辛から幸へ
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厄日に高杉から甘やかされるだけのお話(社会人パロ)
仕事を終えて家に向かう頃には日付けが変わっていた。
誰だって虫の居所が悪い日はある。それがたまたま私の上司で、たまたま今日だっただけの話。それでも、身に覚えのない仕事について説教を受けたり仕事を丸々初めからやり直しだったりと無茶を押し付けられたのは正直堪えた。
「今日は駄目だなぁ⋯」
思えば朝からついていなかった。
今朝台所でグラスを割ってしまったり、昼食を家に忘れてきたり、上司の事があったり、久しく会っていない友達からの突然の誘いもよりによって今日だったり、挙句仕事を終える直前右の掌を切ってしまった。
「⋯明日も早いんだっけ」
今日、いや昨日から自然と漏れるため息もこれで何度目か。
とにかく今は家に帰ることだけを考えて自転車を走らせた。
よりによって掌を怪我したことで何をするにも痛みを伴うけれど、こういう時の救いは家までの距離がそこまで離れていないということ。
早く家に帰ってシャワーを浴びてすぐに寝る、とにかくそれだけを繰り返し考えていると私の住む小さなアパートが見えてきた。
階段を上り慣れた手つきで鍵を開け中に入ると、間仕切りのカーテンからは明かりが漏れ狭い玄関には見慣れた靴が揃えてあった。
「⋯晋助さん?」
私の部屋へ自由に出入りする人は一人しかいない。
カーテンをくぐり部屋を覗くと食欲を唆るいい匂いと、すぐ横の狭い台所で袖をまくりながら何かを作っている晋助さん。
「随分遅かったな」
私に気付いて菜箸を置いた晋助さんは、私を見るなり少し間を空けてから「おかえり」と優しく頭に手を置いた。
最近は互いのタイミングがなかなか合わず殆ど顔を見ることも連絡を取り合うことすら無かった。だから尚更、昨日からの辛さも相まってたったそれだけなのに随分と満たされた気持ちになれた。
「⋯晋助さんお休み?仕事は?」
「俺だって休みはある」
置かれた手に導かれるよう頭を晋助さんの胸に当てて、ほのかに香る香水の匂いと服越しに伝わる熱で幸せを感じていた。
「先にシャワー浴びてこい」
そう言い頭から離れた手を少し寂しく思いながらも、隣の部屋へ行き必要な着替えを手に取り晋助さんに一言お礼を伝えてから脱衣所に向かった。
お湯を浴びながらじんわりと熱くなる目頭を押さえた。
帰ってきたら大好きな晋助さんが居て、ご飯を作ってくれていた。最近会えていなかったのもあるけれど今まで何度か経験していた事なのにそれだけで涙が出そうになる程、今の私は余裕が無かったんだなと自覚した。
辛いことに辛いことが重なっていて、仕方ないと思いつつも割り切れない気持ちをズルズルと引きずった結果自分を限界まで追い詰めていたのは他でもない自分だったのかもしれない。
そこに昨日から今日にかけての仕事での追い打ちが響いてしまったのか、そう思うと内に溜まる疲れが大きなため息と共に口から吐き出された。
髪が少し湿っている程度でドライヤーを終え部屋に戻ると、二つの椅子に挟まれた小さなテーブルには二人分の美味しそうなご飯が用意されていた。
「美味しそう⋯!」
「あるもん勝手に使った」
昼食のお弁当以外ほとんど食べないから冷蔵庫にあるものなんて限られてたはずなのに美味しそうな和食が綺麗に盛り付けられていて、情けない音が鳴りそうなお腹へ手を当てた。
「いただきます」
二人で食べるご飯は勿論、料理そのものもすごく美味しくて再度お礼を伝えながら味わうようにゆっくりとご飯を口へ運んだ。
食器を片付けようと重ねていると横から全て攫われてしまい、それくらいは!と声をかけても「歯磨いてこい」とか「布団敷いとけ」とか、結局殆どを晋助さんに任せる形になってしまい申し訳なく感じながら言われた通りに就寝前のやるべき事をこなしていた。
「明日は早ぇのか」
「そう⋯ですね少し早いですね」
布団を敷いてると全て終えたのか晋助さんが部屋に来た。
「いろいろありがとうございます、本当に」
「大した事じゃねぇ」
お礼を伝えると私の後ろで胡座をかいた晋助さんが私の腰を少し持ち上げ、されるがままに引き寄せられて晋助さんの膝の間にお尻を落とした。
「大丈夫か」
一言。後ろから聞こえる静かな言葉はほんの少し体を固くさせた。
何もなしにそんな事を言う人ではないのはよく知っていたし、肩に乗る少しの重みとお腹に回された腕は安心できた。
そっと晋助さんの腕に自分の手を重ねながら、きっと私が何かしら何処かしらで心配をかけるような仕草をしてしまったのかなとか、気を使わせてしまったのかなと思うと駄目だなぁと痛感する。
「⋯⋯ごめんなさい、その、ここ最近あまり余裕がなくて⋯」
「だろうな、帰ってきた時この世の終わりみてえな顔してた」
きっと取り繕って言葉を並べても晋助さんにはすぐにバレてしまうと思って素直に気持ちを伝えると、まさか始めから気付かれてたというか顔に出てたなんて思っていなくて、つい勢いで後ろを振り返ったら思っていたよりもすぐ目の前に晋助さんの綺麗な顔があってどきっとした。
恥ずかしくて直ぐにまた前を向いたら「弁当忘れてたしな」と小さな笑いが聞こえてきて、更に恥ずかしくなって顔を俯けたら頭に触れる温かくて優しい手。
「そろそろ慣れろ」
「いや⋯むむむりです」
お互い仕事があるから頻繁に会える訳ではなかったし、元々お付き合いが苦手だった私がいろいろあって今こうして晋助さんとお付き合いしているけれど、それでもまだ触れたり触れられたりするのがやっとで至近距離で顔を見るなんて心臓が破けそうになる。
恥ずかしさがなかなか引かずにそのままでいると体が浮いてすぐ目の前の布団に横になるように下ろされ、すぐ後ろから晋助さんが抱き付くように一緒に横になった。
「とっとと寝るぞ」
「寝ッ⋯え、晋助さん帰らないんですか!?」
「車に着替えがある」
「いやそういう事じゃなくて!」
いつものようにそろそろ帰ると思っていたら一緒に布団に入ってきた晋助さんに動揺しまくりで体が石みたいに硬くなって落ち着いていられない。
頭の下にある腕とか腰に回されてる腕とか、晋助さんが呼吸するたびにふっと頭にかかる息とか、さっきの出来事がまだ頭で処理出来てないのに新しい問題が私を落ち着かせてくれない。
「明後日帰る」
そう言い今度こそ何も言わなくなってしまった晋助さん。
明後日。今はとっくに日付は越えているから丸2日後。つまりその間はずっと家にいてくれるって事なんだけど、それはちょっと、晋助さんの供給過多で落ち着いていられないのでは、と思った。
「明後日⋯明後日⋯⋯」
明日早いのに眠気なんてどこへやら、まず落ち着かなければ寝ることも出来ない。ぶつぶつと呪文のように明後日を繰り返し声に出している私の後ろで小さく笑った晋助さんを少し憎く思ってしまった。
でも今思うと帰ってきて晋助さんを見つけてからの全てが優しさに溢れていて、私は日本一不幸な一日を過ごしたとばかり思っていたけれど、世界一幸せな数時間を過ごしたんだと思えて口元がだらしなく緩んだ。
22.9.20
リクエスト〝厄日に高杉から甘やかされるだけのお話〟
社会人設定で書かせて頂きました。
ちょっとした変化とか違いにすぐ気付いてくれてとことん優しさを向けてくれるお話にできていれば幸いです。ありがとうございました!
仕事を終えて家に向かう頃には日付けが変わっていた。
誰だって虫の居所が悪い日はある。それがたまたま私の上司で、たまたま今日だっただけの話。それでも、身に覚えのない仕事について説教を受けたり仕事を丸々初めからやり直しだったりと無茶を押し付けられたのは正直堪えた。
「今日は駄目だなぁ⋯」
思えば朝からついていなかった。
今朝台所でグラスを割ってしまったり、昼食を家に忘れてきたり、上司の事があったり、久しく会っていない友達からの突然の誘いもよりによって今日だったり、挙句仕事を終える直前右の掌を切ってしまった。
「⋯明日も早いんだっけ」
今日、いや昨日から自然と漏れるため息もこれで何度目か。
とにかく今は家に帰ることだけを考えて自転車を走らせた。
よりによって掌を怪我したことで何をするにも痛みを伴うけれど、こういう時の救いは家までの距離がそこまで離れていないということ。
早く家に帰ってシャワーを浴びてすぐに寝る、とにかくそれだけを繰り返し考えていると私の住む小さなアパートが見えてきた。
階段を上り慣れた手つきで鍵を開け中に入ると、間仕切りのカーテンからは明かりが漏れ狭い玄関には見慣れた靴が揃えてあった。
「⋯晋助さん?」
私の部屋へ自由に出入りする人は一人しかいない。
カーテンをくぐり部屋を覗くと食欲を唆るいい匂いと、すぐ横の狭い台所で袖をまくりながら何かを作っている晋助さん。
「随分遅かったな」
私に気付いて菜箸を置いた晋助さんは、私を見るなり少し間を空けてから「おかえり」と優しく頭に手を置いた。
最近は互いのタイミングがなかなか合わず殆ど顔を見ることも連絡を取り合うことすら無かった。だから尚更、昨日からの辛さも相まってたったそれだけなのに随分と満たされた気持ちになれた。
「⋯晋助さんお休み?仕事は?」
「俺だって休みはある」
置かれた手に導かれるよう頭を晋助さんの胸に当てて、ほのかに香る香水の匂いと服越しに伝わる熱で幸せを感じていた。
「先にシャワー浴びてこい」
そう言い頭から離れた手を少し寂しく思いながらも、隣の部屋へ行き必要な着替えを手に取り晋助さんに一言お礼を伝えてから脱衣所に向かった。
お湯を浴びながらじんわりと熱くなる目頭を押さえた。
帰ってきたら大好きな晋助さんが居て、ご飯を作ってくれていた。最近会えていなかったのもあるけれど今まで何度か経験していた事なのにそれだけで涙が出そうになる程、今の私は余裕が無かったんだなと自覚した。
辛いことに辛いことが重なっていて、仕方ないと思いつつも割り切れない気持ちをズルズルと引きずった結果自分を限界まで追い詰めていたのは他でもない自分だったのかもしれない。
そこに昨日から今日にかけての仕事での追い打ちが響いてしまったのか、そう思うと内に溜まる疲れが大きなため息と共に口から吐き出された。
髪が少し湿っている程度でドライヤーを終え部屋に戻ると、二つの椅子に挟まれた小さなテーブルには二人分の美味しそうなご飯が用意されていた。
「美味しそう⋯!」
「あるもん勝手に使った」
昼食のお弁当以外ほとんど食べないから冷蔵庫にあるものなんて限られてたはずなのに美味しそうな和食が綺麗に盛り付けられていて、情けない音が鳴りそうなお腹へ手を当てた。
「いただきます」
二人で食べるご飯は勿論、料理そのものもすごく美味しくて再度お礼を伝えながら味わうようにゆっくりとご飯を口へ運んだ。
食器を片付けようと重ねていると横から全て攫われてしまい、それくらいは!と声をかけても「歯磨いてこい」とか「布団敷いとけ」とか、結局殆どを晋助さんに任せる形になってしまい申し訳なく感じながら言われた通りに就寝前のやるべき事をこなしていた。
「明日は早ぇのか」
「そう⋯ですね少し早いですね」
布団を敷いてると全て終えたのか晋助さんが部屋に来た。
「いろいろありがとうございます、本当に」
「大した事じゃねぇ」
お礼を伝えると私の後ろで胡座をかいた晋助さんが私の腰を少し持ち上げ、されるがままに引き寄せられて晋助さんの膝の間にお尻を落とした。
「大丈夫か」
一言。後ろから聞こえる静かな言葉はほんの少し体を固くさせた。
何もなしにそんな事を言う人ではないのはよく知っていたし、肩に乗る少しの重みとお腹に回された腕は安心できた。
そっと晋助さんの腕に自分の手を重ねながら、きっと私が何かしら何処かしらで心配をかけるような仕草をしてしまったのかなとか、気を使わせてしまったのかなと思うと駄目だなぁと痛感する。
「⋯⋯ごめんなさい、その、ここ最近あまり余裕がなくて⋯」
「だろうな、帰ってきた時この世の終わりみてえな顔してた」
きっと取り繕って言葉を並べても晋助さんにはすぐにバレてしまうと思って素直に気持ちを伝えると、まさか始めから気付かれてたというか顔に出てたなんて思っていなくて、つい勢いで後ろを振り返ったら思っていたよりもすぐ目の前に晋助さんの綺麗な顔があってどきっとした。
恥ずかしくて直ぐにまた前を向いたら「弁当忘れてたしな」と小さな笑いが聞こえてきて、更に恥ずかしくなって顔を俯けたら頭に触れる温かくて優しい手。
「そろそろ慣れろ」
「いや⋯むむむりです」
お互い仕事があるから頻繁に会える訳ではなかったし、元々お付き合いが苦手だった私がいろいろあって今こうして晋助さんとお付き合いしているけれど、それでもまだ触れたり触れられたりするのがやっとで至近距離で顔を見るなんて心臓が破けそうになる。
恥ずかしさがなかなか引かずにそのままでいると体が浮いてすぐ目の前の布団に横になるように下ろされ、すぐ後ろから晋助さんが抱き付くように一緒に横になった。
「とっとと寝るぞ」
「寝ッ⋯え、晋助さん帰らないんですか!?」
「車に着替えがある」
「いやそういう事じゃなくて!」
いつものようにそろそろ帰ると思っていたら一緒に布団に入ってきた晋助さんに動揺しまくりで体が石みたいに硬くなって落ち着いていられない。
頭の下にある腕とか腰に回されてる腕とか、晋助さんが呼吸するたびにふっと頭にかかる息とか、さっきの出来事がまだ頭で処理出来てないのに新しい問題が私を落ち着かせてくれない。
「明後日帰る」
そう言い今度こそ何も言わなくなってしまった晋助さん。
明後日。今はとっくに日付は越えているから丸2日後。つまりその間はずっと家にいてくれるって事なんだけど、それはちょっと、晋助さんの供給過多で落ち着いていられないのでは、と思った。
「明後日⋯明後日⋯⋯」
明日早いのに眠気なんてどこへやら、まず落ち着かなければ寝ることも出来ない。ぶつぶつと呪文のように明後日を繰り返し声に出している私の後ろで小さく笑った晋助さんを少し憎く思ってしまった。
でも今思うと帰ってきて晋助さんを見つけてからの全てが優しさに溢れていて、私は日本一不幸な一日を過ごしたとばかり思っていたけれど、世界一幸せな数時間を過ごしたんだと思えて口元がだらしなく緩んだ。
22.9.20
リクエスト〝厄日に高杉から甘やかされるだけのお話〟
社会人設定で書かせて頂きました。
ちょっとした変化とか違いにすぐ気付いてくれてとことん優しさを向けてくれるお話にできていれば幸いです。ありがとうございました!
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