本音は
名前設定
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「土方さんなんてもう知りません」
静かに立ち上がると雨の降る中名前は傘も持たずに店から逃げるように出ていった。
残された土方は何故こうなってしまったのか、煙草を手に取ると火を付けずに口に咥えた。
珍しく自由な時間を取れた土方は名前に連絡を取った。
その日は名前の予定も空いており、それならと久しぶりに会うことになった二人は名前が行きたいと思っていた小さな画廊へと足を運んだ。
「この絵すごい綺麗」
「これ花か?独特だな」
「描かれた方の個性がすごく出てるんですよ」
絵には全くと言っていいほど詳しくはない土方だったが、日頃絵を学んでいる名前は細部まで目を通しじっくりと絵画を眺めていた。
仕事上あまり自由な時間が取れず連絡もマメに取り合う方ではない土方は、隣で目を輝かせている名前を眺めながら小さな幸せを感じていた。
「良かったか?」
「とても」
パンフレットを手に持ちながら幸せそうな顔で土方を見つめる名前につられ、土方自身も普段よりはだいぶ柔らかな表情で名前を見つめていた。
「どっかで飯でも食うか」
「土方さんは何か食べたいものありますか?」
「⋯いや、特にねぇな」
「それなら⋯」
そういうと徐に鞄から携帯を取りだした名前は何かを調べると、画面を土方へ見えるように傾けてみせた。
「ここのお店どうですか?パスタが美味しいらしくて⋯」
「こっから近ぇし行ってみるか」
雰囲気の良さそうなファミレスが映る画面を見ながら土方はどう行くかを考えていると、隣では嬉しそうに目尻を下げている名前が目に写り、今日何度目かの幸せを感じながら名前の手を取り店へ向かい歩き出した。
二人が店に着く頃、重たく分厚い雲が空を覆い始めていた。
互いに食べたい物を注文し終え、最近の出来事を話し始めた名前。
「それで⋯⋯」
名前は煙草を嫌がらないと知っていた土方は、名前の話を聞きながら煙草を吸おうとテーブルの隅に追いやられている灰皿に手を伸ばした。
その動きを見ていた名前は、ふと土方の腕に見えた真新しい傷が目にとまった。
「⋯⋯土方さんその腕の傷⋯」
「あ?⋯あぁこれか、大した怪我じゃねえよ」
「でも⋯」
大した怪我では無いという土方だったが、怪我と無縁の環境で生活している名前から見れば大きな傷は随分と痛そうに見えていた。
「すぐ治る、名前は気にすんな」
土方から放たれた言葉は名前の胸へチクリと突き刺さった。
けして悪気があった訳ではなく、土方からしてみれば日常的に至る所へ様々な傷を負いながら生活しているため今更気にすることでもなかった。それに名前には関係の無いことだと割り切り、詳細を伝えるようなこともしなかった。
だがそれが名前には逆効果だった。
仕事上、危険との隣り合わせで日々を過ごしている土方を常に心配していた名前。
邪魔をしてはいけないと頻繁に連絡を取ることも無く、土方の時間が空いている時に極力予定を合わせては負担にならないようにと尽くしていた。
それなのに、いざ痛々しい傷を見てしまい心配の言葉をかけた名前にとって「気にするな」という言葉は、自分には関係ないとわかってはいても冷たく突き放されたような気がして寂しく思えた。
「⋯心配なんです」
「だから放っときゃ治」
「そうじゃないんです!土方さんがすごい強いってことも、皆さんを指揮する立場なのも、知ってます!でも⋯」
そこまで言うと口を閉ざした名前。
日頃の不安や心配も、たった一つの傷を見てしまえば簡単に膨れ上がってしまう。土方を思ってかけた言葉、だが土方はそれを深く汲み取ろうとはせず名前へ言葉を返した。
「俺が勝手につけた傷だ、名前には関係ねえよ」
関係ない、その一言で名前の中で膨れ上がっていた感情はぱちんと弾けてしまった。
「土方さんなんてもう知りません」
いつの間にか降り始めていた雨は容赦なく店の窓へぶつかりボツボツと低い音を立てていた。
店から出ていく名前の背中を見つめて煙草を咥えた土方は、テーブルの上に並ぶ二つのグラスへと目線を落とした。
立ち去る名前を止める事も追いかける事もしなかった土方はただ静かに原因を考えていた。
「おぉ、トシじゃないか」
すると真横から聞きなれた声が聞こえ、目線をあげると真選組局長である近藤が隊服姿で立っていた。
「⋯近藤さんアンタ仕事じゃねえのか」
「いやぁ〜お妙さ⋯ちょっと犯人を追っていたら雨が降ってきてな」
「隠せてねえよ」
小さなため息をついた土方。一方近藤は先程まで名前が座っていた席へ腰を下ろして目の前にある二つのグラスを見るなり「もしかして名前ちゃんか!待ち合わせ中か?」とキラキラ輝かせた目を土方へ向けた。
「⋯⋯いや⋯」
火をつけずにいた煙草を口から離した土方を見て何かを察した近藤は何があったのかと土方へ尋ね、土方もまたいつになく真面目な近藤に対しぽつぽつと出来事を話し始めた。
︙
「トシ、お前馬鹿なのか」
「は?」
一通り話を聞き終えた近藤は開口一番そう言った。
まさかそんな言葉を言われるとは思っていなかった土方は情けない声を出した。
「名前ちゃんはトシを心配してる、それはもうすごーく心配してる」
「⋯だから俺ぁ別に心配されなくても」
「まあまあ俺の話を聞けって」
土方の言葉を遮るように一言添えた近藤は土方が口を閉ざしたのを確認するとまた話し始めた。
「俺達の仕事は明るく夢売る仕事じゃない、怪我は常に付き纏うし、命だって時には危うい場面もある」
わかるな?と優しく微笑む近藤へ小さく相槌をする土方。
「名前ちゃんは全部わかってて何も言ってこなかったんじゃないのか?普通に暮らしてる子からすれば心配なんて尽きないだろうに、次お前と会う時の事を考えて乗り越えてるんじゃないのか?」
近藤の言葉できゅうっと心が締まる感覚を感じていた土方は、その先の近藤の言葉へ黙って耳を傾けた。
「それなのに気にするなとか関係ないとか、いくらなんでも名前ちゃんが可哀想じゃないか」
好きな相手なら気にするのも心配するのも当たり前だろう。
その言葉で名前が出ていった意味をしっかりと理解した土方は財布から数枚お金を取り出すと乱暴に机の上に出した。
「悪ぃ近藤さん飯食ってってくれ、助かった」
「気をつけろよトシ、名前ちゃんによろしく言っといてくれ!」
近藤の言葉を聞きながら店を出た土方は、雨の中名前の家の方へと走り出した。
その頃名前は、勢いに任せて店を飛び出したものの当然傘など持っておらず全身雨に濡れながら家へ向かい歩いていた。
もっと大人な対応が出来ただろうにと後悔ばかりが押し寄せ、嫌われてしまったのではと目頭が熱くなり頬を流れる涙は止まない雨で有耶無耶になっていた。
「⋯⋯っくしゅ」
身体を伝う冷たさはあまり気にならないにしても、やはり着実に冷えていく体。
家までもう少し。家に着いたらとりあえず謝りのメールを送ろう、電話はまだ少し辛いな、と思っていた名前の腕を誰かが後ろから掴んだ。
「名前」
名前の耳に届いた土方の声は振り返ろうとしていた名前の動きを停めた。
「悪かった」
腕を引かれた名前は土方の腕の中に収まると、雨の音でかき消されることなくハッキリと耳元で告げられた声に小さく震えた。
嫌われたとばかり思っていた名前は、まさか土方がここまで来るとは思っておらず、それどころか抱きしめられ謝られるなんて微塵も想定していなかった。
「⋯⋯わ、私の家すぐそこなんですけど」
それでも自分を追ってきてくれた土方に少なからず胸が暖かくなり目頭か再び熱を持ち始めた名前は、バレぬようにと俯きながらそう言うと土方の手を掴んだ。
「⋯寄っていきますか?傘も、タオルも、お貸ししますよ」
小さくも確かに土方の耳に届いた名前の声はほんの少し震えていた。土方は掴まれた手を優しく握ると「あぁ」と短く言葉を返し、二人は雨の中名前の家まで小走りで向かっていった。
22.10.4
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