彼は誰時の菫空
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ふと目が覚めると、知らない場所にいた。
体には布団がかけられていて、辺りを見渡すと水の入った桶やタオルに薬のようなものが入った小さな容器、小さな箪笥や机もあった。
窓の外は明るく今が昼間であるのはわかったが、部屋自体には全く見覚えがなかった。
体を起こそうとすれば左肩から右脇腹にかけて鈍痛が走り、自身で身を裂いたのは夢では無いのだと思い知らされた。
体を無理に起こさずにぺたぺたと自分の胸やお腹を触ってみると綺麗に包帯が巻かれ手当がされていた。
⋯まさか寝ている間に連れ戻された?と思いつつも、だとすればこんなに丁寧な処置などされるわけがないと。
じゃあ一体誰がなんのために。私の身に何が起きたのか。
できる限り思考を巡らせていると、ゆっくりと頭上の方で襖が開く音がした。
「あら目が覚めたかい?換気のために窓を開けようかと思ってねぇ」
入ってきたのは柔らかい表情をしてこちらに笑みを向ける年配の女性だった。
状況がいまいちよくわからず女性を目で追っていると、女性は先程の言葉通り窓を開けて換気を始めた。
「ちょっと待っててね、今先生呼んでくるから」
お水飲んでね、と手に持っていたのか水の入った湯呑みを枕脇に置くと襖を閉めてどこかへ行ってしまった。
早々に戻ってきた女性と共に見知らぬ男性が二人入ってきて、私の隣にそれぞれ腰を下ろすと眼鏡をかけた短髪の初老の男性が微笑んだ。
「大丈夫かい?傷以外で痛むところとか気分が良くないとか」
「あ⋯えっと、傷が痛いのと⋯⋯気分はあまり」
「まあ起きてすぐですもの!元気な方が心配だわ」
男性への質問へ答えると、女性は明るく言葉をかけてくれた。
眼鏡の男性はどうやらこの傷を手当してくれた方らしく、傷自体は二週間程で治るらしい。命に関わるものではないが傷は残るだろうと伏せ目がちにそう教えてくれた。
「君名前は?この辺じゃ見かけん顔だが親御さんはおるんか?」
女性の隣に座る白髪を結わえた男性からそう尋ねられ、返答に困った。
もし名前で誰かが私を探しているようなら答えないのが得策だろうが、かといって明らかに助けてくれたであろうこの人達へ名前を伏せたまま黙秘するのもどうなのかと思った。
すると、女性は静かに名前の近くへ来ると優しく頭に手を添えて、今は傷を治しましょ!話したくなったらいつでも言って頂戴ね?と柔らかく言葉をかけた。
「⋯すみません、ありがとうございます」
謝罪と感謝の言葉を口にすると、お粥作ってあるの!あなたもほら行きましょう!と白髪を結わえた男性を連れ部屋を出ていった。
眼鏡の男性と部屋に残され、少しの静けさが続くと男性は口を開いた。
「わしは十八の頃から医者をやってての、その傷はどういう風に付けられたのかある程度の想像は出来ての」
けして責めるわけでもなく、眼鏡越しに見える目は優しく細められ名前を見つめていた。
「お主に何があったのかはわからぬが、まだ若かろう、余程のことがあったんじゃろ」
何も伝えていないのに、何故か何もかもを見透かされているような気がして、ふっと目線を逸らしてしまった。
「まだ二十かそこらであろう?どうか自分を大切にの。それからあの夫婦は優しい人達でな、お主の傷が治るまで面倒見てくれるそうじゃ」
男性はそこまで言うと薬の入った容器を指さして、食後に一錠ずつ、と笑うと部屋を出ていった。