパンを置いて甘さを流すようにお茶を飲み込んだ。
「俺はコレがあるからいーの」
「それ煙草だよ?お腹膨れなくない?」
「細けぇこと気にすんなって」
そう言いながらまた一呼吸、ふーっと白い煙を上に向かって吐いてる先生。すぐ隣にある先生の横顔。鼻の高さとか、喉元の凹凸とか、風になびいて眼鏡にかかる柔らかそうな前髪とか。
やっぱりかっこいいなって思っちゃう。
キャップを開けたままのお茶を持ちながら先生を見てると、さすがに見すぎて気付いたのか先生は短くなった煙草を摘んで携帯灰皿に押し入れ、ちらりと私を見た。
急にこっちを向いた先生の目にドキッとして危うくキャップを落としそうになった。
「⋯⋯お前さ、ちったァ隠すとかできねえの?」
「な、なに?なにが?」
「⋯そのパンどうせ甘すぎて食う気ねーだろ、茶ァばっか飲んでるしよ」
「パン⋯?」
それ、と指さす先には私の膝上に置かれたコッペパン。一口分しか欠けてないパンは封をするように袋の上の部分を一度折りたたんで太腿とパンとで挟むように置いてある。
「⋯だってこれ甘過ぎて。フルーツサンドもあるしなって」
「お前が選んで買ったんだろーが」
「人が居過ぎて適当に買っちゃったんだもん」
「だもんって、んな可愛く言ったって買ったもんはしゃーねえだろ」
甘過ぎて食えねえわってオーラだだ漏れだぞ、って先生に言われて、神楽にでもあげるからいいよ、と言葉を返すとひょこっと伸びてきた手がコッペパンを袋ごと攫っていった。
「んじゃ俺貰うわ」
「え!?いや、え!?先生が食べるの!?」
「俺甘ぇもん好きだしな、細けぇこと気にすんなって」
腹減ってたし、と私の待っても聞かずに折りたたんである袋からコッペパンをつまみ出すと頬張るようにかじりついた先生。
リスみたいに頬を膨らませて「んま」とか言ってる先生を見て、今度こそ手から滑り落ちたキャップが元々コッペパンを置いていた太腿の上に転がった。
その、今先生が食べてるとこ、さっき私が食べたとこ。
大きい口でかじりついた先生のそれで既に上書きされてる欠けたコッペパンを見ながら、これってあれじゃん、間接、と意識すればするほどポッと熱を帯びていく顔。
「⋯ナニナニ、名前チャン結構ウブ?」
「ちがッそんなんじゃ!」
私に気付いてにやにやと目を細める先生が更に熱を加速させてく。
熱くなる顔を隠すように俯きながらまだ冷えているお茶を左頬に当てると酷く気持ち良かった。
「にしてもこれうめーな」
そんな私を気にもせずぱくぱくと食べ進める先生は余程甘い物が好きなのか普段より少しだけ嬉しそうな気がした。
「⋯そんなに甘いの食べてると太っちゃうよ」
「お前さ〜何気に気にしてんだから言わないでくんない?」
「お腹出ちゃうよ」
「まだ出てねえから!いや出る予定もねえから!」
余計気になんだろーが!と言いながらもコッペパンをかじる先生が面白くてつい笑っちゃえば、こつっと軽く頭を叩かれた。
あと何ヶ月もすればこうやって先生と話すことも無くなるのかな、なんてふと思った私は、高くて遠い空を流れる形のいい雲を一つ眺めた。
あとどれくらい先生を見てられるのかなとか、こうして話してられるのかなとか、いっぱしに恋する高校生みたいなそんな事考えては叶いもしないそんな恋に小さな笑いが出た。
「そーいやお前あの年上の彼氏とはどうなったんだよ」
「だから彼氏じゃないって」
最後の一口をぱくりと食べた先生は思い出したみたいに私の悩みの種を刺激してくる。
どうもこうも平行線というか、今以上になることは無いとわかってるのに諦めきれずにいて、卒業までずっと片想いだとそれとなくわかってる、そんな感じ。なんて言えなくて。
「⋯先生こそ彼女できた?」
いっそ彼女の一人や二人いてくれたら潔く⋯とはいかなくても諦めるきっかけにはなるのにな、と聞いてみたけど「いたら今頃可愛い弁当食ってるわ」と素っ気ない答えが返ってきた。
「片想いしてる方がいいかなって」
つい口を出た言葉。
当たって砕ける強さもなければ、そもそも当たる勇気もない私は一番楽な道に逃げてるだけだと気づいてる。それでも一番楽な道が一番幸せな道だと、伸ばしてた膝を抱えるように顔に寄せて遠い向こう側の読めもしない小さな看板を見つめながらそう思ってた。
「そりゃわかんねーだろ」
私が誰を好きかなんて知りもしない先生はそう言うけど実際自分じゃわかりきってるから辛い部分の方が多いんだと、目線をゆっくり地面に落とした。
「⋯早く大人になりたい」
立場や年の差や周りの目を気にすることのない、そんな大人に。
「まぁアレよ、案外男っつーのは言われんのも嫌いじゃねえのよ」
「⋯⋯何の話?」
「その好きな野郎も、お前からのスキスキって言葉待ちかもしんねえよって話」
まあお前次第だけどな。残りの学生生活頑張れよ。
そういうと立ち上がって軽く白衣をはたいた先生は「飯サンキュー」と言いゆったりとした普段と変わらない足取りで屋上から消えていった。
頑張れだなんて無責任な、誰のせいでこんなに⋯こんなに悩んでると思ってるんだあの天パめ。
残りのフルーツサンドの袋を開けて少し雑にかじりついたらやっぱり甘ったるいクリームの味が口いっぱいに広がったけど、苺の酸味が少しだけ甘ったるさを和らげてくれているような気がした。
22.10.
リクエスト〝銀時短編 全部全部 の続き〟
元々続きを書こうと思っていたのでリクエストを頂けて嬉しかったです。高校生らしくない落ち着きさのある主人公ちゃんが難しい問題に悩まされ、一方の銀八先生はどう思ってるのか、読み解いて頂けると嬉しいです。
リクエストありがとうございました!
「⋯⋯嘘、お弁当忘れた」
「名前お昼ご飯抜きアルか?」
昼休みになってカバンを開けると、そこにあるべきお弁当が丸々見付からず代わりに朝いつも使ってるクリップ型の髪留めが入ってた。
「なんか買ってくるよ」
「焼きそばパン買ってこいヨ!」
「こら変なの真似しない、ごめんね妙達と食べてて」
カバンから財布を取り出して神楽に手を振って、滅多に行かない購買へと向かった。
今日珍しく寝坊して朝少し急いでたもんなー⋯と思いながら購買に行くと、やっぱりいつ見てもそこそこの人で溢れてる売り場。
人の間をするすると抜けて適当に手に取ったパンを二つオバチャンから買って早々に人の波から逃げるようにその場を離れた。
パンにそこまでこだわりは無いし好き嫌いも殆ど無い、正直お腹が満たせればいいかな程度で適当に掴んだパンは、あんバターホイップが挟まったコッペパンと苺のフルーツサンド。
⋯⋯確かに、確かにほぼ何も確認せず買った私が悪いけど、これじゃご飯ってよりデザートかな、と少し苦い気持ちになってパンから顔を背けるように近くの自販機からお茶を買ってると、少し離れたところに大好きな後ろ姿を見つけた。
先生だ。
お昼休みなのにどこ行くんだろう、と思って教室に向かわず廊下の先にある角を曲がった先生の後を追って同じように角を曲がると、屋上に続く階段を登った先にある扉が閉まる音がした。
屋上に来たことがないからそもそも来ていいのかさえわかってなかったけど、他に道もないから先生は屋上に行った以外に考えられないし、階段を登って恐る恐る古い扉を開けてみた。
近場にはここより高い建物もないから、無駄に天気のいい秋空がめいいっぱい広がってる。
澄んだ青空に発色のいい雲が程よく流れていて、ほんの少し肌寒い季節風が脚の間をすり抜けていく。なんの遮りもない屋上の奥には、先生の後ろ姿が見えた。
「先生」
「は?⋯⋯名前か」
静かに近づいて声をかけたら少し驚きながら振り返った先生は、私だとわかると「何してんの」と怠そうな顔で煙草を咥えながら聞いてきた。
「先生こそ。いつもここで吸ってるの?」
「喫煙者は年々肩身が狭くてよ、てかお前こそ何?ハブ?」
「そんな訳ないじゃん、先生見かけたから着いてきちゃった」
先生の横に腰が下ろせそうな高さのブロックを見つけて、そこに腰を下ろすと「いつからンな悪い子チャンになったわけ」と煙を吐きながら同じように少し間を開けて隣に腰を下ろした先生。
「先生に着いてくのは悪い子チャンなの?」
「そこじゃねーよ、購買で買ったパン持って短ぇスカートで屋上来んのは悪い子チャンでしょ」
「偏見すごくない?私お弁当忘れただけだし。先生のお昼は?」
話しながら袋を開けてちょっと外に出したコッペパンをかじると、あんことバターとクリームとそれはもう甘ったるい味が口いっぱいに広がって、膝上に一度コッペパンを置いて甘さを流すようにお茶を飲み込んだ。
「俺はコレがあるからいーの」
「それ煙草だよ?お腹膨れなくない?」
「細けぇこと気にすんなって」
そう言いながらまた一呼吸、ふーっと白い煙を上に向かって吐いてる先生。すぐ隣にある先生の横顔。鼻の高さとか、喉元の凹凸とか、風になびいて眼鏡にかかる柔らかそうな前髪とか。
やっぱりかっこいいなって思っちゃう。
キャップを開けたままのお茶を持ちながら先生を見てると、さすがに見すぎて気付いたのか先生は短くなった煙草を摘んで携帯灰皿に押し入れ、ちらりと私を見た。
急にこっちを向いた先生の目にドキッとして危うくキャップを落としそうになった。
「⋯⋯お前さ、ちったァ隠すとかできねえの?」
「な、なに?なにが?」
「⋯そのパンどうせ甘すぎて食う気ねーだろ、茶ァばっか飲んでるしよ」
「パン⋯?」
それ、と指さす先には私の膝上に置かれたコッペパン。一口分しか欠けてないパンは封をするように袋の上の部分を一度折りたたんで太腿とパンとで挟むように置いてある。
「⋯だってこれ甘過ぎて。フルーツサンドもあるしなって」
「お前が選んで買ったんだろーが」
「人が居過ぎて適当に買っちゃったんだもん」
「だもんって、んな可愛く言ったって買ったもんはしゃーねえだろ」
甘過ぎて食えねえわってオーラだだ漏れだぞ、って先生に言われて、神楽にでもあげるからいいよ、と言葉を返すとひょこっと伸びてきた手がコッペパンを袋ごと攫っていった。
「んじゃ俺貰うわ」
「え!?いや、え!?先生が食べるの!?」
「俺甘ぇもん好きだしな、細けぇこと気にすんなって」
腹減ってたし、と私の待っても聞かずに折りたたんである袋からコッペパンをつまみ出すと頬張るようにかじりついた先生。
リスみたいに頬を膨らませて「んま」とか言ってる先生を見て、今度こそ手から滑り落ちたキャップが元々コッペパンを置いていた太腿の上に転がった。
その、今先生が食べてるとこ、さっき私が食べたとこ。
大きい口でかじりついた先生のそれで既に上書きされてる欠けたコッペパンを見ながら、これってあれじゃん、間接、と意識すればするほどポッと熱を帯びていく顔。
「⋯ナニナニ、名前チャン結構ウブ?」
「ちがッそんなんじゃ!」
私に気付いてにやにやと目を細める先生が更に熱を加速させてく。
熱くなる顔を隠すように俯きながらまだ冷えているお茶を左頬に当てると酷く気持ち良かった。
「にしてもこれうめーな」
そんな私を気にもせずぱくぱくと食べ進める先生は余程甘い物が好きなのか普段より少しだけ嬉しそうな気がした。
「⋯そんなに甘いの食べてると太っちゃうよ」
「お前さ〜何気に気にしてんだから言わないでくんない?」
「お腹出ちゃうよ」
「まだ出てねえから!いや出る予定もねえから!」
余計気になんだろーが!と言いながらもコッペパンをかじる先生が面白くてつい笑っちゃえば、こつっと軽く頭を叩かれた。
あと何ヶ月もすればこうやって先生と話すことも無くなるのかな、なんてふと思った私は、高くて遠い空を流れる形のいい雲を一つ眺めた。
あとどれくらい先生を見てられるのかなとか、こうして話してられるのかなとか、いっぱしに恋する高校生みたいなそんな事考えては叶いもしないそんな恋に小さな笑いが出た。
「そーいやお前あの年上の彼氏とはどうなったんだよ」
「だから彼氏じゃないって」
最後の一口をぱくりと食べた先生は思い出したみたいに私の悩みの種を刺激してくる。
どうもこうも平行線というか、今以上になることは無いとわかってるのに諦めきれずにいて、卒業までずっと片想いだとそれとなくわかってる、そんな感じ。なんて言えなくて。
「⋯先生こそ彼女できた?」
いっそ彼女の一人や二人いてくれたら潔く⋯とはいかなくても諦めるきっかけにはなるのにな、と聞いてみたけど「いたら今頃可愛い弁当食ってるわ」と素っ気ない答えが返ってきた。
「片想いしてる方がいいかなって」
つい口を出た言葉。
当たって砕ける強さもなければ、そもそも当たる勇気もない私は一番楽な道に逃げてるだけだと気づいてる。それでも一番楽な道が一番幸せな道だと、伸ばしてた膝を抱えるように顔に寄せて遠い向こう側の読めもしない小さな看板を見つめながらそう思ってた。
「そりゃわかんねーだろ」
私が誰を好きかなんて知りもしない先生はそう言うけど実際自分じゃわかりきってるから辛い部分の方が多いんだと、目線をゆっくり地面に落とした。
「⋯早く大人になりたい」
立場や年の差や周りの目を気にすることのない、そんな大人に。
「まぁアレよ、案外男っつーのは言われんのも嫌いじゃねえのよ」
「⋯⋯何の話?」
「その好きな野郎も、お前からのスキスキって言葉待ちかもしんねえよって話」
まあお前次第だけどな。残りの学生生活頑張れよ。
そういうと立ち上がって軽く白衣をはたいた先生は「飯サンキュー」と言いゆったりとした普段と変わらない足取りで屋上から消えていった。
頑張れだなんて無責任な、誰のせいでこんなに⋯こんなに悩んでると思ってるんだあの天パめ。
残りのフルーツサンドの袋を開けて少し雑にかじりついたらやっぱり甘ったるいクリームの味が口いっぱいに広がったけど、苺の酸味が少しだけ甘ったるさを和らげてくれているような気がした。
22.10.
リクエスト〝銀時短編 全部全部 の続き〟
元々続きを書こうと思っていたのでリクエストを頂けて嬉しかったです。高校生らしくない落ち着きさのある主人公ちゃんが難しい問題に悩まされ、一方の銀八先生はどう思ってるのか、読み解いて頂けると嬉しいです。
リクエストありがとうございました!
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