水色の夏
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ドジっ子ちゃんと土方くんの夏休み
「ねえこれって何?」
「あ?⋯いや何回目だよそれ聞くの」
「二回目」
「四」
蝉の声がやけに煩い昼過ぎ。肌に纏わりつくねっとりとした暑さは手で仰ぐだけでは当然拭いきることができない。ほんの少し前に自販機で買ってきたばかりの麦茶入りペットボトルは既に汗をかいていた。
「学校ってだけでやる気出ない」
「普通逆だろ」
「いや!家の方がやる気出るよ!」
「じゃあ何でお前は今ここにいるんだよ」
「それは⋯⋯」
夏休み真最中の今名前はなぜ教室で宿題をやっているのか。
先程土方に伝えた成り行きを思い出すと、少なからず恥ずかしさを感じてへにゃりと笑った。
文芸部の名前は午前の部活が終わり家に帰ろうと荷物をまとめている時、ふとある事に気がついた。
「⋯⋯あれ?」
いつも家の鍵を入れている小さなポーチがない。携帯も入れてある水色のポーチ。机の上を見てみてもカバンの中を逆さにしても宿題や財布があるだけで、目当てのそれはどこにも無かった。
「嘘〜⋯」
最後にポーチに触れたのは多分自分の部屋。家の鍵も名前より後に出る母親へ任せていたため自分でした記憶はない。鍵を忘れたことに気付いた名前は家に帰っても家の中に入ることができないとすぐに理解した。
部活も終わり午後は家でアイスを食べながら再放送のドラマを見る、という予定が全て崩れてしまったのだ。
母親に電話しようにも携帯がない。覚えるのが苦手な名前は暗記などしておらず、全て携帯の連絡帳頼りの生活をしていたため母親が帰る夕方まではどう頑張っても帰れない。
仕方ないからどうにか時間を潰そうと渋々自販機で麦茶を買って鍵のかかっていない教室に向かった。時間まで宿題でもやろうと席についてワークを開いた時、丁度忘れ物を取りに来たという土方と顔を合わせたのだ。
席が隣同士の二人は自然と近い距離に腰を下ろしていた。
一方は机にペットボトルを置きながらワークとにらめっこ。
一方はそんな隣人を眺めながら適当な用紙で首元を扇いでいた。
「⋯⋯ね、土方くん!お願いもう一回だけ!」
「だあああから!そこに公式あんだろ!それにこれとこれを置き換えて計算すんだよ!」
「それがわかんないから聞いてるんじゃん!」
「いやコレのどこがどうわかんねえんだよ!」
顔の前で掌を合わせる名前を見て声を張る土方はワークを覗き込み指差しで五度目の説明をした。
換気のために開かれている窓から見える空には夏を象徴するようなもくもくと白く立派な雲が浮かんでいて、ほんの僅かに流れ込む風は皮膚の上を撫でていく、そんな夏休みの昼過ぎ。
本来いるはずのない生徒二人の声が静かに教室に響いていた。
「できた!」
五度目の説明でようやく答えを導き出した名前は腕を伸ばして頭を机に乗せると大きく息を吐いた。
「ね!土方くんありがと!」
「⋯別になんもしてねぇよ」
両腕をだらしなく伸ばして頬をワークにつけたまま顔だけを隣の土方に向けると満面の笑みで感謝を伝える名前。
その濁りのない綺麗な笑顔で素直に感謝を言われた土方は、恥ずかしそうに顔を逸らすと低く小さな声で返事をした。
「苗字ってこういうの得意なんじゃねぇの」
「勉強?無理無理、苦手だよ」
「てっきり苦労しねえタイプかと思ってた」
「土方くんこそ!苦手なのかなって思ってたけどすごいわかりやすかった!」
「いや五回も聞いといて何言ってんの!?」
名前は背筋を伸ばすと汗をかいたペットボトルを持ち乾いた喉に麦茶を流し込んだ。そんな様子を見ながら土方は変わらず適当な用紙で首元を扇いでいる。
「そういえば土方くんまだここにいていいの?」
「あ?⋯あぁまだいい」
時計に目を向けて単調に答えた土方を見ながら、もうやる気がないと言わんばかりにペンや消しゴムをペンケースにしまいワークも閉じてしまった名前。
「そういえば今年で最後じゃん、高三だよ私達」
「そうだな」
「明日妙ちゃん達とプール行くんだけど土方くんもどうかな!」
「お前話に脈絡ねえな」
足を伸ばしてぱたぱたと揺らしながら、私泳げないけどね!と笑いかける名前にますます謎が深まる土方だったが、名前の事を日頃から少し不思議に思っていたためそこまで気に病むことではなかった。
「ね!土方くん!プール!沖田くんは来るかな⋯近藤くんは絶対来るね!」
「⋯⋯お前だけで決めるのはまずいだろ」
なんであいつらも自動的に入ってんだよと思いつつ部活が休みで特にこれといった用事もないし、かといって嘘をついて断るのも違う気がしてそれとなく言葉を濁した土方。
名前は、そうかな?と少し考えるような仕草をするも、すぐにまた笑顔を土方に向けた。
「じゃあ妙ちゃん達に聞いて土方くんに連絡するよ!」
「⋯⋯」
「だから連絡先!えっと携帯⋯⋯あっ⋯」
がさがさと鞄を覗いた名前はすぐ、携帯を入れたままのポーチを忘れたことを思い出し情けない声を出した。
一連を眺めていた土方はブッと小さく吹き出して顔を逸らすと、笑わないでよ!という名前の声で耐えきれず声を出して笑い出した。
声を出して笑う土方の姿を普段あまり目にした事の無い名前は大きな目で土方の姿を見つめながら、思い出したかのように鞄から水色の手帳を取り出した。
「ね!これに書くから連絡先教えてよ!」
夜って何時まで起きてるの?と続けた名前は先程しまったペンを再び取り出しながら問いかけた。
それを聞いた土方は既に扇ぐのをやめていて、手に持つ用紙を机の上に置いた。ギイッと椅子を少し名前の方に寄せて身を乗り出すと、そのペンを名前の手から引き抜いて開かれたページへ携帯の番号を書き始めた。
「⋯日誌見た時も思ったけど土方くんって字綺麗だよね」
「普通だろ」
別に何時でもいい。そう言うとまた音を立てて椅子を引くと名前との距離を少し空けた。
「連絡するね!」
「あぁ」
再び手にした用紙で扇ぎながら名前の横顔を眺める土方。
普段名前の後ろに映る他のクラスメイトがいないその眺めを、あと少し、と思いながら自分の字を眺める名前の横顔を暫く見つめていた。
2022.8.8
リクエスト〝ドジっ子と土方との夏休みの1日(3z)〟
ドジっ子のイメージがうまく掴めず悩みましたが、よくものを忘れたり掴みどころがないような雰囲気の子を表現してみました。ありがとうございました!
「ねえこれって何?」
「あ?⋯いや何回目だよそれ聞くの」
「二回目」
「四」
蝉の声がやけに煩い昼過ぎ。肌に纏わりつくねっとりとした暑さは手で仰ぐだけでは当然拭いきることができない。ほんの少し前に自販機で買ってきたばかりの麦茶入りペットボトルは既に汗をかいていた。
「学校ってだけでやる気出ない」
「普通逆だろ」
「いや!家の方がやる気出るよ!」
「じゃあ何でお前は今ここにいるんだよ」
「それは⋯⋯」
夏休み真最中の今名前はなぜ教室で宿題をやっているのか。
先程土方に伝えた成り行きを思い出すと、少なからず恥ずかしさを感じてへにゃりと笑った。
文芸部の名前は午前の部活が終わり家に帰ろうと荷物をまとめている時、ふとある事に気がついた。
「⋯⋯あれ?」
いつも家の鍵を入れている小さなポーチがない。携帯も入れてある水色のポーチ。机の上を見てみてもカバンの中を逆さにしても宿題や財布があるだけで、目当てのそれはどこにも無かった。
「嘘〜⋯」
最後にポーチに触れたのは多分自分の部屋。家の鍵も名前より後に出る母親へ任せていたため自分でした記憶はない。鍵を忘れたことに気付いた名前は家に帰っても家の中に入ることができないとすぐに理解した。
部活も終わり午後は家でアイスを食べながら再放送のドラマを見る、という予定が全て崩れてしまったのだ。
母親に電話しようにも携帯がない。覚えるのが苦手な名前は暗記などしておらず、全て携帯の連絡帳頼りの生活をしていたため母親が帰る夕方まではどう頑張っても帰れない。
仕方ないからどうにか時間を潰そうと渋々自販機で麦茶を買って鍵のかかっていない教室に向かった。時間まで宿題でもやろうと席についてワークを開いた時、丁度忘れ物を取りに来たという土方と顔を合わせたのだ。
席が隣同士の二人は自然と近い距離に腰を下ろしていた。
一方は机にペットボトルを置きながらワークとにらめっこ。
一方はそんな隣人を眺めながら適当な用紙で首元を扇いでいた。
「⋯⋯ね、土方くん!お願いもう一回だけ!」
「だあああから!そこに公式あんだろ!それにこれとこれを置き換えて計算すんだよ!」
「それがわかんないから聞いてるんじゃん!」
「いやコレのどこがどうわかんねえんだよ!」
顔の前で掌を合わせる名前を見て声を張る土方はワークを覗き込み指差しで五度目の説明をした。
換気のために開かれている窓から見える空には夏を象徴するようなもくもくと白く立派な雲が浮かんでいて、ほんの僅かに流れ込む風は皮膚の上を撫でていく、そんな夏休みの昼過ぎ。
本来いるはずのない生徒二人の声が静かに教室に響いていた。
「できた!」
五度目の説明でようやく答えを導き出した名前は腕を伸ばして頭を机に乗せると大きく息を吐いた。
「ね!土方くんありがと!」
「⋯別になんもしてねぇよ」
両腕をだらしなく伸ばして頬をワークにつけたまま顔だけを隣の土方に向けると満面の笑みで感謝を伝える名前。
その濁りのない綺麗な笑顔で素直に感謝を言われた土方は、恥ずかしそうに顔を逸らすと低く小さな声で返事をした。
「苗字ってこういうの得意なんじゃねぇの」
「勉強?無理無理、苦手だよ」
「てっきり苦労しねえタイプかと思ってた」
「土方くんこそ!苦手なのかなって思ってたけどすごいわかりやすかった!」
「いや五回も聞いといて何言ってんの!?」
名前は背筋を伸ばすと汗をかいたペットボトルを持ち乾いた喉に麦茶を流し込んだ。そんな様子を見ながら土方は変わらず適当な用紙で首元を扇いでいる。
「そういえば土方くんまだここにいていいの?」
「あ?⋯あぁまだいい」
時計に目を向けて単調に答えた土方を見ながら、もうやる気がないと言わんばかりにペンや消しゴムをペンケースにしまいワークも閉じてしまった名前。
「そういえば今年で最後じゃん、高三だよ私達」
「そうだな」
「明日妙ちゃん達とプール行くんだけど土方くんもどうかな!」
「お前話に脈絡ねえな」
足を伸ばしてぱたぱたと揺らしながら、私泳げないけどね!と笑いかける名前にますます謎が深まる土方だったが、名前の事を日頃から少し不思議に思っていたためそこまで気に病むことではなかった。
「ね!土方くん!プール!沖田くんは来るかな⋯近藤くんは絶対来るね!」
「⋯⋯お前だけで決めるのはまずいだろ」
なんであいつらも自動的に入ってんだよと思いつつ部活が休みで特にこれといった用事もないし、かといって嘘をついて断るのも違う気がしてそれとなく言葉を濁した土方。
名前は、そうかな?と少し考えるような仕草をするも、すぐにまた笑顔を土方に向けた。
「じゃあ妙ちゃん達に聞いて土方くんに連絡するよ!」
「⋯⋯」
「だから連絡先!えっと携帯⋯⋯あっ⋯」
がさがさと鞄を覗いた名前はすぐ、携帯を入れたままのポーチを忘れたことを思い出し情けない声を出した。
一連を眺めていた土方はブッと小さく吹き出して顔を逸らすと、笑わないでよ!という名前の声で耐えきれず声を出して笑い出した。
声を出して笑う土方の姿を普段あまり目にした事の無い名前は大きな目で土方の姿を見つめながら、思い出したかのように鞄から水色の手帳を取り出した。
「ね!これに書くから連絡先教えてよ!」
夜って何時まで起きてるの?と続けた名前は先程しまったペンを再び取り出しながら問いかけた。
それを聞いた土方は既に扇ぐのをやめていて、手に持つ用紙を机の上に置いた。ギイッと椅子を少し名前の方に寄せて身を乗り出すと、そのペンを名前の手から引き抜いて開かれたページへ携帯の番号を書き始めた。
「⋯日誌見た時も思ったけど土方くんって字綺麗だよね」
「普通だろ」
別に何時でもいい。そう言うとまた音を立てて椅子を引くと名前との距離を少し空けた。
「連絡するね!」
「あぁ」
再び手にした用紙で扇ぎながら名前の横顔を眺める土方。
普段名前の後ろに映る他のクラスメイトがいないその眺めを、あと少し、と思いながら自分の字を眺める名前の横顔を暫く見つめていた。
2022.8.8
リクエスト〝ドジっ子と土方との夏休みの1日(3z)〟
ドジっ子のイメージがうまく掴めず悩みましたが、よくものを忘れたり掴みどころがないような雰囲気の子を表現してみました。ありがとうございました!
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